191 別れの季節なのかな
中継点の周囲の雪が消え始めると、俺達の国を主体にマンガン団塊採掘を行なう騎士団が増えてくる。物珍しさでやって来た零細騎士団は、今ではあまりやって来ない。集まって来るのは戦機を持つ中堅の騎士団達だ。
戦機の大掛かりな修理を行なえるのは王都に限られていたが、俺達の中継点にはドワーフ達が揃っているから、ある程度大きな修理が可能だ。もちろんラウンドクルーザーの修理も出来るから、彼らにとっては都合が良いらしい。
「さすがは公爵殿、先を見る目がありますな。これなら、新たなコンテナターミナルや中継点が出来ても、この中継点の利用は増えていくことでしょう」
そんなことを言ってザクレムさんが感心している。
この頃分かった事だが、ザクレムさんの思考は現状の改善に重点が置かれる。突拍子もない事は思いも付かないけど、現状の課題とその対策には極めて高い能力を示してくれる。正に宰相としては最適な人物だ。
殆ど中継点の経営を任せっぱなしだけれど、未だに赤字を出していないんだよな。
「この中継点から王国の援助が無くなりますが、何とかよろしくお願いします」
「戦姫が3機消えるのは痛いですけど、それなりに防衛は可能です。露天施設も工事が進んでいますから、出来次第我が国の防衛隊隊員が参集してくる予定です」
ローザ達ももうすぐお別れだ。何とかドロシーはローザから離れるのを納得してくれたけど、危うくカンザスが動かなくなるところだった。
納得させたのはカテリナさんだったけど、ドロシーに通信端末を渡す事で納得させたのは議論のすり替えに近いんじゃないかな。
「これを使えば何時だってローザ達と話せるわ」なんて言っていたけど、ドロシーの通信機能を使えば問題ないと思うのは俺だけなんだろうか。
「お揃いじゃな」なんてローザの言葉にも納得していたしね。
中継点の事務所を出てカンザスに引き上げる。この事務所も今年には建て直すそうだ。中継点の管理局だけにして、新たな桟橋の余剰区画に政治の中枢となる政庁建屋を作ると言っていた。
「政庁はこれからですが、厚生施設は建設中ですからだいじょうぶですよ」と言ってたけど、いよいよ大型プールが出来るのか。
カンザスに帰ると、誰もいないリビングで自分でコーヒーを入れると、編集後に送られてきた放送予定の映像を眺める。
ミトラさん達が連れて来た撮影クルーは2組。フレイヤとミトラさんの掛け合いで色々と設備の説明が入っている。
中継点は前よりも大きくなり、新たな機動艦隊であるガリナムとディアンティスの説明が追加されている。各国もこの機動艦隊思想は持っているから、新たな軍隊が王都を守るという事を知って国民も喜んでくれるに違いない。
殆ど完成しているコンテナターミナルの守備隊にローザ達の戦姫が3機むかうことも、国王達の了承の元に放送に組み込まれた。ある意味スクープなんだろうけど、その後の高緯度地方専用ラウンドクルーザーの説明で霞んでしまってるな。
全長600m。横幅150m、高さは100mほどもある巨大な船体はクジラそのものだ。重力勾配を制御する事でゆっくりと空中を進む。その下には2匹のギガントに模した、探索用無人ラウンドクルーザーが2本の長砲身砲の触角を振りながら進んでいく。単体では60mほどの大きさなのだが、くじらの下にいると小さく見えるな。
クジラが急速に高度を落とすと、地上数十mの高さからナイトが腹にある専用ハッチから飛び出す。
パレード用のナイトだから放送には適しているだろう。同じものを今年には王都で見られる事も国民は喜ぶんじゃないかな。
素早く陣を組んで突進する姿に、戦機よりも機動性が高いことを各騎士団は知る事になるはずだ。
