127 巡洋艦の中で
ん! ここは、どこだ?
ダクトやパイプの走る天井が目に映る。
確か、ブリッジにいたはずなんだが、頭を左右に振っても人影は見えないし、どうやらベッドに寝かされているようだ。
とりあえず起きようとして、体が動かないことに気が付いた。
拘束されているのか? そういえば、横腹に衝撃を受けたんだが、痛みはないな。
『お目覚めですか?』
「どうにかね。あれからどうなったんだろう?」
『ブリッジの人達が驚いてましたよ。マスターの戦闘服が特製のようだと言ってましたが、対戦車ライフルを防げる素材は開発されてはいないはずです』
対戦車ライフルを持ち出したのか!
よく無事だったな。それだけ擬態を解いた状態の俺は強靭だということなんだろう。
「俺の体がバレたかな?」
『船医が首を捻っていたようです。その後、船室に移送されました。1時間20分前の事です』
「記録は?」
『マスターの目と耳、ブリッジとカーゴ区域のレコーダーを使って記録しています。これで、この巡洋艦を破壊してもナルビク王国から責めを受けることはないでしょう』
なら、早めに対処するか。
体に力を入れて、ベッドから拘禁用のストラップを引き千切りながら起き上がる。
ご丁寧に、拘禁服まで着せられていた。これも、腕の力で引き千切る。
コンバットスーツは脱がされていない。というか、脱がせることができなかったのかな? コンバットスーツの上から付けた装備ベルトのバックルは慣れないと緩ませることができないからね。
「おっと、腰のバッグと、ホルスターが空だな」
『さすがに武装したままでは拘禁もないですよ。運ぶ前に取り外しています。武器だけではなく、騎士団のブレスレットや指輪の類も同様です』
強盗ということになるのかな?
それなら、海賊として始末しても問題なさそうだ。騎士団の重要な役目だからね。
『戦闘モードの移行率は40%です。60%にまで上昇させますから、小型の巨獣並の体力になりますよ』
「今度は注意しないとね。もう1発、当てられたら気を失っている間に体を破壊されそうだ」
アリスが笑っているような思考が伝わってくる。
その時は介入するってことなんだろうけど、現在のアリスはどうなってるんだろう?
『鎖やバンドで拘束されてます。工具類が一切通用しないので、拠点に戻ってからと考えているようですが、私にとっては全く意味のない拘束です』
いざとなれば、亜空間を使って脱出できるということなんだろう。
それなら、そろそろ反撃開始と行くか!
部屋を見渡すとベッド1つだけの部屋だ。
鉄製の武骨なドアの取っ手をガチャガチャと動かしてみたが、やはりカギが掛かっている。
「おい! ドアを開けようとしてるぞ」
「どうやってベッドを抜け出したんだ? あいつら適当に処置したんじゃないだろうな?」
「拘禁用のベッドや服を使ったのは、俺が知ってる中ではこれが初めてだからな。案外そうかもしれんぞ。だが、ドアは破れないはずだ。ガスを吸わせておとなしくさせるか……」
ドアの外に何人かいるみたいだ。
それよりも、ガスを使うというのは穏やかじゃないな。
『今のマスターでは神経ガス類は効果がありません。それより、現在この巡洋艦は騎士団の中破したラウンドクルーザーに向かって進行中です。会合時間まで30分程度、砲撃するなら150分も必要としません』
「急げってことだね。了解だ」
片手で鉄パイプで作られたベッドを持ち上げる。薄いマット類はずり落ちたから骨組みだけだ。結構な重さがあるんじゃないかな。
「ドアから離れとけよ! 良いか、ドアから離れるんだ」
注意はしておこう。
一呼吸して、力一杯ベッドをドアに放り投げた。
ガシャンと音を立てて、扉が吹き飛んだ。ゆっくりと通路に出る俺を2人の兵士が銃を向けて後ずさっている。
シューという音が先ほどいた部屋から聞こえてきたが、ガスを注入している音なんだろうか?
アリスのよれば俺には効かないらしいから、無視して構わないだろう。
「おい、部屋に戻るんだ!」
「ん? 俺の事か。お前達の指示に従う理由が思い浮かばないんだが」
「ブリッジで騒ぎを起こしてるんだ。軍法会議で銃殺にはなりたくないだろう」
「俺が軍法会議だって? おもしろいことを言うな。お前達こそ、言動には気御付けた方が良いぞ。この会話も全て記録されているからね」
末端の兵士には状況が伝わっていないのだろうか?
