213 一攫千金作戦
一攫千金を得る方法は、カテリナさんがヴィオラ騎士団で活躍していた時代に試作した物があるそうだ。
「宝石はケイ素を含んだ化学成分と特殊な結晶構造を持つのよ。ダイヤは例外ね」
「反跳中性子線分析装置で分別できると?」
「ランドクルーザーに搭載した反跳中性子線分析装置では大きすぎるわ。あれは地中に埋もれたマンガン団塊を見付けるためのものだから、そのままでは無理ね。それで、これを作ったんだけど……」
端末を使ってカテリナさんが仮想スクリーン作ると、自分のデータベースから何やら映像と、回路図それに計算式のようなものを映し出した。
『結晶構造の簡易分析装置ですか?』
「アリスなら一目でわかるということね。それなら、この欠点も理解できるかしら?」
『宝石の種類が限定されてます。ダイヤは簡単そうですね。ルビーで断念ですか?』
「2種類だけなの。他の宝石はこれでは無理かしら?」
『少し改造すれば良さそうですね。近紫外線まで励起用レーザー波長が延びていますから、狭帯域フィルタの位相制御が精密化すれば、さらに検出できる宝石が増えそうです』
アリスの言葉に笑みを浮かべながら、タバコに火を点けた。
「お願いできるかしら?」
『施工設計までなら可能です。私からカテリナ様にお願いが1つあるのですが……』
「交換条件というわけね? 私の可能なら協力するわ」
『耐圧シリンダーを製作してください。容量は100ℓ、耐圧条件は1cm四方あたり1tでお願いします』
アリスの言葉にカテリナさんが一瞬首を傾げていたが、直ぐにいつもの表情に戻った。
「交渉成立で良いかしら。アリスの希望は1か月後には叶えるわ」
『設計は、すでにカテリナ様の端末に伝送しました。特定の波長の紫外線を当てると直ぐに原石を確認できますよ。宝石ごとに異なりますから、高価な宝石を対象に4つほど波長を合成したものを作れば良いと思います』
夕食後にでも、皆に伝えてみるか。
緯度の高い川岸なら、他の騎士団から文句も出ないだろう。
数個見つかるだけでも、財政的には助かるはずだ。
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夕食後のワインを飲む静かな一時だったのだが……。
「「何ですって!」」
「いや、資金に余力が無いから、宝石の原石を探そうかとカテリナさんと相談したんだ」
皆の大声にちょと驚いてしまった。俺の弁明が聞こえたかどうか分からないほどフレイヤ達がワイワイ騒いでいる。
「できるの?」
「ドミニクの生まれる前に一度やってみたわ。結果は十数個だったけど、ラウンドクルーザーを新調できたほどよ。当時はダイヤとルビーだけだったけど、アリスのおかげでサファイヤとエメラルドも見付けられるわ」
さらに騒ぎが大きくなったから、実施することになりそうだな。
俺以外の連中も、宿題の解決を図るために、それなりの資金が必要なんだろう。真剣な表情で、今度は採掘場所をどこにするかで議論が始まっている。
騎士団長が決定すれば、良いように思えるんだけどねぇ。
どうにか出て結論は、白鯨の休暇とカンザスの休暇を利用して、3日間の宝石の原石を探すということだった。
場所は、宝石の原石を探す騎士団の活動区域を避けるため、北緯53度近くで行うことになったようだ。
中継点より、やや北に向かうことになる。巨獣がいつ現れてもおかしくないような場所だから、常にナイトや戦鬼を待機させると話してくれた。
「本当に取れるのでしょうか?」
エミーが切実な表情でカテリナさんに確認している。エミーの宿題は中継点の福祉政策だから、それなりに予算が必要なんだろうな。
「前回は数個だったわ。北緯40度近くで行なった成果よ。かなり北に向かうし、簡易判別器の性能も上がっているから、期待はできそうね」
「ダメということもあるんでしょう?」
「ベルッド達は懐疑的ね。でも、砂金なら取れるだろうと言ってたわ。ベルッドは数人を率いての参加よ」
なるほど、その手もありそうだ。
アレクが悩んでいるようだけど、サンドラ達が決めてくれるんじゃないかな。
翌日になって参加者が増えた。ローザ達もやって来るらしいが、誰が知らせたんだろう?
