199 ドミニク達が幕僚に
色々とあったけど、白鯨は無事に試験飛行を終えて中継点へと戻ってきた。
隠匿桟橋に停泊した白鯨は、カテリナさんとベルッド爺さん達が1週間ほど掛けて点検や調整を行うそうだ。
アレク達に10日間の休暇が出たらしく、フェダーン様と一緒に王都に向かったけど、どんな休暇を過ごすんだろうな。
残った俺達はパレスで休養となる。カンザスとヴィオラはマンガン団塊を採掘中だから、数日しないと帰ってこないらしい。
朝からパレスのソファーでのんびりとコーヒーを頂いていたんだが、退屈を紛らわそうと、いつの間にかフレイヤ達が集まっている。
そのたびごとに、メープルさん達がコーヒーや紅茶を運んできてくれるから、こっちが恐縮してしまうんだよね。
そんな彼女達が話し合いを始めたのは、半分は暇だったからに違いないけど、内容は少し問題だった。
「……というわけで、私達がいなくともカンザスとヴィオラはマンガン団塊の採掘を行っているのよ」
「艦長代理がそれだけ優秀だったと?」
「正直な話、ドロシーがいなくても通常の航海ができるのには驚いたわ」
空を飛ぶのにドロシーがいるということなんだろうか?
動力炉を換装しているから制御が難しいと思っていたんだけど、それもアリス設計の制御装置が上手く自動調整をしてくれたんだろう。
「思い切って、副艦長を艦長にしない?」
「私達はどうするの?」
色々としがらみがありそうだな。俺は乗ってれば良いから気が楽だ。
「リオを提督とするんでしょう? なら、私達はその参謀になれば良いわ」
そんな事を、ドミニクが言い出した。
「必要に応じて、各艦に乗り込めるでしょう。ヴィオラ騎士団は私が騎士団長なんだし、皆だって色んな場所に行きたいわよね」
「そうね。となると、各艦に部屋を作らなくてはならないわ」
「カンザスはこのままで良いでしょう。作るなら、白鯨とリバイアサンになるわ」
「その辺りは、試験航行のダメ出しでどうにでも出来そうね」
思わず、コーヒーを噴き出すところだった。
かなり自分達に都合よく考えてるんじゃないかな? ベルッド爺さん達が気の毒に思えてきた。
「ヴィオラの艦長は私の副官のフィーネになるのね。でも、カンザスは誰にするの?」
「操舵手のコロンにするわ。殆ど彼女がカンザスを動かしてるようなものよ」
もう1つ、肝心なことを忘れてるぞ。ドロシーは1人だ。2人の妹を作るとカテリナさんは言ってたけど、中継点と白鯨の操艦をアシストをする事になる。レイドラに張り付いてるドロシーがカンザスに付くとなると、誰がリバイアサンをアシストするんだ?
「リバイアサンは誰が艦長になるの?」
「そうね……。私とレイドラで行なうわ。問題はオルカだけど、トラ族の参加を打診してみようと思うの」
宇宙での操艦は3次元の動きだ。地表での操艦に上下の機動が加わる。今までのラウンドクルーザーを操艦するのとは、だいぶ勝手が違うだろう。ならば、初心者の方が上手く動かせるかもしれない。
「シミュレーターを作って学ばせるのも手だと思います。リバイアサンについても同様だと思いますよ」
「そうね。いきなり宇宙は大変よね」
クリスがそう言って頷いてたけど、ひょっとしていきなり宇宙に出掛けるつもりだったのか?
船外活動用の宇宙服や、生命維持装置なんかも作らなくちゃならないんだけど、まだ気が付いていないのかなぁ?
『後で、メールを入れておきます!』
アリスがそっと俺に囁いてくれた。
「参謀室と個室を作れば良いのよね。ベレッド爺さんと調整しておくわ」
フレイヤの言葉に皆が頷いたから、決定事項ってことになるのかな?
パレスにいてはおもしろくないと、昼食後には皆で中央桟橋の商会に出掛けたようだ。
ローラ達もエミーと一緒だし、ライムさん達も付いて行った。護衛を兼ねてるのかな?
おかげでパレスがひっそりとしてしまった。
一風呂浴びて昼寝でもしようかと、やたらと大きな風呂に向かう。2階の風呂は岩風呂なんだよね。岩の間に大きな葉を茂らせた観葉植物があるのも良い感じだ。
二重になったマグカップに、氷を詰め込んでブランディーを入れていたら、メープルさんが呆れた表情で俺を見ていた。
「1時間で戻らない時は、救助に行くにゃ」
「その時は、よろしくお願いします」
風呂で酒を飲んだら、酔いが回ると思ってるんだろうな。だけど、アレクのおかげでだいぶ酒に強くなっているから大丈夫だと思うんだけどねぇ。
衣服をさっさと脱ぎ去りマグカップを持って岩風呂に入る。
少し温めだから長く入っていられそうだ。キンキンに冷えたブランディーを一口。
幸せはこんなところにもあるんだな。
小さな幸せをかみしめている時間は唐突に終わってしまった。
バシャン! と水飛沫を上げて飛び込んできたのはドミニクとクリスの2人だった。
ウインドショッピングに飽きたのかな?
