198 王国軍の再編
2度目の250kg爆弾を傷口に投下され、サンドドラゴンの胴体は千切れかかっている。
急行したムサシのイオンビームサーベルで両断されたのだが、尾の方が大きくうねりだした時には皆が吃驚したようだ。
「ただの反射運動みたいなものだと思うけど、あれはちょっとねぇ」
カテリナさんが呆れているぐらいだから、元々生命力が強い巨獣なんだろうな。
最後は、ナイトと戦姫によって頭を落とされたんだけど、それでもしばらくは口をパクパクやっていたぐらいだ。
サンドドラゴンとの戦闘終了をドミニクが宣言したんだが、やり遂げたというよりはこれで終わったと表情を緩める人達が多かったな。
とんだ白鯨の試験飛行になってしまったけど、緊急派遣という観点ではカンザスよりも能力がありそうに思える。
何と言っても、上空に滞空出来るということと、搭載能力が大きいということが白鯨の大きな利点だ。
「兄さん達は何をしてるの?」
「あれかい? ローザ達と牙を集めてるみたいだ。売れるんじゃないかと言ってたけどね。少なくとも部屋の飾りにはなりそうだ」
まったく、欲が深いというか、騎士団にどっぷり染まったというか……。
「私も1本頂くつもりだ。短剣の柄に是非とも欲しい」
「希少価値は高いでしょうね。始めて狩られたサンドドラゴンの牙ですもの。でも、少しは安心できたんじゃない?」
「リオ殿が参加せずとも、あれを狩れたというのが信じられないところだが、戦機では無理であろうな。大型円盤機のパンジーとナイト、それに3王国の戦姫が揃えば伝説級さえ倒せるということになる。西に向かう騎士団もさぞかし安堵するであろう」
時間さえかければ、戦姫やムサシさえ必要なかったかもしれない。
今回の戦闘をいろんな角度で再評価すべきだろう。新たな獣機の姿が現れるかもしれない。
アレク達が集めた牙は、100tコンテナの半分を占めるほどだった。
白鯨の乗員にどれでも素かな牙を1本という大盤振る舞いをしてくれたから、2mほどもある象牙のような形をした牙を頂くことにした。
「リオ殿は頂いた牙を執務室に飾るのですか?」
「ああ、そうしようと思ってる。オデット達は加工するのかい?」
俺の問いに小さくうなずいた。フェダーン様が短剣の柄にするというのを聞いて、同じように加工することを考えているようだ。
カテリナさんの話しだと、1mほどの牙でさえ短剣の柄が数本作れるらしい。知り合いに贈呈するのも良さそうだ。
フェダーン様はそのまま白鯨に逗留している。
今回の報告を軍の立場から研究しているようで、カテリナさんとしばしば話し合っている姿を見掛けた。
カテリナさんも、ナイトの改造を考えているようだけど、搭載重量に余裕は無かったんじゃないかな?
「ドロシーも活躍しておったな。さすがは我の妹じゃ。また何かあれば、我等を予備のじゃぞ!」
勝利の宴を展望室で行った時には、直ぐに帰り支度を始めたローザがドロシーのところまでやってきて、そんな言葉を掛けている。
良いお姉さんになったな。コンテナターミナルは安泰だろう。
アレク達はナイトの性能に満足していた。「これで後20年は働ける」なんて言ってたけど、無理はしないでほしい。
フレイヤと元王女様達もパンジーに満足している。特化した機体は融通性が利かないと思っていたけど、2機のパンジーが互いの欠点を相殺した感じだな。
「提督! こっちよ!」
展望室でアレクに酒をご馳走してもらおうとやってきたんだけれど、カテリナさん達に見つかってしまった。手を振ってこっちこっちと言ってるから、無視することもできないんだよね。
「良いところに来たわ。アレクのところよりも上等よ」
カテリナさんがワインを注いでくれたんだけど、グラスではなくて100ccのビーカーだ。
やはり酒は器で飲むんじゃないか? ビーカーは問題だぞ。
「注ぎ口があるから飲みやすいでしょう? それに飲んだ量だって管理できるんだから」
確かに注ぎ口はビーカーについてるんだよな。試しに注ぎ口に口を付けて飲んでみると……。
「キスしてる感じでしょう? 昔やってみたら友人達の間で大流行したのよ」
そんな感じにならないことも無い。かなり違和感があるんだけどね。
「まあ、それぐらいで良いだろう。リオ殿はナイトの更なる強化を考えておられると聞いたのでな」
「戦機に対する戦鬼のような物だと考えて頂けたらと」
「やはり高緯度地方での用心ということか。……見せて貰えぬか?」
仮想スクリーンを開くと、アリスが画像を表示してくれた。色々と頼んでいるから、概念図が良いところだと思っていたのだが、かなり詳細な検討がなされたようだ。
仮想スクリーンを横長に変えて、既存のナイトとスレイプニルを左右に表示することで大きさや装備の相違を視覚で捕らえられるようにしている。
案外、アリスのプレゼンテーション能力は高いんじゃないかな。
「大きい……」
「前の時よりも大きいんじゃない?」
ナイトが2回りほど大きくなるぐらいだと思っていたんだが、俺もちょっと驚いてしまった。頂いたワインを飲んで気分を落ち着ける。
カテリナさん達も同じ思いなんだろう。飲み切ったビーカーにワインを注いでいる。
タバコを取り出して火を点けると、ジッと2人でスレイプニルの画像を眺めていた。
「騎士団のナイトも神話の挿絵から抜き出したような姿だけど、これはそれを越えてるわ。神々しくさえ見えてくる」
「巨大な槍を2本か……。長剣や盾も持たずに、それで巨獣を狩るとなれば是非ともその姿を絵画として飾りたいところだ。ところで、足の数も異常だが、これは空を飛べるのか?」
