129 ヒルダ様が出した条件
「ヒルダ様、先ずは交渉のポイントをいくつかに分けて話し合いましょう。我等がこの地で会議をしている間に交戦が始まることはありません」
「そうですね。となれば……、リオ殿に分類していただきましょう。ある意味当事者でもありますからね」
突然、話の方向性が変わったから飲んでいたコーヒーを噴き出すところだった。
全員が俺に顔を向けているんだよね。小心者にはつらいところだ。
お妃様達に話を振られてしまったけど、元々は海賊行為と俺に対する傷害事件じゃないのか?
ウエリントン貴族に対するナルビク王国軍の対応のまずさもあることはあるんだが、それは艦長の右腕を落としたことで俺個人の留飲は納めておこう。
王族同士の確執までは俺には責任を取れないからね。
残りは、騎士団を海賊を使って襲撃させたことだ。かなり複雑な作戦を取っていたようにも思える。少なくとも海賊は2組だし、途中で引き返した騎士団も少し怪しいところがあるんだよな。
巡洋艦が率いてきた駆逐艦2隻は途中で引き返している。まだ悪に染まったわけではないのだろう。
経緯を思い出すようにして、状況とその分類をアリスに監修してもらいながらもどうにか行うことができた。
終わったところでカテリナさんが拍手してくれたのが、ちょっと嬉しいところだ。
「なるほどねぇ。リオ君に対する無礼は艦長の片腕と巡洋艦を中破させたことで十分だということね。残った2件の内、簡単な方は海賊の方なんだけど?」
「荒野を遊弋中の艦隊が海賊と中破した巡洋艦の捕縛に動いています。先ほどの話しで海賊は2組だと話しておられましたが、海賊は上下関係に煩いところがあります。同盟を組んでいたとしても、同規模の海賊であれば見捨てられるでしょうね」
時間の問題ということか……。
そっちはナルビク王国軍に任せておけば十分ってことになる。
「ところで、ウエリントンの場合はご存じでしょう?」
「あの話ですか……。ウエリントンの場合は荒野の掟で対応なされたようですが、ポメラニアン騎士団の規模は比べ物になりません。負傷者についての保証は王国軍兵士の2倍、中破したラウンドクルーザーに対して、巡洋艦を払い下げることで手を握りたいところです」
いきなり損傷した中古の輸送船の代替に巡洋艦を貰えると知って、笑みを浮かべていた副団長が真顔になった。
過分の補償となるのだろうが、その裏には口止め料が入っているはずだ。
その辺りの情報制御を上手くやらないと騎士団の将来が危ういんじゃないか?
「ぶしつけながら、ご確認したい。ナルビク王国軍より巡洋艦を頂けると聞きましたが、何かの間違いではないかと……」
「それぐらいで、口を噤んでいただけると幸いです。艤装の変更と休業期間中の騎士団への補償についても問題なきように行いますよ」
ナルビクのお妃様の言葉に、副団長はいきなり席を立って深々と頭を下げた。
金で対処できるなら、それが一番だろうな。
これで、2つの問題が片付いたことになる。
「最後に、ナルビク王国軍の面汚しと、ウエリントン王族の矜持をどのように保つかが問題だけど、これが一番厄介かもしれないわね」
カテリナさんが、いつの間にか俺の横に座っている。
俺と同じヴィオラ騎士団の団員ということかな? というより、この席が2つの王国の使者を同じように見比べられると知っての事かもしれない。
「グランバネス、極刑でよろしいですね?」
「ナルビク王国第二艦隊所属第4機動艦隊指揮官、ハイアラキス男爵は極刑とします。同機動艦隊の幕僚を銃殺、残った士官は軍法会議の上処断いたします」
「罪状は?」
ヒルダ様の質問は、先ほど俺が自分に関わることは既に決したと言ったからかな?
「現在進行形で戦争が行われようとしているのです。国家反逆罪の適用はできるでしょうし、海賊との内通は軍法に照らしても大罪であることは確かです」
「お家の断絶というところですか……」
「確実に3つはなくなります。蓄財で騎士団への補償も出来ますし、王都の治安も良くなろうかと」
ナルビクのお妃様の言葉に、ヒルダ様が笑みを浮かべて頷いている。
これって、ヒルダさん達が裏で動いてるなんてことは無いだろうな? 何となく怪しく思えてきた。
「最後にウエリントン国王陛下の体面を、どのように保つかということでしょうねぇ」
「ナルビク王国第2王女の輿入れと南方の島1つの譲渡。ウエリントン国王陛下の別荘地としてさらに島を1つ……」
ウエリントン王国への輿入れを早めるということになるのかな?