そんな事で、一月ほどの準備期間を取って『一攫千金作戦』が始まる。
カンザスに参加者が乗り込むと、西に横たわる大河を目指さして荒野を駆る。
久し振りのカンザスのリビングはそのままだが、右側の個室は客室に改造されていた。左側に俺達の部屋が出来ていたのだが俺の執務室は消えている。まあ、殆ど使わなかったけどちょっと残念な気がしないでもない。
「それにしても、宝探しとは良いですね。半分は自分の物にしていいって言うのもありがたい話です」
そんな事を言って、隣のジェリルと頷きながらワインを飲んでいるのはベラスコだ。アレク達もウイスキーを飲みながら頷いてる。
「でも、採れないとダメなのよ。騎士団領の改革にはとにかく資金が掛かるんだから!」
「まあまあ、そんなに熱くならずとも初めて採取する場所じゃ。たんまり取れる違いないぞ」
ローザ達はヴィオランテで着た探検隊の衣装を着ている。そういえば俺も持ってたな。
ローザ達は部隊の改造費用を自分達で工面したいらしい。3人でやってきたけど、残されたリンダ達はだいじょうぶだろうか?
俺達以外ではカテリナさんとガネーシャの一味だ。まあ、色々と模索してるから彼女達も予算不足に違いない。
「戦機は近くに置いて頂戴。何があるか分からないからね。それと、これが原石を判別する簡易装置よ。カンザスに戻ったらカテリナさんに再度鑑定して貰うからね。
有望な原石は自分達のコンテナに入れておけば良いわ。個人認証キーが付いているから、安心できるわよ」
ドミニクとレイドラが俺達に懐中電灯のような器具を1個ずつ渡してくれる。これで有効なのは、ダイヤにルビーそしてサファイヤとエメラルドらしい。その他に、これはと思うものがあればカテリナさんが鑑定してくれる事になっている。
「ところで、宝石の原石とはどんな物なんじゃ?」
素朴な疑問をローザが出したけど、それは全員の思っている事ではないのかな?
宝石という言葉だけに舞い上がって、何を探すかを知らないのは問題がありすぎる。ドロシーのバケツに熊手に麦藁帽子というのもちょっと問題だけどね。
「そうね。ドロシー、ちょっとライブラリーで検索して頂戴!」
カテリナさんの言葉に、ドロシーが仮想スクリーンで原石をいくつも展開している。どうやら、石英のような透明感があって、少し色がついてるのが良いみたいだな。だけど、ダイヤとガラスは俺には区別が出来ん……。
周囲を見ても似たような顔をしてるところを見ると、この企画は失敗だったかな? 上手く1個でも見付かれば良いんだけどね。
西の大河に到着したところで、アリスと一緒に周辺の巨獣を確認する。
『カンザスの停船位置から周囲50kmに巨獣は確認できませんね。一番近い4頭のチラノでさえ70km以上離れていますし、反対方向に進んでいます』
「とはいえ、偵察は必要だろうな。ゼロ3機が周辺監視をしてくれるらしいから、少しは安心できるんだけどねぇ」
翌日の朝食後には全員が河原に下りて原石を探し始める。
そんな俺達をかわいそうな目で見ていたトラ族の男達がゼロに乗って監視に出掛けて行った。
大河の川幅は1km近くありそうだ。水深は30cmほどだから、水中に潜む巨獣を気にしないで済むのがありがたい。
カンザスから下りた途端、皆が河原に散っていく。いよいよ『一攫千金作戦』が始まった。
透明な石を探しては、簡易宝石判定機で確認する。そんな俺達の川上ではベルッド爺さん達ドワーフの一段が砂金を探している。
「まあ、宝石が無くとも砂金ぐらいは取れるじゃろう!」
そんな事を言いながら始めたんだけど、取れた物の半分は自分の物ってのが効いたのかもしれないな。
何度か嬌声が上がったところを見ると、それなりに採れてるのかも知れない。
ん? これは、ひょっとして……。
宝石鑑定機の特殊な光線に輝いている。握り拳にも満たない小石なんだけど、見つけたって事なのかな?
そんな小石を数個拾ったところで、コツが分かってきた。大きな岩ではなく、角張った小石で透明感があるものを探せば良いらしい。
肩から掛けたバッグに次々と小石を入れていく。
疲れたところで、タバコに火を点ける。
ドミニク達は大きな石を丹念に探しているし、ローザ達はくるぶしまで水に入って探しているようだ。
少し離れた場所で、ガリガリと小石を熊手で掘っているドロシーのバケツには三分の一ほど小石が入っている。あれが全部宝石だったら、俺達が大金持ちだな。
メープルさん達が運んでくれた昼食を食べながら、フライヤ達が互いのバケツの中身を覗いてる。
量を確認して少しホッとした表情になったり、残念そうな顔になったりと見ていた方が面白いんじゃないか?
