187 放送局を呼ぼう
明日には、カンザス達が帰って来るから、また賑やかになるに違いない。
3人が寝息を立てているベッドから1人起きると、寝室を出てジャグジーに向かう。寝室の奥にも小さな浴室はあるんだけど、ゆったりと体を伸ばせる大きなジャグジーは魅力的だ。
3階の中央にある小さな庭園の反対側にあるのだが、庭園の庭石や低木の茂みに隠れてプライベートの確保が出来ていることに感心してしまう。
バブルジェットの細かな気泡が体を解してくれる。これを良い気分だと思うんだからやはり俺は人間なんだろう。
バシャン!
誰かがいきなり飛び込んだみたいだ。ここはジャグジーであってプールじゃないんだけどなぁ。
「お邪魔じゃないわよね?」
「ええ(お邪魔ですけど……)」
案の定、カテリナさんその人だった。
いきなり俺に抱き着いてくると、背中越しの指が何かを操作するように動いている。
どうやら、ジャグジーの湯を抜いたようだ。ゆっくりと湯面が下がっていく。
「ガネーシャのところで、ギガントの訓練を始めたわ。機動性は驚くばかりね。やはり無人化したおかげなんでしょうね。思い切った行動が取れるのよ」
たぶん、最大速度で90度回頭なんてやってるんだろうな。操縦者が乗船してたら、横Gに堪えられないだろう。だけど、画面で見ながら操縦するなら、ある意味オモチャみたいなものだ。考え付く限りの行動を取ったとしても誰も怪我をする事は無い。アリスが設計しているから、躯体強度にもかなり余裕があるはずだ。簡単に壊れる事はないだろう。
「となれば、後は2頭の鯨になります」
「白鯨が、もう少しで出来上がりそうよ。しばらくは習熟訓練を中緯度地帯で行なうけど、できれば同行して欲しいの……」
ドミニク達と相談だな。できればアレクも同行させたい。
将来的には高緯度地方の鉱石採掘はアレクの指揮に任せたいと思ってるんだけど、皆はどう思うかな。中緯度地帯はベラスコがいるし、俺はやはり宇宙を目指したいと思う。
「団長の判断しだいですね。俺はお飾りだと思ってますから」
俺の答えに満足したのか、カテリナさんは軽くキスをして俺に体を重ねてきた。
既にジャグジーの中は空になっているから溺れることも無いんだけど、朝からこれだからなぁ……。この世界は、俺の倫理感とかなり乖離してるんだよね。
冷たいシャワーが俺達2人の火照った体に降り注ぐ。
少しずつジャグジーの水位が上がってきたけど、カテリナさんは俺に後ろから抱きかかえられたままだ。
「問題はクルーの確保と習熟訓練なんでしょうね。リオ君に良いアイデアを考えて貰わないといけないわ」
「それなら、ここでなくても良いように思えるんですが?」
「リオ君も忙しそうだから、私も気を配っているのよ」
体を捻って俺に顔を向けると、頬にキスしてくれた。
そうなのかな? どう考えても自由気ままに思えてしまうんだけどね。
「カテリナさんがガネーシャを後継にしようとしているのは理解できるんですが、さらに研究者を増やそうとは思わないんですか?」
「できれば、もう1つパーティを増やしたいと思ってるんだけど、中々良い人物がいないの。夢を追い求めるようなロマンスを感じさせる人物は少ないのかしらねぇ」
「せっかく東の2つの王国との関係も出来たのですからウエリントンに固執するのも問題かと」
俺の言葉に体を反転させると、両手で俺の顔を左右から挟み込んだ。
「まったく、私の斜め上の発想の持ち主ね。その手があったわ」
「俺の方で考えてる案件も、概念が纏まりつつあります。一度確認して頂けると助かるんですが?」
カテリナさんが目を大きく開くと、俺の体を踏みつけるようにしてジャグジーから出て行った。
電脳内の情報なんだから逃げられる恐れは無いんだけどねぇ。
さて、俺もいい加減に出ようか。そろそろ3人も目を覚ましたころじゃないかな。
寝室に戻ると、ベッドの上の3人はもぞもぞと動いてはいるんだけど、まだ起きることは無いようだ。
このままにしておこうかとベッドから離れようと後ろを向いたら、いきなり腰に抱き着かれてベッドに倒されてしまった。
このまま昨夜の続きに入るのかな?
