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229 無重力


ストローでコーヒーを飲むのは風情が無いな。タバコを1本楽しんだところで、自室に行ってみることにした。

 タブレットに自室への道順を表示させると、なぜかブリッジの後方にある円柱が表示された。

 近付いてみると、どうやら3名程度が乗れるエレベーターになっているらしい。3つあるのは利便性を考えてるんだろうけど、ちょっと定員が少なくないか? 中に入ってみると、フロアが示されていない。操作スイッチには、居住区と展望ブリッジ、それに操船ブリッジの3フロアが示されている。確かに俺達なら、この3カ所で十分に違いない。


 エレベータの円柱の間に会った扉は、食堂へ続くらしい。間にエアロックを1つ設けているのは、展望室からの緊急避難にも使えるようにするためなんだろうな。食堂に隣接したいくつかの部屋は、ネコ族のお姉さん達が属している生活部の拠点みたいだ。


 エレベータに乗って居住区に降りると、左右に通路が分かれている。士官室矢印が付いている左側の通路を歩いて行くと、左舷にずらりと扉が並んでいる。

 木製では無く、どう見ても気密扉に見えるな。

 その最初の扉のかれたネームプレートは俺の名前だった。さて、扉を開けるには……。

 どうやら、右手をかざせば良いらしい。

 右手にある金属プレートに手をかざすと、扉がスイっと数cmほど通路側に飛びだして開いた。俺が中に入ると、直ぐに扉が閉まる。これも、事故対応を考えているんだろうな。


 部屋は、かなり広い。白鯨の個室よりも広く感じる。

 楕円形の窓があり、装甲シャッターが今は開いている。扉から向かって右側にベッドがあり、左側にテーブルセットがある。その更に左手にはシャワー室があるみたいだが、宇宙でシャワーが使えるのだろうか? あまり利用したくないけど、皆の感想を聞いてから試してみよう。


 テーブルセットの通路側に大型のクローゼットがある。

 開いてみると、俺のバッグが1つだけ棚にあるが、その下の引き出しには、簡易宇宙服が10着程入っている。この部屋でちょっとした会議をしても全員が着用出来そうだ。

 そんなクローゼットには、冷蔵庫とレンジまで備えてある。ちょっとした飲み物は展望ブリッジまで出掛けて手に入れなくても済みそうだな。


 そんな棚を調べていると、黒のジャンプスーツが畳んであった。

 俗にツナギとも呼ばれる作業服だ。ヤード暮らしをしていたころは何時も着ていたのを思い出す。あの頃はどうせ汚れるんだからと、禄に洗いもしなかったな。

 あの頃のツナギと違って、これはかなりデザイン的に精練されている。ベルトをしなくともウエストは絞られてるし、手首や足首はストラップで締めることができるようだ。

 

 とりあえず着替えてみた。クローゼットの扉の裏にある鏡で姿を確かめると、中々似合ってるんじゃないか?

 一緒に置いてあったベルトを腰に着ける。タブレットホルダーと小さなバッグが付いているから、これは付けていた方が良いだろうな。

散々悩んだけど、リボルバーのホルスターも付けることにした。タブレットホルダーとリボルバーのホルスターに付けられた幅広のベルトを腿に付けたから動くことは無い。

 最後に帽子を被るとキャップの前面にADMと刺繍が入っていた。

 提督アドミナルって肩書きだったな。ナイトで十分なんだけど。

 靴を履きかえて、指先が出た薄手の手袋をすれば、船内標準作業服ということになるのかな。宇宙での作業専用ということではなく、ヴィオラ騎士団の艦内作業服として使えるんじゃないか?


 着替えを終えたところで展望ラウンジに向かう。

 加速が続いている間は重力が船尾方向に掛かるはずなんだが、船の人工重力がそれよりも勝っているのだろう。いつもと同じように床に向かって重力が働いている。

 もっとも、通常の半分程度らしく、何か体がフワフワしてるように感じる。

 まあ、これ位ならそれ程作業に影響はないだろう。鉱石を含んだ小惑星をリバイアサンの中で分解しなけりゃならないからな。

 ジャンプスーツを含め装備は黒一色だ。帽子のADMが金の刺繍だから目立つことこの上ない。跳ねるような歩きで展望ブリッジに向かうと、白のジャンプスーツを着た誰かが先ほどのソファーに座っていた。

