119 帰って来たヴィオラ
2月程で先行の穴掘りが終了した。
ようやく解放されるかと思ったら、今度はそれを広げる作業を仰せつかってしまった。
ラウンドクルーザーの船体直径はおよそ30m、それにブリッジが上に乗るんだから、いったいどれぐらい広げることになるのだろう?
まあ、自分の領地の施設だからねぇ……。頑張るしかなさそうだ。
とりあえず新たな出入り口の中間に、方向転換用のホール作りから始めることにした。
ホールの予定位置をアリスに教えて貰って、トンネルの壁の1区画を抉るように岩盤を掘り進める。
トンネルの壁を真っすぐに50mほど掘り進んだところで、今度は桟橋方向に向かって掘り進む。ラウンドクルーザーの全長は最大で250mほどもあるから、方向転換用のホールは長方形の断面になる。
桟橋に向かってやや広げることになるのだが、それは職人のおじさん連中に任せ解けば十分だ。
壁位置がある程度確定したところで、岩盤にマス目状に切れ目を入れる。横から岩盤を切ると、ブロック状の石を作ることができる。
1辺が2m程の大きさなんだが、その形を見て現場監督が喜んでいた。
中継点の外に作るバージ用桟橋の拡張工事に使えるらしい。
外側に向かうトンネルもムサシが拡張しているから、そのうち50tバージがホールにやってきてブロックを運ぶんだろう。
いつの間にか、工事用の獣機も数を増している。急ピッチで改修工事が進んでいるようだ。
ドミニク達はマンガン団塊を探しに出掛けるんだけど、俺とエミ―は中継点に残ったままだ。
俺って、公爵なんだよね?
ヴィオラ騎士団の騎士でもあるはずなんだけど、いつの間にか工事業者の1人になってないか?
降嫁してくれたエミーにも恥じ入るばかりだ。
こんな姿を見せたなら国王陛下が王国軍を従えて怒鳴り込んでくるんじゃないかな?
不満はないんだろうか?
休憩時や1日の仕事が終わった時に、そっとエミーの顔を覗き込む。
「どうしたのですか?」
「いや、こんな仕事をさせてしまって申し訳ないと思ってるんだけど……」
「結構楽しいですよ。それに、自分の力で中継点を作ってるんですもの。やがて生まれてくる子供達にも誇ることができます」
そんなことを言って、笑みを浮かべてくれる。
人間が出来てるんだろうな。ヒルダ様の子育ては間違っていないようだ。
だけど、何気ないエミーの言葉の中に子供を欲しがっているのが不憫に思えてしまう。
何人かと関係を持っている状況なんだが、今のところ誰もその兆候がない。
最初に気が付いたカテリナさんが頑張ってくれてはいるんだけど、だんだんと禁断の世界に足を踏み入れようとしている気もしないではない。
数年の研究で結果が思わしくなければ、最後の方法を取るんだろうな。
「そういえば、近々お母様が友人を伴って中継点の視察にくるとの事ですよ。お土産に欲しい物を知らせて欲しいと連絡がありました」
中継点のアパートで、風呂上りのビールを飲んでいる時だったから、その言葉にビールを噴き出すところだった。
「本当?」とエミーにたずねると、頷くことで答えてくれた。
王族は暇なんだろうか? それとも、新たな利権を求めているのか判断に迷うところだ。単にエミーやローザの暮らしを見に来るとは考えられないからねぇ。
来訪予定を確認すると、10日後になるらしい。
その前にはドミニク達も帰ってくるだろう。中継点にもホテルはあるけど、やはりカンザスの客室を使いたいところだ。
数日後にドミニク達が帰ってくると、お妃様達がやって来ることを告げた。
あまり驚いていないところを見ると、ドミニク達にも連絡が行ったということなんだろう。
「ヴィオラⅡとⅢが工廟を離れたみたいね。こちらに2艦で来るはずよ」
「これで、どうやら3艦ということだから、乗員の編成もあるってこと?」
「基本は前と同じにするわ。ベラドンナの競売もあるから、カンザスを伴って王都に帰らないといけないけど、それはお妃様達が帰った後で十分よ」
アデル達も今の艦よりは近代的なラウンドクルーザーを手にすることができるだろうけど、3年の同盟期間はこれまで通り俺達に協力してくれるらしい。
一緒にいた方が戦機を手にできると思っているに違いないね。
誰を連れて来るのかが分からないけど、カンザスの客室は2つあるし、場合によっては士官室を使ってもらえば良いということでヒルダ様の来訪を待つことになった。
数日後、2艦がゆっくりと中継点に入ってくる。
1隻は見慣れたヴィオラⅡだが、もう1隻は少し大型のヴィオラⅢだ。ヴィオラ騎士団専用の桟橋だけでは収容できず、ヴィオラⅢは一般用の桟橋に停泊させることになってしまった。
やはり、中継点の桟橋工事は急がないといけないようだ。
桟橋を結ぶモノレールの駅に、ドミニク達と一緒に来客をまつ。
モノレールの車体から下りてきたのは、ヒルダさんを始めとする数人の女性達だった。
ドミニクが歓迎の挨拶をしたところで、俺とエリーがカンザスのリビングに案内する。
一緒にやって来た女性達がしきりに中継点を眺めているけど、王都では見られない光景に興味深々というところかな?