ひょっとして、この巡洋艦の一握りの跳ね返り者が問題なのかもしれない。だとしても、全く罪のない騎士団を壊滅させようとしていることは間違いなさそうだ。
彼等に背を向けると、片手を振って通路を歩く。
通路の端に部屋に閉じ込められていたようだから、ブリッジへ迷わずに行けそうだ。このまま進んでエレベータを見付ければ良い。
少し歩いていくと、先ほどの兵士がどこかに連絡している声が聞こえてきた。
待ち伏せもあるかもしれないな。それはそれで何とかしないとね。
通路前方にエレベーターの扉が見えた。
次の瞬間、まるで扉が爆発した様に硝煙に包まれる。咄嗟に天井に跳び上がって銃弾を避けたんだけど、銃弾の形が分かるほど弾速が遅い。
床に当たって跳弾になっているところを見ると、弾速が遅いわけではなく俺の動体視力が並外れた能力となってるのか?
それに、通路の天井がダクトスペースとなっているため極めて天井が高いんだけど、俺はそのパイプを握って状況を見ている。床からは5mはあるんじゃないか?
良くもここまで跳躍できたものだ。
銃弾が止んだ時、床に跳び下りてエレベータに向かって一気に走る。
硝煙で周囲が良く見えないらしく、俺の接近を誰も見ていなかったようだ。突然目の前に現れた俺に銃撃を浴びせようとしているけど、俺の拳が奴らの腹をえぐる方が早かった。
6人か……。当然ブリッジの前にもいるんだろうな。
2人程エレベーターに放り込んでブリッジ階へのボタンを押して素早くエレベーターを出る。
その間に、エレベーター横に見つけた階段を駆け上がった。
ブリッジの階に出ると、銃撃が始まった。鈍く鋭い音は対戦車ライフルみたいだな。まったく、船内で使うとは信じられない。エレベーターの壁など紙のように貫通しているだろう。その後ろにあるものを考えないんだろうか?
「忙しそうだな。何なら手伝おうか?」
俺の声に、口をあんぐり開いて驚いている。
直ぐに軽機関銃の銃口を俺に向けたのは感心するけど、素早く走り寄って銃をもぎ取ると対戦車ライフルを俺に向けようとしていた兵士に投げつけた。
ぐしゃりと顔が潰れて、血の海をのたうちまわっている。銃を取り上げた兵士も、指をもぎ取ってしまったようで血を流す指を見て震えていた。
「死にたくなかったら、銃をエレベーターに投げ入れるんだ! それとお前、こっちにこい」
ガシャガシャと銃がエレベータに投げ入れられたところで、エレベーターを兵士に下降させる。エレベーターの扉が閉まる直前に、近寄って来た兵士の持っていた手榴弾を投げ込んだ。
兵士のベルトから銃剣を抜いたところで、下に向かう様に指示すると先を争って階段を下りていく。
残りはブリッジだけだな。
ブリッジの扉を蹴破ると、ゆっくりと仲に入っていく。
艦長始め、ブリッジ要員が今日が開くの表情で俺を見ているけど、さてどうしようかな?
「なぜここにいる! 陸戦隊を早く呼ぶんだ」
「だいぶ倒したけど、まだいるのか? まあ、お前の部下なんだからどうしようとお前の自由だ」
『アリス、騎士団のラウンドクルーザーとの距離は?』
『20kmほどです。巡洋艦の艦砲は長砲身150mm砲ですから射程は15kmを越えているはずです』
ギリギリ間に合ったということかな?
とはいえ、最初の砲撃でマグレ当たりが無いとは限らない。
『アリス、拘束を解除しろ。砲塔が動いたなら下から射撃してくれ』
『了解です。3秒で準備します!』
さて、これで少し余裕が出たぞ。
「この落とし前をどうするんだ? お前が俺に命乞いするぐらいでは済まないように思えるんだが?」
「ナルビク王国軍を脅迫するのか? 全軍がお前を追うことになるぞ。その上での投獄だ。拷問師も腕が鳴るだろうよ」
自分を正義としたいのかな?
ここまで腐ってるとは思わなかったな。
ふと、艦長の手がホルスターに動いているの見付けた。
拳銃弾は何発受けても問題ないが、その指にあるのは俺の指輪じゃないのか?
ウエリントン国王から貰った品だけど、そんな物を付けて王宮に行ったら一発で首が飛ぶんじゃないかな?
