227 さぁ、出掛けよう
「完成したという事ですか?」
「ええ、完成したわ。いつでも出発出来るわよ」
リビングでおしゃべりしていた俺達のところに、いきなりカテリナさんが現れてリバイアサンの完成を告げた。
俺達は互いに顔を見合わせてさてどうするかを考える。まだ笑みを崩さないカテリナさんだけど、早くしないと一人で出掛けてしまいそうだ。
それも良いんじゃないかと一瞬考えが頭をよぎったけど、俺達の大切な仲間でもあるし、何と言ってもヴィオラ騎士団の団員だ。
「直ぐに出発という事も出来ないでしょう。リバイアサンのテスト飛行は地表近くで何度か行うべきでしょうし、オルカとドルファンのテストもぶっつけ本番はまずいですよ。それに宇宙服の密閉や機能試験だって必要です」
「それも含めてよ。宇宙服は100着を3度繰り返したし、オルカとドルファンは宇宙専用機だから、地上試験は無理があるわ。リバイアサンのテスト飛行は直ぐにでも可能よ」
「でしたら、10日後にしましょう。最終クルーの調整と、物資の搬入。それに宝石ギルドから鑑定チームを招きませんと」
「10日後ね。了解よ」
そう言って嬉しそうに出て行った。残ったのは、さてどうしたものかと悩む俺達だ。残された期間は10日間。色々とやることがありそうだ。
「宝石ギルドに連絡しといた方が良いな。原石選別用の単波長ライトはドルファンに設置してあるんだろう?」
「アクティブ中性子を使った鉱石探査器と共に搭載したと聞いてます」
エリーが答えてくれた。宝石ギルドへの連絡は任せてくださいと言ってるから、その言葉に甘えよう。
後は……。そうだ! 運航管理局にも連絡しといた方が良さそうだ。
俺達は彼らに敵対したいわけじゃないからな。きちんと連絡した記録を残しておけば問題も起こらないだろう。テーブルから離れて、ソファーに移動する。
自分のマグカップと灰皿を持ってきたから、交渉が長引いても安心だ。
「アリス。第二惑星管理官に連絡したいんだが、方法はあるかな?」
『相手の端末に直接連絡したらどうでしょうか? 運航管理局の通信回線は全て解析済です』
ひょっとして、管理局の電脳を既にハッキングしたのか? まあ、助かることはたしかだけど……。
「それなら、ライデン周囲の航宙機の状況もわかるんじゃないか?」
『コンテナ輸送船がラグランジュ地点に3隻停泊しています。赤道上空のターミナルでは、ライデンから打ち出されたコンテナの回収作業が6か所で行われています』
「となると、俺達が出掛けるコースはどうなるんだ?」
『ここから直接第5惑星付近に直行します。第4惑星軌道から150万km外側が、私達の狩場の始まりになります』
仮想スクリーンが変形して半球状のスクリーンに変わる。
そこに、管理局の航宙機が描く軌道と俺達が進む軌道が描かれる。片方は円弧を描き、俺達は直線的に伸びている。
「出発を1200とした場合の航路予定図を作ってくれないか? 交渉で向こうに渡しておけば、向こうも安心するだろう。それじゃあ、回線を繋いでくれ!」
目の前に仮想スクリーンが作られたが、一瞬ノイズが走る。その間にタバコに火を点けて、相手が出るのを待つことにした。
突然、この間の管理官がびっくりした表情で現れた。どうやら私室らしい。ラフな服装は好感が持てるな。
「しばらくです。ライデンのヴィオラ騎士団領公爵のリオです」
「この回線はプライベートですが、良く探し当てることが出来ましたね。私の事は、ミレーネとお呼びください。それで、御用件は?」
ミレーネさんか……。驚いてはいたが、直ぐに立ち直っている。やはり1つの区域を任されているだけのことはある。
「俺達の航宙機が完成したので、10日後に鉱石採掘を試みる。ライデンの出発を1200時にした場合の航路図を送る。無用な心配を掛けるわけにもいかないだろう」
直ぐにアリスが航路図を送ったようだ。ミレーネさんがもう一つのスクリーンを展開しながら確認している。
「確かに頂きました。……これが本当なら、こちらにインパクトがあるとは思えません。採掘が成功したら再度連絡してください。それと……、10万km以上離れて見ている分には、よろしいですよね?」
「ああ、条約の通りならこちらも問題はない。それでは運航管理官の了解が得られたという事で、俺達は10日後の1200時にライデンを発つ」
俺の言葉にしっかりと頷いたところで通信を閉じた。
これで、問題はないだろう。テーブルを見るとフレイヤ達があちこちに通信を行っている。ここで温くなったコーヒーを飲んでいた方が良さそうだな。意外と退屈な旅になるかも知れないから、退屈しのぎになりそうなものでも見つけようか。
そんなことで、仮想スクリーンに商会のカタログ商品を表示させると、画像の解説文を読みながら時間を潰すことにした。
カタログの品物を見ている内に、贈答用のリストがあることに気が付いた。
ローザがはるばる中継点に将来の伴侶を連れてきたんだから、何かプレゼントをしとかないといけないんじゃないか?