夕暮れ近くまで、必死に集めた原石と思われる石ころを、カンザスにあるカテリナさんのラボに持ち込んだ。
1人ずつ、高性能の鑑定機に集めた物を放り込むんだが、何せ鑑定機の機械的制限でハンドボール程の大きさ以下でなければ鑑定出来ないようだ。その上、重さが10kg以下に制限される。
過去にそれを越えるような原石は無かったという事だから、それでいいのかもしれないけど、ドミニク達はドッジボールほどの大きさの物まで持ち込んだようだから、ラボの端で半分に割ってるみたいだな。
「最初は、ドロシーなのね。あらあら、たくさん集めたわね」
バケツの中身をガラガラと鑑定機に入れるドロシーを、微笑みながらカテリナさんが見ている。
鑑定機は自動化されていて、高品位の原石だけを自動的に選び出し、その外の小石はバケットに落とされるようになっている。
俺達が固唾を飲んで鑑定機を眺めていると、ころころと数個の小石が木製の箱に転がり落ちた。残りの小石はドカドカと鑑定機の下にあるバケットに落ちている。自動フルイみたいな感じだな。
「あらら、こんなにあったの? どれどれ……」
俺達が、カテリナさんに視線を移すと、ドミニクをラボの端から呼び寄せた。
「至急、商会に連絡して宝石の専門家を呼びなさい。傷があるけど紛れも無く宝石の原石よ!」
「それなら、逆にこっちから運んではどうです。まだ1人ですよ。これからどれだけ手に入れられるか分からないですからね」
「そうね。確かにリオ君に言うとおりだわ。10日後にヴィオラ騎士団がこれまでに手に入れた宝石の原石を競売に掛けるという事で関係者に連絡すれば良いわね。だいじょうぶ、私に任せておきなさい」
ドロシーだけでも結構な額になるみたいだ。
次ぎはローザだな。大きな袋から小石を鑑定機に入れてる。
直ぐに、下からバラバラと小石が落ち始めた。それでも、原石が4個、木箱に転がり落ちたぞ。
フレイヤ、エミーと次々に小石を艦定機に掛けては少なからずの原石を手に入れている。
レイドラが11個の原石を手に入れて喜んでいるところで、最後が俺の番だな。
皆の半分ぐらいの小石を艦定機に入れたんだけど、しばらく経っても下に小石が落ちて来ない。最後にバラバラと木箱に小石が山になった時、2個の小石がポトンと下のバケットに落っこちた。
「壊れてるんじゃないの!」
「リオが探してきたのは、2個を除いて全て宝石の原石って事ですか?」
「どうやら、そのようね。リオ君がその気になったらこの惑星一番のお金持ちになりそうだわ。間違いなく全て本物よ」
カテリナさんが原石を再度良く見ているが、それ以上は呆れてものも言えないって感じだな。
「さすがは兄様じゃ。明日は我等も頑張らなくてはならん。どんな感じで探すのじゃ?」
ローザの問いに、全員の視線が俺に突き刺さる。俺の言葉を待ってる感じだな。これは早く言った方が良さそうだ。
「拳より小さくて、角張った感じの透明な石を探すって感じかな。それに持ってみると少し重いような感じもしたぞ」
「角張った透明の小さな石で、重く感じる物じゃな! 明日はたっぷり集めるのじゃ!」
原石だからって、綺麗なわけじゃなかったんだよね。艦定機から弾かれた小石は綺麗な色が付いていた。せっかく簡易艦定機を貰ったんだから、それで調べなかったのだろうか?
自分の鑑定眼で選んでるような気がしないでもないな。
後は、これの売値がどれ位かが気になるぞ。
そんな感じで始まった宝探しは3日程続いて、俺達は領地に戻ってきた。一番少なかったのはドロシーだけど、原石の半分は4つに分けて小さな宝石箱に入れて3人の妹達と仲良く分けたみたいだ。
フレイヤ達は大きな原石を記念に1つだけ手元に置いて全て処分するようだけど、値崩れを防止するために各自が1年に2個だけ処分する事になったようだ。俺はパレスの棚に飾る事にした。単なる石ではあるが、台座を作って飾ると何となく工芸品に見えるから不思議だな。それだけでちょっとした財産になるようだから、次に予算が必要になったときに処分すれば良いだろう。
皆から半分供出された宝石の原石だが、重さだけで50kgは越えている。3日後に開催される競売にはどれ位出すかをドミニク達は協議中だ。1度に全て放出できればどれだけ良いか。
「ヒルダが興味深々よ。王妃だけでも7人がやってくるわよ」
「でも、競売をヴィオランテで開いて良かったのですか? 確かにここよりは王都に近いですけど」
「ここよりはガードがしやすいわ。トリスタンのところから数人出張ってくるわよ」
大金が動くという事が、ここでは問題あるらしい。大金が動くということで教会からも、現金輸送の特別艇を用意してくると言うから、一大イベントになってきた。
ローザ達も匿名で俺達に原石の競売を依頼してきた。数は20個だからローザも長く資金源として使うつもりだな。
「でも競売だけじゃないですよね」
「せっかくだから皆で休養しようよ。ローザやアレク、ベラスコ達も後半には合流できそうだ。その間はガリナム艦隊に守りを固めて貰わないといけないけど、それなりの見返りを渡すつもりだ」