 誰だろう? エリー達は着替え中のはずなんだが……。

 ソファーに近付くと、俺に気が付いた人物が席を立って頭を下げた。


「お久しぶりです。ライデンヌ放送のミトラです。今回は処女航海にお招き頂き、社を代表してお礼の言葉を言わせていただきます。ありがとうございます」


 早速、来たって事だな。まだ時間は早いから、これからカメラマンのライムさん達と打ち合わせに違いない。その前の時間潰しということなんだろう。


「果たして期待に添えるかどうかは疑問だけど、ライムさんと同行している場合に限り撮影を許可するよ。この宇宙船の飛行原理は3つの王国にも明らかにしていない。安易にコピーされたら核爆発以上の惨劇になる。その辺りは自重してほしいな」

「だいじょうぶです。タブレットで許可された区域以上には入りませんわ。でも、本当にこの船の中で小惑星を破砕するんですか?」


 ミトラさんに微笑みながら頷いた。

 通常の船より大きいとは感じているのだろうが、実感が伴っていないんだろうな。リバイアサンの口を開ければ直径数十mの小惑星は飲み込めるんだけどね。

 宇宙での取材と言う事で、あまりカテリナさんの話を聞いていなかったのかな?


「アリス、リバイアサンの鉱石採掘方法について、教育資料があるかい? なるべく概念的なものが良いな」

『騎士団内のPR用としてまとめたものがあります。その中から、抜粋して概要を説明しましょうか?』


「頼む」と言う俺の言葉と共に、仮想スクリーンが展開すると、リバイアサン、ドルファンそれにオルカの簡単な説明が始まる。

 オルカが鉱石を探索し、見付けたならドルフィンに乗った新型獣機が直径30m以下に破壊して、牽引ロープをオルカに結びつける。オルカがその小惑星をリバイアサンの口まで運んでくるのだ。

 口の中で小さく割られた鉱石は専用の円筒型コンテナに収納される。1つのコンテナの積載量が1千tだと聞いて目を丸くしている。


「科学はここまで進んでいたんですね。もうすぐ、惑星を旅行出来る時代が来るんでしょうか?」

「それは、もう少し先になるんじゃないかな。リバイアサンを小型化してそんな使い方も出来るかも知れないけど、それは騎士団の仕事じゃないからね」


 数十年でそんな時代が来るんだろうか? まだまだ地上には冒険すべき場所があるからな。よほどの物好きでないと、宇宙に出ようなんて考えないんじゃないか。

 俺だって、カテリナさんが近くにいなければ、いまだに地上で鉱石を採掘しているはずだ。


「でも、たまに誰かを誘ってみるのも良いかも知れないね。無重力の体験はおもしろいと思うよ。自分の体重が無くなるんだからね」


 体重を感じなくなるだけで、質量は無くならない。その辺りの実験はおもしろそうだ。


「リオ様は、王都で建造中の機動要塞の設計もなされたとか?」

「もう、知ってるのかい? 確かに詳細設計までは俺達の騎士団で行った。だけど、あの機動要塞はウエリントン王国だけのものでは無いんだ。3つの王国の共同出資だし、王族達が乗り込む事になる。この旅が終わったならそちらにも取材に行ったらどうかな? 俺の名前を出しても構わないよ」


「良いんですか!」 そう言って、席を立とうとしたら1m程体が浮かんだぞ。直ぐに落ちてきたけど、低重力下での急激な体の動きは、いかに危険な行為だかを知ることが出来た。

 そんな話をしていると、フレイヤ達が展望デッキに集まって来る。ドミニク達はグレー、エリーは俺と同じ黒で、フレイヤとローラ、それにオデットは赤だ。ライムさん達はグリーンだし、奥にいるトラ族の連中は黄色のジャンプスーツだ。

 どうやら、部署ごとにジャンプスーツの色を変えてるようだけど、カテリナさんのピンクはないんじゃないか? まあ、確かに立ち位置不明なことは確かだけどね。


「中々似合うわよ。地上でもその恰好でいたら良いんじゃない? それと、後1時間で疑似重力を切って加速を停止するからね。飲み物や、灰皿はその前に片付けないと大変なことになるわよ」


 ならば、今の内に楽しもう。タバコをベルトのバッグから取り出して火を点けた。

 ミトラさんは別のソファーで、ライムさん達と撮影の打ち合わせを始めたみたいだ。

 俺達の座るソファーでは、わくわくしながらその時を待つフライヤ達がストローでお茶を飲んでいる。


「王都にブラックボックスを輸送したそうよ。半年後には試運転が出来そうね」

「いよいよですか。大陸西岸への一番乗りは、どの騎士団が果たすことになるんでしょうね」

「できればヴィオラ騎士団が名乗りを上げたかったわ」


 フレイヤがそんな事を言ってるけど、宇宙への一番乗りを果たしたんだから、それは他の騎士団に譲っても良いんやないかな。


「それで、アリスに例のプログラムを頼みたいんだけど……」

『ドロシーの従妹ですね。了解です。拠点のラボで良いんですよね』

「ええ、そこで睡眠状態になっているわ。私達が帰ったら起こすつもりなの」


 ドロシーなら簡単に動かせるんだろうけど、リバイアサン並みの大きな機動要塞だからなぁ。最終艤装でどんな姿になるのか分からないけど、ちゃんと動かせるんだろうか? 新たな心配事が出てきた。


