122 代官が決まった
王都の王宮の森の中にある第2離宮で俺達は朝を迎えた。
朝日が池の水面に反射して、寝室の壁にアラベスク文様を映し出す。
もう少し寝ていたかったけど、目覚まし時計よりも確実だな。遮光システムを作動させておけば良かったと思っても、それは後の祭りだ。
とはいえ、朝の目覚めは気持ちの良いものだった。
隣のエミーも、いつの間にか目を覚まして、俺と同じように朝日に輝く水面を見ている。
「散歩に行こうか?」
俺の提案を聞くと、エミーは微笑んでベッドを抜け出して身支度を始める。
俺の方は直ぐにも終るのだが、エミーはそうもいかないようだ。
軽くメイクを施し終えると、一服を楽しんでいる俺のところにやってきた。
帽子を被ってサングラスを掛ける。
南緯の低緯度地帯だから日差しがきついからねぇ。
神殿のような建物を出て、池の周りを散策する。
エミーと腕を組んでゆっくりと池を眺めると、小さな魚が群れていた。
そんな光景をエミーがじっと飽きもせずに眺めている。エミーが初めて観る自然の姿なんだろうな。
本来ならば見飽きるほどに見ていた筈の風景だ。音だけの世界と光の世界では、暮らした庭の姿が全く異なるに違いない。
「綺麗な庭だったんですね」
「ああ、自然そのものだ。人工的に作ったんだろうが、うまく調和している」
良い庭師の作品なんだろう。
原色の花はない。緑と水の光景だ。その緑のグラジエーションが水面に映って揺れている。
そんな俺達の後ろに、いつの間にかヒルダさんが立っていた。
「おはようございます。それにしても良い庭ですね」
「皆は、『もっと華やかな庭にすれば……』と言っていますが、私にはこの風景が大好きです。リオ殿もこの風景の良さを理解出来るのですか?」
「ええ、寂寥感が自然に感じられるように木々が配置されています。庭石も自然のものですね。……眺めていても飽きの来ない、それでいて自分と向き合うことの出来る空間がこの庭に演出されています」
「この庭を作ったのは、私の先祖だと聞いています。そして……この庭の秘密は、正にリオ殿の話した通りですのよ」
日本人なら理解出来るワビ・サビの世界だ。
虫の音を雑音と聞くか、音楽と聞くのかの違いのようなものだ。それは生まれながらの感性によるものかもしれないな。
「ところで、ここならさぞかし良い音楽を楽しめるでしょうね」
「ええ、その通りですよ。夜に散歩をするならね」
そう言うことだな。
理解出来るものだけが、楽しめれば良い。離宮とはそんなものかも知れないな。
「リオ様も、虫の音を音楽とおっしゃいますの?」
俺とヒルダさんの会話にエミー言葉を挟む。
「ああ、俺にはそう聞こえるんだ。人工的でない音は、心地よい音楽に感じる」
俺の答えを聞いて、2人が微笑む。同じ楽しみを持ったもの同士って感じかな。
「そろそろ、朝食ですわ。その後で、ゆっくりとお2人をご案内しましょうね」
第2離宮は俺好みだな。
他の離宮は華やかな中に立っているんだろう。
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午前中は、ヒルダさんの案内で庭園を散策し、お腹が空いたところで軽い昼食を取る。
お菓子のようなサンドイッチはかなりの甘口だ。
これを毎日食べてヒルダさんの体形を維持するとなると、かなりの運動をする必要があるんじゃないか?
ひょっとして、毎晩ルームランナーなんかを使ってたのかな?