「こっちにいると聞いてやってきたの。ちょっと相談があるんだけど」
「相談だったら、お風呂の後でも良いんじゃないのかな?」
「朝食後の私達の会話を聞いてたんでしょう? ヴィオラ騎士団は実質的には12騎士団以上の艦艇を保有することになったわ。その上で、独立国の承認でしょう? 12騎士団からのお誘いを断ったことがあるわね。そのことで再び会談の申し入れがあったの」
ヴィオラ騎士団の将来を考えるには重要な会議らしいけど、俺に体を重ねながらだからの話題ではないように思えるけど……。
「ヴィオラとカンザスの副艦長と操舵手を艦長にして、私達はリオの幕僚ということになるわ。フレイヤと3人の王女はパンジーを運用するのに必要だから、実質は私達と、レイドラの3人にドロシーが加わるわ」
「それは聞いたけど、それと12騎士団の話がリンクしないんじゃないかな?」
俺から体を放して、ドミニクが笑みを浮かべる。
俺の左にはクリスが俺の左腕を自分の体に回してるんだよな。
「ヴィオラ騎士団の団長は私でも、実質の責任者は公爵であり、提督のリオの役目よねぇ?」
それって欠席裁判の結果に近いんじゃないのか? ドミニク達の幕僚移動にしても、自分達の趣味に近い気もするんだけど。
「明日の10時にやって来るわ。私とクリスも同席するけど、主役はリオに一任するわ」
俺が一番偉いという割には、俺に指示するんだからなぁ……。
「しょうがないな。確かに、前回断った経緯もあるからね。基本は12騎士団には加わらないということで良いんだろう? それと、同盟については考えていないということで良いのかな?」
「十分よ。私達の今後の計画も興味があるんでしょうけど、白鯨は良いカモフラージュになるわ」
他の騎士団の為に、西に向かわずに北を目指すということをアピールするのか。まぁ、中継点がかなり北寄りではあるから、ヴィオラ達も自然と北緯50度以北で活動してるんだけどね。
ドミニクが静かになると、今度はクリスが俺に抱き着いてきた。ドミニクをこのままにしといて溺れないかな?
抱き着いたクリスをそのままにして、ドミニクを湯船から出しておいた。
「お湯を飲めば、気が付くんじゃない?」
「ちょっと、かわいそうだよ」
クリスが俺を開放してくれたところで、2人と一緒に岩風呂を後にした。
既に時刻は夕方近いんだけど、フレイヤ達はまだ戻ってこないみたいだ。火照った体を冷たいビールで冷まそう。
「あにゃ? 団長達が後を追い掛けて行ったけど、まだ戻らないのかにゃ?」
「女性は直ぐに出られないみたいだよ。男は簡単で良いね」
メープルさんが笑みを浮かべながら「そういうことにゃ」なんて呟いている。どう納得したのか聞いてみたい気もするな。
ビールを飲み終えた頃に、ようやくドミニク達が現れた。出掛ける前とは違ってラフな格好だ。
俺の両隣りに腰を下ろして、メープルさんにビールを頼んでいる。
「まだ皆は帰らないのね」
「ローラ達は商会の建物に入るなんて滅多にないんじゃないかな? ライムさん達が付いてるんだから心配はいらないよ」
暇になるとメープルさんの指導を受けてるらしい。ネコ族の間ではかなり名を知られた人物なんだろうな。 本当はスレンダーな美人なんだけど、何時もふくよかな感じに見えるメイド服を着てるんだけどね。
「モノレールに乗りこんだと連絡があったにゃ。荷物が多いと言ってたにゃ」
俺達の前にビールのジョッキを置きながら、メープルさんが教えてくれた。
ん? バニイさん達はどうしたんだろう?
「そういえば、今日はライムさん達を見ないんですが?」
「バニイ達は休暇中にゃ。実家に帰って明日に戻ることになってるにゃ」
そういうことか。ライムさん達は俺達の休暇に合わせて王都にたまに出掛けてるけど、パレス専属ともなるとあまり休みも取れなかったんじゃないかな。
フレイヤ達が戻ったところで夕食が始まる。
コース料理ではないのがエリー達には済まないことだと思っていたのだが、直ぐに個々の食事にも慣れてくれたみたいだ。
「大きな荷物をライムさん達が運んでたけど?」
「あれですか? 個室の装飾ですよ」
「私は紅茶のセットを買ったの。夜中に突然飲みたくなる時だってあるでしょう?」
ローラの次にフレイヤが教えてくれたけど、それなら備え付けの冷蔵庫の飲み物でも良いような気もする。
もっとも、俺の部屋にもコーヒーセットがあるぐらいだから、個人の好みということになるんだろう。
全員が同じ嗜好というのもおもしろみが無いだろうね。
「それにしても、最初と比べたらだいぶいろんなものが増えた気がするな」
「ちょっとした美術館というところね。有名な画家や彫刻家の作品もあるのよ。友人に教えたら、すぐに画像を請求されたわ」
王家に献上された作品ばかりだからね。
1階の会議室に集まる連中も、回廊の絵画の前に足を止めることは良くあるらしい。
「ドロシーの部屋も凄いわよ。あれって、ぬいぐるみハウスよね」
フレイヤの言葉に何人かがうんうんと頷いている。皆がぬいぐるみで手懐けようとした結果なんだろうけど、女の子の部屋という感じもするな。
「カテリナさんの部屋は入ったことがあるの?」
「そんな恐ろしいことはしないわよ。カテリナさんの部屋にはガネーシャがたまに訪ねて来るらしいわよ。でもリビングには顔を出さないのよね」
マッド同士だからねぇ。どんな仕掛けがあるか分からないし、たまに寝ぼけた表情でハートマーク付きのピンクのネグリジェ姿でリビングに現れる。案外、ぬいぐるみハウスのような室内かもしれない。