137 形が出来てきた
ヴィオラ騎士団のマンガン団塊採掘は、2回の鉱石採掘航行を終えると、5日間の休息に入る。次ぎの航行を2回行なえば今度は10日間の休みが取れるのだ。
さすがに5日では、王都に行く事も出来ないが、10日間の休日の際には高速艇で王都に向かう者達が多い。
俺達が王都に出掛けるのも、この長期の休みを1回おきに利用している。
この前ドリナムランドに出掛けたから、今度の休みは中継点で過ごすことになりそうだ。また、穴掘りになるんだろうな。
「我は、ニコラとロゼッタを連れてパトロールをするのじゃ。まだまだあの2人を巨獣狩りに使うには……な」
「そうだね。ローザがグランボードをしっかり教えてくれたら俺達も安心だ」
俺の言葉にローザの目が輝く。
「そうじゃろう! 早速出かけるのじゃ」
そう言うとソファーから立ち上がり、パタパタとリビングを走って扉から出て行った。
「私は、パンジーの練習よ。エミー、行きましょう!」
あの円盤機に名前を付けたのか?
ヴィオラの親戚みたいな花の名前だったような気がするな。だけど、あの性能でパンジーは似合わないと思うんだけどねぇ。
「私達は艦長同士の集まりがあるわ」
今度はドミニクとレイドラがリビングを出て行った。残ったのは俺だけか?
まあ、こんな時もあるだろう。
明日からまた穴掘りを始めるから、今日はのんびりと過ごすのも良いかもしれない。
そんな事を考えながら、温くなったコーヒーを飲む。
ライムさん達もいつの間にか姿を消している。ネコ族のお姉さん達と一緒にDVDの鑑賞をしているのだろう。
端末のスクリーンを展開してニュースを見る。
ヴィオラの艦内ニュースだけど、ヴィオラ騎士団の艦船なら何処でも見られるものだ。
「……と言うわけで、何時ものアナウンサーのお姉さんは休みを利用して王都に出かけたにゃ。その間は私がニュースを伝えるにゃ……」
結構人気があるみたいだ。
最初は聞いてるのが俺だけかと思ってたけど、中継点にヴィオラが入港するたびに、中継点のホール内に放送を展開しているらしい。
定期的に王都に出掛けているし、友人達からの連絡等でニュースソースに事欠かないらしいから、ニュースに飢えた中継点の連中には嬉しいに違いない。
ニュースの内容そのものは、王都のスポーツの結果や、3流のゴシップそれに最新載る流行を紹介している感じだ。
目新しいものは特にないが、代役のネコ族のお姉さんが一生懸命、ニュースを紹介している姿に好感が持てるんだよね。
「あら? 何を見ているの」
そんな事を言いながら隣にカテリナさんが腰を降ろす。
「1人なんで、ちょっとニュースを……」
と呟いた時に、しまった! と思ったんだが既に手遅れだろうな。
ギギギ……、と音を立てるようにカテリナさんを見ると、俺を見て微笑んでいる。
まあ、期待してるんなら……。
ソファーから腰を上げるとミニバーの冷蔵庫からビールを取り出すと、カテリナさんを連れてジャグジーに向かった。
2人でのんびりと星空を見上げながらビールを飲むのも良さそうだ。
そんなまったりとした時間を2人で過ごす。
「ゼロの試作機が出来上がったわよ。トラ族のパイロットを4人雇ったから、3日後にはテストが出来るわ」
「今度もトラ族なんですか?」
獣機もそうだが、トラ族はあまり騎士団への進出は行なわれていない。
適正が無い訳ではないが、何故かどの騎士団もそうなのだ。
「彼らにだって暮らしはあるわ。殆どが軍に流れているけど、軍だけでは吸収できないのよ。ネコ族のように他業種に進出するには、彼らの1歩が大事になるわ。新型であれば、彼らの進出にそれ程他の種族からのクレームは来ない筈よ」
ある意味、既得職種と言えるのかな。
そんな風に社会的に認知されるならば、他の種族がその職に就くには既存種族にある程度の遠慮が付き纏う。
現在のトラ族がそんな遠慮によって社会に進出出来ないのであれば王国にとっても悲劇ということになるんだろう。
「案外と王国内では仕事の世襲制が残ってるんですね」
「基本的には自由なんだけど、そう考えない人が多い事は確かね」
「母艦のクルーも全てトラ族にするわ。メイデンも賛成してくれたし、良い艦長と操舵手を紹介してくれるそうよ」
「メイデンさんの推薦ですか?」
メイデンさん以上の過激な人じゃなければ良いんだけどね。
だが、人材不足は俺達の唯一の欠点だ。ここは、メイデンさんの常識にすがろう。
「とりあえずヴィオラ用に4機を続けて製作してるわ。それを使ってプロモーションのビデオを作ってヒルダに送れば、注文が殺到するわよ。
場合によっては桟橋の下部にある戦機の整備工場を拡充する必要が出て来るわ。
先行して、東にもう1ブロックの空間をベレッド達が作り始めたから、10人程ドワーフ族が増えるわよ」
「予算はだいじょうぶなんですか?」
「例の薬の売り上げとコンテナシステムのパテントで十分お釣が来るわよ。母艦も新造出来る位だわ」
そんなに俺は持ってるのか?
