019 巨大なドーム
洞窟の入口は、直径100mのほぼ円形と言っていいだろう。砂地の通路がずっと奥に向かって伸びている。
『800m先で右に折れているようですね。入ってみます!』
アリスがゆっくりと洞窟の中に入っていく。地表10m程の高さを歩く程度の速度で奥に向かって進んでいる。
武器は強力なレールガンを持っているから、恐れることはないのだろうが未確認の巨獣も多いらしい。用心するに越したことはないはずだ。
両肩のサーチライトから漏れる拡散した光で周囲を明るく照らしている。
ビーム状の光が奥まで続いているけど、距離感が上手く伝わらないな。それに俺の目では、あまり先まで見ることは出来ないが、アリスはずっと奥まで見てくれているに違いない。
後ろを見ると、白く光った入口が小さく見えている。
いつの間にか開いた仮想スクリーンには、入り口からここまで歩いた道が描かれていた。
「真直ぐに伸びてるんだな」
『もう少し先で右に折れています。角度にすればそれほど大きくはありませんが見通せないのも困りますね』
曲がっていると言っていたから曲がり角でもあるのかと思っていたが、どうやら大きく曲線を描くように右にずれているようだ。
ゆっくりとアリスが通路を進んでいたのだが、2km程進むと大きなホール状の空間に出た。かなり大きいようだ。左右に体を捻るようにしてアリスが大きさを計測している。俺に分かったことは、両側は見えないけど、天井は見えたということぐらいだ。
仮想スクリーンで広間の大きさを確認すると天上高さは中央部で300m以上あるらしい。左右の広さは1.5kmほどはありそうだし、奥行きも同じぐらいの大きさだ。見た限りではドーム状の広場ということになるんだろう。
『正面の壁に新たな洞窟を発見しました。行けるところまで行ってみましょうか?』
「そうだな。今度の洞窟も同じ大きさなのかい?」
『奥の洞窟の底面はこの空間と同じ高さです。天上高さはおよそ50m』
ゆっくりとした速度でアリスはホールを横切り奥の洞窟へと進む。入口の洞窟と違ってうねるような感じで奥に続いている。奥に行くに従って洞窟が少しずつ細くなっているようだ。3kmも進むと直径が30m程になっている。
更に、1km進んだ所で崖に出た。
200m程離れた対岸には洞窟は見当たらない。
天井は300m程上で両岸の岩が合わさっている。崖下に赤い糸のような河が見えるのは溶岩という事なんだろう。溶岩の流れまで深さ数百mはありそうだ。
それにしても巨大な洞窟だな。不思議なことに生物の姿が見当たらない。
「これだけの洞窟に巨獣が住まないのも不思議な感じだな」
『生物の住処としては不適切です。現在の酸素濃度5%以下。崖下から高い濃度の炭酸ガスと硫化水素が放出しています』
それでか。サーチライトの光で輝いているのは何かと考えてたんだが、それは硫黄の結晶だろう。
だが、こんな死の洞窟に利用価値があるんだろうか?
「鉱脈は?」
『入口ホールの付近でルビナム鉱石の反応がありました』
確か鉄鉱石を含んだ鉱石だったな。ありふれている鉱石で、かつ鉄鉱石の品位が低いから採掘しても値段は知れている気がする。
とりあえず、洞窟を出て周囲を監視しながら尾根に上る。
洞窟を挟むように南に延びた尾根は、標高が数百mほどだ。遠くまで見通せるけど、尾根の谷間の入り口付近にいたイグナスの姿はどこにもなかった。
移動したんだろうか? 巨獣の生態はあまりよくわかっていないらしい。王都の大学でさえ「巨獣のことは騎士団に聞け!」と言われているぐらいだ。
「ヴィオラに通信。『巨獣の口を調査。虫歯は無し』で良いだろう。それに、さっきの洞窟の位置を暗号で送ってくれ」
『了解です。先程の洞窟から外部に500mは酸素濃度が低下しています。巨獣もそれを知って近付かないものと推測します』
死の顎って訳だな。
その顎に捕らわれて死を迎える巨獣もいるのだろうが、風向きでその顎の方向が変わるときに持ち去られるのだろう。付近を調査しても巨獣の骨すら見つけられない。
『返信が来ました。「直行する。到着時刻は明日の13時」以上です』
既に日が暮れている。
明日の朝まで洞窟の中にいたほうが良さそうだ。少なくともアリスの中にいれば安全は確保出来る。
洞窟に入り巨大なホールの壁面をゆっくりと探索する。
横穴でもあるかと思ったが、壁面は融けたような感じで艶がある。1周したところで地上に下りたが、床も壁面と同じように平坦だった。
床や壁の一部の色が変わって見えるところが、ルビナム鉱石の鉱脈だろう。何となく昔の採掘場所にも思えるが、ここを掘った連中はどんな奴らなんだろう? 低酸素と硫化水素のホールで鉱石を採取するなんて俺には考えられないな。
