023 初めての戦果
巨獣との戦いは初めてだったが、ドミニクからは合格点を頂いた。やはり、戦機だけではかなり危険な状態になっていたんだろうな。
ベラスコも頑張っていたらしい。アレクが「逃げないだけでも十分だ」と言っていた。
戦機に搭乗して初めて巨獣を相手にする騎士の中には、恐怖心に逃げ出す連中が少なからずいるらしい。
巨獣を見据えて50mmライフル砲を撃てるだけでも、度胸が据わっているということになるんだろう。
俺の場合はアリスが一緒だから心強いけれど、自意識をもった戦機というのがアレク達には信じられないみたいだ。
「女性の声が返ってきた時には驚いたが、自律電脳は研究段階だ。あまり過信しない方が良いぞ」
アレクの助言にとりあえず頷いておく。
トリケラを倒してから俺達は拠点に帰ることになった。2日程掛けて拠点に戻ってくると、ホールの中は大工事のただ中だ。
獣機が20機もいるから複数の工事が同時平行で行なわれている。
俺達が戻った翌日に、ベラドンナが200tバージを4台を曳いて、ガリナムと共に拠点を出発して王都近郊のヤードに向かう。
円盤機も偵察用を2機載せているから、広範囲な監視ができる。例え巨獣がいたとしても避けて通れる筈だ。
「しばらくはノンビリできるわ」
「結構、色々あったからね。確かに疲れたよ」
窓際のソファーに座ってフレイヤとビールを飲む。
ドミニクはクリスと共にホールの大改装の指揮を執っているようだ。
現在進行中の工事で一番大きなものは、奥の洞窟から洞窟の外に繋がるダクト工事だ。防食性に優れたステラム合金製の直径2m程のパイプが、ホールの中央深さ10mの位置で伸びていく。
この工事に獣機10機が交替制を敷いて従事しているそうだ。
残った獣機で長さ1kmの東の桟橋の枠組みが行なわれている。
小型核融合炉が据え付けられたので電力は十分にある。建設用の重機を動かすのに不自由は無いようだ。
「このホールを歩けるようになるのは何時になるのかしら?」
「それほど期間は掛からないと思うよ。硫化水素と二酸化炭素のガスの発生源は分ってるんだ。そこから発生するガスをダクトで外に出して、山頂から空気を取り入れれば、このホールを防護具無しで歩けるようになるさ。このまま行けば1年は掛からないんじゃないかな?」
そうなると、やはり定期便が欲しくなる。輸送専門の業者もいるみたいだが、場所が場所だから輸送費が高くなりそうだ。しばらくは、自前で輸送せねばなるまい。
「今度の便にカテリナさんのラボの人達が乗ってくるそうよ。なんでも、この地で研究を進めるらしいわ。こんな辺鄙な場所で研究するなんて変わってるわよね」
「辺鄙ならではの研究ってことかな。王都では意外と制約があるのかもしれない」
「その辺りはどうでも良いんだけど、桟橋の一角にプールを作るらしいわ。早く出来ると良いわよね」
北緯50度以北だから、ここはどちらかと言うと寒冷地になるのだが、俺には昼夜の寒暖さが大きいだけのように思える。
昼の荒地では40度近くに気温が上がるし、夜は零下に下がる事だって日常茶飯事らしい。
良くもそんな娯楽施設を作ろうと考えたな。
水の確保と騎士団員の士気を考えれば、それもまんざらでは無さそうだ。たぶん温水プールになるんだろうけど、桟橋の大きさは半端じゃ無いからな。意外と大型施設になるんじゃないか?
ビールが無くなったところで、シャワーを浴びてベッドに入る。
もう1日休日が残ってるから、先ずはゆっくり休もう。
次の日は1日を部屋で過ごす。昼食はさすがに食堂に出掛けたけど、緊急出動の放送の心配もない拠点で過ごすのんびりした休暇は、贅沢以外のなにものでもない。
夕食を終えるとフレイヤが直に出掛けて行く。俺は待機所でゆっくりと仲間とタバコを楽しんだ。と言っても、そこにいたのはアレク達3人だ。
「……その噂は私も聞いたわ。ブリッジ勤務の友人だから、噂の信憑性は高いと思う」
「どうしよう! 私、今年はまだ水着を買っていないのよ」
「まあ、それはそれとして、確かに桟橋の奥に奇妙な凹みがあるのは俺も知っている。それが噂を読んでるのかもな」
「水は途中の大河で汲めば良いですし、電力は有り余ってます。意外とやるかもしれませんよ」
俺の言葉にサンドラ達が目を輝かせている。
あまり期待はしないで欲しいけど、何らかの娯楽施設は必要だろうな。
3日間の休日が終わると、アレク達と2つのグループを作って桟橋工事を手伝い始める。今度は獣機の連中が交替で休暇をとることになるようだ。
作業を終えて、自室で何気にスクリーン写る映像を眺めていたら、何時もの館内ニュースが流れてきた。
『ベラドンナは無事ヤードに到着した模様です。パージの荷を積み替え8日後に拠点に戻ってくるそうです。もう1つ朗報です。王都と拠点を結ぶ定期便が構築されることになりました。20日おきに運航されるとのことです。これで、王都での休日を定期的に過ごせるかもしれません。楽しみですね……』
定期便は便数が多いな。という事は、中型の高速船か?