南方の島というのもおもしろい考え方だ。大陸の領土境界を動かさずに済むし、実質的な領土割譲にはならないと判断したのだろう。
割譲された島を再びナルビク王国が買い取ることも出来るはずだ。
何となく言葉遊びに思えてならないけど、ヒルダ様はどう出るんだろう?
「被害者であるリオ殿が矛を収めている以上、あまり強く出ることもウエリントン国王の矜持を疑われかねますね。落としどころとしては問題ないでしょう。とはいえ、私も交渉人として参りました。さらに1つ、付け加えさせていただきます。ナルビク第一艦隊の1会戦分の弾薬を上乗せ願います。期限は1年でどうですか?」
とんでもない金額だぞ。ナルビク王国軍の総指揮官の顔色が変わったぐらいだ。隣の男性も一緒になって顔を青くしてるということは、兵站の主任でもあるんだろうか?
「グランバネス、可能ですか?」
「……かなりの出費ですぞ。金で済む話ではなく、王都の軍事工廟がフル稼働して穴埋めせねばなりません」
「可能ですか?」
弁解を始めた総指揮官に、冷たい目をして再度問いかけている。
「可能です。その代わり、半年の間は大規模な作戦を行えなくなります」
「なら、ウエリントン王国の提案に同意しましょう。その間に万が一のことあれば、ウエリントン王国軍の軍隊が動いてくださるでしょう」
この場合の万が一とは、もう1つある王国の侵略を想定したものではないだろう。大規模な巨獣の暴走辺りを言ってるんだろうな。
そうはっきり言えば良いんだけどねぇ。
「その場合は、リオ殿の所属するヴィオラ騎士団が動いてくれるでしょう。旗艦であるカンザスはカテリナさんの監修を受けて3王国が出資した艦ですから」
「とはいっても、艦よりリオ殿の方が早く来てくれそうですね」
同意したってことなんだろうか? 2人のお妃様がころころと笑っている。
だけど、2つの王国ともに随行者たちの表情が優れないんだよなぁ。表面上の手打ちが終わったところで実作業がこれから始まるということなんだろうけどね。
「確かにそうですね。当日の昼まで私の離宮で過ごしていたのですよ。確か休暇でドリナムランドに向かうと聞いていたのですが」
「ポメラニアの救助依頼を中継点が知ったようです。中継点からカンザス、カンザスは整備中でしたが当直はおりました。当直からドミニク騎士団長に中継されて、俺に指示が下りたんです。後は、アリスのおかげですね。戦機では間に合いません」
ナルビク王国の総指揮官の顔色が更に悪くなった。
どうやら、俺が戦姫を操れるということを知っていたらしい。今の話が真実であるなら、王国軍がどのように展開しても、王都を火の海に変えられると分かったんだろう。
そんな相手を呼び出しておいて対戦車銃で狙撃するなど、言語同断であることはちょっと考えれば分かることなんだろう。だけど、戦姫を動かせる人間がいないということが王国の上層部で広まっていたに違いない。
「一時的に王都の脅威が高まるかもしれません。艦隊の弾薬配分を見直して、北部に哨戒線を張れば辺境のヤード防衛も容易に行えるでしょう。万が一の場合には艦隊指揮官の名でカンザスへの救援依頼を許可します」
「王宮の了承を得ずに依頼できると?」
お妃様が笑みを浮かべて頷いた。
ということは、俺達のところに、いつ依頼が舞い込むとも限らないことになる。
早めにドミニクに伝えた方が良いんじゃないか?
