016 カテリナさんの興味
王都の防壁を越えて5日目。
昼に走る方向と夜間の方向を微妙に変えながらヴィオラは進んでいく。
第1巡航速度を維持して走り続けているから、1日で700km、5日で3,500kmは進んだ筈だが、進路を度々変更しているから、王都から直線距離で2,000kmも離れていないようだ。
だけど、こんなに進路を度々変更するのは何のためなんだろう? こんなにあちこち動いてるとその内に海賊とぶつかるんじゃないかな?
そんなある日、俺はブリッジに呼び出され、アリスの具現化を行なうように指示を受けた。
その夜。ベルッドじいさんの立会いの下、アリスをカーゴのハンガーに亜空間より具現化しのだが、すぐに架台に固定されたから最初からここにあったのかと思う連中もいるだろうな。
「全く驚かされるわい。まさかの技じゃな。この世界も科学技術は発展しておると思っておったが、この技に到達するのは遥かに先じゃな。そうじゃ、面白いものを見せてくれた礼をせねばならんのう。騎士の長剣じゃ。前に形を聞いといたが、皆が笑っておったぞ」
ありがたく礼を一手頂いておく。刃渡り70cmの日本刀モドキだ。鞘は革ではなく木で作られている。腕にズシリと感じる重さは拳銃よりも緊張するな。
王都で手に入れた酒瓶を1つ、ベルッドじいさんに渡して、アリスを見上げる。
やはり、実物がないとしっくり来ないよな。通信は出来るのだが、まるで幽霊のような存在に感じるのだ。
再度アリスを見上げて片手を上げると、俺に小さく頷いたように思えた。
「しばらく出番はないかも知れないけど、待っててくれよ」
そう告げると、誰もいないカーゴ区域を後にする。
深夜と言う事もあり、待機場所でもある展望室に寄ってみたがあまり人影がいない。
入口扉付近で辺りを見渡していた俺を手招きしている人物がいた。
興味半分で、近付いてみると新しく乗船してきた円盤機のパイロット達だった。
「確か騎士だったな?」
「ええ、そうですよ前回の航海からヴィオラに厄介になってます」
20代後半に見える男と女達だ。軍役を終えたところでヴィオラに乗船したんだろう。
「アレクに聞いたんだが、お前が前回の偵察を担当したと言っていた。戦機でそんな事が出来るのか?」
「まあ、やれと言われればやるしかありません。ですが、今回は皆さんがいるから今のところ出番無しです」
そう言って、タバコに火を点ける。
そんな俺に、小さなグラスを女性が出してくれたけど、結構キツイ酒だぞ。
顔をしかめながら飲み終えると、俺に笑みを浮かべる。
「どんな奴が戦鬼を見つけたのかと気になっていたんだ。探査機を持って、しかも先行偵察をするようなバカを一度見ときたかったのさ」
「確かにムチャですよね。でもボーナスは弾んでくれましたから、結果良しって奴です」
俺の答えが面白かったのか、4人が声を出して笑いあう。
「若者はムチャをする。だが、それで命を落とす者もいるのだ。もう、そんなムチャはするなよ」
そう言って俺を心配してくれるのが嬉しかった。
実際には全く心配はないのだが、それを彼らに話すことも無いだろう。
酒の礼を言うと、俺達の溜まり場に人がいないことを確かめて、自分の部屋に戻ることにした。
部屋には先客がいた。
ドミニクがソファーに座ってビールを飲んでいる。団長は艦長でもあるから、マスターキーを持っているんだろうか?