 いよいよ無重力の体験の時間だ。テーブルの上が片付けられ、ソファーに深く座ってその時を待つ。

 カテリナさんのカウントダウンがゼロを告げた時、何人かの体が宙に浮かんだ。俺の体もふわりと動き始める。

 ちょっとした動作が体全体を動かしてしまう。カテリナさんは床に靴を押し当てるようにして立ち上がったが、少し粘るような感触の靴底はこれを防止するための物だったんだな。


キャー、キャーとかウォーとか言う声が展望デッキに満ちて来た。確かにちょっと面白いかもしれないな。ポンとブリッジの壁を蹴っただけでも、端まで空中を移動できるんだからね。

 ミトラさんもくるくると移動しながら無重力のリポートをしているようだ。

 それをライムさんがカメラで追い掛けているんだから、ライムさんの空間認識能力はかなり優れているとしか言いようがないな。裏社会では少しは知られた存在って事なんだろうか?


「リオ公爵がこちらに近付いてきます。あのように空中を飛ぶように移動してくるなんて、事前にレクチャーは受けたんですが信じられません。でも、これが事実なんです。宇宙空間で重力の束縛から離れた時、私達はこのような体感をすることになりました」

「どうです? 中々面白いでしょう。普段と違いますから、仕事をする時には疑似重力を作ることになります。リバイアサンの中では地上とそれ程変化が無く作業できますが、鉱石採掘を行う場所は、このような上も下もない状況下で作業するんですよ」


そう伝えて、今度は獣機を操るトラ族達の騒いでいる場所に向かった。彼らこそ、この状況下に慣れて貰わねばならない。ブリッジの中だからまだ良いのだが、これをリバイアサンの外で彼等は味わうことになるのだ。広大な空間にポツンと浮かぶ自分を考えた時、彼らが平静でいられるかどうかがこれから試されることになる。


 無重力の体験は時間にして30分程度だった。

 鉱石採掘が本格化する前に何度か経験して貰わねばなるまい。それに飛行状態でのオルカやドルファンを使った訓練も必要だ。相対速度の概念を徹底的に叩き込まないと、宇宙で迷子になってしまいそうだ。

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 1日に1度はブリッジの後方にある艦隊指令室で、地上の状況を確認する。

 常にドロシーがチェックしてるから、問題が無いことは分かっているのだが状況は掴んでおかねばなるまい。


「全て順調ってことかしら? 各ラウンドクルーザーの艦長は上手く対応してるわ」

「ヴィオラ騎士団は問題ありませんが、この騎士団にはアンゴルモアが急行しています。ガリナム艦隊も方向を変えたようです」

 まったく、困った連中だな。近くにいるからだろうか? 協力しよう何てことは考えないんだろうな。

 そんな事を考えながら画像を拡大した時だ。必死で南に逃走している騎士団の後方の巨獣達の更に後方にもう一つの巨獣の集団を見付けた。


「アンゴルモアに打電だ。救助を必要とする騎士団の後方にもう1つの巨獣の集団がある。これを狙ってくれとローザに頼んでくれないか?」

「戦姫なら間に合いそうですね。騎士団の逃走方向を東に変更すれば、ガリナム艦隊の救援に間に合いそうです」


 こんな騎士団全体の動きをチェックして対応を取る部署も必要になりそうだ。西への進出は、新たな巨獣との戦いでもあるのだ。機動要塞の中にそのような部署を作っても良いんじゃないかな。一度カテリナさんとも相談してみよう。


 2時間もすると、2組の巨獣はそれぞれの打撃艦隊によって倒されたようだ。

 メイデンさんからの報告では戦機も持たない小さな騎士団だったらしい。少し緯度の高い地方で鉱石を採掘しながら戦機を探していたようだが、それほど簡単に見つかることは無いんじゃないかな。


「呆れた話ね」

「そうだが、納得も出来る。10年ほどの期間でみると、戦機の発見される場所は中緯度よりも上になる。やはり戦機あっての騎士団ってことなんだろうな」


 戦機モドキである新型獣機で我慢して欲しいものだ。とはいえ、どれ位の数の戦機が埋もれているんだろう? 無尽蔵ではないにしろ、数体は毎年見つかっていることも確かだ。


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