020 3人の団長
5千km以上離れた王都に7日で戻るというのは、ちょっとした記録になるだろう。
第2陸港に再度入港すると、ドミニクとレイドラはヴィオラを降りて港の中に消えていった。
拠点の届出と例の同盟の話をしに行くのだろうが、上手くいくと良いんだけどねぇ。
ベルッドじいさんは数人の弟子を連れて、やはりヴィオラを降りていくし、動力部のドワーフ族も数人が連れ立って降りていく。その後から、ネコ族のお姉さん達がメモをひらひらさせながら駆けていくのはいつものことだ。その内、誰かがメモを落とすんじゃないかといつも心配になってしまう。
「皆、忙しそうだな」
「良いんですか? 俺達はここでタバコを吸っていて」
俺はタバコを咥えてコーヒーを飲んでるし、アレク達は酒を飲んでいる。ベラスコは炭酸飲料のようだ。
「俺達に手伝える事は無い。何かあれば連絡が来るから……まあ、待機状態といえば良いんだろう」
「それでいい。俺達は騎士だ。イザとなれば命懸けでヴィオラを守る。それ以外は望まれていない。そして、俺達の出番が無ければ、それは鉱石採取が上手く行ったという事だ」
カリオンが悟ったように俺達に告げた。
確かにそれも真理ではあるのだが、高給を貰っているのに何もしないというのも気になってしまう。
ビービー……とベルトに付けた携帯が振動音を立てる。取外して、小さな画面を見るとドミニクのようだ。
「ちょっと、B-4105の会議室に来てくれないかしら」
「了解です。直ぐに向かいます」
携帯端末をベルトに戻して立ち上がると、アレクに声を掛ける。アレク達も俺に通信する相手に興味があるようだ。
「ドミニクが用があるようなんで行って来ます」
「たぶん、他の騎士団との協議の中の話だろう。胸を張って行けよ!」
アレクが俺の腿を叩いて激励してくれたけど、酔ったアレクを女性騎士団長の前に出したら、どんなセクハラをするか分からないからじゃないのか? といって、カリオンは寡黙な騎士だし、ベラスコは入団直ぐだからな。俺しか選択の余地が無かったんだろうな。片手を軽く上げて彼等から離れていった。
ヴィオラの通路を桟橋への出口に向かって歩いて行く。
何時もは硬く閉じられている扉に開閉可能のグリーンランプが扉の上でボンヤリと光っている。
扉が俺の接近を感知してスイっと横にスライドした。
桟橋へ繋がるボーディング・ブリッジは透明なチューブのようだ。床は球面ではなく平らな板が続いているから歩き難い事は無い。大人3人が横に並んで歩ける位の横幅を持っている。
ボーディング・ブリッジを歩いて、桟橋へ出ると陸港を管理する建屋への入口を目指して歩く。横幅50m、長さは500mを越える巨大な桟橋だから、管理建屋への入口は数十m間隔に設置されている。
入港手続きを済ませたところで管理建屋に入り案内板を探した。現在地とB-4105の部屋の位置関係を確認する。
案内板と言っても一種の端末だ。確認が終ると、俺の腰に下げた端末に情報が転送される。後は携帯のナビゲーションで目的地に向かえばいい。
通路を進んでエレベータに乗り、また戻るようにして通路を進むと目的地のB-4105会議室に到着した。
扉をノックして中に入ると、小さな会議室に数人の女性が小さなテーブルを囲んで腰を下ろしている。
「来てくれたわね。……紹介するわ。左から、ベラドンナ騎士団のアーデルハイド、ガリナム傭兵団のクリスチーナよ。どちらも私の友人なの」
面白そうな表情をした2人の女性は見事な金髪と銀髪の持ち主だった。
「クリスでいいわ」
「私もアデルと呼ばれたいわね」
「リオと言います。ドミニク騎士団長に拾われました」
「そんな話が出て、リオを呼んだのよ。まあ、掛けて頂戴」
いずれの女性も席を立たずに挨拶してるって事は、自分の立場を重視してるって事だろう。小さな騎士団や傭兵団であっても団長には違いない。
「でも、こんな若者を荒野で拾うなんて、ドミニクもツキがあるわね」
そう言って俺を見たのは、ストレートの銀髪を背中まで伸ばしたクリスさんだ。
ドミニクに負けない肢体の持ち主で、隣の副官だってモデル並みだ。この世界の女性達は皆美人揃いなんだろうか?