カンザスの建造資金を出して貰っているから、拒否できないところが辛いところだ。
「とりあえず、交戦はしないで済みそうですね。マクシミリアン、国境より50kmの位置で艦隊を停止させなさい」
「私達の代で、再び戦とならずに済んで幸運でした。グランバネス、国境より100km位置で停止させなさい。距離を譲るのは我等に非があることを知らしめるためです。これぐらいで済むなら国王陛下もお喜びになられるでしょう」
入り口に待機していた団員に副団長が目で合図を送る。
運ばれてきたのはワインだった。
マクシミリアンさんに、他のワインを飲ませるのはちょっと考えてしまうけど、ポメラニアン騎士団の保有するワインの中では最上のものに違いない。
騎士の礼装を着込んだ騎士達が、ワインのカップを使節達に渡し終えると、副団長が俺に耳打ちしてきた。
俺に締めをさせるなんて!
とりあえず、席を立って両王国の発展とポメラニアン騎士団の活躍を祈ってカップを掲げる。
「一時はどうなるかと考えてしまいましたよ。まさか巡洋艦を頂けるとは思いませんでした」
「一番の被害者ですからねぇ。でも、海賊と海賊に内通していた軍人を捕らえることができるのですから、それぐらいは容易いのでしょうが……。俺の事は内密にお願いしますよ」
戦姫1機あれば王国を滅ぼすことも可能だ。
それだけ自分の行動には責任が出てくる。ローザも戦姫を駆る王女様なんだけど、その辺りの事を少しずつ教えなければいけないだろうな。
両王国から随行人が1人ずつ席を立ち、騎士団員と共に部屋を出て行った。
どうやら、簡単な書面を作り両者がサインをするらしい。
お妃様は色々と忙しい身の上のようだ。
単に美人だけでは勤まるものではない。王国を実際に動かしているのはお妃様達じゃないのか?
「参考までにご教授願いたい。どのように海賊船の母艦に損傷を与えたのですか?」
俺に問いかけてきたのは、ナルビク王国の総指揮官の横に座った人物だった。総指揮官の補佐官たちの筆頭ということになるのだろう。
「円盤機の移動方向から、潜んでいる場所を大まかに割り出しました。その区域を金属探知機で探ったのです。性能的には劣っていますが、潜砂艦が潜る深さはそれほどではありません。反応があった場所で地上にセンサーを伸ばしてましたから直ぐに確定できましたよ。
攻撃方法はレールガンを至近距離で最大加速で発射しました。衝撃波で土砂が吹き飛びますからね。
弾着で出来た船体の穴に、最後は55mm砲弾を撃ち込みましたから、地上に出る外なかったようです」
「少し待ってください! 55mm砲弾は騎士団が持てぬ筈では?」
「軍からの供与ではなく、ウエリントン王女ローザ様から頂いた品です。先薬量が少し多いですからね。巨獣の注意を引くには丁度良いとのことで、銃身を半分にして使っています」
それでは高速が得られないでは……、等と話す声が聞こえてくる。
それは使い方ということなんだけどねぇ。
「たまに砲身を伸ばす連中がいるとは聞きましたが、半分にですか……。劣化銃を使っておいでとは思いませんでした」
王女が絡んでいて、かつ軍の持つ55mm砲よりも威力が無いと知って口調が変わってきた。
それなら、55mmでなく60mmを新たに作った方が良かったかな? 変な誤解を受けずに済むからね。
「アデル、その辺りで矛を収めるのだ。リオ殿の潜砂艦の対応を我等が真似することは難しいところがあるな。新たな発見方法と攻撃手段を手にしたかと思っていたようだが、基本は現状の技術の応用でもある。とはいえ、レールガンを同じ場所に撃つのは難しいだろうな」
「戦艦に搭載してますからねぇ。できれば駆逐艦で何とかしたいところです」
ヴィオラⅡを襲った潜砂艦を沈めた方法を改良できるなら、上手く行くかもしれないな。だけど、この場で披露するのは止しておこう。
「何か考えたの?」
「この場ではちょっと……。ですが、駆逐艦でも可能かと考えてます」
カテリナさんに答えると、うんうんと笑みを浮かべて頷いている。
「海賊の被害は多いのかしら?」
「無視できない損害を受けています」
「ナルビクもですか。ウエリントンもそれなりですね。たぶんエルトリアも同じでしょう。どちらかというと、スコーピオの襲撃で王国軍が被害を受けてますから、その分活発に動いているのかもしれません」
マクシミリアンさんには教えたんだけど、やはり軍船でそのまま使うことは難しいということなのかな?
それなら、少し考えてあげようかな。