202 新たな北の拠点構想
パレス2階はプライベート区画になっているのだが、小さな会議室が執務室の隣に作られている。
隠匿性の高い会議はここで行うことになっていたのだが、バルゴ騎士団ともなれば、この会議室を使っても良いだろう。
直径5mほどの丸いテーブルの周囲には10脚の椅子がある。椅子も1階の会議室に比べると遥かに豪華なものだ。
俺の座る椅子の後ろにはヴィオラ騎士団の団旗が飾られ、左右の壁にはヴィオラとカンザスの絵画が飾られている。
本来ならそっちを使うべきなのかもしれないけど、今回はその片隅にあるソファーセットを使うことにした。
数人なら、こっちの方が互いの距離を短くできる。それだけ親身な話ができるというものだ。
「ここは飾らなかったの?」
「飾りましたよ。この絨毯はネコ族の里からの献上品なんです」
絨毯の上を歩くとまるで芝生を歩いているような弾力がある。高そうだと思ってたんだけど、これも貰い物ということらしい。
「あのコーヒーセットも貰いものよ。たくさん運んできたから、まだ全ての梱包を開けてないの」
フレイヤの言葉に、思わずエミーに顔を向けてしまったが、本人は済ました表情をしている。あれぐらいでは王宮の倉庫の在庫が減らないのかもしれない。
「高くつきそうな気もするな。これ以上は強請らない方が良いだろうね」
「フェダーン様が、自分の儀礼用の鎧を贈ってくれるそうです。執務室に丁度良いと言っておられました」
俺に直接言わないところが問題だけど、儀礼用なら今でも必要なんじゃないか?
身分的にはお妃様ということで、着用することが無くなったということなんだろうか。
扉をノックする音がする。
「バルゴ騎士団の副団長と副官が到着したにゃ」
声は、バニイさんのようだ。フレイヤが「入って頂戴」と言ったら、すぐに扉が開き、
2人女性が入って来た。
普段着らしいワンピース姿だけど、装備ベルトに落としたホルスターが騎士団であることを示している。
俺達が立ちあがり、互いに軽く頭を下げたところで、小さなテーブル越しのソファーを勧めた。
互いに腰を下ろしたところで、改めてバルゴ騎士団の2人を見る。
リアルな年代ならばドミニクよりも若そうだ。2人とも首筋で揃えたブロンドが印象的だな。前髪を定規を当てたかのように切りそろえている。
似た顔だけど、姉妹なんだろうか?
「急な申し出をお受けいただきありがとうございます……」
「ちょっと待ってくれ。一応公爵だけど、ヴィオラ騎士団の騎士の1人だ。敬語はいらないよ」
慌てて、副団長の言葉を途中で遮ってしまった。
あまり丁寧な言葉を使われると、頭の中で平文に変換しなければならないし、俺だってそれに答える口調が必要だろう。
そんな面倒を踏まずに、来所の目的を聞かせて欲しいな。
「失礼しました! エルトニア王国に所属する12騎士団の一つ。バルゴ騎士団のアメニティ、副団長をしています。アニーとお呼びください。隣は私の副官のベラリューム。ベリューが愛称です」
「ヴィオラ騎士団のリオだ。隣がカンザスの火器管制官のフレイヤ、こちらがムサシの騎士であるエミーになる。先ずは、コーヒーでもどうかな? やって来た目的はおおよそ検討を付けてはいるんだけど、詳しく教えてくれると助かる」
俺の言葉に2人が顔を見合わせている。
そんな馬鹿なと、2人の頭の上に吹き出しが付いているように見える。
フレイヤが席を立って、っコーヒーの準備を始めた。
アニーが、改めて俺に顔を向ける。
「バルゴ騎士団独自の拠点計画を知る者は数人だけだったはずですが?」
「その拠点が北に作ると知る者は団長と貴方達3人だけだったんじゃなかな?」
「そこまでの情報をどこで?」
「午後の会議の席の話を聞いて推測した。12騎士団として合議が取れるのは南の拠点が精々、北の拠点ともなれば収拾がつかなくなると思ったに違いない。
確かに南も重要だ。それだけ参加できるk師団の数が多くなるだろう。だけど、王国が共同で作ろうとした西の拠点の北は、大きな空白地となる。王国の機動艦隊が派遣されようとも、中規模騎士団では全滅する可能性が高い。
それを憂いて騎士団長は単独でも北に拠点を作ろうと考えたんじゃないかな?」
「おっしゃる通りです。初めて北に中継点を作ったヴィオラ騎士団の実績を御爺様は高く評価して、私にこの会見の場を作って下さいました」
単なる孫バカというわけではなさそうだ。自分では中継点を作れぬと踏んだのだろう。孫の実績として12騎士団に披露するつもりだったのかな?
