017 砂嵐がやってきた
昼を過ぎた荒地は気温もかなり高くなっているのだろう。遠景が蜃気楼のように揺らめいている。
ヴィオラの展望室の中は空調が効いているから、下着の上はツナギで十分だ。展望室の一番前に作られた眺めの良いソファーでアレク達と時間を潰す。
まだ昼間だというのに、アレクはウイスキーを飲んでいるようだ。あまり酔ってはいけないと本人も思っているのだろう。氷を入れたグラスを少しずつ飲んでいるようだ。
俺と、ベラスコはコーヒーを飲み、残りの3人はアレクと同じようなグラスを手元に置いている。
タバコに火を点けようとテーブルの灰皿を引き寄せようとした時だ。
突然艦内放送が流れた。
『鉱石発見! グリーンⅠ発令。繰り返す……』
放送と同時にヴィオラの速度が落ちて、大きく円を描きはじめたのが分かる。どうやら、何か見つけたようだ。
鉱石採取は獣士達が行なうから、俺とベラスコは端末を使い仮想スクリーンを展開して状況を見守ることにした。
次々と舷側のシュートから獣機が降り立つと、掘削機を使って荒地に穴を開け始める。
空に、キラリと光ったのは周辺監視を担っている円盤機だろう。
稼働時間が短いのが難点だけど、巨獣を早期に発見出来るのはありがたい話だ。
前は俺の役割だったが、さすがに空を飛ぶのを見せる訳にはいかなかったからかなり緊張していたことも確かだ。
これからは円盤機が俺の役目を行うと言う事になれば、俺の新たな任務は何になるんだろう。
結構大きな鉱床らしく、6体1で編成された分隊が2隊出動して作業をしているようだ。獣機の稼働時間は短いから、3時間おきに背中の燃料ユニットを交換せねばならない。2時間ほどで最初の交代が行われた。
「そろそろ食堂に出掛けるぞ。これからは飽きるほど作業は見られるだろう。彼等が安全に作業できる状態を作ることが俺達の仕事になる」
俺とベラスコが顔を上げると、テーブル越しの4人が面白そうな表情をして見ていた。
確かに、アレクの言う通りだろう。となると、何時出番が来てもおかしくない状況だということになる。
席を立ったアレク達を追いかけるようにして食堂に向かった。
食堂の入口近くに表示された献立表を眺めていると、ポンと肩を叩かれた。
振り返ると、俺に向かってフレイヤがにこりと笑みを浮かべる。
「まだ決まらないの? いいわ、今夜は私が奢ってあげる」
俺の返事も待たずに腕を掴むと、アレク達とは少し離れたテーブルに着く。
やって来たネコ族のお姉さんにフレイヤが頼んだ物は、あまり聞いたことが無い名前だったけど、奢って貰うんだから文句は言わないでおこう。
やがて、テーブルに並んだ料理は中華のような感じだな。大きな肉マンとスープにとろみがついた肉料理だった。
「チタンが豊富らしいわ。宇宙船の外壁用ということで値段が高いみたい」
「それは期待できるね。それにこの量だ。パージ1隻分はあるんじゃないか?」
「さすがにそこまではないと思うけど、確かにいまだに掘ってるわよね」
「周辺は平和なんだろ?」
「円盤機は優れものよ。周囲100kmを常時監視してるわ。でも、ちょっと問題が出て来たの。砂嵐が近付いてるのよ」
フレイヤが端末を持ち出すと仮想スクリーンを俺達の前に展開する。
画像の下に高度が表示されている。高度3000mから周辺を眺めた光景のようだ。北東方向に茶色の雲が地表を這うような姿が映し出されている。
「6時間ほどでヴィオラを襲うわ。まだ掘り出せても、後1回の補給で終了することになるんでしょうね」
「ヴィオラはだいじょうぶなのか?」
「外壁の厚さは前のヴィオラの1.5倍よ。金属セラミックとチタンの複合装甲に、セラミックと鋼の傾斜合金の二重装甲で外壁が作られているし、船体を電磁シールドで覆うから被害は無いと思うんだけど……。レーダーや監視カメラもドームに収納することになるわ」
砂嵐はヤバイとは聞いたことがある。確か、風速50m以上で砂や岩が飛んでくるらしい。
新造ヴィオラは、元が軍艦と言う事だから、強度的には安心出来るって事なのかな。
数時間後、獣機を収納したヴィオレは、砂嵐に直進するように進路を変えて船体を停止させた。荒地に多脚を食い込ませるような音を立てて船体を安定させると、全ての開口部は強制的に閉止され、船窓も装甲シャッターが下ろされた。
俺とフレイヤは、展望室のソファーでアレク達と仮想スクリーン越しに状況を見守るしかできない。
突然、船体を殴られたような衝撃が走ると、小刻みに振動が始まった。
『……砂嵐に突入しました。強度分類5を超える巨大な砂嵐です。現在の船外風速は秒速60mを越えています……』
淡々とネコ族の少女がアナウンスをしてくれる。
『それでは、専門家のご意見を聞きましょう! 新しく我等ヴィオラ騎士団の一員となったカテリナ博士です』
思わず、飲んでいたコーヒーを噴出すところだった。
確か、バイオテクノロジーの権威者だから博士号を持っててもおかしくは無いが、その博士が砂嵐の解説をするのはちょっと変じゃないか?