「約束は2時丁度です。全員を私は推薦しますよ」
「ありがとうございます。全員が十分な素質を持っているという事ですね」
俺の言葉にヒルダさんが頷いた。
経営学は十分に学んでも、それを実践する機会は少ない筈だ。紹介してくれる5人に足りないのは経験だけだろう。
ならば、俺達の領地で十分に経験を積めば良い。
お茶と、屈託のない世間話をしながら時間を過ごすと、俺達は離宮の小さなリビングへと向かった。
俺達を案内してくれるネコ族のお姉さんが扉を開けてくれた。
部屋はそれ程大きくはない。
3人程座れるソファーが3つ、ちいさなテーブルを囲んでいる。
反対側の広い窓からは森の木々が見える。
この部屋も中々趣があるな。
俺達が部屋に入ると、数人の男女が立ち上がり俺達に頭を下げる。
「どうぞ、お座りくださいな。公爵殿はそのような挨拶を望まれる方ではありませんよ」
ヒルダさんが言葉を掛けながら、空いていたソファーに俺達ともども座ると、立っていた男女がようやく腰を下ろした。
「良くいらっしゃいました。公爵が領地の経営に困っています。出来ればあなた方に協力をお願いしたいのですが……」
ヒルダさんが単刀直入に彼らを招いた理由を説明した。
顔見知りではないのだろう。そんな確信を突いた話をしても、互いに目を見合わせる事もない。
「ウエリントンの貴族の領地を経営する代理人に、空きはないとおもうのですが?」
「今年、新たな領地が出来たのです。あまり知られてはいないようですけどね。その領地はウエリントンより直線で5千kmも離れています。直径60km程の領土ですが、土地は全くの荒地、そして水すらないのです」
ヒルダさんの話を聞いて、5人は驚愕の表情で俺を見ている。そんな領地をどのような経緯で手に入れたのかと訝しんでいるようにも思える。
「農地すらない辺境ではないですか? 名目だけの貴族ということではないのですか?」
壮年の男の問い掛けを、頷きながら聞いていた。やはり、きちんと説明する必要がありそうだ。
「アリス。中継点のパンフレットはあるんだろうか?」
『ドロシー経由で手に入れています。現状と改修後の全体像。それに各桟橋の風景動画。ヴィオラ騎士団のHPもありますよ』
準備はバッチリだな。
なら、プレゼンテーションを始めるか。
俺とアリスの会話を聞いて、彼らは更に驚いている。まだ、人工知能はそれ程発展していないようだな。
「自己紹介が遅れたが、俺がヒルダさんに貴方達を紹介して欲しいと頼んだリオだ。一応、国王から公爵の爵位と領地を頂いている。
問題の領地だが……。確かに言われるとおりだ。
農業も出来ず、工業すらない。そんな場所の管理等、確かに願い下げだろう。だが、今から映し出す画像を見てから、最終的な判断をして欲しい」
映し出された映像は、カンザスから撮影した中継点の映像のようだ。
概要説明が一緒に行われているけど、部分的に補足しなければなるまい。
「中継点の露天ターミナルの全長は、最終的に3kmを超えるものになる。谷の左右に作った桟橋の距離はおよそ3kmだ。そろそろ、奥にトンネルの入口が見える筈だ」
トンネルを潜るとそこには巨大なホールがあり、桟橋を3つ見る事が出来る。
動画が終わり、ホールの平面図が映し出された。
「常時ラウンドクルーザーが5隻以上は停泊している。騎士団の平均的な中継点の滞在日数は3日から5日程度だ。各騎士団はこの中継点を足掛かりに西に向かって鉱石の採掘を行なっている」
俺の話が終っても5人は、口を開けたままだ。少し予想外の領土だったかな。
彼らが落着いて冷静に判断が出来るようになるまで、ヒルダさんに断わってタバコに火を点けた。
一服を終える頃、先程の男が問い掛けてきた。
「この映像をどこかで見たと思っていたのですが……。確か特番で放送しておりましたね?」
「是非にとのことで、断われなかった。特に隠し立ても無いしね」
「産業はありませんが、物流の要になることで利益は上がる筈です。なるほど……、このような領地を持った貴族であれば将来は安泰ですな」
それほど長期的な繁栄を得ることはできないんじゃないかな?
次々とバージターミナルを作ることで、鉱石採掘のネットワークが形成される。
将来的には、少量多品種の採掘結果をネットワークを作ることで、多品種を多量に調達する事が出来るようになる。
生憎と、俺達の中継点は高い緯度にある。物流の要となるには距離が離れすぎていることも確かだ。
そんな時代の到来を見据えて俺達の中継点の役割を考えないと、将来は斜陽の中継点になりそうだ。
「短期的に観るならそうだろう。だが、それは永遠に続くものではないんだ」
今度は、簡単なバージターミナルのネットワーク構想を説明した。
全員が食入るように俺の話を聞いている。
「10年では変化は無いだろうな。100年後には、少なくとも3箇所は出来ているんじゃないかと俺は考えている」
「王立学府ではリオ殿の名前を聞いた事がありません。この理論だけで十分に博士論文として通用しますよ」
俺と同じ位の年齢に見える青年が興奮したような口調でたずねてきた。
「学府には無縁だ。騎士団員だからね」
俺の答えに何人かが信じられないと小さく首を振る。
「残念ながら、その通りよ。そのおかげでリオ殿の発想には、貴方達のような固定観念が無いわ。しがらみに捕らわれずに発想を展開できるの」
「確かに、目から鱗の話です。ですが、そんな話を私達にしてもよろしいのですか? 商会にあらましを説明するだけでも報酬を得る事が出来そうな話です」
「それは、既に手を打ってあるわ。リオ殿が特許を、そして王国が規格を提示していますから心配しないでだいじょうぶよ」
ヒルダさんの答えで、どうやら場が静まってきた。
5人がゆっくりと顔を俺に向ける。その目は、会談の最初とはだいぶ違ってきているな。
辺境の飛地の経営は、彼らが当初考えていたものとは、まるで違っていることに気がついたのだろう。
「是非とも私にお手伝いをさせてください」
「「私も……」」
たちまち、全員が名乗りを上げた。
俺達は満足げに小さく頷く。
「全員に手伝って貰いたい。既に、中継点の運航管理を行なう部門と、民生部門にわけて管理をしている。
彼女達は優秀だが、代理がいないのが問題だ。その代理と、全体の調整を行なう私の代理者を置きたい」
「代官ですか……」
5人が互いの顔を見比べている。
流通経済は、まだそれ程学問として成り立っていなかったのだろう。
迷いが彼らの顔に見て取れる。
「それ程深刻に捕らわれなくても良いんじゃないか?