贈答用のリストを開いて見ると、かなり値段に開きがある。安いものは万年筆のような銀貨1枚の筆記具だし、上は天井知らずだな。クルーザーなんて贈る人がいるんだろうか?
「何を見ていらしたのですか?」
コーヒーのお代わりを持って来てくれたオデットが、俺の見ていた仮想スクリーンを肩越しに見て問い掛けてくる。
「ローザ達の結婚祝いを考えてたんだ。わざわざここまで相手を見せに連れてきたんだからね。色々と世話もしたし世話にもなった。それを考えると贈り物を何にするか迷ってしまう」
「エミーも考えていますよ。一度相談した方がよろしいかと」
実の妹だからなぁ。俺より真剣に考えているんじゃないか?
オデットに礼を言って、とりあえず仮想スクリーンを閉じることにした。
ちらりとソファーの方に目を向けると、いつの間にか騒ぎが治まっている。どのように治まったのかを考えると不安になってくるんだよなぁ。
「リオ! リオの仕事をリストにしといたからね」
俺の視線に気が付いたんだろうか? フレイヤが大きな声を出している。
送ったということだから、メールに添付したのかな?
再び仮想スクリーンを開いてメールを確認する。色々と送られてくるメールのほとんどをアリスが返信してるのは誰も気が付かないみたいだ。
これだな。差出人がフレイヤになっている。
開いて見ると、10項目以上の仕事が並んでいた。前の時と同じように、きっと俺だけ多いに違いない。
その仕事は、出発の挨拶ばかりだ。ドミニクを始めとして、内弁慶ばかりが揃ってるんだよね。
「明日にでも一回りしてくるよ。留守にするけど大丈夫だろう?」
「こっちも色々あるから、リオ1人で大丈夫かな?」
「何とかしてくるよ」
先ずは王宮、次は軍の詰め所……。商会にも顔を出すことになりそうだな。
アリスに回る順番を考えて貰おう。とても1日だけでは回れそうもないな。
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出発までの10日間。何とか準備を終えた俺達を自分達で褒めるためにちょっとした宴会を催した。アレク達やベラスコ達も集まったし、ローザ達もはるばるやってきたからドロシーが喜んでいた。
「我等も連れて行って欲しいのじゃ。最初の航海を無事にこなして帰ってくるのじゃぞ」
「僕らも行ってみたいですね。休暇をまとめて取れないか、艦長と相談してみます」
アレクは「行ってこい!」と言うだけだったが、ベラスコやローザは若いからなんだろうか? やはり宇宙に行きたいという夢があるようだ。
翌日。隠匿桟橋に昨夜の宴会に参加した連中の顔ぶれが揃う中、俺達が一列に並ぶ。俺の左ににエミーとローラにオデット。ドミニクとレイドラ、フレイヤにクリスが並ぶ。右側にはカテリナ博士とドロシーだ。
数m離れて、騎士団員が勢ぞろいしてくれた。
「ヴィオラ騎士団の行動区域が北緯50度を超えた時、俺達は中継点を見付けた。中継点を足掛かりにヴィオラ艦隊は鉱石を採掘している。北緯60度を超えて白鯨は高緯度地方の採掘を順調に行っているし、ガリナム艦隊は中継点の周囲を広範囲に鉱石の探査を行いつつ巨獣に目を光らせている。
これだけでも騎士団としては十分に活動していると言えるだろう。だが、俺達の知る世界にはもう一つ、鉱石を採掘できる場所がある。
いつかはどこかの騎士団が始めるに違いないが、どうせなら俺達が一番乗りになりたい。
後ろの船を見てくれ。騎士団が持つ初めての航宙船であるリバイアサンだ。
宇宙に俺達の活動が出来るかどうかを見極めて来る。そこに鉱石が無いなら直ぐに帰って来るつもりだ。それでは、出掛けて来る!」
いつになく長い挨拶になったが、俺の心情だ。
10日程小惑星帯を探索して、思わしくなければカテリナ博士も諦めるだろう。
皆の答礼を受けて、俺達は桟橋からローディングデッキを歩いてリバイアサンに乗り込んだ。
「ちゃんと付いて来るのよ。でないと迷子になってしまうから」
カテリナさんがそんな言葉を言うから、俺達は旗を持ったカテリナさんの後ろにカルガモの雛のような感じで通路をぞろぞろと歩いている。
何となくツアー旅行の感じだな。先頭を歩くカテリナさんが、短い棒の先にひらひらとなびいているヴィオラ騎士団のペナントを付けているからなおさらな感じがする。リバイアサンには絶対そぐわないと思うんだけどね。
「どこに向かっているんですか?」
「居住区の上にある展望ブリッジよ。その上が操船ブリッジだから分かりやすいでしょう?」
フレイヤの問いにカテリナさんが答えているけど、居住区だってどこにあるか分からないぞ。早めに船内ナビを手に入れないと迷子になりそうだな。
これだけ大きいのに、乗員が数十名なのも問題だ。誰かに聞くというのも難しいだろう。自分に係わる区域以外には、しばらく出歩かない方が良さそうだ。
元々俺は出歩くのが好きじゃないから、部屋でのんびりしていよう。
「何か、歩きづらい通路だな」
「気が付いた? 靴底と通路の床が静電結合するの。でないと、無重力では体を固定出来ないでしょう。一応、簡易重力場はあるんだけど、リスクは減らさないといけないわ」
前の方からカテリナさんの答えが返ってきた。
確かにリスク低減は設計者が考えないといけない事ではあるんだが、歩きづらいのは問題じゃないのか?
