002 荒れ地での出会い
夜はアリスのコクピットの中で眠ることができる。外は物騒だから都合が良い。
ぐっすりと眠った翌朝、アリスから降りて地上で朝食を作っている時だった。突然、アリスが警報を告げてきた。
『マスター、北西部より移動体が接近してきます。時速50km、およそ10分程度で到着します』
「了解。直ぐに戻る」
焚き火を足で蹴散らすと、ポットのお湯を捨ててバッグに押し込んだ。せっかくコーヒーが飲めると思っていたのに残念だな。
コクピットに収まった時、アリスのカメラが捉えた映像が仮想スクリーンに映し出された。
何と、戦車じゃないか! 王都から1,000kmほど離れて単独行動している戦車なんてありはしないから、盗賊団の物なんだろうが……。
『周囲を取り囲むように6両が展開しつつあります。私を単独行動の戦機と思ったのでしょうか』
「逃げた方が良さそうだな。まだ逃げられそうか?」
『10時方向がガラアキです。100kmほど移動してみます』
全周スクリーンの風景が軽い加速感と共に流れて行く。改めて仮想スクリーンが表示されアリスを中心とした50km範囲のレーダー画像のような表示が出現した。
『周囲30kmの動態反応を表示しました。地上では最大100kmまで拡大できます』
センサーの種類を聞いてみると、さらに別の仮想スクリーンが表示される。そこに表形式でセンサーの種別が表示されたいるけど、赤外やレーダーのような一般的なサンサー以外にも色々とあるようだ。物理的な変化はほとんど捉えられるんじゃないかな。
「この高速移動しているのは戦車ではなさそうだな」
『イオンクラフトのようです。高度200m付近を時速200kmで移動しています』
センサー画像に、対象物の高度と速度が表示される。この機能は戦闘を前提にしているようだが、アリスは武器を持っているのだろうか?
『武器はありますよ。マスターが指定した位置に移動した後、追ってくるようであれば迎撃も視野に入れた方が良いと思います。……イオンクラフトと戦車で交わされている隠匿通信を解読しました。指定海賊団コード:KA202、確認次第攻撃せよ、との通達を3王国が下した盗賊団です』
盗賊団の話はヤードでも散々聞かされた話だ。盗賊団の中でも規模が大きいものは海賊と呼ばれるらしい。軍の哨戒部隊でさえ攻撃を受ける時があるそうだ。
「一戦は覚悟しないといけないんだろうか?」
『直ぐに終わります。できれば母船を見つけたいところですが、現状では巧妙に隠れているようですね』
母船まで片付けるつもりなのか? だが、戦機の持つ武器は50mm対戦車砲のはずだ。イオンクラフトの機動に対処できるか怪しいものだし、追ってくる戦車の装甲は傾斜合金製だから標準装甲の2割増しにはなるだろう。かなり接近して後部のエンジン付近を狙わねば破壊するのは困難だと思うが……。
『3km以上離れていても、戦車の正面装甲を貫通できますから安心していいですよ。ターゲット選択は専用のターゲットスコープ画像を表示します。発射のタイミングはジョイスティックのトリガーを使ってください。修正は私が行います』
俺達を追ってくるものは、すでに人権を無くしているようだ。ならば応戦することもやぶさかではない。
最初は、邪魔なイオンクラフトで良いだろう。こいつが俺達の位置を戦車達に伝えているに違いないからな。
「移動地点到着と同時にイオンクラフトを落とす。準備してくれ」
『了解です』
アリスの腕が横に延びると空間から何かを取り出した。
どういうことだ? 戦機であれば常時武器を手にしているんじゃなかったのか。
『亜空間よりレールガンを取り出しました。弾種はタングステン焼結金属弾芯だけですが、20発ほどマガジンに入っています。マガジンの在庫は8つですからしばらくはこのまま使うことができます』
アリスの言葉が終わると同時に視野が回転しはじめる。やや上空に視線を移したような感じだな。直ぐに視野の一か所が拡大し始めた。そこに映し出されたのは、標準的な外形を持ったイオンクラフトだ。
標準型のイオンクラフトは、中型バギーのような機体の前後左右にイオン噴流を起こす円環を突き出している。小型の半重力発生装置と動力源である水素タービンエンジンにより最大高度3,000m、最大時速250km/hを誇る代物だが、燃料効率が極めて悪いから航続時間は最大でも2時間程度だと爺さんが教えてくれた。
それを考えると、海賊の母艦も近くにいるのだろうが、生憎とセンサーには反応が無いようだ。センサーの最大探知範囲外にいるのかもしれない。
『乗員2名、武装は50kg爆弾が2個のようです。指定移動地点を先ほど通過しました。このままの速度を保ちます。……レールガンのセーフティ解除終了。いつでも撃てます』
俺の武勇伝の始まりになるのかな? 俺の両親を殺した盗賊団ではないのだろうが、盗賊なら容赦は無しだ。
ゆっくりとジョイスティックを操作して、標的にターゲットスコープのT字線を誘導するとトリガーを引いた。
アリスの構えたライフルから1条の光が伸びると、イオンクラフトが飛散してしまった。どういうことだ?