「アリスをカーゴに移したの?」
「終りました」
冷蔵庫からビールを取り出して対面に腰を下ろす。
「ところで、どこに?」
プルタブを引いて、ビールを一口飲んだところで訊ねてみた。
「レイドラが占ってるわ。意外と神のお告げがあるのかもしれないわね」
「当るんですか?」
俺の質問に、含み笑いをしている。それなりに当てにしているのだろう。
どんな、神に祈ってるのか分らないけど、ご利益があるならそれで良い。当るも八卦って言うし、外れても大きな問題にはならないはずだ。
どこに向かえば見付かるかは、探査衛星でも分らない。地表の姿と大まかな重力偏差は分るのだが、特定しようとすると、反重力で船体を浮かすようなラウンドシップが多数動いているから、その影響を除去出来ないし、厄介なことにはこの惑星の土壌に金属元素が多いことが観測値にノイズを混入してしまうらしい。
おかげで、これだけ科学技術が発達しても、ラウンドシップの搭載する探査機で地中内部を探る他に手がない。
さらに、荒地の半分は砂漠のように砂嵐で絶えず地形が変化する。
前に何も見つけられなくとも、次に同じコースを取って、大量のマンガン団塊を見つけるなど日常茶飯事らしい。
そんなことが多いから、騎士団のトップが占いに嵌まるのは良くあることだとフレイヤが言っていた。
ヴィオラ騎士団の場合は、副団長がそうなってるみたいだな。
「そろそろ、コースを正すことになるでしょうけど、レイドラは戦鬼の先を私に告げたわ」
ビールの残りをあおるように飲み終えたところで、ドミニクが呟いた。
「かなり北西になりますね。距離いかんでは北緯50度を超えそうですよ」
「中型は出ると思うわ。リオに期待してるわよ」
立ち上がって俺の肩をポンっと叩いて部屋を出て行った。
何をしに来たんだろう? 単なる情報の伝達ともおもえないんだけどね。
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次の日の朝早く、いつも通りに目を覚ましたところで黒のツナギを着込んで窓の外を眺める。誰もいなくなったベッドは自動的にベッドメイキングが始まり壁に立て掛けられる。。
窓の外には、何処までも続く荒地が広がっている。昨日と全く同じ風景に見えるけど、数百kmは移動してるはずだ。
インスタントのコーヒーを飲みながら、スクリーンを展開して艦内ニュースを見る。
結構、おもしろいんだよな。
『……ということで、大陸北東部に騎士団が集結している模様です。大陸中央部の騎士団は北緯40度前後を探っています。北西方向に進んでいる騎士団はヴィオラ騎士団以外に小さな騎士団が6つとなっています……』
なるほど、皆が探さないところを探すって事だな。
とはいうものの仲間がいないという事は、何かあれば手助けしてくれる者がいないという事だ。
北東部に集まった騎士団は、相互に協力しあって問題の北緯50度を越えようという事だろう。
スクリーンの画像を変えて前回のコースを表示させる。
一番端が戦鬼を見つけた場所だ。北緯40度は越えていない。この先を目指すようなことをドミニクは言っていたが、このまま1000km程進むと問題の北緯50度を越えることになる。
航法の責任者はレイドラだけど、どの辺りで諦めるかが問題だな。
部屋の扉が開き、フレイヤが入ってきた。ちょっと眠そうだな。
「あら、起きてたんだ。早速朝食に出掛けましょう!」
連れ立って食堂に出掛ける。
時間は9時過ぎだから、それなりに混み合っている。壁際の相席で、ハンバーグとカップスープが朝食だ。
さっさと朝食を済ませると、自室でゆっくりとコーヒーを飲む。
フレイヤはシャワーを浴びて直ぐに寝ると言っていた。夜間当直で結構疲れたみたいだな。
周囲に円盤機が周回しているんだろうけど、目視も重要だからね。
のんびりと窓の外を眺めながらタバコを楽しんでいると、突然ヴィオラが進行方向を大きく変えた。
『緊急通報、緊急通報。火器管制要員は至急管制室に集合せよ。繰り返す……』
コンバットスーツを手に自室を飛び出した。
情報なら艦内ニュースを聞くよりも、待機所でもある展望室の方が早いに決まってる。
それに、さっきの針路変更はあまりにも唐突で急激だ。絶対何かあるに違いない。
展望室にはすでにアレク達が揃っていた。俺に掛けるようにアレクが手で示すのに従って、ソファーの端に腰を下ろす。
「全員揃ったな。とりあえずは待機になる。運航部からの連絡では、小型の巨獣が10頭ばかり前方50km付近にいるそうだ。大型獣は確認されていないが、餌がいるなら一応考えねばなるまい。レックス級が出てくると面倒だからな」