「その前にコーヒーをどうぞ。失礼ですがタバコを使わせてもらいますよ」
コーヒーを飲みながら、どこから話そうかと考える。やはり中継点の位置が最初になるんだろうな。
「この中継点は北緯55度付近にあります。北の大山脈から尾根がいくつも伸びていることを考えると、その谷間を使って拠点作りをする方法もあるでしょう。また、北の脅威を考えて少し南に下がり、北緯50度近辺ということも考えられます。この場合はタイラム騎士団の拠点が参考になります」
「リオ様はどちらが我等に相応しいと?」
「驚異の大きさはさほど変わらないでしょう。この中継点は最初から大きな洞窟を持っていましたし、生物に対して極めて毒性の高い硫化水素を谷に放出していました。今でも巨獣が近づかない場所なんです」
「北の尾根にはそのような場所は他に無いのでしょうか?」
「無いと考えるべきでしょう。となれば接近する巨獣対策が重要になる。尾根から離れても同じ脅威となることを考えれば、驚異の方向性を選択できる尾根の谷間に分があると考えるべきだろう」
巨獣が尾根越えをするとは思えない。谷筋に従ってやってくるはずだ。
この中継点と同じように、谷筋に沿ってトーチカを設けることもできるだろう。
「アリス、尾根筋で拠点化できそうな場所はあるかな? この拠点より西に2千km以上離れていることが望ましいんだが?」
『それなら、この場所になります。中継点からの距離は2.4千km、谷に奥行きは8kmですが、谷を挟む尾根は岩山で高さは300mほどあります』
仮想スクリーンが俺の左手に大きく広がり、衛星からの画像が映し出された。
緩く逆S字を描いているから近づいただけでは拠点の位置は分からないだろう。尾根は断崖のように切り立っているな。谷の奥も緩やかな崖だが、高さが200m近くありそうだ。
「あの崖にトンネルを掘るのですね。この中継点は既存のホールを拡大したと聞きましたが?」
「最初のホールは最初からあったんだ。東にもホールがあるけど、これは拡張工事をしていて見つけたものだ」
拠点作りは運もあるんじゃないかな? 案外斜面にはあちこちに空洞があるのかもしれない。
「最初の地中ホールは直径1.2kmほどのドーム状だった。直ぐに桟橋を作ることが可能だったけど、桟橋の大きさと数を決めてから、工事を始めた方が良いだろうな。残土処理も大きな課題だ。俺達はブロック状に切り出して、外のバージ専用桟橋をつくった。中継点の外に設けた桟橋だけど、無人化してリスクを下げている」
「大工事になりそうですね」
「軍の協力は是非とも欲しいところだ。俺達もウエリントン王国軍と交渉して2個中隊の工兵を派遣して貰った。対価は航空母艦のパテントだったけどね」
俺達なら対価が必要だろう。だけど12騎士団ともなれば、国王陛下の一存で訓練を名目に協力してくれるんじゃないかな?
