０１４ 新しいヴィオラ
ノックの音と共に入ってきたドミニクとフレイヤに、拉致されるようにして部屋を後にした。
俺が世話になっていたのは大きな病院のような建物だった。ドミニクの母親は高名な医者でもあるらしい。
「私の部屋を用意しておくのよ！」
俺達が部屋を出る際に、カテリナさんが大声を出してたけど、小さく頷く事でドミニクは答えていたな。
建物の屋上にある小型機の発着場から、フレイヤの操縦で飛立つ。
数人乗りのイオンクラフトはまるで空飛ぶ円盤のようだ。アダムスキー型みたいに見えたが、これがＵＦＯの正体というわけではないだろう。
摩天楼の間を縫うように飛んでいくと表現できればいいのだが、フレイヤの操縦は何となく危なっかしい。目的地に着く前にどこかに不時着するか、ビルの側面に激突するかと冷や汗ものだ。
それでも、慣れとは恐ろしいものでだんだんと様になってきたようにも思える。やがて前方が急に開けて、遠くに直方体の建物が見えてきた。
「あれが第２陸港よ。新しいヴィオラは一番右端にあるの」
フレイヤが円盤機を操縦しながら教えてくれたけど、解説は良いから前を見てくれと言いたいところだ。
高さ１００ｍはありそうな入口から暗い建物の中に円盤機が入って行くと、何隻かの陸上艦が係留されている。俺達を乗せたイオンクラフト機は、桟橋の上を飛行して入口から右へと移動する。
一番端の桟橋に巨大な陸上艦が係留されていた。
ラウンドシップのブリッジ横にあるスミレのロゴでこれが俺達の住処だと分るけど、２回りほど大きくなっている。
装甲甲板のブリッジ近くには、背負い式に２つの連装砲塔があるし、ブリッジ後部にも連装砲塔が１基設けられていた。ブリッジ側面にある機関砲座も１基増えている。
これなら、海賊を返り討ちにできそうだ。
「フレイヤに部屋を教えて貰いなさい。私達は艦内調整があるから、しばらくは１人になるわ。夕食は、まだ生活部の連中が乗船してこないから簡単なお弁当よ。かなり大きくなったから艦内で迷わないように注意してね。これを渡しておくわ」
円盤機から降りる際に、ドミニクが小さな携帯端末を渡してくれた。今までの端末と違うんだろうか？
「通信機能だけじゃなくて、画像も出るのよ。これが無いと、艦内で迷ってしまうわ。通行可能な区画や扉の施錠開錠も出来るし、食堂や酒場の支払いも出来るの」
便利な代物だけど、無くしたら大変だな。ベルトに付いたバッグに直ぐに入れておいた。
どう見ても旧式ＵＦＯにしか見えないイオンクラフトを、新たな陸上艦の専用駐機場にフレイヤが無理やり着陸させた。
着地は地上１ｍほどから落ちたような衝撃を受けたけど、得意げに俺達に顔を向けたフレイヤの表情は、どことなく勝ち誇っているかのようだ。
無言で円盤機を下りたドミニクの後ろ姿が、フレイヤの操縦の評価に違いない。
「ちゃんと飛ばせたし、ここに着いたでしょう？ これは私専用にしようかな」
嬉しそうにはしゃいでいるのは、自分に対する評価は満点だと言いたいんだろうか？
次は何としても断った方がいいだろうな。
他にも２機の円盤機が待機しているから、円盤機は新たな陸上艦の装備なのだろう。
駐機場の端にあるエレベーターで居住区に下りると、通路を通って部屋に向かった。
「今度の部屋は少し大きいわよ。やはり大型だけのことはあるわね」
そんな言葉を聞きながら歩いて行くとＡ－１０の扉の前で止まる。ここが新たな個室ということなんだろう。
扉を開けると、確かに広い。前のヴィオラと比べて、少なくとも５割増しだ。窓も大きいし、窓際にテーブルセットまで付いている。
壁に跳ね上げられたベッドはダブルサイズだ。アレクはこれでも落ちるんだろうな。イゾルデさんが、アレクが落ちるたびにベッドを大きくしたと教えてくれたんだよね。
ベッドの間を抜けた奥にシャワールームが付いている。雑誌で見たホテルの一室並じゃないか。
「騎士と言う事で、リオには士官室が与えられるわ。私の部屋より格段に大きいわね。兄さん達の部屋はこの倍もあるのよ。まったく妹のことも考えてほしいわ。でも、ここに来てもいいでしょう？」
「フレイヤなら歓迎するよ」
