207 高緯度へ踏み出す
「地表はかなり傾斜してますね」
「ああ、あれだと、戦機の動きは制限されてしまう。リオの作ったナイトは正解だったな」
足元の透明な船殻を通して地表を眺めながら、アレク達が話をしている。
地表から500mの高度保って飛行しているから巨獣の脅威はまったく無い筈だ。大型の鳥はいるが、空を飛ぶ巨獣は今までに知られてはいない。それは伝説級、神話級のいずれにおいてもだ。
地表を探索しながら進むギガントは、俺達の前方50kmほどを進んでいる。高緯度地方と言っても、今回俺達が踏み込むのは精々北緯65度までを考えている。
それでも、偉業には違いない。北緯65度を越えた騎士団は過去にいくつも知られているが、生還した騎士団は皆無だ。今回の採掘の目的はどんな鉱石があるか、それに北緯65度付近に生息する巨獣を知ることが主目的だ。
「鉱石反応! 直ちに獣機士は獣機に搭乗せよ。繰り返す。鉱石反応……」
どうやら、見付けたみたいだ。
飛行船の進路が変わり、高度を下げ始めた。
「周囲は安全なんだろうな?」
『周囲50kmに巨獣の反応はありません』
アレクの質問に答えてくれたのはノンノだな。ブリッジの専用コクピットに着いているはずだが、白鯨の中の全ての会話を聞く事が出来るようだ。
「艦長、周囲の状況は目視以外にも探ってくれ。どんな連中がいるか、それすら分からないのが高緯度地帯だ」
「了解です。サーマル、電磁波、音響で周囲を探ります」
「だいぶ慎重だな?」
「慎重過ぎるぐらいで丁度良いと思いますよ。中緯度付近に伝説クラスが出てきましたからね。ここでは何が起きても不思議じゃない」
地表から20mのところで滞空し、獣機と重機が降ろされ、最後に移動式バージがコンテナを積んで降ろされた。
これから数時間は緊張が続く。タバコを咥え、作業の進捗を見守る事にした。
横からグラスが出て来た。思わずグラスを掴んで出所を確認すると、シレインが俺に微笑んでいる。
「そんなに眉間に皺を寄せていると、彼女達に嫌われるわよ。アレクのようにデン! と構えてれば良いわ」
あれは、デンと構えてるのではなく、飲んだくれているように思えるんだけどねぇ。
だけど、そんな目で見られているというのも問題だな。グイっとグラスをあおり、気分転換に別な画像を立ち上げた。
ローザ達の状況を見るなら少しは心配が無くなるだろう。確か西の拠点に引っ越して周辺をパトロールしているはずだ。
一足早く機動艦隊の仕上がったウエリントン王国は小型空母と大型駆逐艦2隻をセットにしてコンテナターミナルの防衛任務をこなしている。それが後ろにいるからこそ、巡洋艦であるアンゴルモアを更に西の拠点に移動させたのだ。戦姫3機は伊達じゃないからな。伝説級の巨獣だってあの3機で倒せたかも知れない。
そのアンゴルモアは拠点から数百km西をゆっくりと移動している。特に何も無いようだ。皆で、スゴロクなんかしながら時間を潰しているような光景が目に浮かんでくる。
「あれ? あそこにいるのはデンドロビウムじゃないの?」
「たぶんそうだね。補給船だけど、いつも白鯨と行動を共にしなければならないという事はない筈だ。200tコンテナが5個入るんだから、色々な輸送任務も出来るはずだよ。商会の高速艇よりも大量の荷を早く運べるというのは、色々と役立つんだ」
もう1隻作っても良さそうだ。ライズのところに結構依頼が来て、断るのが大変らしい。
王国で予算を出して貰うのも良いかもしれない。運用を南のバージターミナルに任せる事も出来そうだ。テンペル騎士団ならば優秀な艦長候補がたくさんいるんじゃないかな?
「アリス。デンドロビウムの仕様を少し落として、輸送能力を半分にした船だとどんな形になる? それと建設費用を見積もってくれないかな?」
『輸送船として使う考えですね。武装や余分な装備を外せばかなり安くなる筈です。ブラックホールエンジンを既存の重力アシスト核融合炉に変更してもデンドロビウムの積載量とさほど大きな開きはありません。西への進出を考慮すると輸送量は今後さらに増大するものと推測します』
既存設計を流用するということだな。
ブラックホールエンジンはさすがに危険だろう。既存の重力アシスト核融合炉を積んでも積載量が同じであるなら、ニーズがあるんじゃないか? 機微な技術をブラックボックス化して運用するなら、修理を俺達の中継点以外でも行えるだろう。
もっとも、信頼できる運用先であることが条件になってしまうだろうけどね。
アレクが急にベルトに下げた携帯を取り出して話を始めると、端末を操作して俺達の前面に仮想スクリーンを展開する。
「偵察用円盤機が巨獣を見つけたらしい。距離は150kmほど離れているから、警戒態勢にはまだ達しないが、画像を見ておけと艦長が伝えてきた」
慣れない手付きで画像ライブラリを探しているのを見かねたサンドラが端末をアレクから取り返して流れるような手付きで画像をスクリーンに表示してくれた。
「なんだこりゃ?」
「巨獣なんですよね……」
「体高約20m、横幅50m、体長は100mほどです」
最後の言葉はドロシーだ。レイドラがよしよしと頭を撫でているのをフレイヤが横目で睨んでる。ちょっと大人気ないな。
初めて見る巨獣なんだが、俺にはナメクジにしか見えないな。ドレスダンサーほどの巨体では無いが、その親類に見えなくもない。塩を振ったらどうなるんだろう?