小さなノックの音がしたら扉が開いて、ドミニクとレイドラが入ってきた。団長権限で全ての扉を開くことができるというのも問題があるんじゃないか?
俺の考えなんて気にもなら無いようだ。テーブル越しに席に着いたので、冷蔵庫から缶ビールを取り出してドミニク達の前に置いた。
プルタブを引いて、缶をカチンと鳴らしたところでゴクリと一口飲む。
「交渉は上手く行ったようね。積荷の5%が運賃になるけど、これは想定の範囲内。10%までは覚悟してたから、アデルには感謝してもしきれないわ。騎士団員の休暇も定期的に出せそうね」
「かえってそっちが重要。娯楽施設は簡単なものを作ろうとしてるけど、やはり王都には敵わないわ」
「やはり、プールを作るのは本当だったんだ」
「簡単だし、ここは緯度が高いから冬は雪が降るのよ。年中入れるプールなら外へ出ようなんて考えないでしょうからね」
「となると、戦機が2機は欲しいな。でないと俺の休暇は無くなりそうだ」
「クリスが期待してるわよ。出来れば戦鬼が欲しいと言ってるわ」
そんな話をして帰って行ったのだが、何のために俺のところに来たんだろう?
情報のリークだとすれば、フレイヤの方が適任だろうし、生活部に頼めば館内ニュースで皆に教えてくれるはずだ。
桟橋の工事を手伝いながら10日程過ごしていると、300tバージを3台曳いたベラドンナとガリナムが拠点の洞窟から姿を現した。
たっぷりと資材を運んできたようだな。ガリナムも300tバージを1台曳いている。
バージの員数が合わないのは、200tバージを止めて300tバージを標準化しようというのだろうか?
獣機がランドシップとバージの連結を外してタグボートに接続しているのを、展望室で眺める。
タグボートと言っても、見た目は戦車に見えるんだよね。200tを越える巨体がキャタピラ式の駆動装置で、バージを運び始めた。
拠点となった大きな空洞の中で2台が運用されている。
小型のタグボートもあるようだが、これは小さな台車に建設資材を積んであちこち走り回っている。
翌日は、ヴィオラが300tバージを5台を曳いて荒野に採掘に出ることになった。マンガン団塊を満載したところで王都近くにあるヤードに向かうとのことだ。
拠点造りも大事だが、生活の糧を稼ぐことを忘れてはならない。拠点には20機の獣機と2隻の陸上艦がいるし、まだまだ洞窟のホール内に溜まる有毒ガスを置換できないでいるから巨獣の心配をしないで済む。せいぜい、海賊達の脅威なんだろうが、海賊が北緯50度近辺にやってくるとは思えない。
拠点を出て100km程過ぎたところで陸上艦が進路を西に変えた。前回の採取よりも南に下りてきた感じだな。
周囲の監視は円盤機が行なうから、部屋で外の風景を眺めながらコーヒーを飲む。
あわよくば、戦機ということは誰もが願っているに違いない。だけど、見つかる確率はかなり低いらしいから簡単には見付からないだろう。鉱石を探しながら偶然に見付かることもあるぐらいに考えた方が良いんじゃないかな。
進路を変えてから1時間も経たないうちに最初のマンガン団塊の鉱床が見つかった。陸上艦が停船すると同時に獣機が外に出ていく。
やがて、陸上艦が動き出した。時間にして数時間というところだから、それほど多く集まっていたわけではなさそうだ。
それでも、数をこなすたびにバージのバスケットがマンガン団塊で山盛りになってきた。
「拠点を出て、3日目よ。小さな鉱床もこれからは採取するのかな?」
「鉱床には違いないし、そんな鉱床に限って希少鉱物の団塊があると聞いたぞ。それに、短時間で鉱石を積み込めるから安全性も高い」
鉱石を採掘している時は艦内にイエローⅠかⅡが発令されている。万が一を考えて待機所に集まってはいるのだが、雰囲気的にはお茶会の感じだな。
「前回の巨獣の話を聞きましたか?」