『背中の羽に半重力装置を搭載しています。スレイプニルの最大速度は120km。この状態で高速機動を行うには重力制御でアシストしなければ転倒してしまいます』
より戦姫の動きに近くなるらしい。機体を30度付近まで傾斜させても問題ないということは、方向を変える時でも速度を落とさないで済むということだな。
左に曲がるときには左足4本で駆けることになるのだろう。ローザ達と一緒に行動ができそうだ。
「爆轟滑空砲を2つ持たせるの? 故障した実績はないし、内蔵した弾丸の不足を考えたならマガジンを持たせるだけで済みそうだけど?」
『長い方が、60mm爆轟滑空砲で、装弾数8発となります。少し短く見えるのは88mm長砲身砲です。APDS弾と炸裂弾が各々6発ですが、艦砲と同じくダブルリボルバー装填ですから、戦闘中の弾丸補給は出来ません』
88mm砲弾を使えるのか。戦闘力は駆逐艦を越えそうだな。
値段も、アリスの計算では駆逐艦を少し下回るとのことだから、製作するには少し考えた方が良いのかもしれない。
「戦機のエースに使わせるのもおもしろそうだ。戦場で目立つというのも都合が良い。爆轟滑空砲を使わずに88mm砲だけを搭載し、弾丸の入ったリボルバーを交換するということで、搭載する弾丸を増やせないか?」
『可能です。とはいえ、背中にリボルバーケースを持たせることになりますから、最大でも4個程度になります。戦機の指揮用とするなら羽は必要ないでしょう。それでも、戦闘時の機動は時速60kmを越えるはずです』
フェダーン様が笑みを浮かべる。そのまま俺に顔を向けてきた。
「2機試作して欲しい。パテントの対価は、このナイトで良いだろう。軍で性能試験を行い、評価結果によっては纏まった数を発注するぞ」
「ちょっと待ってください。スコーピオ戦でゼロの評価が高まったので、あちこちから注文が来ています。現在の生産状況では、いつお渡しできるか分かりませんよ」
「王都の工房に任せてはどうだ? パテントはリオ殿が持っている以上、それなりの報酬は入って来るだろう」
「それも良いわね。ガネーシャのところが使えそうよ。ドワーフのチームを1つベルッドに選んでもらえば、試作体制を作れそうよ」
それなら何とかなりそうか……。軍の方で性能評価をして貰えるのも助かる感じだ。
「パンジーも量産化して欲しいところだ。偵察用円盤機の代用も可能な上に、攻撃力も兼ね備えている。もう少し小型化できないのか?」
「小型化するとゼロになってしまいますよ。ゼロの課題は搭載する爆弾の大きさです。機体内に格納しますから、最大でも100kg爆弾を越えることはできません」
パンジーの運用が可能な艦は、現在のところカンザスと白鯨ぐらいなものだ。機体の大きさが直径12mはあるからね。
航空母艦に搭載したくとも、艦内のカーゴ区域をかなり占有してしまうし、エレベーターを大きくしなければなるまい。
「それを考えると白鯨が欲しくなるな。かなり自由度があるんじゃないか?」
「至る所空間ばかりですからね。でも、軍用とするなら防御力が全くありませんよ。故障や、破損に備えて、中枢となる設備機器を2重化、3重化してますが、軍同士の戦いになると、輸送艦並みと考えるべきでしょう」
俺の話を聞いていた2人が、話の最後には笑い出した。
どこにも笑える話を入れていないんだけどなぁ……。
「ハハハ、そこまで考えるか。いや、リオ殿を笑ったわけではないぞ。どちらかというと、リオ殿の考え方を笑ったのだ」
やはり俺を笑ってるということなんじゃないかな?
ちょっと不機嫌な顔をして、残ったワインを飲みほした。
「そうね。リオ君は3つの王国同士が戦を起こすことを心配したんでしょう? でもね。そんなことは起こりようがないのが実情なの。昔はあったのかもしれないけど、現在、各国が持っている戦力は、海賊と巨獣との闘いを想定した軍備よ。3つの王国の戦力は定期的に比較して調整されているわ」
「稀に、ナルビクの機動艦隊のような輩もいるのだが、それは自助努力で表面化しないように国王陛下が苦労しているようだ」
「ひょっとして、俺達の戦力が3つの王国に危機感をもたらしているとか?」
「中にはそのようなことを感じる者もいるだろう。だが、国王陛下は笑って相手にもしていないし、私を含めた妃はそのような具申をしてきた者の行動を把握する様に努力している」
「表面だって貴族は動いていないわ。リオ君が既得権益を妨害していないのを知っているから。でも、軍の中には自分の地位にしがみつく者もいるということね」
新型艦や新型機を使った新たな戦術に、馴染めない者もいるということなんだろうな。
旧体然とした戦略や戦術にしがみつかれたら、西への進出の障害となりそうだ。
西に作り始めた中継点の指揮官がそのような人物であれば、はなはだ心もとなくなるな。
「ひょっとして、軍の大掛かりな再編を考えているということでしょうか?」
俺の言葉に、フェダーン様が小さく頷いた。まだここだけの話しということなんだろうが、俺達にそれを教えても大丈夫なのかな?
「考えの古い者には去って貰わねばなるまい。それなりの待遇を用意すべくヒルダや他の王国の妃とも会合を持っているのだが、我等が一堂に集まる場所が無いのだ。ビオランテの保養所を貸してはくれぬか?」
「その辺りは中継点のマリアンに相談して頂けると助かります。元々はウエリントン王族の所有地でしたから、俺に異存はありません」
フェダーン様がにこりと笑みを浮かべてくれた。
でも、良いことを聞いたな。余剰兵士を雇うことで、中継点の防衛力を上げることもできるんじゃないか?