194 訓練飛行
何と言っても飛行船だ。白鯨の速度はラウンドクルーザーの4倍近い速度を保って飛び続ける。
この世界には、空にも巨獣はいるんだけど、白鯨のあまりの大きさに攻撃しようとは思わないんだろうな。
南西方向に丸1日飛び続けて、白鯨は速度を落とした。ローザ達が護衛しているコンテナターミナルまでは、1000kmは無いんじゃないか?
いよいよ白鯨の性能試験が始まるらしい。
俺とカテリナさんはブリッジにお邪魔してるし、フレイヤ達は休憩所の前列で見てるんじゃないかな。
上空500m程をゆっくりと西に向かって進むその真下では、2隻?のギガントが鉱石を探索している。
2隻の間隔は30m程だ。あれだと50mの横幅で荒地を探索していることになる。
「もう1隻欲しいですね」
「そうね。無人だから簡単だわ。探索範囲は少しでも広げた方が良いでしょうね」
そんな事を言いながらタブレットに手書きしているぞ。
しばらくは西に進むだけだったが、ブリッジ内にグリーンのパトライトがクルクル回りながら点灯し、パウパウと言う警報音が鳴り響いた。
「鉱石発見! 警報リセット」
「警報リセット完了。監視用円盤機を発進。採掘準備開始!」
「円盤機01号発進。監視映像は2番に表示されます」
「白鯨降下開始しました。地上30mで停止します!」
「獣機士は至急獣機に搭乗せよ。採掘用重機の移動は?」
「獣機のエレベータへの移動完了! 採掘用重機も専用エレベータへ移動完了!」
「ナイト1班は出動待機!」
「ナイト1班出動待機完了! 2班は5分前待機状態です!」
次々と指示が飛んで、その報告が帰って来る。この部屋に10人もいないから忙しそうだな。ガネーシャがドロシーの妹を欲しがるわけだ。
獣機を乗せた大型エレベーターが地表に下りると、先行して下りていた採掘用重機を引き出して直ぐに鉱石の採掘が行なわれる。
次ぎのエレベーターに小型のコンテナが数台乗せてあるから、あれで白鯨に運び込むんだろう。
今のところ、まったく問題が無いように思えるな。
探索用の地表図を見ても100km以内には他の騎士団も巨獣もいない。
部屋でのんびりと過ごすか……。一応、カテリナさんに断わって提督室へと向かう。
部屋に入ると、奥の床窓を開いて下の様子を覗いて見る。獣機は全て新型だから、扱う重機も少し大きいようだ。
自走バージに積まれた小型のコンテナが次々に鉱石で満杯になっている。
まあまあの速度で採掘が行なわれている。これなら高緯度地方でも何とかなりそうだ。
新型獣機の獣機士達はトラ族出身だから、本格的な鉱石採掘はこれが初めてなんだろう。ヴィオラに搭乗する獣機ほどには作業がはかどっていないようだ。
領地内で練習はしたんだろうが、こればっかりは慣れていくしか方法が無いからな。
ブリッジではさぞかし艦長が気を揉んでいるだろう。
鉱石採掘を生業とする俺達騎士団の一番の弱点は鉱石採掘の最中だ。
上空を偵察する円盤機からの映像と採掘作業の映像を見比べているに違いない。
気嚢に水素を使っていないから、タバコが吸えるのも嬉しい。
先に運ばれた俺のバッグから缶ビールを取り出して、温くなったビールを飲みながら一服を楽しむ。
カンザスのように飛行しているわけではなく、ただ空に浮かんでいるのもおもしろいな。荒れた大地を吹く風で船体が少し動いているのが感じられる。乗り物に弱い人は酔いそうだぞ。
