231 小惑星の捕獲
目標とする小惑星も距離は10kmほどらしい。小惑星の公転軌道に乗ってリバイアサンが速度を合わせる。
ドロシーに現在の速度を聞いたら、秒速34kmと答えてくれた。レールガンの弾丸より速いってことか! ちょっと信じられないな。
「驚いた? デイジーのレールガンとの単純比較で焼く10倍よ。小さな石粒一つでも当たればリバイアサンが大破しかねないわ。でも、小惑星との相対速度はほとんどゼロだから、あまり心配はいらないわよ」
「互いに同じ速度で動いているということですか。小惑星と軌道を合わせるのはイオンエンジンでは苦労しそうですね」
「ゆっくりと加速を続けていくの。短時間では無理でも時間を掛ければ出来ないことは無いわ」
アリスが『約2年は掛かります』と脳内で耳打ちしてくれた。
可能ではあるけど、商売にはならないだろうな。小惑星帯での鉱石採掘はしばらく独占できそうだ。
「ん? あれはパンジーですか」
「先行して採掘部隊の上下に展開するの。やはり心配でしょう?」
試験的に採掘した原石は小さかったけど、今度は300tを越える大物だ。採掘道具の試験も兼ねているんだろうな。
パンジーが深淵に消えると、今度はオルカが3体のドルファンを率いて出掛けて行った。ドルファンに乗った新型獣機は宇宙空間用の特注品らしい。2つのタンクをアクアラングのように背負っているのはスラスター用らしい。
「そろそろパンジーからの映像が来るわよ」
「ミトラさんもここで実況すれば良かったんじゃないかな?」
「彼女ならフレイヤと一緒よ。パンジーなら真近で作業を見られるわ」
ちょっと驚いてカテリナさんに顔を向けたけど、パンジーの乗員は2人とは聞いてなかったからなぁ。とはいえ、一等席であることは確かだ。アルデンヌ放送は、ますます視聴率が上がるんじゃないか?
「ほらほら、始まったわよ。先ずはオルカが銛を打つのね……」
カテリナさんの解説を聞きながらもう1つ仮想スクリーンを作り出す。オルカの仕様を調べると……。あった、これだな。
どうやら、無反動砲を改造した銛らしい。ロケット弾の先端にごつい銛が付いていた。小惑星に打ち込んで、ワイヤーでリバイアサンまで曳いてくるということなんだろう。
オルカの腹部が光を放った。ロケット弾を放ったらしい。
オルカがそのままの場所で待機する中、ドルファンが小惑星に近づいて銛の状態を確認しているようだ。不足なら次の銛を打つか、はたまた小惑星の出っ張りにワイヤーを結ぶのだろう。
やがてドルファンが小惑星を離れると、オルカが船首を反転させてこっちに向かって小惑星を曳き始める。
「良かった。ちゃんと曳いてこれるようね。計算では500tまでは曳いてこれるんだけど、小惑星の大きさが良く分からなかったの」
「1隻でダメなら、複数投入ですか。ここまでは順調ですが、リバイアサンの口の中で奥の壁に激突する危険性は無いんですか?」
「最終的な相対速度は秒速1cm以下にまで低減できるわ。それにリバイアサンの口の奥には衝撃吸収用の油圧ダンパーがあるのよ。それほど心配はいらないと思うけど?」
根が心配性だからねぇ。カテリナさんのような楽観者にはなれそうもない。
ジッと仮想スクリーンを眺める俺に、ライムさんがコーヒーを運んできてくれた。
一口飲んで、タバコに火を点ける。
「まだここからは見えませんね」
「10kmほど離れてるし、基本の運動速度は同じだから迷子になることは無いはずよ。ほら、見えてきたでしょう。この点滅がオルカよ」
高速艇と同じように、ヒレの左右に点滅灯を付けてあるようだ。赤と青は見ただけで近付いてくるのか離れて行くのかが分かる仕組みだと、アレクが昔教えてくれたのを思い出した。
「何も問題は無さそうね。収容はドミニクに任せておけば安心よ」
カテリナさんが席を立って俺の手を引く。
後で怒られそうだな。
市場に向かう子牛のような心境でカテリナさんに手を引かれ、展望ブリッジを後にした。
「だいぶ研究が進んだわよ。完成して発表したらどんな反響があるかしら?」
「秘密にはできませんか?」
「そうねぇ。リオ君の頼みだし、私もいろいろと楽しむことができるから、黙っていてあげる。でも、途中で得た発見や理論についての部分開示は許して欲しいわ」
「カテリナさんの後を追う後輩には道標となるでしょうね。さすがにそこまで頼むことはできませんよ」
カテリナさんが俺を強く抱くことで答えてくれた。背中に綺麗にそろえたカテリナさんの爪が食い込むのが分かる。傷になってたりしたら、すぐにバレてしまいそうだ。
「数年は掛からないわ。早ければ3年以内に子供が作れるわよ」
「当面はこのままでいたいですね。まさか、カテリナさん……」
「それを女性に聞くと嫌われるわよ。そうねぇ……。まだまだ待てるからだいじょうぶよ」
まだまだ待てるということで、余計にカテリナさんの年齢が分からなくなってきた。
肉体年齢が実年齢とは限らないこの世界だから、娘であるドミニク達と一緒に暮らしてられるんだろうけど、子供が出来たらどんな言い訳をドミニクにするのだろう?