巨獣を避けたのか……。君子危うきにってヤツだな。
「小型であれば、蹴散らせるんじゃありませんか?」
「蹴散らした後が面倒なんだ。血の匂いで大型が来ることはよくある話だ」
そう言って、ベラスコにやんわりと諭している。
若いと血気盛んだからな。俺も、前にアレクから同じことを言われたぞ。
『艦内イエローⅡ宣言。繰り返す……』
新たな艦内指示が放送される。
「イエローⅡは待機所に集合ってことよ。もう集まってるから、これで問題ないわ。イエローⅢになると、出撃10分前だからコンバットスーツ着用になるわ」
サンドラが俺とベラスコに教えてくれる。
「たぶん、2時間程はこのままだろうな。イエローⅢに発展するようだと、ちょっと忙しくなるぞ」
アレクは期待してるような雰囲気だ。戦鬼を使いたいんだろうな。
シレインがスクリーンを展開して、どんな奴が現れたかを調べている。
艦内ニュースではまだ公開されていないようだ。
それでも、騎士のコードで火器管制の情報データをアクセスしている。
「どうやら、これね」
「イグナスじゃないか? ちょっと大げさだな。……だが、これから仕事に取り掛かる以上、無駄な争いはしない方が良い事は確かだ」
4本足の草食獣に見えなくもない。
尺度が下に出ているのを見ると15m位だ。体重は20tと言うところだろう。
「ちょっと、待って! まだあるわ」
次ぐの画像がスクリーンに現れると、アレクが身を乗り出した。
「これは、アウロスだぞ! イグナスを追っていたのか?」
「中型巨獣ね。20mはあるわ。肉食で獰猛なのよ」
「これでは、急激な針路変更はやむなしだな。戦機でならどうにか狩れるが、無傷という訳にはいかんだろう」
「イエローⅢにならないと良いわね」
再び、ヴィオラの進路が変わった。
相手の動きに合わせて反対に進路を変えたんだろう。
『艦内イエローⅢ宣言。繰り返す……』
俺達は一斉に待機室のロッカーに向かって走った。
着替えをしていると、小さな振動が数回断続的に聞こえてきた。主砲を撃ったようだな。相手の進路が変われば良いんだが……。
コンバットスーツに着替えたところで、ソファーに戻った。さて、次はどうなるかだ。
「円盤機からの受信画像よ!」
シレインの声に俺達はスクリーンを眺める。
かなり離れた所を恐竜に似た巨獣がイグナスを追い掛けていた。
「どうやら、危険は去ったようだな。88mmを撃つ必要も無かったんじゃないか?」
「たぶん牽制でしょ。75mmと違って弾種が増えたって言ってたわ」
そんな会話をしながら、サンドラの入れてくれたコーヒーを飲む。
1時間程で艦内放送がイエローを解除すると、俺達は元のツナギに着替えて自室に引き上げることにした。
陸港を出港して10日を過ぎると、ラウンドシップの左右にブームを展開して、鉱脈の探査をしながらヴィオラは荒地を進む。
速度が第2巡航速度の20km/hと遅くなり、ブームを広げた状態であることから急激な針路変更が出来ない。円盤機による周辺監視は以前に増して頻度が上がっている。フレイヤ達もブリッジの上部で四方を見張っているはずだ。
円盤機の欠点は滞空時間が3時間程度であることだ。最大速度が200km程出せるらしいから、ラウンドシップの周辺100kmの索敵が可能ではあるんだが……。
「まあ、無いよりはマシだな。それに、最大高度は2,000mを越えるらしい。高い場所から周囲を見張ってくれるんだから、悪い話じゃない」
何時ものように、待機所で油を売っていた俺達にアレクが呟いた。
「そうね。いきなりレッドって事もあったわよ。戦うことになっても着替える位の時間は欲しいわ」
タバコの灰を灰皿に落としながら、サンドラが俺達に教えてくれる。
確かに前のラウンドシップにはそんな能力が無かったから、ブリッジ最上階の監視所が目の役割を一手に担っていたようだ。
今度のヴィオラは前より10m以上高さが増しているし、円盤機の情報と監視所の情報を合わせれば、いきなりレッドは無いんじゃないかな。
「それより、騎士団員が増えたから新しい船医が乗船したようだな」
「ドミニクの母親って聞きました。何でもバイオテクノロジーが専門とか……」
「それであの若さって訳? ちょっと信じられないのよね」
「かなりなマッドと聞いたぞ。実験材料にされないように気を付けろよ」
忠告はありがたいが、既に実験体にされているような気がする。
「そうなんですか? 俺……この間、身体検査を受けたんですよ」
「何もされなかった?」
「たぶん……。ただ、何時の間にか終ってたんです」