その辺りの対策も考えてはいるんだろうけど、何と言っても初めての試みだ。色々と不都合が出ないわけが無い。
一番の問題は水になるな。
これは、白鯨の水タンクが小さい為だろう。確か補給艦があるんだから、そっちから給水する事も可能なんじゃないか? 同型艦のはずだから、ナイトを積まないだけでも余裕があるはずだ。
そういう意味では、倉庫代わりに使えるかも知れない。白鯨の資材がどれ位の余裕を持っているかは分らないが、そんな融通性を持たせる事も必要だろうな。
「アリス。そんな事をカテリナさんに伝えといてくれないかな?」
『了解です。メール文にして送っておきます』
ナイトの積載区画にアリスとムサシ、それにパンジー2機も専用ハンガーに収まっている。
アリスも何か気が着いた事だろう。それも一緒に送られているはずだ。
やがて採掘が終わり、獣機を乗せたエレベータが白鯨の体内に納まると、再び白鯨が移動を始めた。
最初の鉱石採掘は、ドミニクの評価では60点というところらしい。一応合格点らしいがまだまだ騎士団としては努力すべきところがあると言う事だろう。
それでも、夕食後に再び採掘が行なわれたときには、前回よりも短時間で採掘がなされた事は俺の目にも分かるほどだった。
「やはり、訓練時間が少ないせいね。急がずに一ヶ月ほど鉱石採掘の訓練をした方が良いわ」
「彼らなりに頑張ってると言う事でしょうね。訓練で腕が上がるなら賛成よ」
ドミニクの呟きにフレイヤが追従する。
まあ、採掘時間が上がるならその方が良いだろう。艦長だって、1回の採掘に掛かる時間が安定しないんでは判断に苦しむだろうからな。
俺達は比較的広い待機所のソファーでくつろぐ。アレク達は遠慮して少し離れたところで酒盛りの最中だ。
どこからか調達してきた冷えた缶ビールを飲みながら、俺達は今日の試験採掘を話し合う。
鉱石採掘自体に大きな改善点はない。強いて言えば、ベルトコンベアーでコンテナに乗せるのではなく、自走式バージの荷台に鉱石を積み込んでいるのだが、3台の自走式バージの動きが鉱石採掘を制限しているわけでは無さそうだ。
白鯨は次の鉱石を探して移動するが、既にギガントがその場所を見つけている。探索と採掘を分離する試みは意外と使えそうだな。
宇宙でも有効なんじゃないかな? 部屋に戻ったら、アリスと考えてみよう。
皆と別れて部屋に向かう。
俺が部屋に入ると、その後ろから現れたのはクリスだった。
寝る前に風呂に入りたかったが、問題はシャワーの使用量が2ℓというところだ。
結局、2人でシャワーを浴びる事にする。2人ぶんなら4ℓだからね。どうにか2人で体を洗うことが出来たぞ。
ベッドを壁から倒して、横になる。部屋の床の窓から暗い地表が見える。荒地が光って見えるのは地表を照らすライトのせいだろう。この部屋の関節照明になりそうだ。
「今夜はリオを独占できそうね?」
「その内に、誰かがやって来るんじゃないかな? カンザス乗ってから1人で眠れたのは片手で足りそうだ」
「それなら……」
俺の手を取ってベッドに誘い込む。
まだ寝るには早い気がするんだけどなぁ……。
隣のクリスが穏やかな寝息を立てていることを確認して、ベッドを抜け出し衣服を整える。クリスにシーツをきちんとかけたところで、ビールの缶を片手に窓際のテーブルに移動する。
飛行船のサーチライトが地上を照らしているが、運航上は役に立つのかなぁ?