艦長が俺に銃を向けると同時に、持っていた銃剣を投げつけた。
狙いたがわず、銃剣が艦長の腕を貫通する。
銃を落として腕を押さえているが、誰も艦長の傍に寄ろうとはしないようだ。
根元まで刺さった銃剣を引き抜こうとしている艦長に向かって歩いていく。
床に膝を付いて流れる血を物ともせずに引き抜こうとしてるんだけど、筋肉が麻痺して収縮しているのだろう。それに利き腕でなければ力も出ないんだろうな。
艦長を引き越して、顔を軽く殴る。
俺を凄い目付きで睨んでいるけど、気にしないでおこう。
腕に刺さった銃剣を前後に動かしながら腕を切り取った。
近くにいた士官に手当てを指示したところで、救急箱から三角巾を取り出して腕を包む。
艦長は顔面を蒼白にして俺を睨んでいたが、大きな声を張り上げた。
「撃て!」
次の瞬間、ブリッジの下に見える砲塔が吹き飛んだ。
船体が突然停止する。
急ブレーキを掛けたようなものだから、ブリッジの連中が思い切り壁にぶつかっている。
どうにかよろめいただけで済んだのは、アリスが体の調整をしてくれたんだろう。
「どうした……、どうなってる?」
「1番から3番砲塔が同時に爆発しました。当艦の武装は30mm機関砲のみです」
「戦機は?」
「拘束した戦機が暴走しています。カーゴ区域が落ち着くまでしばらく掛かりそうです」
艦長は、がっくりと膝を折って頭を抱えてしまった。
「さて、話はまだあった。 俺の装備が無いんだが? 無くさないように保管してくれたんだろう? ウエリントン国王より頂いた指輪は先ほど返してもらったが、自分で取に行かねばならないのか?」
1人の士官がブリッジを飛び出して行った。
返してくれるなら、俺の方は貸し借り無しでも構わないんだけどね。
「功績のある騎士なのか? 出来れば名前ぐらいは教えて欲しいところだ」
ようやく声を出してるという感じだ。言葉に力がない。
「俺の事か? ウエリントン王国所属のヴィオラ騎士団の騎士だ。一応、リオ公爵と呼ばれる立場にいる」
「まさか、戦姫を駆る騎士!」
後ろから声がした。噂を聞いたことがあるということなんだろう。
「ああ、その認識で間違いない。俺の戦姫を拘束するなど不可能だ。砲塔破壊は中破したラウンドクルーザーに向かって砲塔を動かしたときを狙ったものだ」
「自律制御で戦機が動くなど……」
まだまだ電脳技術は発展していないようだ。
やがて、木箱を持って士官が俺の傍に来ると、木箱の蓋を開ける。
腰のバッグにはたいしたものが入ってないけど、騎士団内の情報を見られる携帯型端末とカテリナさんから貰ったプラチナのピルケースはお金では買えない品物だ。
それに、銀貨が数枚入ったお財布代わりの革の袋もちゃんとあったし、タバコとライターもそのままだ。
最後にリボルバーを手にしてシリンダーを開き、銃弾を確認した。特にいじった形跡はないな。このまま使えそうだ。
「次は気を付けてくれよ。出頭を命じる以上付き合うことになってしまったが、顛末は王宮に報告することになるだろう。走行装置を直接破壊していないから、簡単な修理で再び動けるはずだ」
さてこれで帰れるな。
みんなはドリナムランドで楽しむんだろうけど、今帰ったら一緒に付き合わされそうだ。
アリスに前部甲板で待機するようにお願いすると、ブリッジに鈍い衝撃が伝わって来た。無理やりカーゴ区域の天井を破ったんだろうか?
ゆっくりと破壊した砲塔付近にアリスが下りてきて、ブリッジに手を伸ばしてきた。
早くここから立ち去ろうってことだろう。
壊れたブリッジの窓から飛び降りるようにしてアリスの手に乗った。
ブリッジに背を向けながらアリスが胸部装甲を開き始める。対戦車ライフルが1丁とは限らないということなんだろう。
コクピットに納まったところで、ホッと肩の荷を下ろす。
まったく、とんでもない連中だったなぁ。
『中破した騎士団から連絡が入ってます。一応、周囲をジャミングしていましたが、解除しますか?』
「顛末は話した方が良いだろうな。それと、腕を貰って来たんだが亜空間で保管できないか?」
『先ほど座席のバッグに入れたものなら、すでに亜空間に転送してあります。騎士団の名はポメラニアン、ナルビク王国所属の騎士団です』
確か犬の名前じゃなかったか? まぁ、俺も葉なの名前の騎士団に所属しているからねぇ。世の中は結構広いんだ。
「巡洋艦は中破。通信は俺達が妨害していることを伝えてくれないか。必要なら顛末を報告したいともね」
『了解です。ポメラニアン騎士団の状況はナルビク王国に伝えてあります。同盟関係の騎士団がいるらしく、現在全速でこちらに向かっています』
「なら、安心だな。念のため同盟している騎士団がやって来るまではここにいないと不味いかもしれないね」
中破の程度がまだわからないんだよな。
ベルッド爺さんのような連中がいるなら、すぐに何とかしてくれるんだろうけど、荒野で足を失った騎士団の辿る運命はかなり悲惨だとアレクが教えてくれたことがある。
『巡洋艦が回頭を始めたようです』
「後は、あいつらの問題だろう。そう言えば海賊船が1隻残ってたね。場合によっては海賊に身を守って貰うことにもなるんじゃないかな」
やがて、やって来たポメラニアンからの返信は、来訪を待つとのことらしい。
いきなり銃で撃たれることは無いだろう。
上手くいけば、コーヒーぐらいご馳走して貰えるかもしれないな。朝焼けが始まって来た荒野を、騎士団のラウンドクルーザーに向かってアリスが滑走を始めた。