とはいえ、何の博士か分らない団員が殆どだから、博士と言う肩書きで団員を安心させることが出来るとドミニク達は考えたに違いない。
『カテリナです。一応、工学が専門だけど、気象学もプロフェッサーとしての資格は持っているわ。無いのは育児と料理だけだから、心配しないで話を聞くように! さて、今回の砂嵐は砂嵐の強度分類では最高値であるF5を持っています。この強度ではダモス級ランドシップなら致命的な損傷を受けるけど、この船は王国軍の試作巡洋艦を母体にしているから十分に耐えられるので心配は無用よ。嵐の過ぎ去るのは、直前の科学衛星からの画像解析では約12時間後。過ぎ去った後にはマンガン団塊が見付かる場合が多いから期待しましょう。最後に、穴掘りに備えて体力を温存して置くように!』
「今のは、ドミニクのお母さんよね」
「そうだね。何でも屋だったんだ……」
あらためて、マッドの奥の深さを見たような気がした。
たぶん、1つの分野を先行するには関連する他の分野の知識を学ばねばならなかったに違いない。
それにしても、出来ないのが育児と料理とはね。ドミニクのお母さんは、おもしろい人であることは確かなようだ。
翌朝、自室で目を覚ますと、部屋の窓の装甲シャッターが開いていた。変わりない砂礫の荒地がどこまでも広がっているのが見える。
時計を見ると8時過ぎだから、俺が寝ている内に砂嵐は去ったようだ。
簡単な朝食を済ませて展望室に入ると、アレクが俺を手招きしている。
皆がジッと見ている仮想スクリーンを見て、カテリナさんが言っていた穴掘りの意味がやっと分かった。
ヴィオレの船体は半分ほど砂礫に埋もれていたのだ。
そんな訳だから、獣機以外に俺達もが動員されて、船体の掘り起こしを手伝うことになった。
ちゃんと、アリス用のスコップまで用意されていたのには驚いたけどね。
そんなアリス用スコップの倍の大きさもあるスコップを使って、アレクが黙々と戦鬼を動かしている。
ベラスコは「巨獣が来ないかな」なんて物騒なことを言いながらも黙々とスコップを使っている。
まぁ、分らなくはない。上空を円盤機が周回してるから、少しは安心できる。
それでも、こんなところを急襲されたら酷いことになるのは目に見えている。
俺達を襲うのが、巨獣だけとは限らないのだ。盗賊団はかなり厄介な存在だとアレクが常々教えてくれてる。
誰も、文句を言わずにひたすら船体の砂礫をスコップで掘り起こしているのは、俺と同じ思いに違いない。
『まだまだ掛かりますよ。それほど反重力装置の出力が無いんでしょうか?』
「たぶんね。上空の円盤機にしても浮かべるだけの出力だ。移動は円盤の円周部についてるローター駆動だからな。アリスみたいに重力勾配を操るまでの技術はないんだと思うな」
『でしょうね。それでも、星間貿易をしているんですから驚きです』
この太陽系には、この惑星以外に居住可能な惑星が2つある。かなり前から進出したらしく政府まで出来ているようだ。
更に近隣の恒星系とも貿易をしているようだ。無理をせずにコツコツと技術を高めるべきなんだろうな。
3つの惑星全ての人間を合計しても50億に満たないんだから……。
そんな事をアリスと話しながらもせっせと船体を掘っている。合計24体の戦機と獣機が作業してるんだから、意外と早く終るに違いない。
ドミニクの穴掘り指令が俺達に降りてから数時間……、どうにかヴィオレは砂嵐で埋もれた船体を浮かす事が出来た。
「いや~酷い目にあったな」
休憩室に備え付けられたシャワールームから出て来たアレクが俺に告げたけど……。
連れの2人が微笑んでるところを見ると、その原因が穴掘りか、それともシャワー室の中かは定かでない。
「これで、また新しい鉱脈が見付かると良いんですけどね」
アイスコーヒーをアレクに渡すと、喉を鳴らして一気に飲み干した。
「そうは上手くいかんだろう。だが、しばらくは出番がないといいがな」
「でも、砂嵐には巨獣が住むと聞きましたよ」
ベラスコがアレクの言葉に続ける。
「それは、言い伝えだ。強度5程の砂嵐を巨獣の襲来に例えたものだ」
寡黙なカリオンがベラスコに教えている。
カリオンなりに指導しているつもりなんだろうな。
「ところで、どこに向かってるの?」
サンドラの言葉にシレインがスクリーンを展開して船の航跡を確認している。
ベラスコはアレクの言い付けで、俺達に炭酸飲料を渡してくれた。
「どうやら、北西ね。このまま進めば北緯50度を5日も経たずに越えるわ」
「やはりドミニクは向かう気だな」
俺達は無言でスクリーンを眺めながら、冷たい炭酸飲料を飲んだ。
部屋に戻ると装甲シャッターを開けて外の風景をぼんやりと眺める。