「巨大化したナロンガというところかしら? 素早くは無さそうだけど」
「生態が分からないのが問題ですね。この画像をレイトンさんに送ったら何か分かるかも知れませんよ」
俺の隣でアリスとの会話を聞いていた飲んでいたカテリナさんが、端末を取り出したところをみると画像を転送しているんだろうか?
「でも、これで騎士団が壊滅するとは考えられないわ?」
「その結論はまだ早いと思うよ。あの巨獣の生態が何も分からないんだからね。でも、俺も動きは鈍そうに思えるな」
「あの口を見てください。一瞬でしたが、舌が延びました。地面に何かいるみたいですよ」
画像を覗き込んでいたバルトが声を上げた。サンドラが地面近くを拡大していると、確かに何かが動いている。
「サンドワームに見えるわね」
確かにサンドワームの亜種なんだろうな。だがその体表面は金属光沢が強い。
「サンドラ、もう1つ巨獣を見つけたそうだ。そっちもスクリーンに表示してくれ」
アレクの言葉に、サンドラが新たなスクリーンを展開してくれた。
「まったく、常識外れの連続だな。あれは亀なのか?」
アレクが亀と言ったのは、背中に大きな甲羅を持つからだろう。その甲羅を支えているのは12本の丸太のような太くて短い足だ。
「頭は無いのかしら?」
「たぶん、甲羅の下にあるんじゃないかな? それより、あの甲羅を拡大してくれない?」
ドミニクの問いに答えながら、カテリナさんが指示を出す。
やはり亀とは縁のない生物のようだが、カテリナさんの気になった事は何だろう?
「ほら、ここと、ここ。こっちにもあるわ。これは歯形じゃないかしら? まだ新しいわ」
「ちょっと待ってくれ。あの甲羅の大きさはどれぐらいなんだ? それが分からないと噛んだ奴の大きさが分からないぞ!」
アレクの言うのももっともだ。皆がドロシーの顔を見るから、ちょっと脅えてるぞ。
「え~とね。甲羅の大きさは直径約30m。歯形だとすれば、それに近い巨獣はチラノになりそうだけど、頭だけで5mほどになる」
ドロシーの答えに、全員が呆気に取られた。
通常のチラノタイプであれば体高は20m程度だから、あたまの大きさは3mほどだ。それが2倍の大きさとなると……。
「俺達のナイトで相手に出来るのか?」
「戦鬼を越える機動と武装を持ってるのよ。そう簡単に敗れないと思うけど」
俺だって、そう思いたい。
やはり、高緯度地方には俺達の侵出を阻む者達が大勢いるって事だろうな。ソファーに背中を預けてタバコに火を点ける。
それでも、俺達はこの地方で鉱石を採掘する事になる。それを阻む巨獣が現れたら、全力で排除していかねばならない。
「レイトンから返事が届いたわ。次ぎの採掘には絶対同行すると言ってるけど、彼にもあの生物は分類不可能らしいわね。まあ、死んでも自分の希望を叶えられるんだから、許可してあげた方が良さそうね」
「やはり新種なんですね?」
フレイヤの言葉に、カテリナさんがアレクの飲んでいたグラスの酒を飲みながら頷いている。慌てて、シレインがグラスを備え付けの棚から引き出してカテリナさんに渡した。
俺のグラスも酒が無くなっているのを見て、カテリナさんが受け取った酒を注いでくれる。
ブランディーのようだ。一口含んでみたけど、中々良い酒のようだぞ。
やがて、採掘が終ると、白鯨が高度を下げる。大型エレベーターを使って鉱石と獣機、それに資材を腹に飲み込んで再び高度を上げた。退避していたギガントが動き出して鉱石探索を再開する。
どうやら、一段落だな。待機所からフレイヤ達が自室に帰っていく。
残ったのは、アレク達ナイトの騎士と俺だけになった。
「一時は驚いたが、これからはあんな奴を相手にする事になるんだな」
「でも、動きは鈍そうでした。問題はあの甲羅の歯形です!」
「まあ、そいつにももうすぐ会えるだろう。この航行でなるべく多くの巨獣を見て、その対策を考えるのが俺達の今の仕事だ。
55mm砲はあまり役立ちそうに無いが、50mmの爆轟カートリッジで放つAPDS弾は半端じゃない。
それと、リオ。ゼロが持っている、変わった噴進弾は55mm砲で撃てないか? 伝説級にあれだけ効果があったんだ。この地には神話級もいるに違いない。あれなら役立つんじゃないかと思うんだが」
ノイマン効果弾か。確かに使えそうだ。
「カテリナさんに相談してみます。確かに55mm砲より数段上の破壊力ですからね」
頼むぞ! なんて言いながらグラスの酒を飲み始めた。
タダの大酒飲みだけではないようだ。
足元には荒涼とした山脈からの斜面が広がっている。巨獣は見えないけれど、どんな場所に潜んでいるんだろう。
偵察用の円盤機を2機にして周辺を探っているようだが、巨獣は突然に現れるからな。
グラスの残りの酒を飲みながら、タバコに火を点ける。まだまだ鉱石採掘は続きそうだ。