235 荷渡し
コーヒーに角砂糖を2つ入れたら、前の3人が笑みを浮かべる。
男性はそのままだし、女性は砂糖1個にミルクだからねぇ。俺から見ればそっちの方がおかしいとおもう。
人それぞれだから、自分中心に考えないで欲しいところだ。
「頂いたサンプルは満足できる品質です。どちらかと言えば、ライデンから運ばれる品よりもかなり上の品質です。これをどの程度集められたのですか?」
「サンプル番号と500tシリンダーが対応してます。全部で10個です」
500tシリンダーが10個と聞いて、両側の男女の顔色が変わった。
やはり少し少なかったかな。
「あれから10日も経たずに5千tだと! あらかじめ地上で用意していたんじゃないか!」
「それは貴方達にとってどうでも良いことでしょう? 品質の良いレアメタルを上位の恒星間運行管理局に引き渡すのが仕事ではないのですか?」
俺の言葉に顔を赤くしている。案外と気が短い奴だな。
それに引き換え、レミーネさんの表情は余り変わらない。たまに笑みを見せるのは俺との交渉を楽しんでいるのかもしれないな。
「問題は、シリンダーの受け渡しだ。電磁網へ射出するか、それともこの巨大衛星の軌道上に同一速度で落とすかのどちらかになるんだが……」
「電磁網への射出速度は地上からの最終速度程度は可能だと?」
「可能だろうけど、こちらの相対速度を考えるとかなり低速度で射出することになあるだろうね。この衛星は電磁網を1セットしか持ってないのだろうか?」
「3セット持ってますよ。確かに、地上より発射されるシリンダーと軌道が異なりますから、別の電磁網を設けることになりそうです。こちらに到着するのは?」
「36時間後というところだ。それまでにリバイアサンの停止位置と、この衛星への射出角度をおしえて欲しい」
「この衛星に20万Kmまで近付いたところで、再度打ち合わせをしましょう。リオ殿の口座に振り込むことになりますが……」
「口座はその時ということで」
互いに身を乗り出して握手をする。これで交渉は終了だな。
「そうそう、もう1つありました。これは俺達の話しですから、運行管理局にはどうでも良い話だと思いますが、ライデンのラグランジュ地点と小惑星帯に俺達の領土を作ろうと考えています。現状では1か月で500tシリンダーを20本程度お渡しすることになるでしょうが、将来は3倍以上お渡しできるでしょう」
「何だと! 宇宙は俺達の領土だ。勝手に基地を作るなど許されることではない」
「いつ決まったのですか? そんな話を俺は調印した覚えなど無いんですが?」
レミーネさんの隣の男が立ち上がって顔を赤くしながら体を震わせている。
反論できないってことかな?
「私達に取って代わるおつもりですか?」
「いや、鉱石採掘と同時に精練をもう少しまともにやるつもりだ。面倒な取引に足を踏み入れることはしない」
「それなら問題ありませんね。ですが、運行管理局の防衛隊の行動まで責任は持てません」
「一応連絡しといてくれれば助かるな。基本は俺達の基地に近づかなければ十分だ。もっとも、攻撃された場合は、俺達も責任は負わない。ここでの会話は記録されているはずだろう? 俺も記録をしている」
「よろしいでしょう。運行管理局としてはリオ殿との関係を良好にしたいと思っています」
「十分だ。それでは36時間後に……」
席を立つと、レミーネさん達も席を立って小さく頭を下げる。もう1人の男は相変わらず顔を赤くして俺を睨んでいるだけだが、行動に移すことは無いだろう。案外小心者のようだな。
扉を開けると、先ほど案内してくれた男達が待機していた。
帰ることを伝えると無言で歩き出したから、その後ろを歩き始めた。
やはり、重力制御に難があるな。急に荷重が増えたり減ったりする。それでも少しずつ体が軽くなってきたから、先ほどの甲板に近づいてきたのだろう。
扉を開けると急に広くなった。どうやら甲板に到着したようだな。1個分隊の兵士が大型の機関砲のような代物をアリスに向けているけど、撃たねば問題はない。
「さて、ここで良いよ。アリス、コクピットを開いてくれ」
ゆっくりと開く胸部装甲を見て、驚いているな。
俺の言葉で動くとは思ってもみなかったようだ。
身体強化が行われた状態で、重力が低いからジャンプしただけでコクピットに到着する。素早く潜り込んでコクピットを閉じると、ゆっくりと胸部装甲が下りてくる。
「一応終了だ。最終的なシリンダーの射出は、20万kmにリバイアサンが到達した時に行うようだ」
『先行してリバイアサンに報告を送ります。私達は?』
「近接レーダーの範囲を抜けたところで、リバイアサンのカーゴに向かってくれ」
次元の歪を抜けて移動できることを、わざわざ見せつけることは無い。
兵士達が退去して、入り口が開き始めた。完全に開く前にアリスが扉の隙間を通り抜けて加速する。