そう思っていても、口に出したら負けてしまうから、黙って後を付いて行くんだけど、ちょっと粘るような感触に皆も戸惑っているようだ。
それでも5分程歩くと、エレベーターに着いた。
エレベーターの向かい側の壁には3Fと表示されているから、リバイアサンの登場口は3階にあるということなんだろう。
10人程が乗れるエレベーターに乗ると、カテリナさんが5Fのスイッチを押す。2つ上階だから直ぐに到着した。
エレベーターを出ると、ちゃんと5Fと壁に表示が書かれていた。左右に通路が伸びている。
「ここが展望ブリッジよ。左右どちらの通路も行き先は変わらないわ。主要な通路は2つ作ってあるの。リバイアサンの前方向に展望ブリッジ、その後方に艦隊指令室が作ってあるわ」
左の通路を進みながらカテリナさんが説明してくれたけど、宇宙に出掛けてもヴィオラ艦隊全艦に指令を出せるようだ。騎士団長が一緒だから仕方がないと言えばそれまでなんだけれどね。
更に通路を進んで行く。今度は結構な長さがある。右に湾曲した通路だから、どれぐらい長いか実感がわかないのが気になるな。
それでも、ようやく終点に来たようで、通路が壁で遮られている。その真ん中にある扉を開けると、数m四方の小さな小部屋があった。
「エアロックよ。船内にけっこう数があるから注意してね。一度両側の扉を閉めないと、片方の扉は開かないわ」
たぶん事故を想定してるんだろう。小さな穴が開いただけでも、空気が無くなってしまうからね。
全員が入ったところで通路の扉を閉めてロックすると、カテリナさんは入ってきた扉の反対側の扉を開いた。
俺達全員が大きく目を見開く。そこは大きなホールになっていた。
大きさは体育館より広いんじゃないか? 天井の高さが5m程だから、バスケットボールはできないと思うけど……。
「ここが展望ブリッジ。私達のリビングになるのかしら? 前方の窓は3重の強化ガラスよ。危険な場合は装甲シャッターを下ろすから、それほど心配は無いと思うけど、念のためにこのブリッジだけでも簡易気密服が60着備えてあるわ」
ここだけでも、と言う以上他の場所にも備えているんだろう。空気が漏えいした時に避難するだけの簡易版だからそれ程機能があるわけじゃ無さそうだが、あるだけでも安心できる。
「前方の窓に近い場所に座席を設けてあるわ。ソファーみたいだけど、リバイアサンならこれで十分よ。Gが加わる場合は各自のベッドで耐える事になるけどね」
話をしながら、カテリナさんがソファーの座席を持ち上げると、その下のボックスに簡易宇宙服が入っていた。
なるほど、これなら直ぐに装着できる。小型のボンベは10分程度の呼吸が可能らしい。エアロックで次の部屋に移るまでだからこれで十分なのだろう。
俺達は、ソファーの1区画に腰を下ろした。
そろそろ出発になるんじゃないかと思ったら、操船を行うのはドミニク達らしい。
カテリナさんとドミニクにレイドラ、クリスとドロシーが俺達と別れて、操船ブリッジに向かって行った。
「私達はここにいて、だいじょうぶなんでしょうか?」
「さっきの話だとだいじょうぶらしいな。出発する時には合図位してくれるだろうから、前を見て、その時を待てばいい」
とは言ったものの、良く分からないんだよな。
そんな俺達の前にスイっと、小さなタブレット端末が出て来た。
「これを良く読んでおくにゃ」
そう言って俺達の後ろのソファーに腰を下ろしたのはライムさん達だ。エミーがここにいる以上彼女達も付いて来たってわけだな。
受け取ったタブレットにリバイアサンの情報が入っているらしい。アリスにお願いして、腕時計型端末に情報を転送して貰う。
このタブレットは後でバッグに詰め込んでおこうと思いながら、早速画像を開いてみる。
なるほど、現在地と人間の居場所がこれで分るんだ。リバイアサンの各室の大まかな仕様も分かるから、これを持っている限り迷子にはならないだろうし、人を探すのも楽に違いない。
そんな、画像の中でプロテクションの掛かった部屋があるが、これが俺達のプライベートルームになるって事かな。区域の大きさだけでカンザスよりも大きいのが分かる。
俺の私室もあるらしい。少しは1人になれるって事に違いない。
『ブリッジより連絡。出発まで、残り60秒!』
急な話だが、船内放送が2度繰り返されただけで終了した。
シートベルトは必要ないんだろうか?
そんな思いが頭を過る間もなく、ソファーのシートが俺達3人を包み込む。まるでジェルの中に沈むような感じだ。




