160 拾い物とまがい物
調査からカンザスに戻ったところで、とりあえずジャグジーで疲れを癒す。
リビングに戻ってくるとソファーに皆が集まっていた。俺と同じ映像を見ていた筈だから十分に興味は満たされたと思うんだけど、何を聞きたいんだろう?
ソファーに腰を下ろして、ライムさんの入れてくれたコーヒーを飲む。
タバコに火を点けると、フレイヤ達が飲み物持参でテーブルからソファーに移動してきた。
「あの宇宙船は動くの?」
最初の質問はドミニクからだった。
たぶん皆が同じ思いなんだろう。一斉に俺を見詰めてくる。
「俺にはさっぱりだ。上手い具合に、アリスがあの船の電脳にアクセスして情報を引き出している。カテリナさんに送ってあるから、数日もすればカテリナさんが教えてくれると思うな」
「でも、誰も乗ってないのよね。宇宙人が乗ってると思ってたんだけど……」
タコみたいな宇宙人がいるとおもってたのかな?
まぁ、未知の宇宙船なんだからそれなりにインパクトはあるけど、ドラマじゃないんだからねぇ。そんな展開を期待して見てたんだろうな。
「たぶん乗員は降りたんじゃないかな。死体すらなかったから、無事にこの惑星に下りたんだと思うよ。周囲の石造建築もあるから、文化を退化させながら、ある程度はこの惑星で暮らしていたと思うんだけどね」
だが、降りた位置が不味かった。巨獣に襲われて滅んだに違いない。地球からの入植者がやって来るころには地殻変動で今の場所に埋まったんだろう。
「危険性が無ければそれでいいわ。後の措置は母さんに任せるとして、隠匿工場には使えそうね」
「地底湖を水源として利用できるように調整すれば工事もはかどるだろうね。上水のパイプラインは中継点の工事にしても良いだろう。だが、ヴィオラ専用桟橋までは工兵隊に工事をして貰うことになりそうだ」
それでも、大幅に工期を削減できるだろう。
パイプとポンプを多重化しておけば、後々の管理もしやすいだろうな。
10日間の行程で鉱石探索を終えて帰って来ると、直ぐにジゼルさんが工事の進捗を報告してくれる。
入口となるトンネルを大きくしているようだ。全長5kmほどのトンネルは、現在直径50mまでに広がっている。大型重機が使えるから、一段と工事の規模が大きくなった感じだな。
「地底湖には驚きましたが、この地では必要になるでしょう。このように岸壁を作って隔離しますから、岸壁が完成しだい中継点への送水設備を据えつけます」
一月ほどでだいぶ工事が進んでいる。さすがは工兵隊という事だろう。
工事の労いを述べると、互いに握手をしてジゼルさんは帰っていった。
何か、鉱石採掘をしている方がのんびりできる気がする。
ソファーに座ってタバコを楽しんでいると、ワイングラスを2つ持ってカテリナさんが俺の隣に腰を下ろした。
いつの間に入ってきたんだろう?
「だいぶ分かってきたわ。使える技術が沢山あるけど、一番の宝物はあの動力炉ね。どうにか理解できたから、将来的には私達の船に積み込むつもりよ。反重力駆動についても制御理論を学ぶ事ができたわ。どうやらクライン機関に似たシステムらしいんだけど、2つのクライン機関をメビウスコイルで結ぶのは目から鱗の発想だわ」
そう言いながら、ワインを飲んでいる。もう1つのグラスを手に取ると一口飲んでみた。かなりの極上だぞ。
「落ちてたものですから、俺達で使う分には問題ありませんが……。実証試験は必要ですよ」
俺の言葉に笑い声を上げると、ゆっくりと俺の顔を覗き込んだ。
「それぐらいの常識はあるつもりよ。まぁ、それはさて置いて、リオ君の船内カメラの映像にちょっと作為的な場所があるんだけど?」
ドキ! っとしたけど、表情に出て無いよな。
あれを画像から削除したのがバレてるのか?