ちょっと興味が湧いてきたな。
軽い振動がリバイアサンの船体に走る。小惑星を上手く口の中に取り込めたのかな?
『2番隊は待機してください。小惑星固定後に2番隊が出撃します。繰り返します……』
ドロシーは大変だな。
操船ブリッジに3人が行っているけど、彼女達のサポートだってしているはずだ。
「ドロシーは忙しそうですね」
「ヴィオラ騎士団の一員よ。ドミニクとレイドラが団員登録をしていたわ」
俺達と同列ということだな。
俺も、女の子だと思って接しているけど、皆もそう思ってドロシーをかわいがっているに違いない。
「誰の子ができたとしても、ドロシーは妹としてかわいがってくれるでしょうね。本当に良い娘よ」
「ノンノ達もそうあって欲しいですね」
「誰と一番接触するかによるでしょうね。ドロシーの場合はローザだったけど」
朱に交われば赤くなる……。その辺りは気を付けないといけないだろうな。
ベッドから下りて、2人でシャワーを浴びる。
何も連絡がないところを見ると、小惑星の捕獲は上手く行っているのだろう。
心配するような不測の事態も起こらなかった。残りは運んできた小惑星にどれぐらい金になる金属が含まれているかということだ。
それも、サンプル採取が済んだなら直ぐに分かることではあるんだけどね。
「さて、ドミニク達が押しかけてこない前に展望ブリッジで待機しましょう。2番隊が小惑星を捕獲するころには最初の小惑星の分析が終わるはずよ」
「ちゃんと下着を付けてくださいよ。ジャンプスーツだけ、ポロリと着るのは問題です」
「あら? これを脱ぐのはシャワー以外はリオ君の前だけよ。誰にも迷惑はかけてないと思うんだけど」
俺に迷惑を掛けてるとは思わないんだよなぁ。付き合ってる女性の中で一番のプロポーションなんだけど、それを知ってるのは俺だけというのもねぇ……。
「ほらほら、ちゃんと着るから……」なんて言いながら、俺の前で下着をチラチラさせている。
普段はハイソな女性なんだけど、2人きりになると態度が変わるのも問題かもしれない。
俺の部屋から展望ラウンジに場所を移して、ワインを飲みながらリバイアサンの口の中で行われている作業を見守る。
グラスではなく、ストロー付きのコップで飲むワインは余り嬉しくないな。ちょっと味が落ちる感じがする。
「無重力で作業をするとあんな感じになるんですね」
小惑星をハンマーで叩いたから、壁にまで跳ね飛ばされた作業員は怪我はなかったようだ。
「反作用ということなんでしょうね。やはり重力は必要なのかもしれないわ」
地に足を着けるということがこの場所ではできない。処女航海だから、色々と問題が出てくるのは仕方のないことなんだろう。それをきちんと摘出して対処方法を考えなばならない。
「ところで今日の作業は?」
「今曳いている小惑星を収納したところで終わりにするわ。口の中ではこれからなんだろうけど、作業員が増えるから、少しは捗るんじゃないかしら」
現在の作業員は5人だけだ。1番隊と2番隊が投入されればさらに捗るのは間違いないだろう。口を閉じれば今着ている宇宙服ではなく、もっと簡略化された物になるはずだ。あの宇宙服なら、そのままリバイアサンの外に出ても問題ないんだろうが、かなり作業性が悪いことは確かだろうからねぇ。
「昼食は2人だけにゃ。皆にはあちこち運んでいくにゃ」
「申し訳ない。作業が続いてるみたいだ」
「良いにゃ。私達も近くで見て来るにゃ」
ライムさんが俺達の前にサンドイッチとコーヒーを置くと、大きなバッグを持って展望ブリッジを出て行った。
あちこちにお弁当を運ぶのかな?
やはり簡単に食べられて、栄養があるものを作る必要があるのかもしれない。
「カテリナさん。食事を何とかできませんか? 宇宙空間で地上と同じ食事が取れるのはありがたいことではあるんですが、色々と制約があります。手軽に美味しく頂けるということができればと思ってるんですけど……」
「言いたいことは分かるわ。私もそこまで気が回らなかったと言ったら弁明になってしまうけど……。そうね。大事なことだからレイトンに協力してもらいましょう」
レイトンさんか……。向こうは向こうで高緯度地方の巨獣に全力投入という感じだから、果たして協力してくれるんだろうか?
どれだけレイトンさんの興味を引くかがカギになりそうだ。