実感はまるで無いんだけどね。
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中継点にも春は訪れる。
王都は季節感に乏しいが、この地は季節を感じる事は出来る。 とは言っても、雪原が消え去り僅かに緑が見える位の光景だ。
そんな僅かばかりの緑を、将来は創玄に変えようというんだから、レイトン博士はカテリナさん以上の変わり者なのかもしれない。
だけど、変革の時代には必要な人材だと思うし、現にこの中継点での緑化計画も着々と進んでいるようだ。
母艦の改造は騎士団の専用桟橋で急ピッチで行なわれている。
ガリナムの改造は何とか終ったけど、使い捨てのラムジェットエンジンがブリッジの両側に半ば埋め込まれるようにして設けられていた。
何か、更に居住区が減った感じがするんだけど、ガリナムのクルーはそんな事を気にするような連中じゃなかった。
さすが、メイデンさんの集めた仲間だ。地上高さ50mを時速600kmがそんなに魅力的なんだろうか? 俺だったら絶対に乗らないぞ。
カンザスとヴィオラが100tコンテナ2個を積んだバージを5台曳き、ガリナムは100tコンテナ1個を積んだバージを2台曳く。合計2200tの鉱石を運べる勘定になる。
「今度はカンザスも皆と隊列を組めるのじゃな?」
「だけど、何かあればカンザスとガリナムは別行動だから、その時は曳いてきたバージをヴィオラが曳かなくちゃならない。その時の速度は最大でも時速2丁目0kmになってしまう」
「そのために、ヴィオラの多目的円盤機に40mm滑腔砲を1門装備させたでしょう。爆弾だって50kgを2つ積めるから、戦機5機と合わせれば迎撃だって可能だわ」
俺の悲観的な言葉をカテリナさんが訂正してくれた。
出来れば、ゼロが2機あれば良いのだが、今は中継点で訓練の最中だ。
「ヴィオラの偵察用円盤機は将来的にはゼロに更新するわ。それまではあの2機で頑張って貰わないとね」
だが、量産型のゼロが製作に入るのは後2ヶ月ほど先の話だ。
ゼロの試作機のプロモーションビデオを見た3カ国から、製作でき次第順次買取るとの返事も来ている。
ヒルダさんが上手く根回ししてくれたらしい。儲けの3割は仕方が無いだろうな。
中継点を出航して2時間。艦隊は右に回頭して南北に並んだ。
カンザスが北に位置し、ガリナムが南に位置取りを終えると、時速30kmで地中探索を行ないながら西を目指して進んでいく。
「何となくのんびりした旅じゃな。我は、テーブルでゲームを楽しむぞ!」
ローザはそう言うと子供達を連れて、テーブルに移動した。
たしか、ニコラとロゼッタだったよな。良いお姉ちゃんが出来て良かったと思う。フレイヤにライムさん達も参加するようだ。
「エミーは一緒に遊ばないの?」
「ここで、荒野を眺めるほうが好きですわ。白い季節が去って、少しばかりの緑が芽吹く。ここが私達の故郷になるんですもの……」
そうだな。ここが故郷に違いない。
俺達騎士団の共通の故郷がここにある。
俺達に日々の糧を与え、そして厳しい試練を与える故郷だけど、この大地がある限り騎士団はなくなら無いだろうな。
「雪解けで、かなりの騎士団が中緯度から上に向かっているわ。中規模以下の騎士団はバージターミナルの西に進出しているみたい」
「となると、バージターミナルはさぞかし賑やかになるでしょうね」
商会の事務所とコンテナが100個も用意されているなら、バージターミナルを中継点のように使って鉱石採掘が出来る筈だ。100tコンテナや50tバージを連ねて採掘している筈だから、バージターミナルとの往復は中継点の倍以上になるだろう。
「やはり、東の方での騎士団の動きは少ないんでしょうか?」
「そうでもないわよ。昨年の山脈崩壊で鉱石露頭がかなり見付かったらしいわ。大規模な騎士団が艦隊を率いて向かっているわ」
各騎士団の規模に見合った場所を目指しているってことだな。
そこには未だ名前も知らない12騎士団の連中も向かっているんだろう。西で活動している12騎士団は半分にも満たない筈だ。
「ところで、スコーピオの卵が孵化するのは今年なんですか?」
「2年目で孵化する筈よ。何箇所かの卵を調査して状況を確認している筈だから、10日前には知らせが来るでしょうね」
「でも、孵化したばかりなら、王国軍の獣機部隊も有効なんでしょう?」
「孵化して10日までなら有効よ。30mmライフル砲は容易にスコーピオの体を撃ちぬくわ。
でも、それが過ぎると戦機の55mmライフル砲でないと難しくなるし、20日を過ぎたら75mm砲が必要になるわ。
最初の20日が大事なの。そして相手は100万を軽く越えるのよ」
いったい、エルトニア王国を襲ったスコーピオの数はどれぐらいだったんだ?