受注が増えそうだが、生憎と大量生産がきかないからなあ。一応、中継点の商会には予約を受け付けても良いけど引渡しは何時になるか分からないとは告げている。
先約の王族達がいるから無碍に断われないんだよねぇ。
「あら、帰ってたの?」
「ああ、とりあえず国政に問題は無いようだ。今夜のパーティの準備は終ったの?」
フレイヤが俺の隣に腰を下ろすと、俺の飲んでいたコーヒーを口にする。「ウエェ……」って言いながら飲んでいるけど、そんなにまずくは無かった筈だ。
「相変わらずの甘党よね。これからはスプーン1杯にしなさい!」
「そうか? 今日は何時もより控えてるんだけどな」
マグカップを持ってフレイヤが席を立った。改めてコーヒーを入れなおすらしい。
今夜でアデル達は同盟を解約してコンテナターミナルを中心に活動するようだ。ローザ達も明後日にはここを離れていく。ちょっと寂しくなるけど、カンザスなら2時間も掛からないんだよな。
その辺りは当人達も理解しているらしく、ドロシーとしきりに通信のやり方を確認しているようだ。場合によってはドロシーがカンザスを単独で動かしてコンテナターミナルに向かうんじゃないか? ちょっと心配になってきたぞ。
アレクとサンドラ、シレインは戦機を下りて、ナイトに搭乗する事になった。
ようやく戦闘用のナイトが6機揃ったから何時でも高緯度地方に探索に出掛けられそうだが、まだ雪が多いらしい。意外と高緯度地方の鉱石採掘は1年の内、半分ぐらいになるんじゃないかな。残りの期間は中緯度で採掘する事になるだろう。それとも、西を目指してみようか。まだ西には広大な大陸が広がっている。西の中継点が出来ても、その先には1万5千km以上の土地が広がっているのだ。
「はい。これぐらいのコーヒーを飲めるようにして欲しいわ」
フレイヤが新しくコーヒーを入れてくれたようだ。
ありがたく一口飲んでみると……。やはり苦いぞ。思わず体が震えてしまう。それを見たフレイヤがかわいそうな目で角砂糖を1個マグカップに入れてくれた。
持っているなら最初から入れてほしいものだ。
今度はどうにか飲めそうだ。タバコに火を点けると、少しずつ頂く事にした。
「兄さん達は戦鬼を下りるようだけど、やはり戦鬼はベラスコ達が乗るの?」
「ベラスコとジェリルが戦鬼に乗って、後の3機は新人になるな。ベラスコ達が訓練してるみたいだけど、様になるのに半年は掛かるんじゃないか?」
ベラスコの責任は重大だ。あまり頑張って熱でも出さなければ良いんだけどね。
今では良きパートナーとなっているジェリルに期待しよう。
「この間、ジェリルが私に相談に来たの。兄さんところが2人でしょう? リオのところは名目上は6人よ。ベラスコがいつまでも1人ということを気にしていたわ」
俺は1人でも十分だと思うんっだけどねぇ……。とはいっても騎士の血統は貴重だからな。良い相手が現れるのを待つことになるんだろう。
「それは出会いの場がどれだけあるかになるんじゃないかな? 別に騎士でなくても血統は続くはずだ。騎士が常に騎士を娶るとは限らないだろうし、子供達だって大勢いるんだから」
「それはそうなんだけど……」
その内に、ジェリル以外の女性を連れて挨拶に来るんじゃないかな。楽しみに待っていよう。
「それと、ローザも心配なのよね」
フレイヤが話してくれた心配事とは、ローザの矜持が思った以上に高いことのようだ。
自分達で何とかしたいという思いで、俺達に頼るのを良しとしないのではとということだった。
それも分かるつもりだが、ローザも18歳を過ぎているんだよね。
そろそろヒルダ様達がお相手を見つけてくれるんじゃないかな。その時選ぶ相手は、ローザのような前向きな性格ではなく、慎重に物事を見極めるタイプの男性だろう。
ローザを心配するあまり、かなりの頻度で俺達に救援依頼を出してくるんじゃないかな?