「たぶん、後で私に見せようとしたんじゃなくて?」
そこまで分かってるんじゃしょうがないな。
改めて、タバコに火を点ける。
「実は、ナノマシンの入ったカプセルを医療区画で見つけました。100種類程のナノマシンが入っているとアリスは言っています」
「用途が不明ね……。分別して入れるなら分からなくもないけど、同じカプセルに入れるなんて、何らかの意図があるのかしら?」
『どうやら、実験の最中に事故があって、そのまま放置されたようです。カプセル付属の電脳には実験の途中経過までのデータが保管されていました』
アリスの言葉を聞いてカテリナさんが微笑んだ。
「どんな実験だったのかしら?」
『人間のシナプス回路を模擬した、電脳の開発と推測します』
あれでか? それにカプセルの中には、まだ形が無かったんだが。
「どこまで進んでるの?」
『私を作ろうとしましたが、ナノマシンの性能が低すぎます。現在ドロシーの人格を取り込むための準備を継続中です。ドロシーを外部化できますから、現在の電脳は補助電脳に格下げになるでしょう」
「いいわね。進めて頂戴。完成は何時頃かしら?」
『3日後になります』
アリスを持ってしてもそれだけ掛かるってことか? とんでもない作業ってことなんだろうな。
「全く、少しぐらい教えてくれても良さそうなものだけど……。スキンシップが足りないのかしら?」
そんな事を言いながら俺を立たせると、ジャグジーに歩き出した。
けっしてそんな事はないと言いたいけど、黙ってたからな。もう少し解析に時間が掛かると思っていたけど、アリスは先に進んでいたようだ。
星空の下でひさしぶりにカテリナさんを抱く。
カテリナさんの夢は確実に現実味を帯びてきたな。
「おもしろい事をアリスは考えたわね」
「そうなんですか? 外部に電脳を持つという事は、それ程奇異には思えませんが?」
「単なる箱にはならないわ。そうね……。少し協力してあげようかしら」
そんな事を言いながら俺を求めてくる。
皆は中継点の商店に買出しに行ってるみたいだから、今はカテリナさんと楽しもう。
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「何じゃ? 我等を集めて。何か新しい巨獣でも現れたのか?」
主だった連中がリビングのソファーに集まっている。
ライムさんが運んで来た紅茶を飲みながら、カテリナさんが来るまでは次ぎのバカンスの相談をしていたんだが、誰も俺には意見を求めないんだよね。俺を財布と間違えてるんじゃないか。
そんな所にカテリナさんがやってきたから、さっきのローザの質問になったと言うわけだ。
「今の所は平穏無事よ。ヴィオラ騎士団関係者には伝えておかなくちゃ、と思って集まって貰ったんだけど……」
そんな前振りをしながら、コーヒーを飲んでいる。レイムさんが俺とカテリナさんに持ってきてくれたんだ。ドミニク達にはライムさんが改めて紅茶を注いでいる。
「1つお知らせがあるの。前から私達の仲間だったけど、誰もあった事が無い人を紹介するわ。……もう良いわよ。隠れてないで出てきなさい」
カテリナさんがミニバーに向かって呼び掛けると、ゆっくりとカウンターの扉が開いた。誰だろうって感じで、皆の視線が扉に向かう。
ひょこんっと小さな頭が顔を出す。
どっかで見た顔なんだが思い出せないな。
こっちをジッと見ていたが、ようやく姿を現して俺達の方に恐る恐る近付いてくるぞ。
「可愛いわね。こっちにいらっしゃい!」
フレイヤがおいでおいでをしているけど、そのほかの連中はポカンと口を開けたままだ。
「母さん。児童保護法って知ってるの? ニコラとロゼッタもまだ子供だけど、一応王国の許可が下りてるわ。でも、この子はあの子達よりも小さいわよ!」
ドミニクの抗議にもカテリナさんは笑みを浮かべるだけだ。
「まさか! カテリナ博士の子供ではあるまいな?」
ローザの言葉に今度は全員が2人の顔を見比べてる。
「そんなわけはないでしょう。ドミニクの弟か妹はもう少し先になるわね。ホントに分からないの?」
何気に爆弾を落としてるけど、誰も気には留めないようだ。改めてカテリナさんの背中に隠れてる女の子を眺めてる。
「どちらかと言うと、ローザに似てるわね」
フレイヤの言葉に俺も慌てて女の子を眺めてみた。
肩を過ぎるまで伸ばした金色の巻き毛に大きな蒼い目。ちょこんとした鼻と薄い唇は確かに似てるな。
「我の方が鼻が高いぞ!」
そんな事を言ってるけど、どっちもどっちって感じだ。
ローザに妹がいるなら、たぶんこんな感じになるんじゃないか? 不思議とエミーには似ていない気がする。