「荒野で戦機を拾うというのもおもしろい話ね。戦機を稼動状態にする為には最低でも一月は掛かるというのが常識よ」
アデルと呼んで欲しいと言った女性は少しスレンダーな感じだな。やや痩せ型で金髪を肩で揃えている。
「まあ、荒野は広いから色んな事があるんでしょうけど……。それで、どうかしら。私の提案は?」
「確かに、魅力的な話だわ。たぶん私達の収入は倍近くになりそうだけど、一番の懸念は戦機の数よ。私もアデルも戦機は持っていないのよ。北緯50度を越えて拠点を設けるには、少なくとも10機は欲しいわ」
そんなクリスにドミニクは微笑みかける。
「私は戦機が4機に変わった戦機が2機いると言ったわよ。リオが見つけ出した戦機は戦鬼。そしてリオが駆るのが戦姫でも?」
ドミニクの対面のソファーに腰を下ろしていた4人が、一斉に立ち上がってテーブル越しにドミニク達に詰め寄った。
「何ですって! 戦鬼はいいわ、掘り当てた噂はたまに聞くし、12騎士団の8つにはそれがあると聞いたことがあるわ。でも、戦姫は……、現存する戦姫は王族が厳重に管理しているわ」
「それが知れたら?」
「どうにもならないでしょうね。戦姫を個人が持ってはいけないという法律は何処にも無いわ。例え知られても、個人の財産を没収できる法律は3つの王国とも持っていないわ。リオに莫大な財宝を積んで買取るぐらいしか出来ないでしょうね。それでも、リオは譲らないと思うわ」
ゆっくりと4人がソファーに腰を下ろす。
4人ともコーヒーカップに手を伸ばしたのは、飲んで気を落ち着けようということだろう。
俺の前にコーヒーが無いのに気が付いて、レイドラが壁際の棚に向かって歩いて行くと、コーヒーを俺の前に運んでくれた。軽くレイドラに頭を下げるとコーヒーを飲む。
「何時も、貴方には驚かされるわ。戦鬼は戦機数機に匹敵すると言われてるし、戦姫を動かせるなら、いったいどれ位の戦力になるのかしら?」
「12騎士団に匹敵するでしょうね……。その戦姫を見せてくれない?」
レイドラが小さな端末を持ち出して操作すると、少し離れた場所にスクリーンが展開してヴィオラの甲板に降り立って昇降機に歩くアリスの姿が映し出された。
「確かに戦姫ね。戦機と違って優雅だわ」
「動きが自然ね。あそこまでスムーズに動かせるの?」
「武装はもっと驚くわよ。リアクターはドワーフの技師長にも理解出来ないみたい」
ジッとスクリーンに見入っている4人がドミニクに向き直った。
「となると、王国の戦姫の性能を遥かに超えていそうね。全く、ドミニクの運の良さは親譲りって訳ね。……良いわ。私の騎士団は同盟に加わるわよ」
「私の方も問題なし。……でも、そうなると利益の分配が問題よ」
「基本はヴィオラ騎士団を踏襲ということでどうかしら? 細かな調整はレイドラ達に任せたいわ」
副官達が頷いているから、同盟は確実ということになるな。副官達が席を立って、少し離れた場所にあるテーブルに向かった。面倒な話し合いを始めるんだろう。
「それで、貴方達のラウンドシップはあれから替わったの?」
「私は以前のままよ。でも、少しリアクターを大型にしたわ。これが現在のガリナムよ」
クリスがバッグから端末を取り出して、先程のようにスクリーンを展開する。
そこに映し出された船体は、前のヴィオラに似ているが全体にスマートな感じだ。
軍のフリゲート級を改造したものらしい。船体の上部甲板に12基の長砲身単装砲がずらりと並んでいる。
クリスはアデルの護衛艦として活動しているらしい。このまま他の騎士団の護衛を続けるか、それとも零細騎士団として名乗りを上げるかの選択を迫られているのかもしれない。
「私のベラドンナはこれよ」
もう1つのスクリーンが展開する。これは、ダモス級より大きいぞ。
「獣機を20機積んでいるわ。小さい鉱床でも数を稼げばそれなりに稼げるのよ。北緯40度以南で行動しているから、たまにイグナスを見かける程度ね。武装は75mmを6門だけど、クリスが一緒にいてくれたから何とかなったわ」
たぶんグラナス級ということなんだろう。
ブリッジ付近に連装75mm砲が前に2つと後ろに1つ付いている。舷側のシュートは左右に2基ずつ付いていた。曳いているバージは200t級が3台だ。
特徴がある騎士団だけど、バージぐらいはヴィオラと統一した方が良いんじゃないかな?