1万を越えているなら、その半数が雌で卵を産んだとしたら、その数は……。
「スコーピオの雌は1体で30個程の卵を3回産むわ。襲来した数は推定で2万。その3分の2が雌なの……。だから、大陸の東岸には500万個近い卵が産み付けられたという事になるわ」
「バローズ騎士団が卵の監視をしているようです」
「エルトニア王国の特命を受けたのね。12騎士団の1つだから、彼らの呼び掛けに答える騎士団もいくつかある筈よ」
タバコに火を点けて彼らの任務を想像した。
孵化する前に出来る限りの卵を始末しているんだろう。だが、その数はあまりにも多く、そして探すのに手間が掛かる。
カテリナさんの100万と言う数字は最低値と思っていた方が良さそうだ。
300万以上1000万以下というのが正しいような気がするな。
「数の勝負にはこちらも数で行くほかありませんね。榴散弾の目途はたちました?」
「試作品をガネーシャ達が試射しているわ。1か月もしないで量産体制に移行できそうよ。
ドミニクには感謝しきれないわ。リオ君をヴィオラ騎士団に加えてくれたことをね。ヒルダを通して、孵化対策の目途が立ったと王族へ報告してもらいましょう」
そう言うと、俺にキスをしてジャグジーを出て行った。
リビングに裸でいるようでは困るから、慌てて後を追ったんだけど、カテリナさんの姿がどこにも無い。
カンザスの右舷にある自分の城に戻るのかな?
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初夏を向かえる頃。中継点の改修工事が形になってきた。
アリスとムサシのおかげだと思うな。
俺のやっていた穴掘り作業が一段落して、現場監督から貰った臨時ボーナスは結構な金額だった。
工事の連中は引き続き仕上げ作業に入るらしい。
それが終ると屋外のバージ用桟橋を新たに西に作るそうだ。全く仕事が途切れないな。
作業用獣機の連中も、継続した仕事を歓迎しているようだ。
「土建が終れば、新しい桟橋での仕事があるらしい。兄ちゃんも、他の現場に行くんだったらここにいた方が良いぞ。何ていったって俺達が作ったような場所だからな。子供達にも自慢できる!」
尊敬される親父さんになれる、ということなんだろう。
それも大事なことに違いない。それに子供達だって、桟橋に並ぶ騎士団の船を見るのは楽しみに違いない。王都では身近にこんな場所は無いからな。
そんなある日、中継点の代官であるザクレム氏よりメールが届いた。
早速添付書類をスクリーンに表示して皆で眺める。
「現在の収支は黒字に成ってるわ?」
「かなり工事に出費した筈なのにね……」
「ドロシー。トトのデータを再確認してくれ!」
『了解です。……データ照合中……、データ確認結果その数値に問題はありません』
合ってるってことか?
収入の項目を調べてみると……。鉱石の取引税が予想を遥かに超えている。
確か3%だったよな。もう少し下げるべきなんだろうか?
「この資金で5カ年計画を考えてるのね。株主への還元を行なってもかなり残るわ。民生と温室造りを始めるようね」
「いよいよ大型プールが出来そうじゃな。じゃが、新しく作った桟橋の中に作るらしいぞ」
「ザクレム氏はヴィオラ専用桟橋はそのまま維持する考えみたいだ。共用化を考えると問題があるのかもしれないね」
「治安対策でしょうね。確かにその方が問題は起こりにくいでしょう」
温室は予想外だったな。
だが、作ればそれだけ将来的な自給率を上げられるだろう。俺としても賛成だ。
次ぎの5カ年計画の1つに工場の誘致が上げられていた。
これは俺も気が付かなかったが、ラウンドクルーザーの修理ってことだろう。簡単な修理は自前のドワーフ達が行っている筈だが、それは応急的なものだ。
多脚式走行装置等はどうしても定期的な部品交換は必要になる。それを桟橋でやるわけにはいかないから、ドッグの建造は必要になるだろう。そしてそれに隣接した中規模の部品製造施設……。たぶん、これがザクレム氏の描く工場になるんだろうな。
工場の概念と規模の説明を求める返信をしたためて、ザクレム氏の労をねぎらう言葉を添えた。
「設備が次々と増えてゆくのう」
「周囲に何も無いからね。ある程度自立出来ないと困ることになる。それに、この中継点を3つの王国は試験してるんだ。中継点の望ましい姿と管理の仕方についてね」
そのノウハウが次ぎの中継点の経営に役に立つ。
南に作ったバージターミナルにしてもそうなるだろう。
王族達が何も期待せずに金を出す訳が無い。
そこにはしたたかな腹つもりがある。