赤字になろうとも俺達は騎士団だ。ある程度は自分達で不足分を補う事もできる。公爵として国庫から頂ける金額も全て中継点の維持に回しているからね。
作って1年も経っていないから、果たして収支がどうなるかも予断は出来ない状態だ。
だが、おもしろそうだろう?」
「それは認めます。ですが、それを維持して黒字を出すのは中々に難しいのでは……。と考えておる次第です」
「それで良いじゃないか。別に黒字を期待していない。収支がバランスすれば良いんだ。中継点で働く全員に給与を払い、そして生活を維持させる。それ以上は望んでいない」
「では、利益が無くても良いという事ですか?」
「俺達は騎士団だ。他から給与を貰わずとも、自分達の給与は自ら稼ぐ。そして、中継点が維持されていれば、それだけで俺達の活動の場が広がるのだ。それが俺達の利益といえるだろう」
「利益を出さずとも良いから赤字を抑えろ……。という事ですか?」
「まあ、そんな感じだな。出来れば赤字は無い方が良いけどね。年に1億Lの赤字なら、吸収できる。どうだ?」
俺の言葉にじっと考え込んでしまった。
代官なんだから、それなりの地位と給与は得られると思うのだが、躊躇する理由があるのだろうか?
「ザクレム……、兄様は立派な代官にお成りですよ。私は、貴方なら兄様を越える代官になれると思っているのですが」
ヒルダさんの言葉に壮年の男の顔が上がる。
「ヒルダ様は、それ程に私を……?」
その問いに、真剣な顔になったヒルダさんが頷いた。
「分りました。私が請け負いましょう」
そう言って、ザクレムは席を立つと俺の傍に歩いてくる。
「やらせてもらいます。どんな収支になるかは分りませんが、少しずつ収支がバランスするようにして見せます。数年後には黒に傾くように……」
「頑張ってくれ。中継点に作りたい施設は沢山ある。年間計画、長期計画が定まったら、教えてくれ」
俺達はしっかりと握手を交わした。
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「これで、少しは捗るかもしれませんね?」
「素人集団でしたから、早めにご相談をした方が良かったのかもしれません」
俺の言葉に、ヒルダさんが笑みを浮かべている。
それなりに頑張ったと評価してくてるのかな? それなら、嬉しいんだけどね。
「領地経営は、ある意味王国の経営の縮図とも言えます。エリーも少しは役立つでしょうけど、早めに有能な助言者を得ることも考えるべきかと思います」
国王陛下とトリスタンさんのような関係と思えば良いのかな?
だけど、中継点の方針決定の権限を握っているのは、ヴィオラ騎士団の女性達なんだよねぇ。
そういう意味では、王国ではなく共和国に近いんじゃないかな?
中継点の運営システムについて、一度皆で話し合った方が良さそうだ。
「ところで、コンテナの規格化は?」
「既に工廟で製作が始まっています。先ずは2千個を作ったところで廉価に騎士団や商会に販売するつもりです。半年後には何とか……、というところでしょう」
「図面の開示は?」
「王国の公式HPで閲覧ができますよ。予備のバージを持つ騎士団は改造を始めているようです」
これは乗り遅れないようにしないと。
俺達は予備のバージを持たないから、早めに買っておいた方が良いかもしれないな。新たなバージが販売されるとなれば、旧式のバージは値崩れをしてるかもしれない。
中古でも、ベルッド爺さん達なら新品同様に整備して改造してくれるに違いない。
「王国軍も取り入れるようです。迅速な物資の輸送と資材の類別を考えると画期的な兵站システムとなりえるとまで言われていますよ」
東の王国軍に取り入れられるのは時間の問題とのことだ。
コンテナを並べるだけで、兵站基地が直ぐにできるだろうからねぇ。
上手く軌道に乗ってほしいな。そうすれば、莫大なパテント料が舞い込んでくるはずだ。