「あまり心配はいらないと思うんだけどね。戦姫3機はそれだけで戦機20機以上の働きをするし、ローザ達の戦いの基本はヒットエンドランだ」
「それなら良いんだけど……」
案外、フレイヤは心配性なところがある。
自分に関わることには積極的なんだけど、他人のことになるとまったく逆の思考に陥るみたいだ。
そういえば、ローザ達が中継点を離れたら、クジラを試しに使ってみようと言う話が出ている。乗員の訓練の為らしいから、俺達は乗客となるみたいだ。
アリスとムサシが一緒ならば早々危険な目にも合わないだろう。イザとなったら空に逃げられるからね。
そんな俺達のところに、ドミニクやエミー達もやってくる。
各自が晴れ着に着替えてパーティ会場へ繰り出す時間が迫ってきたようだ。
「ちゃんと制服を着るのよ!」
「そうだね。どれ、準備をするか」
フレイヤの指摘に席を立つ。
何時も思うのだが、何故に俺達はこの制服なんだろう? 女性達は、これでもかと言うぐらいの薄着なのに、男達は硬い感じの制服だ。少し生地が薄いけど、長く着てると暑苦しくなるんだよな。その上、ちゃんとマントを着なければならないんだが、今夜は身内のパーティだ。ベルトに拳銃のホルスターを付けて、ヴィオラ騎士団のロゴが入った赤いネクタイを結ぶ。
その格好でリビングに出ると、まだフレイヤ達の姿が見えない。あの衣装に何でそんなに時間が掛かるのか俺には理解できないんだよね。
ソファーに腰を下ろして一服を始める。
メープルさんがトコトコと俺のところにやってくると、ジッと俺の姿を眺める。
何かおかしなところがあるのかな? 背中に冷や汗が流れ始めた。
「制服が似合うにゃ。いつでも着てると良いにゃ。……でも少し曲ってるにゃ!」
そう言うと、有無を言わせずに俺の首のネクタイをグリっと手直ししてくれた。無理やりやるから、首がグキって言ったぞ。
それでも、「ありがとう」と礼を言っておく。メープルさんには気を付けないといけないな。ちゃんときちんとしてるか、今度からは鏡を良く見ておこう。
「あら、意外と早く出来たのね。皆もそろそろやってくるはずよ」
最初に部屋から出て来たのはフレイヤだった。ビキニと上着に見覚えがある。確かクルージングの時に着た物だな。
次に出て来たのはドミニクとレイドラだった。相変わらず際どい奴を着てる。ドミニク達が艦長の帽子を被っていなかったら騎士団長とは思われないんじゃないか?
最後にエミーがやって来た。3人とも色違いのビキニだけど、前の3人と比べて布地が多いのが安心できる。これ位の品を着てくれると俺には安心できるんだけどね。
「まだここにいるの?」
扉を開けて首だけ部屋に入れた状態でカテリナさんが聞いてきた。
カテリナさんも関係者だから出席するみたいだけど、どんな衣装なのか心配になってきたな。
そんな俺の表情を楽しむように全身を現したんだけど、その姿は白衣に包まれていた。
ちょっと拍子抜けの表情をしたら、笑みを浮かべて俺の前に来ると白衣の前を開いた。
あまりの驚きに顎が外れるところだったぞ。
白衣の下は紐ビキニだった。外にも持っているだろうに困った人だ。俺で遊ぶのが一番の問題なんだよね。近くに呼び寄せて白衣の前のボタンを留めてあげた。
「さて、出掛けましょうか。パレスの大広間だよね」
そう言ってフレイヤが先頭を切って歩き出す。大広間ねぇ……。別名、食堂ともいうんだよな。
アデル達にとっては最後だからとパレスを使うようだ。
暮らすにはちょっと大きすぎるけど、イベント的に使うにはいいのかも知れない。
だけど、ミトラさんは「一国の主となったにしては小さいですね」なんて感想を言ってたから、貴族の屋敷の方が遥かに贅沢なんだろうな。
パレスに到着すると、プライベート区域に向かわずに、そのまま1階の奥に足を進める。
大広間の扉を開けると、テーブルが全て片付けられている。
小さいながらもシャンデリアが付いてるし、壁には騎士団の旗が掲げられていた。既に100人近くの関係者が集まっている。
さて、一夜だけの祝宴を始めようか。
「やっと来たわね。皆揃ってるわよ」
「中々リオの着こなしが上手く行かなくてね。でも決まってるでしょう?」
そんな嘘を平気で話せるんだからカテリナさんは凄いな。
暖炉の近くに押しやられると、その前に全員が整列して俺に注目している。
ここは、簡単な挨拶をしろってことだな。
「ヴィオラ騎士団それにベラドンナ騎士団さらには王国からの派遣員の皆さん。どうにか新たな国家の運営が軌道に乗りはじめた。新に南西にコンテナターミナルが作られ、その西には中継点も建設が始まっている。騎士団の黄金時代がいよいよ見えてきた。それに伴って、我等の騎士団と同盟関係を結んでいたベラドンナ騎士団が、新たなラウンドクルーザー、ローレライと共にこの中継点を去る事になる。さらにローザ達王族達が狩る戦姫がコンテナターミナルの防衛の任務を受けてこの中継点を去る事になった。色々と皆で楽しんだけれど、それも今日限り。今夜は思い切り騒ごう!」
おう!! という声が部屋に充満するとライムさん達が参加者にワインを配り始めたこの日のために取っておいた、マクシミリアンだ。小さなグラスに半分ほど注がれた酒だけど、初めて飲む連中も多いんじゃないかな。たぶん最初で最後になる者も多いはずだ。
ドミニクの乾杯の合図で皆がグラスを鳴らして一息に飲む。う~むと唸る者も大勢いるな。
そして、ダンスが始まった……。