どこまでも続く荒れ地だけど、低い灌木が所々にあるようだ。荒野にもたまに雨が降る時がある。水は低地に流れて直ぐに大地が吸い込んでしまうんだが、大きな繁みを作っている場所なら、案外地下水脈があるかもしれないな。
『アリス。コンテナターミナルと西の中継点の水事情が分かるかい?』
『コンテナターミナルの方は、建設前にボーリングをしていましたが、水脈に到達できなかったようです。大型のタンクを3基、ターミナルの地下に据え付けていました。中継点の方は、水脈に到達できたようですが、タンクを2基併設したようです』
俺達も水には苦労したからね。
そうなると、水素タービンエンジンの燃料が自給できないんじゃないか? 俺達の中継点に発注が舞い込んでくるかもしれないな。商会の連中に教えてあげよう。
コンコンと小さく扉を叩く音がする。
こんな夜更けに来るとなれば……、ちょっと開けるのが怖くなる。
鍵を開けると、直ぐに部屋に飛び込んできたのはドミニクだった。
思いがけない人物に、とりあえずテーブルに案内してワインを用意することにした。
「ごめんなさいね。レイドラがリオのところに行きなさいと、言い続けてるから……」
「竜神族の神託ということ?」
「違うみたい……。このままだと、リオが離れてくと言ってたから」
そんなことはないと思うんだけどねぇ。俺を拾ってくれた恩は忘れていない。それに色々とあったからヴィオラ騎士団の騎士としての自覚もだいぶ持ってきたと思ってるぐらいだ。
「物理的ではなくて、精神的なことよ」
ドミニクが向かい側の席を離れて俺の隣にやって来た。2人掛けじゃないから、俺の腰を自分の腰で動かしてどうにか腰を下ろすと、両腕を俺に回して顔を覗き込んできた。
不思議とカテリナさんとはあまり似てないんだが、美人であることは間違いない。
「名目だけではつまらないわ」
「将来は保証できないんだけどねぇ。大赤字が出たら一緒に夜逃げすることになるよ」
小さく頷いたドミニクが、片手でつなぎのジッパーを下ろしていく。
中は何も着てないのか! そのままベッドに運んだけど、クリスが寝てるんだよね。
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バウ、バウ……、と重低音の警報が鳴り響き、天井から下りてきた赤い警報ランプがクルクルと回転を始めた。
誰の趣味なんだ? 警報だけで十分だと思うんだけど。
「緊急通報。緊急通報。ナイト乗員は騎乗せよ! ナイト乗員は騎乗せよ!」
俺に体を重ねていたクリスが上半身を起こして辺りを確認している。
隣で俺の体に密着していたドミニクが、ベッド近くに置いていた携帯端末を取り上げようとしていた。
「何かあったみたいだな?」
「どうやら、中規模騎士団に向かって巨獣が暴走しているみたいね。肉食巨獣に襲われたみたい」
「出番ということかしら? アレク達の腕を見る良い機会だわ」
下着も付けずにそのままツナギを着る2人に少し考えてしまうけど、ここは早めにブリッジに向かうべきだろう。
部屋を飛び出した2人を見ながら、急いで身支度を済ませて後を追いかけた。
「あら、遅かったわねぇ」
笑い声が混じるカテリナさんの言葉を無視する様に艦長席の傍にある航路地図盤を見た。
「これか……。暴走してるのは、トリケラ辺りなのか?」
「いえ、モノラムです。かなり危険です」
副官は、副部長だったかな? 中々に補佐ができるとレイドラが話してくれたのを思い出した。
とはいえ、これは無視できそうもない。
騎士団とモノラムの距離は200kmもなさそうだ。疲れを知らぬトリケラの仲間は一旦暴走するとしばらく止まることがない。
「モノラムの1本角は、ラウンドクルーザ―の舷側を突き破るわよ」
「話には聞いたことがありますが、それほどなんですか?」
「危険のない巨獣なんていないわ。……さて、提督の判断は?」
カテリナさんの言葉に、ブリッジにいる全員の視線が俺に向けられた。
俺が指揮するのか? ヴィオラ騎士団の団長はドミニクだったはずなんだけど……。
「私は騎士団の団長であって、艦隊の指揮はリオでしょう?」
どのように考えたら俺が指揮者になるのか、じっくりと話し合いをしたいところだけど、数で負けそうだからなぁ。
「先ずは、この騎士団に進路変更の連絡だ。王国北部のヤードに向かっているようだが、速度を半減させるだけでも十分だろう。出来れば東に数時間進路を変えた方が遭遇確率をさらに減らせそうだ」
俺の話をうんうんと頷いて聞いていたフレイヤが直ぐに通信機に向かった。これで騎士団の方は安全なんだろうが……。
「良い機会だから、ナイトとパンジーの実戦訓練を行う。白鯨に搭載したナイトは8機。アレクの部隊とバルトの部隊があるから……」
要は挟撃だ。群れの左右から攻撃する。
モノラムの走る速さは時速50km程度だが、ナイトは巡航で時速60kmを出すことが可能だ。一時的にはさらに速度を上げられる。
「先回りして、両方向から群れの移動方向に狩るのね?」
「ナイトの仕様ならそれが可能だし、50mm爆轟カートリッジを使う滑空砲なら、1発でモノリスを倒せる。マガジンの装弾数が12発だから、予備はいらないんじゃないかな。パンジー2機の方だけど、フレイヤの方は後方から追い立ててくれ。ムサシは出番なしだけど、エリーには状況報告をお願いしたい。ローラ達は、群れから離れたモノリスを刈り取って欲しい。ナイトと同じ滑空砲だからね」
俺と航路地図盤を交互に眺めていた連中が一斉に動き出す。
後は結果を待つだけかな?