『ずっと追跡レーダーで私を追っているようです。このまま進んで追跡レーダーの限界点を調べてみます』
「その辺りは、解析してたんじゃないのかい?」
『カタログスペック通りとは限りません。25万kmが最大到達点ではあるようなんですが』
それで20万Kmを指定してきたんだろうな。
ミサイル防衛が気になるところだけど、カテリナさんのことだから無策ではないはずだ。
『27万kmで追跡レーダーの圏外です。リバイアサンに向かいます』
アリスの言葉が終わると同時に空間がねじれるのが分かる。
それが戻った時は、見慣れたリバイアサンのカーゴの中だった。
「場合によってはシリンダーの払い出しを行う時に再度出撃になりそうだ」
『過激な連中を統率できかねるようです。私も賛成します』
アリスを下りて、展望ラウンジに向かう。
スゴロクかトランプでもしてるんだろうな。問題はカテリナさんだ。そろそろコンペの発表をするんじゃないか。
展望ラウンジの扉を開くと、全員の視線が俺に向けられた。
皆のいるソファーに腰を下ろすと、メープルさんがストロー付きのワインを運んできてくれた。ありがたく頂いて飲んでみたけど、ストローで飲むとアルコール度が上がる気がするなぁ……。
「無事に帰ったところを見ると交渉は成功ったのかしら?」
「ライデンで租精練したレアメタルよりも上質らしい。引き取ることには問題ないと言ってたよ。運行管理局の衛星から20万Kmのところで同一軌道を取ってほしい。たぶん、向こうから交信してくるはずだ」
ドミニク達はホッとした表情で、メープルさんにワインを頼んでいる。
ライムさん達もいるはずなんだけど、ミトラさんの監視をしてるのかな? 毎日あちこち取材しているからね。何度かライデンに向けて情報を送ったらしいけど、向こうできちんと受信できたかは良く分からないんだよね。
「一応、リークしてきたんでしょう?」
「小惑星帯とラグランジュポイントに設けると宣言してきました。やはり過激派がいるようですね。場合によっては一戦が予想されます」
「準備は必要ね。攻撃されたら殲滅させれば良いでしょう」
こっちの過激派代表はカテリナさんかな?
とはいっても、準備は必要だろうな。戦姫の機動に対抗できる機体を作るなど、最初から無理な話だ。
リバイアサンのお腹いっぱいにレアメタルを貯めこんでいるから、帰りの航海は皆の表情も明るいものになっている。
次の日に行ったコンペの発表会は、宇宙でヴィオラ騎士団の領土を示すポイントとも言うべき存在の発表だ。
真剣な表情を俺達に向けてはいるんだが、手に持っているのはストロー付きのワインだからねぇ。暇つぶしを兼ねているのが良く分かる。
「最初は私からで良いでしょう?」
カテリナさんが仮想スクリーンを開いて、概念図を見せてくれた。
基本は運行管理局とよく似た球体なんだけど、いくつかのへこみが付いている。
「外殻と内殻の2重構成よ。収容人数は1千人程度。外殻から伸ばしたボーディングブリッジを使って荷と人間の動線を確保するわ」
外殻の丸い凹みについては何も説明がない。たぶん武器の一種なんだろうけどね。
続いて、俺が12面体の衛星を説明する。12枚の動く板が内殻を構成する12面体を防衛する仕組みだ。さらに外側に作る大きな盾を唖然として見ているんだよね。
「収容人員は2千人程度になるだろう。予備の外殻構成板を何枚か作ることで、破壊されても直ぐに交換ができる」
「かなりの大きさになるのね。内側の空間は拡張できる余地を大きく残しているようね。やはりリオ君のアイデアは私の遥か上を行くわ。小惑星帯に設けるのはリオ君の概念設計を基にしましょう。私のはラグランジュ地点に設けるわ。小さなもので良いわけだから運行管理局も安心できるでしょうね」
小惑星帯には足を延ばせないようだから丁度良いかな。
小型でも、小惑星帯に資材を送る中間地点としてラグランジュポイントの衛星は利用できそうだ。
表面を小惑星から運んだ岩塊で覆うのもおもしろいかもしれない。
翌日。運行管理局から20万Kmの距離に同じ相対速度を取って停止したリバイアサンは、カーゴ区画の船殻を開いて、新たに展開された電磁網に向けてシリンダーを次々と射出する。
30万Kmの距離を取って、運行管理局の戦機の作業をアリスのコクピットで見守り続けたけれど、不審な動きは無いようだ。
10個のシリンダーを射出し終えたところで、次元の歪を通ってリバイアサンの専用カーゴ区域に戻ると直ぐに展望ラウンジへと向かう。
これで宇宙での作業が全て終わる。
数時間後には拠点の隠匿桟橋に到着できるだろう。
カテリナさんは満足してくれたかな?
それとミトラさんの中継も気になるところなんだよな。反響が予想できないし、我も我もと宇宙に出掛けてみたい人物が現れかねない。
反響が大きければ、簡単な宇宙旅行も考えないといけないんじゃないかな。