翌日。朝早くに洞窟を出ると、地上を走って尾根を廻るようにしてヴィオラに向かう。やはり周囲に巨獣はいないようだな。
やがて、空にキラリと光る円盤機を見付けた。その下に、土煙を上げて疾走して来るヴィオラの姿が見える。
1時間も掛けずに会合すると上部の甲板に飛び移り、昇降機で内部のカーゴに降りて行く。
ハンガーにアリスを固定すると、ドワーフの若者がタラップを移動してくるのは前と変りはない。
アリスの持つ40mmレールガンは何時の間にかライフル砲に姿を変えていた。
「あまり収穫は無さそうじゃな」
「そうですが、どうやらドミニクが探していたのは鉱石じゃなさそうですよ」
「気を落とすな」と肩を叩いて、ベルッドじいさんが去っていった。
そんなじいさんを見送って、ハンガーを奥へと歩いて行く。船が大きくなったからブリッジまでが長く感じる。
ハンガーの突き当たりのエレベータに乗って、一気にブリッジに上がる。ブリッジと表示された扉を開けると、操船ブリッジは前の2倍ほどの広さになっていた。
辺りを見回して、ドミニクを探す。
どうやら、2m四方の航跡ディスプレイを見ながら3人で話し合っているようだ。
俺に気付いたのか一斉に俺に顔を向ける。ドミニクにレイドラ、そしてドミニクのお母さんであるカテリナさんだ。
「見つけたようね」
「あの洞窟が探し物なんですか?」
バッグから記録媒体であるクリスタルを渡すと、直ぐにスクリーンに投影して眺めはじめた。
「理想的だわ」
「言い伝えの通りです。巨獣すら避けて通ると伝承にありました」
「13番目の騎士団になれそうね」
そんな話を始めたんだが、いったいどうするつもりなんだろう?
「ここをヴィオラ騎士団の拠点にするのよ。大きな騎士団はそれぞれ本拠地ともいうべき拠点を持っているわ。この洞窟を使えば、今のヴィオラ以外にグラナス級を2隻以上収容できるわ」
「でも、1つ問題があります。硫化水素に二酸化炭素で洞窟内の酸素濃度は極めて低いですよ」
「それは問題にはならないわ。どちらかと言えば、巨獣を避けるにも都合のいい話ね。生活するにはドームで生活空間を確保すれば良いことよ」
そんなことも分らないの?って感じで俺を見てる。ちょっとした宇宙基地みたいな感じになるのかな?
「でも、建設資材がありませんよ?」
「バージで運んでるわ。心配ないわよ」
という事は、最初から今回の目的は拠点の確認って事なのか?
アレクだって驚くに違いない。
「昼に発表するわ。その頃には洞窟が見えてくる筈だしね」
ブリッジを出ようと扉に向かった俺の背中にドミニクが教えてくれた。
さて、アレク達にも教えないと……。
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「すると、今回の採掘は拠点探しだったって事か?」
休憩所のいつもの席で、俺の探査の結果を聞いたアレクがグラスを落としかけて俺に聞き返した。
「どうやら、そのようです。確かに大きな洞窟です、内部のホールは直径1kmを越えてましたから」
「でも、どこで知ったのかしら? それにそんな大きな洞窟ならとっくに他の騎士団が拠点にしているわ」
サンドラが、疑問を投げ掛ける。確かに、その辺りは良く分からない。
「洞窟は尾根の奥にありましたし、周辺にイグナスの群れがいました。それが原因でしょうか?」
「イグナスがいるならば大型がいてもおかしくは無い。イグナスがいるなら騎士団は近寄らないからな。周辺には小さな鉱床しかないなら尚更だ」
アレクの言葉にカリオンも頷いている。やはり巨獣を狩ろうということは思わないんだろう。それがあの洞窟を長い間隠してきたのかもしれないな。
「問題は拠点を定めても、周辺に鉱床が無ければ意味が無いわ。それに、拠点ならばもう1隻以上陸上艦が欲しくなるわね」
「その辺りは、ドミニク次第だな。ある程度は目途を立てているんじゃないか。小さな騎士団は沢山いる。だが、戦機が無いからイグナスでさえ彼らには危険な存在なんだ」
戦機を持たないって事は獣機だけで仕事をしている騎士団もあるという事か。
当然危険を冒せないから、北上する範囲は限られている。そんなところは、既に採掘が行われている筈だからそれほど大きな利益を得る事は出来ないだろうし、戦機を得るチャンスも少ないに違いない。
将来の可能性を考える零細騎士団ならば、一時的に中規模騎士団と同盟を結ぶ事はいつも考えているに違いない。
『ヴィオラ騎士団の皆さん。騎士団長のドミニクです。我等の騎士団はこれよりヴィオラ騎士団の本拠地に帰港します。前方の巨大な洞窟、あれが我等の本拠地です』
一度きりの簡単な艦内放送だったが、直ぐに大きな歓声に船内は包まれた。
本拠地は騎士団の夢なのだろうか?