「ナイト1班及びナイト2班は出撃準備。繰り返す、ナイト1班及びナイト2班は出撃準備」
艦内放送が、ナイトの出撃準備を告げる。続いてパンジーの出撃準備の放送も始まったようだ。
「艦長。周辺の巨獣の様子は?」
「現在200kmの範囲内に巨獣はおりません。ギガントは探索を中断して周囲を監視しています」
「なら、結構。ナイトが全て出払ってしまうから、ギガントの周囲にも注意してほしい」
「了解です」
これで、何とかなりそうだ。
残ったドミニク達は、航路地図盤の周りに椅子を並べて、情報を確認し合っている。
艦長も心強いに違いない。
「さすが、リオ君ね。立派な提督に成れるわ」
「笑みを浮かべながらでは、あまり褒められたという実感が無いんですけど」
「そんなことは無いわよ。あの端なら、休憩もできるわ。いらっしゃい」
ギガントのコクピット型制御装置が並んだ反対側にソファーセットが置かれていた。進行方向の左側にあるから大きな窓が付けられている。そろそろ夜明けのようだな。だいぶ遠くまで見えるようになってきた。
「巨獣は迎え撃つのが基本なんだけど、ナイトを使うと迎撃ができるのね」
壁に内蔵された棚からブランディーを持ち出して、グラスに注いでくれた。
一口飲んでみたけど、かなりきついな。ヨット部の連中はこれを飲んでいるんだろうか?
「ナイトあってのことだと思います。戦姫なら可能でしょうが、戦機の機動ではこのようなことはできません」
「パンジーを勢子に使うなんて、フェダーンが聞いたら驚くでしょうね。ローラ達も良い仕事の場ができたわ。超長距離の狙撃はかなりの腕よ。もっとも今回は動く標的を動きながら撃つことになるからあまり長距離とはならないでしょうけど」
「作った以上、実戦での評価は必要でしょう。ナイトも機動に問題があれば足回りを強化するつもりでした」
「あれ以上? そうなると……」
テーブルの傍に仮想スクリーンが作られた。
『これが概念図です。コードネーム「スレイプニル」、外形が2回りほど大きくなり足が8本になります』
カテリナさんが目を大きく見開いた。そのまま、一気にブランディーを飲み込んでるけど、酔いが回らないか心配になってくる。
「この発想がどこから来るのか……。やはり、リオ君を騎士団に加えてくれたのが、ドミニク最大の親孝行よねぇ」
そう言いながら席を立つと、俺の腕を取る。
これから戦闘が始まるから部屋に向かうのは任務放棄にならないのかな?
「この後ろが仮眠室なの」
冷蔵庫の隣にある小さなパネルにカテリナさんが手をかざすと、壁が開いて奥に小さな部屋が現れた。
小さいと言ってもツインベッドがあるぐらいだから、当直員が交互に仮眠をとるのだろう。
「皆は色々と忙しいけど、私達は休憩しましょう。少なくとも1時間は余裕があるわよ」
ものは言いようだと思ったけれど、あまり逆らうのも問題だ。
俺達の将来を作る研究を繰り返しているんだからね。それが人道上の問題を持っていたとしても、俺達はカテリナさんに期待している。