『レールガンを中速モードで使用しました。タングステン焼結金属の弾芯が秒速6kmで放たれましたので弾着と衝撃波で四散した模様です』
「了解した。となると、次は戦車になるな。このままで良いのか?」
『問題ありません。停止しますから1両ずつ破壊してください』
TVゲームよりも簡単じゃないか。
たぶんこの戦姫のせいなんだろうけど、とんでもない性能だ。戦機でも戦車を破壊するのは正面攻撃では難しいと聞いたことがある。
次々と大破する戦車の黒煙を眺めると、武装の違いでこうも圧倒できるのかと感心してしまう。
「やはり母艦に位置は特定できないか?」
『かなり距離があるようです。私の能力では地下20mに潜った場合は半径10km程度の探索までになってしまいます』
砂に潜ってるってことなんだろう。地表での反応は全くない。
だが、このままでは盗賊団にマークされたということになるかもしれない。このまま王都に向かうのも問題がありそうだぞ。
速度を上げて北に移動する。小さなオアシスを見つけたところで、アリスから降りて食事をとった。
焚き火でハムの残りを炙っただけの食事だが、これを食べると残った食料は携帯食料の味気ないビスケットだけになる。残り少ない水でコーヒーを作って飲むと少し落ち着いてきた感じがする。
残り少ないタバコに火を点けて、コーヒーを飲んでいると、昔の生活が頭をよぎってくる。
炎天下のヤードは暑さとの戦いでもあったが、仕事を終えた後で飲むビールは美味かった。安宿と食事で給与のほとんどが無くなったけど、少しずつ蓄えが増えたのを喜んだ時もあった。
あの生活に再び戻ることができるのだろうか?
戦機は非売品だが、たまに闇市に出る時もあるらしい。その値段は俺には想像もできない値段だった。
先ほどの海賊もアリスを狙ったものだろう。ほとんどの戦機は騎士団が所有している。それ以外となれば王国軍ぐらいだろう。
このまま、王都に近づくとなると、盗賊団が次々と狙ってくるかもしれないな。
翌日、王都に向かったのだが、やはり盗賊団が待ち伏せしていた。
これほど盗賊団が多いとは信じられない。王都をバギーで出た時には何もなく北上できたんだが……。
待てよ、盗賊団は獲物が売れる物を持っているかどうかで襲ってくるのかもしれない。
俺の乗ったバギーは中古だったし、廃車一歩手前というところだった。
これは困ったぞ。食料も少なくなったし、何といっても水がほとんど無くなってきたけど、王都に帰ることもままならない状況のようだ。
高性能の戦機を奪い取ろうとする盗賊が、これほど跋扈していたとは思わなかった。
水を求めて少し北西に移動する。俺の記憶では蛇行して流れる大河の1つがあったはずだ。そのまま飲むことはできなくとも沸かせば飲めるんじゃないかな。食料も乏しくなってきたが、まだ数日は持ちそうだ。
『南南西より大型移動体が接近しています』
「巨獣じゃないのか?」
大河の流れがようやく見えた時にアリスが教えてくれた。
この惑星ライデンの荒野には盗賊団よりも恐ろしいものがいる。巨獣と呼ばれる大型の生物だ。四足や二足歩行を行う奴もいるけど、体高10m以上で重量が50tを超えるハ虫類の様な生物だ。草食、肉食共に生息しているが、凶暴であることには変わりはない。
その上、ライデンの地表には多種類の金属塊が点在してるから、生体組織に金属元素が多量に含まれている。
これはライデンで暮らす生物全てに共通している事ではあるのだが、巨獣には他の生命体の10万倍を超す量が取りこまれているのだ。
特に表皮や牙、角に蓄積しているから、通常の獣であれば銃で身を守ることもできるのだが、巨獣相手には対戦車用の徹甲弾を使うと聞いたことがある。
『巨獣ではありませんね。陸上艦のようです。時速20kmほどでこちらに近付いています。最接近時の距離は500m。1時間20分後になります』
盗賊団であれば接近速度はもっと速くなるだろうし、真直ぐここに来るはずだ。俺達を油断させるつもりなんだろうか?
『反跳中性子を確認しました。接近する陸上艦は鉱石探査を行っているようです。騎士団の採掘船だと推測します』
騎士団とは言うけれど、早い話が武装した鉱石採掘業者だ。まだ北緯40度には達していないからそれほど大きな騎士団では無いのだろう。陸上艦に採掘用の獣機と防衛用の戦機を乗せているはずだ。
地中に強い中性子線を照射して、鉱物に当たって跳ね返る反跳中性子線のスペクトル解析を行いながら進んでいるのだろう。
マンガン団塊と呼ぶレアメタルが豊富な金属団塊を探索している真最中らしい。
ヤードで零細騎士団の陸上艦を修理した事もあったから、騎士団については少し知ってはいるつもりだ。