ベッドに腰を下ろしていたフレイヤが、振り返って答えた俺にニコリと笑みを返してくれた。
アレクの愚痴まで言っている。ということは、あの２人と一緒に住むということなんだろうか？
ちょっと羨ましくも思えるな。俺もその内にそんな女性ができたら良いんだけどね。
壁のクローゼットを開けると俺のバッグとトランクが入っていた。もう一つクローゼットがあるのかと思って扉を開けると、小型のシンクとポットが置いてある。シンクの下には小さな冷蔵庫まで付いていた。
冷蔵庫を開けてみると、さすがに空っぽだ。ビールとジュースを買い込んでおかなきゃなるまい。
「冷蔵庫の傍にダストシュートが付いてるわ。生ゴミは袋に入れて出せばだいじょうぶみたい。専用の袋がこのクローゼットに入ってるわ。夜にお弁当を持ってくるから、ゆっくりしててね。貴方のおかげでソフィーは助かったわ。ありがとう」
俺の頬にキスしながらそう言うと部屋を出て行った。
さてと、テーブルセットのソファーに腰を下ろす。
直ぐ傍に窓がある。今度の窓は１ｍ四方位の四角い窓になっていたけど、前の丸い窓の方が何となく風情があったな。
端末を使ってスクリーンを展開する。
部屋の中央に５０インチ位のスクリーンが現れ、幾つかのファイルが現れる。艦内案内のファイルを選び出した。更にファイルが細分化する。
概要、生活、火器、動力、カーゴ、戦機、バージ……。
とりあえずは概要だな。
端末で概要を選択すると、軽快な音楽が流れて可愛らしいネコ族の女の子が３Ｄモデルのラウンドシップを指揮棒で指し示しながら説明を始めた。
「新しいヴィオラは初代ヴィオラから３隻目になります。前の艦はタナトス級陸上貨物船を改造しておりましたが、今回のヴィオラは……、何と！ 試作陸上巡洋艦を改造したものなのです。通常のクラス分類は出来ませんが、タナトス級以上、グラナス級以下と言うところでしょうか？ そんなヴィオレの特徴は……」
船体を正面から見ると、まん丸ではなくて楕円形だ。走行用の多脚の列が左右に付いている。側面を見ると走行装置が３式設けられていた。１つの多脚式走行装置の全長が５０ｍほどあるから、艦体の全長は１８０ｍ近くになるかもしれない。
船体重量を反重力装置で相殺しているとは言え、それを走らせる足にはそれだけの重量を移動させる負荷が掛かってしまう。
前のヴィオラよりも足回りは強化しているということだろう。
リアクターは重力アシスト核融合炉が２機。コンバーターは流体磁気発電機（ＭＨＤ）が２台セットになっている。
引張るバージも大型だ。３００ｔ積載パージが５台。それらの反重力装置も母船であるヴィオラから電力を供給するのだから、リアクターは大型化してしまうな。
大型カーゴスペースを改造して、戦鬼が入れるようにしてある。更に戦機が６機に獣機が２０機搭載出来るようだ。獣機の機数を減らせばさらに２機の戦機を搭載できるだろう。
広域探査と上空からの攻撃用に円盤型のイオンクラフト機を３機装備している。
フレイヤと一緒に乗ってきた機体と、それより小さいのが２機だが、偵察や攻撃にも使えるらしい。
火器は、一回り大型化したようだ。
長距離用７５ｍｍ速射砲に変えて長砲身８８ｍｍ砲に変わっている。数も単装３基から連装３基に増えている。
近接防御用２５ｍｍ機関砲は、３０ｍｍに変わってブリッジの左右舷側に２式が設けられていた。
軍用ならば大型の火器が使われても良いような気がするが、騎士団は民間組織だ。巨獣対策用に武装は認められているが、その最大口径は１００ｍｍ以下という事らしい。
地中探査レーダーと分析装置の性能も向上している。
幅８０ｍ深さ１５ｍの範囲が第一巡航速度である時速２０ｋｍで調査出来るようだ。調査時には、船体の左右に２０ｍ程の探査用ブームを展開するらしい。
調査深度を１０ｍにするならば、第二巡航速度である時速３０ｋｍで走行出来るし、バージを牽引しての最大速度は時速３５ｋｍにもなる。さらに、バージを切り離せば短時間ではあるが４０ｋｍで走行できるということだが、あまり長時間は無理なようだ。３時間ほど走らせると多脚式走行装置の爪が損傷してしまうらしい。
つい見入ってしまう。
