146 防衛戦は続く
コンテナを並べた拠点から150kmほど西に離れた場所で、スコーピオを相手に機動戦の最中だ。
カンザスで踏みつぶし、艦砲で遠距離を狙い、至近距離は上部装甲板に展開した獣機や戦機が交代で交戦している。
こんな時に一番活躍するはずの、ブリッジの両サイドにある30mm連装機関砲は銃身磨耗で現在更新中だ。ベレッド爺さん達は忙しそうだな。
88mm砲は材質が異なるからこれ位の酷使は耐えられると笑っていたが、それなら30mm機関砲もそうしておいたほうが良かったのかもしれない。
そんな話をレイドラにしたら、「共通化出来るものは共通化したほうが更新が容易い」と教えてくれた。
それも、1つの方法だが今の状況では不味くないか? ヴィオラの方も片舷2座ある連装機関砲塔の銃身交換の真最中らしい。
「このままなら、更に200kmは拡散しそうだな」
「円盤機が頑張っているわ。中規模騎士団のいくつかがこちらに向かっているそうよ」
ワイングラスを抱えたカテリナさんが答えてくれた。
フレイヤとエミーは入浴中だから、リビングのソファーに座りながら俺とレイドラそれにカテリナさんの3人で、窓の外に映る砲煙の輝きを見ながら就寝前の酒を楽しんでいる。
「それで、まだ胸騒ぎは続いているの?」
「相変わらずです。心なし大きくなっているのが気になります」
「リオの胸騒には前例がある!」
「私も気になって王立アカデミーを使って調査を行なっているわ。地上と海上それに宇宙までもね。2度あった事は、科学的証明がなされなくとも根拠としては十分よ!」
俺の第六感なんだろうが、問題は『いつ』、『どこで』、『何が』が分らないんだよね。近々何かが起こるという事がぼんやりと分るんだが……。今の状況を考えるとこれ以上の事態が起こるとは考えられない。
ワインを切り上げて、席を立つ。コーヒーメーカーからマグカップにコーヒーを注ぐとタバコに火を点けて、窓の外を眺めた。
「ゼロが新たに4機やってくるわ。輸送専用高速艇で運んでくるらしいから、私達のゼロは8機になるわよ」
「ゼロがどこまで有効かは分りませんが、今の状況ではありがたいですね。ところで、スコーピオの脱皮は陸上で何回起こるんですか?」
「3回脱皮するわ。スコーピオの体表皮はその都度厚くなり硬度が増すの。今は、そうね……、標準装甲版で言えば10mm未満。1回目の脱皮で20mm相当、2回目の脱皮で50mm厚になると考えればいいわ。3回目の脱皮をしたスコーピオは海に帰るんだけど、標準装甲板の80mm厚。75mm砲なら至近距離で、どうにか撃ち抜ける厚さよ」
だから、散弾でも今は倒せるのか……。最初の脱皮で30mm砲の直撃。2回目では通常の獣機の持つ砲では撃ち抜けない。後は俺達戦機と新型獣機にゼロの出番になりそうだ。
「問題は、今日1日の戦果です。王国の連合軍それに我等騎士団連合軍あわせてラウンドクルーザーが100艦は超えているでしょう。ですが……」
『現時点での戦果は約2割と推定します。スコーピオの孵化数は約600万。孵化の中心点では新に孵化するスコーピオは確認されていません』
レイドラの呟きにドロシーが付け加えた。
まったく絶望的な数だ。それでも、100万を超える数を倒している。防衛戦が始まって4日目でこれなんだから、脱皮をしなければ25日程度で何とかなるってことになるんだろう。でも、だんだんと倒しにくくなるんだよな。
「2割でも大きな数値だわ。100年ほど前に起きたスコーピオの襲来では王都にまで被害が及んだけど、今回は、まだ王都の手前300kmで食い止めているんですもの。高速艇の爆撃と榴散弾のおかげよ」
「王国軍にもゼロはあるんですよね?」