「戦機が見付かったら、分けてくれるの?」
「見付かったらね。順番は貴方達に任せるわ。私は3機目を貰えればいいわ」
ある意味、取らぬタヌキな話だが、その時にもめるよりは良いだろう。仲違いの原因になりそうな事は早めに話し合っておくべきだ。
「問題はバージよね。しばらくは今のままで良いでしょうけど、その内に合わせるべきだわ」
「鉱石の積み下ろしが面倒になるわね。でも、拠点にラウンドシップの旋回スペースがあれば問題ないわ。バージは獣機を使って接続を外せば容易に移動出来るわよ。とはいえ、タグボートは必要でしょうね」
確かに、数百mになるパージの列を分断すれば容易になるだろう。そうなれば余計にパージの大きさを統一しておいたほうが良いんじゃないかな。
翌日はのんびりと展望室で過ごすことになった。
仮想スクリーンを展開して、陸港の巨大なガントリークレーンが俺達のバージに資材を次々と搬入している。
ヴィオラとベラドンナのバージを合わせると2,000t近くにもなる。たぶん1割位は余分に積めるんだろうな。
「何か必要な物はないの?」
小さな仮想スクリーンを開いて、カタログを物色していたサンドラが聞いてきた。
「どうやって注文するんですか?」
「端末のメニューで購買を選んで、このカタログに付いてる番号を入力すればOKよ」
そんな形で発注出来るのか。
感心しながらカタログを開くと、早速注文を始める。蒸留酒の強い奴を3本、ビールを3ダースそれに少し高給なワインを数本手配する。これも良いかもしれないと葉巻1箱を追加する。明日の昼前には届くらしい。
そういえば何時も、アレク達に酒をご馳走して貰ってたな。
さらに少し高給なウイスキーを追加した。3本あれば十分だろう。〆て、12,000L。食うには困らないから、たまには散財してもだいじょうぶだろう。
「それにしても、ラウンドシップ3隻か。本拠地を持つとなれば、上級騎士団になるな」
「戦機が増えないのが問題よね。リオに期待してるわよ」
「そんなに、転がってる訳じゃないですよ。あれは運が良かっただけです」
「でも、それを期待してるんでしょうね。同盟の相手は零細騎士団だから戦機は喉から手が出るくらいに欲しい筈だもの」
あの3人の騎士団長が、同盟にサインをした日から3日が過ぎている。
そこには戦機が手に入るかもしれない、という思惑が絡んでいるのは確かだろう。
たぶん複数機を手に入れるまでは同盟が続くのかもしれない。
後で見せてくれた同盟の誓約書には期間を3年と定めて、再度更新の手続きをすることが書かれていた。
その後には、細かな取り決めが数ページに渡って記載されている。給与、戦機の分配、指揮系統と色々と取り決めていたようだ。
それでも、『……記載なき事項は騎士団長3人の協議による』と結ばれていたのには恐れ入った。
「俺達のバージに荷物が満載だ。他の2隻もバージを曳くだろうから、かなりの資材が運ばれるな。たぶん、定期便の交渉が終了するまでは1隻を定期便とせざるを得ないだろう。場合によっては俺達が2つに分かれるぞ」
「その時は俺が行こう。俺の戦機は装甲を落として、その分燃料を多く積み込んでいる。リアクターの出力も3割ほど上げてあるから、機動戦が出来る」
「1機では不安だな。ベラスコを連れて行け。元は俺の機体だ。短時間なら、お前の戦機を馬力で越える」
アレクとカリオンの会話に、ベラスコの目が輝いている。
早く一戦したいって感じだけど、そんなことがないようにするのが騎士団長の勤めだから、あまり期待しない方が良いと思うんだけどね。
『ヴィオラ騎士団に連絡します。ヴィオラは現在資材の積み込み中ですが、明日の夕刻に積み込み終了の目途が立ちました。出発予定時刻を明日2000時とします。繰り返します……』
艦内放送が出港時刻を告げる。天井に埋め込まれたスピーカーを皆が見上げている。
「出発は明日か。……さぞかし皆が待ってるだろうな」
「ちゃんと土産は用意しました」
「お前もか?」
どうやら、アレクも用意したらしい。でも、ドワーフ族は酒が好きらしいから、いくらあっても困ることは無いだろう。