何も無い荒地が続いているが、たまに小さな潅木の林が姿を現す。
もう少し西に向かうと大河があるようだから、地下水が少しはあるのだろう。
だが、水があれば森がある。そこは獣の住処だ。それを狙う巨獣が徘徊することも十分に考えられる。
円盤機の導入は先見の明があったな。その性能を信じて北緯50度を超えるのだろう。
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待機所で前方に広がる緑を皆で眺めている。
どうやら、大河に遭遇したらしい。レイベル河と言う名前は、たぶん発見者からとったものに違いない。
その河の両岸に南北に森が広がっている。フレイヤ達はブリッジの最上階で、さぞかし緊張してるだろう。
円盤機が南北と進行方向100km付近を監視してるのだが、燃料の関係でそろそろ帰還してくるころだ。
円盤機や戦機等は水素タービンエンジンだから、大河で水を汲み上げれば、ラウンドシップの水素製造装置で簡単に燃料を作り出すことが出来る。
これからのことを考えれば、安全な川岸で水を汲み上げることになるだろうな。
森が近付くにつれて、ヴィオラの進行方向が川下に向いていく。
河原でも見つけたのかもしれない。
一時停止するなら、周囲が開けている場所が理想的だ。
やがて、大河を目の前にしてヴィオラは停止した。南北2kmを越える広大な河原だ。
ここなら周囲が良く見通せる。
『艦内通報。現状よりイエローⅢに以降する。繰り返す……』
「どうやら、巨獣襲来を想定してるようだ。さっさとコンバットスーツに着替えるぞ!」
アレクの指示で俺達は男女別の更衣室に入り、素早く着替えを済ませたところで、再びタバコを楽しみながら前方に広がる大河の流れに見入った。
ヴィオラの下の方では、獣機がが太いホースを川岸に運んでいる。
あれで水を吸い上げるんだろうけど、魚が入ってるなんて事はないのかな?
1時間程で作業が終了し、再び獣機がホースを片付けている。
それが済むと、不意に船体が浮き上がったのを感じたと思ったら、次の瞬間には川の中にヴィオラがゆっくりと進みはじめた。多脚を使って水上を走ることができるみたいだ。
30分程掛けて対岸に着くと、再び荒地を進み始める。
「大河にも油断は禁物だ。河の水深を調査したんだろうが、20mもあると、水棲の巨獣にも注意が必要なんだ。鳥のような首をしていて嘴には鋭い歯が付いている。動く物は何でも食いつくぞ。そして水の中に引きづり込む。獣機を咥えて行ったのを見たことがある。もちろん獣機の騎士はあの世行きだ」
「獣機の機体は厚さ20mmのクロマリン合金ですよ!」
「それ位は簡単に歯で穴があく。あいつ等の牙は重ゲルナマル鋼で形成されているんだ」
クロマリン合金はクロムとチタンの重合合金らしい。かなりの強度を持っているが値段が高いので陸上艦には使われていないようだ。重ゲルナマル鋼はタングステンと鋼の合金らしい。強度はクロマリン合金を凌ぐようだが生憎と加工性が良くない。ドワーフ泣かせの合金として知られている。
巨獣は単に大きいだけではない。その生態系において鉱石を体内に取り入れ、体の皮膚や骨そして牙や爪を強化している。本当なら重金属中毒になりそうだけど、奴等はそれを吸収して自らの体に同化させることが出来るのだ。
「覚えて置けよ。戦機の超レズナン合金でさえ、巨獣の爪は切り裂くし、角は刺さるんだ」
「覚えておきます!」
そう答えたベラスコの顔は若干青ざめていたぞ。
弾力性があってクロマリン合金を凌ぐ合金として超レズナン合金は知られているのだが、合金技術が喪失していて現代の冶金技術では作ることができない。
そんな合金で戦機の装甲プレートは出来ているのだ。戦機が損傷することはめったにないが、万が一破損した場合はクロマリン合金で代替することになるとアレクが教えてくれた。
1時間程して、艦内放送がイエローⅡを解除したところで皆で夕食を取り、自室へと引き上げることにした。
ビール缶を持ってソファーに寝転びながら仮想スクリーンを展開する。
仮想スクリーンでは今日、渡河した下流で円盤機が移した水棲巨獣の姿を、ネコ族の少女とカテリナさんが解説している。
河の大きさと比べると数十mはあるだろう。下流80kmで確認されたらしい。これが俺達をイエローⅡで待機させた原因なのかも知れないな。
タバコを1本吸い終わる頃に、扉を叩く音がする。仮想スクリーンの右下にフレイヤの姿が映ったから直ぐに扉のロックを外した。
砂嵐と渡河ではだいぶ気を揉んだろう。俺に愚痴を言いながらストレスを解消するのかな?