魅力的な容姿の3人だからねぇ……。
どうにか3人が満足してベッドに体を預けたのを見て、ベッドから抜け出す。衣服を整えてリビングに向かう。
既に時計は昼近くを俺に告げている。
とりあえず、熱いコーヒーを飲みたいところだ。
「やっと起きてきたにゃ。あにゃ? エミー様達は一緒じゃなかったのかにゃ」
「まだ寝てるんだ。中継点は安全だからね。普段は何時も気を張っていなければならないから、ここにいる時ぐらいはゆっくり休ませてあげたいんだけどね」
「分かったにゃ。でも、カテリナ様は何とかしてほしいにゃ。いくらプライベートとはいっても、常識はあるにゃ」
バニイさんの視線の先には、ソファーに丸裸で腰を下ろしたカテリナさんが仮想スクリーンを眺めていた。
いきなり飛び出して行ったけど、着替えてなかったみたいだ。
「そうだね。未婚の連中もこの部屋に来ることもあるだろうから、注意しとくよ」
「ありがとにゃ。食事はエミー様達が揃ってからでも良いかにゃ?」
「それで良いよ。でもコーヒーを2つお願いしたいな」
「にゃ!」と返事をしてリビングの奥にある小さな厨房にバニイさんが歩いて行った。
さて、真剣な表情のカテリナさんをどうやって注意するかだな。
カテリナさんの隣に腰を下ろすと、タバコに火を点けた。
カテリナさんの右手が延びて俺の口からタバコを取ると、自分の口に持って行く。
少しは周囲を見ているということだな。改めてタバコに火を点けると、テーブルの灰皿を傍に寄せる。
「凄いわ……。この曲線が良いわねぇ。直線がまるでないのが斬新だし、無理がどこにも見えないのよ」
「感心して頂けるとありがたいんですが、仕様の話をする前に着替えて頂けると助かります。まだエミー達は起きてきませんけど、もう直ぐここにやって来るはずですから」
俺の言葉に、カテリナさんが下をちらりと見て、俺に笑みを浮かべた。
「そうねぇ。エミー達が自信を無くすかもしれないわね。待ってて頂戴」
俺の頬に軽くキスをして、自分の部屋に歩いて行ったけど恥じらう素振りが全くない。確かに世界を狙える肢体の持ち主ではあるんだけどね。羞恥心は研究途中で投げ出したか、どっかに忘れてきたんだろな。
「着替えに行ったにゃ。とりあえずコーヒーを2つ用意したにゃ。姉さんから話には聞いてたけど、とんでもない人物にゃ」
「でも俺達にとっては大切な人なんだ。ウエリントンの至宝とまで言われる人物でもあるけどね。奇行の持ち主でもあるけど、中身は優しいご婦人だよ」
う~んとバニイさんが首を傾げている。
変人の1人と認識したのかな?
10分も経たずに、カテリナさんが帰って来た。ちゃんと白衣を着ているんだけど、俺の前で白衣の前を開くと、かなりきわどい下着が見えた。
思わずドキリとしたけど、白衣で隠しておくなら問題はない。
俺の隣に腰を下ろして、コーヒーを一口飲む。すっかり冷めているけどカテリナさんは気にしていないようだ。
「着替えたら仕様を教えてくれるんでしょう?」
「一応約束ですからね。これを機に、少し露出を控えてくれたらありがたいところです。ローザ達年少組も突然やってきますから」
「そうねぇ。娘の矜持もあるでしょうから、なるべく人数が少ない時に限定するわ」
人数が少ない時というのが問題に思えるけど、今から少し改善してくれるならバニイさんも満足してくれるだろう。
「俺も全体の仕様について確認するのは初めてなんです。個別の仕様検討ばかりやってましたからね。アリス、始めてくれないか?」
『了解です。マスターたちの前に仮想スクリーンを展開します』
仮想スクリーンに全体像が浮かびあがる。
俺達に理解させようとアリスなりに考えてくれたのだろう。白鯨との比較が説明の中で度々入ってくる。
「まったく、リオ君には驚くわ。確かにこれなら宇宙空間での採掘が可能になるでしょうね」
確かに大型飛行船の形を保っているな。
だが、少し頭が大きく全体として太った感じがする。白鯨よりもこっちの方が鯨の姿に似ている気がするな。
頭部の下に口があるようだ。開口部だけで30m以上はあるんじゃないかな。胴には100tコンテナがどれだけ積まれるのだろう。
「あのパンジーもおもしろい形になってるわ」
宇宙での活動を行えるパンジーは2種類となったようだ。大型の「オルカ」と小型の「ドルファン」と開発コードが表示されている。
前のヒレが少し大きく見えるのは、反重力装置の一部が組み込まれる為だろう。ドルファンの背中にあるのは、どう見ても座席に見える。
「獣機を載せるのね。ドルファンに乗って作業に専念できるわね。たぶん移送用の索を取付けるのが任務になるんでしょう。移送は、オルカを使うようね」
両方とも鯨の船体内に格納できるようだ。作業時には一時的にオルカを船体下部にドッキングさせることもできる構造に見える。
一応、全体システムとしては満足してるんじゃないかな。
「宇宙空間での個別装置設計の状況をファイルに入れて置くから、アリスの概念設計との整合を取った詳細設計をお願い出来ないかしら?」
『了解しました。追加依頼はありますか?』
「そうね……。1つ気になるのは乗船人員なんだけど、どれ位を考えているのかしら?」
『操船、機関、保全が5人程度。オルカの操船は3人で3隻になります。ドルフィンは1人乗りですが獣機は新型を使います。15機を想定しています。生活部が10人と言うところでしょうか。全体の人員は100名を想定して生命維持装置の大きさを決めました』
動かすだけなら60人というところなのか。40人の余裕があるなら、何か不足の事態が起きてお何とかなるだろう。宇宙での故障発生は、死に直結しかねないからな。
「俺からの質問は1つだけだ。どれ位積載できるんだ?」
『100tコンテナ30台を想定しました』
思わずカテリナさんと顔を見合わせた。
それ程積載できるのか?