そう言ってベラスコが遠い目をしている。
それを見た俺達は、お気の毒といった目で彼を見る外に慰めようがない。
「まぁ、とりあえずは命までは取られないだろう。何と言っても俺達は騎士団員だからな。娘の団員を傷つける事はない筈だ」
俺達に告げるアレクの声は、限りなく自信が無い。要するに、自分の身は自分で守れって事だな。
待機所から出て、皆で軽い昼食を取り自室に引き上げる。
イエロー宣言はたまに出るけど、Ⅰ止まりだ。Ⅰは注意勧告だから、自室にいても問題はない。
部屋の扉を開けると、来客がいる。
窓際のソファーに、話題のカテリナさんが座ってビールを飲んでいた。
「あら、お帰りなさい!」
「あのう……、ここは一応俺の部屋なんですけど。それに、どうやって入ったんですか?」
「船医だからマスターキーを持ってるの。一応、フレイヤには断わってきたわよ。往診に行くってね」
俺をおもしろそうな目で見ているけど、何となくモルモットを愛しげに眺めるマッドの目と同じように思える。
そんな事を考えながら壁の一部を開けてコーヒーセットを取り出すと、マグカップ2つにコーヒーを入れてテーブルに置いた。
俺が砂糖を3杯も入れるのを微笑んで眺めてる。
「私は、砂糖は入れないんだけど。だいぶ甘党ね」
「コーヒーの美味しさは砂糖の量で変わるんです。俺にはこれが一番ですね」
コーヒーを一口飲むと、タバコを取出し火を点ける。
俺に釣られたのかカテリナさんもタバコを取り出した。
「今までの分析結果を再確認に来たわ。もし違いがあれば分る範囲で教えて欲しいんだけど?」
「俺に答えられるでしょうか?」
「その時は諦めるわ。答えが得られないなら、別なアプローチでそれを探るのが科学者と言うものよ」
探究心なら誰にも負けないって感じだな。大きな胸を反らせて言い切ったぞ。
タバコを燻らせながら端末を操作して、自分のファイルを開くと、その中から小さなファイルを選び出した。
「農園から緊急搬送された時の貴方のMRI画像よ。最初誰もが装置の故障を疑ったわ。何も写らないなんて事はあり得ない。……核磁気共鳴原理を基にしている以上、原子集合である分子の配列を映し出す筈だわ。ゆえに、体内臓器の状況が詳細に分るんですもの。諦めて、CTスキャナーを使ったけど、これもダメ。CTの原理は体の円周方向からのX線画像を画像解析で断面化するのだけれど、やはり同じ。最後には超音波も使ってみたわ。そして私が分ったことは、貴方は均質の材料で作られているという事」
カテリナさんが、ふうっと一息つくとコーヒーを飲む。
「次に、これが3日目の画像。今度のMRIにはちゃんと臓器が写ってるわ。最初は注射針すら通らなかった貴方の体から血液も採取できた。でも、その血液型は私達のどれにも該当しないわ。新しい型なのかと思って、調べてみると……。人工血液であることが分ったわ。赤血球、白血球、血小板等は全く見当たらない。その上全ての血液型と合致するのよ。新たな合成血液として有望だわ。製造技術が確立したら特許を所得するから貴方にも分けてあげるわ」
短くなったタバコを灰皿で消して、新しいタバコに火を点ける。
俺を見て笑顔を作ったけど、俺は背中に冷たい汗が流れるのが自覚できた。
「そんな不思議な体なんだけど、現在の体組織については全くの成人男子。19歳というところかしら。異性を見る目は青少年と変わりないわ。それで、新たな疑問が沸いたの。……貴方と私達の間で子供が作れるのかしら?」
そう言って俺を見る目は、ちょっと怪しいぞ。足元に置いた小さなバッグから注射器を持ちだしたら直ぐに逃げだそう。
「今、分かっている事はそこまでだわ。私の疑問はただ1つ。貴方は何者なの?」
「曖昧な記憶があります。どこかで暮らしていたようですが、この世界とは明らかに異なります。そして体をいじられた記憶もあるんですが……。その辺りから思い出せないんです。俺は、人間だと思ってましたからね」
「おもしろいのは、今の貴方の体よ。擬態を通り越してるわ。私達と同じで薬剤が効くんですもの。自白剤を投与した時も、今の貴方の言葉と変わらなかったわ。催眠剤も有効ね。薬剤の成分分析を行なって自分に害がない限り可能な限りその薬効を模擬してるとしか考えられない。それに、未だに貴方の体を維持する為のエナジー供給源が分らないわ。全く、科学者としては失格なんだけど、娘の幸せのためにもしばらくは付き合ってもらうわ」
新たな獲物を見付けた肉食獣の目と同じ目をして、体を乗り出して俺の目を見つめる。
ここは、了承しておいた方が良いのかも知れない。嫌だと言った瞬間に飛び掛かってきそうだ。