「もし、北緯50度付近に作るとなれば……」
「これが、俺の考えだ。 土台を高くして装甲板で補強する。巨獣の暴走でも壁を壊されないだけの高さが必要だろう」
「案外小さいんですね?」
「タイラム騎士団は地下に主要な施設を作っていました。これも同じ考えです。課題は、将来の拡充が難しいところですね」
コーヒーが無くなったので、フレイヤが改めてコーヒーを入れてくれた。
さて、バルゴ騎士団はド虎を選ぶのだろう?
その前に。
「ところでバルゴ騎士団は偵察車を使っていますか?」
「円盤機の稼働時間が短いこともあり、偵察車は各艦に3台以上搭載しています」
「なら、こんな偵察車を作ってみませんか? 射程距離は300mほどですが、200mm標準装甲板を貫通出来ますよ」
「弾頭が大きくて砲をはみ出してますね。こんなもので効果があるんですか?」
「当たればそれだけの効果があるんだけど、精密な照準装置や微動装置は削除してるんだ。反動はほとんどない。人間が持っても撃てるだろう」
あまり信用してないな。
直ぐに気が付いたのは、副官の方だった。
「サンドドラゴン相手に使ってましたね。あれはゼロが使ってましたが、偵察車にも搭載できるんですか?」
「反動がほとんどない。火薬で討ち出すんではなく、自ら飛んでいくんだ。もし、拠点を尾根の谷間以外に作るんだったお勧めするよ」
「画像を頂けませんか」ということで、アリスに副官の持つ携帯端末に情報を送って貰った。
さて、バルゴ騎士団はどこに拠点を作るのだろう?
どちらにしても莫大な資材を使うことになる。中継点の商会が大歓迎してくれるんじゃないかな。
「そういうことだったのね。たぶん尾根に作るんじゃないかしら? エルトラムの工兵を1個大隊規模で派遣するぐらいはやりかねないわね」
リビング戻った俺達にカテリナさんがそんな感想を言った。
「それほど王国と関係があるんですか?」
「あるわよ。羨ましく思えるほどだと、主人が言っていたわ。持ちつ持たれつの関係が建国以来続いているの。貴族ではないけれど、12騎士団の団長ともなれば貴族さえ一目置くほどよ」
そんな団長達がこの中継点にやってきたんだから、やはり西への進出に本腰を入れたということになるんだろうな。
「そういえば、フェダーン様がナイトを一個小隊欲しがってましたね。サンドドラゴンに対して戦闘力を実証した様なものですからそれも理解できるんですが、よくよく考えて見ると、ナイトを揃えるだけではダメだということに気が付きました」
カテリナさんが真顔になってワインのグラスをテーブルに置いた。
どういうことなのか説明を聞かせなさい、というところだろう。
「ナイトの機動は時速60kmを越えます。この速度で戦闘区域に向かうとなれば、移動距離はせいぜい100kmというところでしょう。それならゼロの方が遥かにマシだと思いませんか?」
「ゼロを超えるもの……、パンジーを使うべきだと?」
「そうではありません。まだカテリナさんは地上走行にこだわってませんか?」
「白鯨! そういうことね。ナイトは白鯨があればこそ戦機を越える存在になると」
驚きと嬉しさをかった医師たような表情で俺に体を乗り出してくる。
「そういうことです。ナイトを8機ほど搭載した飛行船を作れば広範囲な救助体制を作れるのではないでしょうか?」
「アリス。基本設計を請け負ってくれない?」
『おもしろそうですね。了解しました』
どんな艦になるんだろうな。
カテリナさんが笑みを浮かべている。
「本当に良い娘よね。リオ君に飽きたら私のラボで後継を育てて欲しいぐらいよ」
『私のマスターは、リオただ一人ですよ』
「はいはい、冗談よ。でも、依頼の方はお願いね」
いつの間にか良い関係を作っているようだ。
これで、とりあえずの課題は終わったことになりそうだな。