『外に多目的倉庫があります。ドルフィンの格納庫を広げたようなものですがエアロック付きで戦機10機を格納できます。オルカの格納庫は少し特殊な構造で、ローディングデッキを2基設けることにしてあります。ここもオルカ2隻分の余裕を持っています』
「十分だな。それ程戦機は積めないだろう。アリスとムサシなら宇宙空間で可動できそうだが、戦機では移動手段が限られる」
俺の言葉にアリスは無言だった。
ひょっとして、その手段を考え始めたのだろうか? まだ形としてまとまりきれないので俺達に話さない感じがするな。
「毎度の事だけど、リオ君達には驚かされるわ。100tコンテナを5台ほどに考えていたのよ。6倍とはね。それでも余裕があるというんだから……。クルーは来年末に募集しましょう」
「来年は色々と忙しそうですよ。新に3人の艦長を雇ったようですし、アデル達は同盟を解除するようです」
ある意味、変化のさきがけになるのだろう。
この地方に中継点を作ったのが変化の始まりだが、新たな中継点が更に西に作られる。俺達のところにやってくる騎士団は中規模以上の騎士団に限られてくるだろうな。
零細な騎士団は南のターミナルやコンテナターミナルを中心に活躍するだろう。
大規模な騎士団は俺達の動向に注意してるに違いない。俺達が高緯度地方の鉱石採掘を計画しているのは3つの王国の知るところだ。当然、その装備や船に注目が集まるのは仕方の無いことだ。
「中継点の食堂や、酒場でそんな質問がかなりあると聞きました。ある程度は情報を流さないと、隠匿工場に紛れ込まれないとも限りません」
「そうね……。だいぶ形になってきたから、例の放送局を呼んでみようかしら?」
あの放送局? それもおもしろそうだ。新しいラウンドクルーザーのお披露目と言ったら、直ぐにも飛んでくるんじゃないか?
「それだとしたら、ナイトが欲しいですね。何機できました?」
「まだ、4機だけど……。アレクにお願いできるわね。今度はドロシーもいるし、おもしろい企画になりそうね」
あの放送から、だいぶ中継点も変わったからねぇ。
このパレスもだいじょうぶだろう。交渉はフレイヤにお願いすれば、勝手に企画が増えそうだ。
昼近くになって、エミー達がリビングにやって来た。
テーブルに移動した俺達にバニィさん達が昼食を運んでくれる。
「朝食はちゃんと食べるにゃ! 昼食はリクエストでミックスサンドにゃ。スープは野菜スープ、それに朝食用のフルーツにコーヒーにゃ。姉さんから聞いてたけど……、これほどとは思ってなかったにゃ」
バニィさんの言葉が耳に痛い。
かなりの色ボケ公爵として見られたかもしれない。だけど、俺はいたって普通だと思ってるんだけど、周囲に流されてしまうんだよなぁ。
「バニィの考えは正しいわ。でもね。皆、リオ君が大好きなのよ。それにリオ君が答えてくれるだけだから、あまり、変な噂は立てないでね」
「分かってるにゃ。姉さん達も『公爵にはとても思えないけど、騎士団で一番頼れる存在にゃ』って言ってたにゃ」
それって、褒めてるんだよね。
複雑な思いで、昼食を頂いている。マスタードが効いているのか、目頭が熱くなってきた。
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「「ええぇー、あの放送局がまたやってくるの!」」
ドミニク達が帰っていたところで、カンザスのリビングに住まいを移動したのだが、その夕食の場で、あの特番クルーを呼ぶ計画を話した。食事はしばし中断、皆がワイワイ勝手に話しを始めている。
「騎士団長として賛成するわ。できればアデルが離れる前が良いわね」
「今度は、色々と計画できるのじゃ」
「鉱石採掘にも同行させればいいのに……」
前もって分かっていれば色々出来るって事だな。前回は突然だったから、皆も少し足りないって感じてたんだろう。
「今回の目玉は、高緯度地方のラウンドシップを披露することが目的だ。どうやら、他の騎士団が色々と探りを入れてるらしい。ならばいっその事早目にお披露目すれば良いんじゃないかって考えた」
「披露できるまでになってるの?」
「来年には確実だ。それをスクープさせると言う条件なら、例の撮影クルー達が飛んでくるんじゃないかな?」
そんな俺の言葉に、ニヤリと笑うのはどうかと思う。
確かに餌で釣るようなものだけど、皆も撮影には協力してあげないといけないんだぞ。