「20機ほど参加しているはずよ。私達のゼロよりもスペックは落ちるけど、時速60kmで走行出来て50mm長砲身砲を2門と30mm機関砲を1門持っているから戦機並みに活躍しているそうよ。追加の注文が3カ国から来ているわ」
嬉しそうにカテリナさんが答えてくれた。これで次ぎの研究の資金もプール出来るのが嬉しいんだろうな。
それにしてもかなりスペックを落としてるな。やはり爆轟薬莢は作るのが難しいんだろう。まあ、50mm長砲身砲で徹甲弾を放つなら200mで50mmの装甲は撃ち抜けるから問題は無いのかもしれない。
ジャグジーから出て来たフレイヤ達と、もう一度ワインを酌み交わして俺達は部屋に戻る。今夜はエミーが一緒だ。
フレイヤと一緒に円盤機に乗っていたんだろうけど、円盤機の動きとムサシの動きが連動しないからかなり気疲れしてるんだろう。ベッドに入ると直ぐに寝入ってしまった。
そんなエミーの体を抱き寄せて俺も目を閉じた。
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朝食時には全員が揃う。トーストに簡単なサラダとコーヒーだが、騎士団の食事は普段から質素だ。誰も文句を言わないけどローザ達やエミーにはちょっと気の毒に思う。
「それで、今日はコンテナの拠点に戻るのか?」
「そうなるわ。ガリナムが戻ってくるけど、拠点防衛ではなく広範囲に動くでしょうからコンテナにはカンザスとヴィオラだけになるわ。ゼロも戻ってくるし、新たなゼロが4機送られて来るわよ」
ローザの質問にドミニクがスクリーンを展開しながら説明する。
食事中なんだけど、誰もそんな事は気にしないみたいだ。
「円盤機は昨日と同様に、前方数十km付近を爆撃して貰うわ。当然阻止戦を超えるスコーピオは膨大な数だけど、夕刻には後方に下がって、拡散する群れを砲撃で撃破するわ」
数の前には無力だな。決定打に欠ける。
大型爆弾はこの世界には無さそうだ。最大でも500kg爆弾だし、その運搬手段も限られている。どちらかというと、100kg級の爆弾をスコーピオンの群れの中にばら撒くという戦法なんだろう。
急改造の高速爆撃艇はかなり有効に機能しているようだが、今の所2機での運用だ。
騎士団の持つ円盤機の爆撃は50kg爆弾だから広範囲に爆撃を加えることなど不可能だ。10機で20個をばら撒いても、巡洋艦の砲撃1回分にもならない。まあ、気休めにはなるし、それなりの効果はあるんだろうけどね。
「現在、コンテナ位置から西に200km移動しています。既にここまでスコーピオの群れは来ているけど、それ程濃くは無いわ。砲撃しながら前進するから、戦機は装甲甲板で砲撃して頂戴。0830時に出発するわ」
残り1時間を切っているな。
コーヒーと一服ぐらいは出来そうだ。
テーブルからマグカップのコーヒーを取り上げると、ソファーに移動して強化ガラスの窓越しに前方を見る。確かにこの場所ではスコーピオの群れが疎らになっている。1匹1匹が見えるからね。
そんな中に砲撃をするから、ちょっと砲弾がもったいなく思える。それでも数を減らさねば更に後方にいる騎士団が苦労しそうだ。
「円盤機は私だけで対応するわ。今日は拠点での対応だけだから、エミーは火器管制室で対応して貰うつもりよ」
「あれを少しでも減らそうと言うのか?」
俺の質問にフレイヤが頷く。俺達の撃ち漏らしを後方で潰すつもりのようだ。パンジーには30mm機関砲が2門と40mm滑空砲があるから確かに効果的だ。弾丸の数が偵察用の円盤機の2倍以上らしいから、
リビングからそれぞれ愛機に向かって移動する。
アリスに搭乗して装甲甲板に出ると既にローザ達が砲撃を始めていた。55mm砲を戦機を含めて6機が左右に放っている。