「分かったかしら?」
「降参じゃ。じゃが、本当に我等の誰もが知っているのじゃろうな?」
「そうね。さあ、みんなに名前を教えてあげなさい」
カテリナさんが後ろに体を向けると、身を屈めながら女の子に呟いた。
女の子がゆっくりとカテリナさんから離れると、俺達の前に全身を現わした。
青いギンガムチェックのスカートだ。胸元まで続いているな。下のブラウスはゆったりとした白だが、ちょっと古風にも見える。白いロングソックスに黒のエナメル靴は、どことなく絵本の登場人物だ。
「ドロシーです。よろしくお願いします……」
ちょこっと頭を下げると、小さな声ではっきりと告げたかと思ったら、トトト、と歩いてカテリナさんの背中に隠れてしまった。
だいぶ人見知りする子供の人格を持ったようだ。でも、大人は怖いから誰にでも付いて行くようでも困るからこれぐらいでいいのかもしれない。
「ドロシーって、カンザスの電脳でしょう?」
ドミニクが立ち上がってカテリナさんに指を向けている。驚いてるのか、怒っているのか微妙な表情だ。
そんな娘の前で、優雅にタバコに火を点けるカテリナさんも中々度胸があるな。
「ドロシーは人格を持ったわ。人格にあわせた体を作ってあげたの。カンザスの制御は今まで通り行なえるし、ブリッジに彼女の席を用意してるから問題はないはずよ。船内を歩き回っても問題ないし、停船してるなら船を離れても問題ないと思うわ」
ある程度は離れても、固定した電脳とリンクできるという事だろう。
となると、この子は比較的自由に俺達と過ごせることになるな。
「ローザ。妹が欲しいって言ってたわね。ドロシーに色々と教えてくれないかしら? 貴方と一緒に暮らしても何ら問題はないわ」
「本当じゃな! 我の妹で良いのじゃな?」
大きく開いた目はキラキラと輝いてる。嬉しさを全身に表現するとああなるんだ。そんな感じでローザを見てたけど、いきなりドロシーの手を引いて、リビングを飛び出して行った。
あっちこっちを飛び回りながら、新しい妹を紹介しに出掛けたに違いない。
そんな事を皆が思い浮かべたのだろう。穏やかに笑みを浮かべたんだけど、次ぎの瞬間吹き出してしまった。
ローザの紹介を聞いて、戸惑う相手の顔が皆も目に浮かんだんじゃないかな。
「さて、ローザが出掛けたから丁度良いわ。エルトラムとナルビク王国の王女達がやって来るのは理解できたと思うけど、このカンザスだけではねぇ……。ベルッドに相談したらパレスを作ってやると言ってたわよ」
思わずカテリナさんに顔を向けてしまった。
一体どんな相談をしたらパレスを作ることになるんだろう?
「世間体は大事……」
「王女様だから、ってこと? でも、エリーはそんなことは言ってなかったけど」
レイドラの言葉にフレイヤが文句を言ってるけど、エリーは優しいからねぇ。俺達に余裕が無いことなど直ぐに知ったに違いない。
ヒルダ様達も、俺達を分相応と見ていたんだろうな。
ウエリントン王国内で留まる騎士団なら、現状でも良いのだろうけど、他国の王女を降嫁させるともなれば俺達の矜持が問題だということなんだろう。
レイドラは端的にそれを言ったのだろう。
「パレスと言えば、宮殿の古い言い方ですけど、第2離宮のような建物を中継点に作ることはできませんよ」
「もちろん知ってるわよ。もう少し補足すると、一見しただけではパレスに見える建物ということになるのかしら?」
今度は驚くよりも呆れたという表情に、皆の顔が変わったぞ。
要するに、見掛け倒しの建物ということになる。案外、中身はアパートだったりしてね。まぁ、そこまで極端になるとは思えないけどね。
「そんな建物だから、それほど資金は掛からないし、ベルッドの美的センスに任せるだけだからリオ君の口座で十分に支払えるわよ」
「それなら、問題ないわ。でも、完成時にパーティを開くというわけにはいかなわね」
カテリナさんとドミニクが笑っている。
騎士団の懐が痛まないということで、ドミニクはカテリナさんの軍門に下ったということだろう。
「早めにベルッドさんに伝えれば、部屋の作りを変えることも出来るんですか?」
「工事は1か月後らしいから、それまでに伝えるのよ」
フレイヤ達が嬉しそうに頷いている。俺も希望を入れられるのだろうか?
「カテリナさん。俺の部屋は……」
「既に設計が終わってるから変えられないわよ。ちゃんとリオ君の趣味は取り入れてあるから安心してね」
どんな趣味を持ってるのか、カテリナさんは知ってるんだろうか? それよりも俺の口座だ。やはり一度きちんと見ておく必要がありそうだ。