尾根の谷間をゆっくりと進んで、ヴィオラは洞窟に向かう。尾根の谷間は横幅だけで1kmを越えている。それほど起伏の無い砂混じりの瓦礫の道を進んでいく。
やがて洞窟の入り口が見えてきた。アレク達が思わず立ち上がって前方の窓越しに洞窟を眺めている。
直径100mはありそうだからな。高さが40m近いヴィオラが苦も無く洞窟に入って行く。
4台も300tバージを曳いているから、バージが洞窟の壁面に接触しないかと冷や汗ものだが、バージ毎に進路の微調整ができるらしい。苦も無く奥のホールに到着すると進路を反転し、艦首を洞窟の入口に向けて停止した。
『騎士団員に告ぐ。全てのハッチをロックしている。現在地の酸素濃度は極めて低い。外に出た途端酸欠で倒れるぞ。繰り返す……』
その放送を聴いて少し艦内が静かになったような気がする。直ぐに外に出たいような歓声があちこちで上がっていたからね。
放送が終わると、戦機と獣機に出動命令が下った。
ハンガーの機体に全員が搭乗したところで、カーゴ要員を退去させ昇降機とシュートを使って俺達は外へ出る。
戦機がバージから資材を運ぶと、18機の獣機が次々とプレハブのような建物を組み立てて行く。
鋼材を接合し枠を作る。ある程度枠が出来ると、その枠に箱型の居住区をブロックのように合わせて接合部をシールして行く。
2時間おきに休憩を取りながらの作業だが、2日もかけずに3階建ての居住区が出来上がった。
更にその周囲を透明なパネルで覆う。酸欠を防ぐ為に2重の壁を作るようだ。
居住区が出来たところで、今度は桟橋を造る。
居住建屋から洞窟の入口方向に周囲の壁を崩して土砂を積み上げる。
20m程の高さの正方形のブロック構造を作ればこれが桟橋の土台になる。
伸縮式のチューブを船体に接続するのは次の帰港になるな。
後は、空気圧で膨らむエアーテントのような倉庫に資材の残りを入れる。
居住区にエアロック施設を作り、空気清浄機を設置して居住区の内部の空気を入れ替える。大型の酸素発生装置も空気清浄機に隣接して設置された。
空気清浄装置は2式設けたから、万が一故障しても何とかなりそうだな。
洞窟に入って10日も過ぎたころ、いつものようにヴィオラの待機所に集まってアレク達と時間を潰す。
アレク達があちこちから集めてきた話をまとめると、どうやら20人程がこの洞窟に残るらしい。
円盤機を2機と獣機を10機この洞窟に残して、洞窟内を整備すると共に俺達がここに住んでいることを示すようだ。
「王都に戻って拠点を登録すれば私達のものよ。それまではここで先住権を主張することになるわ」
「だいじょうぶなのか? 20人程残しておいて……」
「最大巡航速度で王都に戻って、資材を積み込んだら直ぐに戻るらしいわ。ドミニクと懇意にしてる騎士団長と同盟を結ぶ魂胆らしいわよ。それに、カテリナ博士がここに残るらしいわ」
ドミニクの母親が残るのは人質みたいな感じがするけど、この洞窟の調査をしたいのが本音なんじゃないかな。
同盟を考えている騎士団は、大型の輸送船を改造したラウンドシップを使っているらしい。
曳くパージは積載量200tを3つだから、典型的な小規模騎士団だけど、仲間が増えるのは嬉しいところだ。
ラウンドシップが2隻ともなれば立派な中規模騎士団だ。交渉が上手く進めば更にもう1つの騎士団が入ると言う事だが、こんな情報をどこから仕入れてくるんだろう?
そっちの方が気になってきた。
翌日。俺達を乗せたヴィオラは洞窟の外に出ると、最大巡航速度で王都を目指すことになった。
カーゴが4つとも空荷だから、時速35km近い速度で荒野を疾走出来る。
洞窟に残した人達が心配だから、出来るだけ早く帰らねばなるまい。