「俺達が倒したトリケラだろ。円盤機の奴等が教えてくれたよ。小型肉食巨獣の良い餌になってたらしい。シレイン、俺のファイルの画像を出してくれ」
アレクにしなだれていたシレインが端末を操作して俺達の近くに仮想スクリーンを展開した。
「この画像は艦内ニュースでも流れていたから皆も知ってるな。シレイン、スクリーンを小さくしろ。……問題は、これだ!」
次の画像にはトリケラが20頭近く倒れているところが映し出された。
ベラスコが驚いて食入るように見ていたが、画像が直ぐに切り替わる。今度は戦機が射撃を行っている光景だ。
「見たな。俺達だけの秘密だったが、ベラスコも知っていた方が良いだろう。あれが先行したリオの戦果だ」
「あれだけで20頭はいましたよ。リオさんの戦機が使っているのは40mmライフル砲。あれだけ倒すには、軍の大型砲による一斉射撃でもなければ不可能です」
俺とアレクの顔を交互に眺めながら、更なる説明を要求している。
「最初に見たときは、王国研究所の新型獣機の試作品だと思っていました。戦機のような重量感がありませんからね。稼働時間が長いとなれば尚更です。王国が戦機を真似て獣機を改良したと考えれば納得できたんです」
「それはまた都合よく解釈したもんだな。だが、騎士の仲間内で話には聞いた事が無いか? 戦機には3つの種類があるとな」
ベラスコが炭酸飲料の入ったグラスを掴むと、ゴクリと音を立てて一口飲み込んだ。
「戦機と戦鬼オーガ……。確かもう1つは、戦姫でしたね。仲間達は、騎士団は戦機を持って始めて騎士団たると言ってましたね。戦鬼を持つ騎士団は数えるほどだと」
「12騎士団でさえ戦鬼を持つ騎士団は限られている。それほど少ないんだ。俺も後5年を経ずに戦鬼を降りることになる。そしたら、ベラスコ。お前が戦鬼を駆るんだぞ」
「いいんですか? カリオンさんやリオさんだっているじゃありませんか」
ちょっと信じられないと言った表情だが、アレクの言葉を嬉しそうに確認している。
「カリオンも、俺の後に直ぐ引退だ。そして、リオについては先程の話に戻ることになる。一応名前だけは知っていたようだな。……後々誤解が生じないように、ベラスコにも話しておく。良いか、リオの機体は戦機ではない。戦姫なんだ!」
飲みかけていた炭酸飲料を噴出してベラスコが立ち上がった。
苦しそうに咳き込み始めたぞ。サンドラが背中を叩いてあげてるが、吃驚して飲んでいた炭酸飲料が気管支に入ったようだ。
「ありがとうございます」と言いながらドサリとソファーに腰を下ろす。
「……戦姫は3機が現存していると聞いています。王族専用とは言っていますが、それを動かした様子がありません。かつてパレードにお披露目された戦姫を見た者の話では、獣機の曳く台座に、戦姫の隣に王子が立っていたと言っていました。俺達はその話を聞いて思ったものです。戦姫をまともに動かせる騎士はこの世界に存在しないのではないかとね」
ベラスコが改めて俺に視線を移した。
「まあ、そういう訳だ。戦姫の武装の話は噂では聞いているな?」
「戦姫が内蔵していると。当時の武装がそのまま現在でも使用できると聞いてます」
「それがあの結果だ。リオ、何を使ったんだ?」
「40mmレールガンです。出力は半分程度ですが、1発で複数を貫通してました」
「円盤機の奴等は不審に思うだろうが、放っておけば都合のいいように解釈してくれるだろう。だが、ベラスコには真相を話しておく。将来はヴィオラ騎士団の戦鬼を駆って戦機を統率するのだからな。リオは遊撃隊だと思えば良い」
ベラスコが俺を見ながら頷いた。
納得はしてくれたんだろうな。数年後の戦機を駆る者達はどんな顔ぶれになるんだろう。
「少なくとも5年後には確実だ。それまでには戦機をちゃんと操れるようになるんだぞ。拠点にはシミュレーターも出来るらしい。連携を中心に教えてやる」
アレクの言葉にベラスコが嬉しそうに頷いた。
将来の騎士筆頭だからな。頑張って貰わねばなるまい。