約３０分程度の概要説明は、説明する女の子の舌足らずなところに微笑んでしまう所もあって退屈せずに見ることができる。
後は各部の説明を一度見ておけば良いだろう。
休暇の残りは数日らしいが、本来は休暇を終えてから各自が部屋で確認するんだろうな。
今度は、スクリーンを切り替えてこの世界を再度確認することにした。
この惑星の名はライデンと言うらしい。
１つの大陸と２つの海があるのだが、その比率は５．５対４．５の割合で少し陸が大きい。
海は南緯５度から９０度の広さだ。南緯５度から１０度にかけて、直径２０ｋｍに満たない島が無数にあるけれど、大陸に近い島がレジャー用に開発されている程度であまり利用はされていない。
更に、北緯８０度を越えて海が広がっている。殆ど氷の海だから大陸周辺の氷河と一体になっている。
その北海と南海を幅２００ｋｍの大海峡が繋いでいる。
北緯１０度から６０度にかけては広大な荒地が広がっている。６０度から７０度の範囲は起伏の多い丘陵地帯だ。
北緯７０度から８０度は大山脈帯になっており、その山脈から数本の大河が荒地を横切っている。この大河沿いに幾つかの湖があるのだが、俺はまだ１つも見ていない。
俺達騎士団の活躍場所は荒地と丘陵地帯の一部だから、東西約４万ｋｍ、南北数千ｋｍの範囲になる。
この範囲に１千を越える騎士団が活躍しているのだ。
低軌道でライデンを廻る大型探査衛星の画像データは一般公開されているし、ＧＰＳ衛星のおかげでラウンドシップの現在地は何時でも把握できる。
主に、画像データは巨獣の監視に使われ、ＧＰＳは戦機を発見した時の位置情報と権利を主張するために用いられることが多いそうだ。
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どれ位時間が経ったのか、扉が開いてフレイヤが入ってきた。
手に大きな包みを抱えている。
「お待たせ！ 夕食を持ってきたわ。そんなのは何時でも見れるでしょ。このニュースを見て！」
俺の隣に腰を下ろすと包みを開きながら、俺から端末を取り上げるとスクリーンを切り替える。
『……繰り返します。先程入った情報によりますと、レイドラル騎士団が巨獣と戦闘状態に入った模様です。周辺の騎士団が救援に向かいましたが……』
交戦地帯を探査衛星からの画像で示しながら、ネコミミ姿の少女が状況説明をしている。
「レイドラル騎士団は１２騎士団の１つよ。北緯５０度を越えると騎士団はそれ程いないはずよ。いたとしても数百ｋｍは離れている筈だから、他の騎士団が到着するころには壊滅してるわ」
「仮にも１２騎士団ならば、戦機が１０機以上あるだろうに。……それでも防げないのか？」
「食事をしながら見ていれば分ると思うわ。襲ってきたのはたぶんトリケラだと思う」
紙製の器に入ったスープはまだ暖かい。
サラダはフルーツ主体だ。それに大きなチーズと焼肉が挟んであるパンが添えられている。コーヒーは小さなポット風の容器に入っていた。
２人で食事をしながら、食い入るように仮想スクリーンを眺めていると、スクリーンの女の子がレイドラル騎士団を襲った巨獣の解説を始めた。
『画像解析によりますと、レイドラル騎士団を襲った巨獣はトリケラと呼ばれる種類の巨獣のようです。通常のトリケラの大きさは体長約２０ｍ、重量２０ｔ程度なのですが、今回画像で確認された大きさは体長３０ｍ推定重量３０ｔを越えるものです。この大きさの巨獣が数百頭の群れでラウンドシップに襲い掛かったものと推察しています……』
「大型トリケラは北緯５５度以上でたまに確認されるものよ。北緯５０度でそんな群れが現れるなんて……」
「移動がどうして起こったかが問題だな。ヴィオラに偵察機が導入されて良かったと思うよ。ラウンドシップの周辺を周回すればある程度危険を回避出来るだろうし、さっき見たけどブリッジも高くなってるからそれだけ視認範囲も広がる筈だ」
戦機を１０機以上も持っているような騎士団が、簡単に壊滅してしまうんだからな。
巨獣と戦った事は無いけど、かなりやばそうな相手に違いない。
アレク達は巨獣と戦ったことがあるんだろうか？ どのように相手にするかを一度じっくりと教えて貰わねばなるまい。