前に使っていた40mm砲を持ってきたんだけど、現段階ならこれでも十分だろう。
ローザに貰った55mm砲は砲身を三分の一程度切断してあるから、取り回しは良いんだけど狙いがねぇ……。
それに、40mm砲のカートリッジは6発だ。55mm砲のカートリッジよりも1発多い。
足元に数個のカートリッジを置いて膝撃ちで獲物を狙う。
東に向かうほどスコーピオの数が増してくる。2時間も過ぎるとどこに撃っても当たるような気がしてきた。
フレイヤの駆るパンジーも先程装甲甲板に着地して弾薬と爆弾を補給している。
『30分ほどで目的地です。現在、ガリナムとゼロがコンテナ周囲のスコーピオを刈っています』
ドロシーのアナウンスではガリナムは大活躍のようだ。ゼロも移動速度はガリナムに追従するから、一緒に群れを殲滅しているのだろう。なんと言っても30mm機関砲を持っているからね。爆轟薬莢によるAPDS弾を使わなくとも、それなりに戦果を得られるだろう。
遠くにコンテナが見えてきた。
カンザスとヴィオラはコンテナを挟みこむようにして、やや斜めに艦体を停止させる。
停止直前に戦機達が装甲甲板を飛び降りてコンテナに取り付いた。円盤機が先方を爆撃して空隙を作るが、それは直ぐに埋まってしまうだろう。だが、一時的に群れが薄くなることは確かだ。88mm砲から榴散弾が続けざまに撃たれて俺達の陣形作りに余裕を持たせてくれる。
爆撃を終えた円盤機の半数は後方で俺達の後ろのスコーピオを倒してくれている。
コンテナ拠点から一度後方に下がったガリナムが、ゼロを引き連れて現れた。
俺達の前方に一斉射撃を加えると後方に回りこむ。ヴィオラとカンザスから獣機が降りてきて俺達の作った拠点を確保する。
「リオ、戦機を下がらせて小休止させる。燃料と弾薬補給も兼ねるから、30分頑張ってくれ!」
アレクの通信にアリスの手を振ることで答える。
装甲板の上から散々周囲に砲弾を放ってきたから、弾薬が尽きるのも頷ける話だ。
まだまだ榴散弾と散弾が有効だ。たっぷりあるからしばらくは持つだろうし、高速艇がどんどん運んでくれる手筈になっている。
コンテナに獣機が取り付いたところで、200mほど後方に移動して銃を55mm短砲身砲に交換する。
カートリッジは5発だけど、全て散弾だ。20mmの鋼球が20発入っているから、至近距離で放つと1発で2、3匹倒せるのが魅力なんだよね。
昨日と同じような戦いが始まる。
少し違うのはガリナムとゼロがいることだ。ガリナムは戦法を変えて大量の弾薬を積み込んでは東に侵出していく。多脚は強化されているから、踏み潰すスコーピオの数も半端ではない。左右に榴散弾を放って戻ってくることを繰り返している。
ゼロは低空を飛びながら、銃弾をバラ撒いている。
常に円盤機の半数が後方に回って獣機の戦列を援護してくれているし、新型獣機はコンテナ周辺で応戦中だ。
ローザ達の3機は騎士団のラウンドクルーザーの後方を南北に移動しながら、他の騎士団の援護もしているようだ。
俺とムサシでカンザスの陰で砲弾の補給をしているカンザスの護衛をすることになってしまったが、その都度獣機の半数が移動してくれるからカンザスの西側は静かなものだ。
「それにしても凄い数じゃな。昨日あれ程倒しておるのに底が見えぬ!」
「まだまだ続くんだから頑張ってくれよ。俺達の本当の出番は、2回目の脱皮が済んだ後だからね!」
ローザのげんなりした表情が脳裏に浮かぶ。
戦機すら至近距離で放つ55mm砲で応戦することになるだろう。どれだけ食われるか分ったものじゃない。その為にも今はひたすら孵化直後のスコーピオを倒すことが必要なのだ。