入って来たフレイヤが、大きなトランクを引きずってきたので思わず目を見開く。
「その荷物は?」
「あら、今度部屋に行くって言ったわよね? リオはいつでも良いよ、と答えてくれたわ」
それは遊びに来るのはいつでもいいと言うことで、一緒に暮らすことではないように思えるんだけどなぁ……。
俺の気持ちはお構いなしに、クローゼットに荷物を押し込んでいる。確かにこの部屋は大きいから2人で住むには問題ないのかもしれないけど……。
「後でもう少し運んでくるけど、クローゼットが大きいから問題なさそうね」
「一緒に暮らしても問題ないの?」
やはりきちんと確認しといた方が良いだろうな。
「兄さんは賛成してるし、母さん達も賛成してくれたわ。リオならいつでも私を守ってくれるでしょう?」
嬉しそうな表情でにこりと微笑まれては、俺も観念する外ないだろう。
少し行動が先になるけど、思いやりのある女性であることは間違いない。その上美人ときてる。
どちらかというと、俺がフレイヤに似合わないということになるのかもしれない。
「もちろんだ。だけど、俺で良いのか?」
「少しおとなし過ぎるけど、そこは私がリードするから問題なし!」
冷蔵庫から缶ビールを2本取り出して俺の隣に腰を下ろす。プルタブを開くと缶ビールで乾杯だ。
明日の朝はアレクにからかわれるんだろうな。だけどその時には、フレイヤが援護してくれるに違いない。
「今日は疲れたろ?」
「疲れたなんてものじゃなかったわ。でも、おかげで火器管制の連携が出来るようになったのは嬉しいところね。円盤機の情報も、ドミニクと同じタイミングで確認出来るようになったからだいぶ楽になったわ。それでも緊張の連続よ」
そう言って、ビールで喉を鳴らす。
「あっ、これこれ。ヴィオレまで50km位に近付いたのよ。円盤機の銃撃で退散したけど、30mmって少しは役に立つみたいね。25mmだと全く気にしなかったもの」
「30mmの徹鋼弾はそれなりに威力はあるだろう? 25mmより重量はあるし、弾速も2割増しだ」
「弾速の方かもね。獣機の持つ30mmは、ヴィオレの30mm連装砲の8割程度の弾速だから威力がないのかも知れないわ。もう少し何とかなれば良いんだけど……」
かなり、無理な要求だな。
発射速度を上げれば、その反動が持ち手に跳ね返る。レールガンならかなり反動を抑えられるのだが、その弾速を得るエナジーはかなり大きい。
獣機の背中にある小型タービンエンジンではその負荷に耐えられない。
それに、レールガンの制御技術は軍が機密扱いにしているらしい。ヴィオレのリアクターなら何とかなると思うんだけどね。
だが、このレールガンをアリスは標準装備として持っていたのだ。
使うのは、皆が見てない場所で……。そう言われたけど、可能な限り使わずに済ませたいものだ。
「やはり、このまま北緯50度を越えるのかな?」
「それは、ドミニクに聞いた方が良いわ。さぁ、シャワーを浴びて休みましょう」
ひょんなことでフレイヤと暮らすことになったけど、俺がシャワーを浴びて帰ってきた時にはベッドでぐっすりと眠っていた。
やはり、火器管制部門は激務なんだろうな。
隣に寝転んだけど、フレイヤが気になってちっとも眠れない。
今まで一人で寝ていた反動なのかもしれない。仕方なく、羊を数えることにするか……。