カンザスのソファーに座ったのは3人の女性だった。残りの3人は侍女ということになるのだろう。テーブル席に着いてもらって、ライムさん達がお相手をしてくれることになった。
ヒルダ様達は半円形のソファーだけど、他の部屋も無いからなぁ。ここで我慢してもらおう。
「ヴィオラを持ってきましたよ。これで互いの貸し借りは無しになります」
「そうですね。本来なら取りに行かねばならないところを、恐縮です」
ライムさんが運んでくれた紅茶セットでエリーがお茶を入れると、レイドラが1人ずつ運んでいる。
全員に紅茶のカップが配られたところで、ゆっくりと紅茶を口に含んだ。
「ところで、御来訪の目的はそれだけではなさそうですが?」
「たまには、娘達に会いたいということで納得してくださいな。そうそう、ご紹介がまだでしたね。こちらがフェダーン、私と同じ妃の1人です。こちらはエリーの頼みを陛下がお聞きになり、この地の教育の任に着くラミーネ女史になります」
フェダーン様は小さく頷き、ラミーネ女史は深々と頭を下げてくれた。
フェダーン様は初めて見るな。あまり離宮から出ないんだろうか? ラミーネ女史の方はヒルダ様より年上に見えるけど、この世界では見掛けで年齢を判断できないんだよね。
「はるばるいらしてくださりありがとうございます。後ほど、エリーとご相談ください」
「そうですね。エリー、宿舎と学校をご案内して差し上げれば? 少し込み入った話をリオ殿としなければなりません」
王国の裏の話とでも言うのだろうか?
そんなことなら、一般人であるラミーネ女史には関係ないだろう。エリーの案内に嬉しそうな表情をしていたぐらいだから、案外緊張していたのかもしれない。
「王国内の教育は均等でなければなりません。教育に貴賤の区別なし、とは初代国王陛下の言葉でもありますし」
「教育に必要な予算はヒルダに報告してくれればその分を公爵の拝領金に上積みできる。数人の教職員は一か月後にはやって来るだろう」
「国作りは人作りからですか。これからも王国は発展するに違いありませんね」
俺の言葉に2人が笑みを浮かべる。
教育の大切さを十分に理解しているのだろう。
「ところで、今回の訪問の目的は?」
「ほら、勘づいてますよ。やはり本音で話しておかねばなりませんねぇ」
「確認が2つ。忠告が1つだ……」
「南のバージターミナルの事かしら?」
フェダーン様の話の腰を折ったのは、カテリナさんだった。
ローザと共に入って来たのだが、今までどこにいたんだろう?
ちょっと、礼儀的に問題があるんじゃないか? ドミニクが困った顔をしているぞ。
「カテリナ殿! そういえば、この中継点に滞在していたのだったな?」
「滞在というか、古巣に戻ったことになるのかしら? 私もヴィオラ騎士団員の1人でもあるのよ」
「なら、話が早い。マクシミリアンからおもしろい報告を聞いた。何でも5千のプレートワームを葬ったとか……」
さすがに無理があったか。
ヒルダさんに同行したのは、その真偽を確かめたかったのかな?
「何とか我等でドレスダンサーを倒したのじゃが、プレートワームの数が多くてのう……。最終的に全てを葬って片付けてくれたのは、他でもないマクシミリアン率いる第3軍じゃ」
「そういうことか。リオ殿がいたから、マクシミリアンはプレートワームを何とかできたと」
硬い表情を崩して、フェダーンさんが俺に笑みを向ける。
ここは頷いて置くほうが良いだろうな。
「これで、マクシミリアンは次ぎの総指揮官となれるでしょう。リオ殿とのチャンネルを持ったという事も喜ばしいことです。
現在の総指揮官は12騎士団とはそれなりの交渉口を持っているようですが、リオ殿とは持っておりません。どちらかと言うと何か事があっても頼らない方でしょうね。新参者と思っているようです」
総指揮官を交代させるのか?
ウエリントン王国は平和なように思えるが……。
「ガイデル総司令では、スコーピオ対応は不可能じゃ。やはり変え時ではあるのう」
「騎士団ではそれ程悪い噂も聞きませんが?」
「でも、良い事も聞いた事がないでしょう?
彼は古い考えなのよ。騎士団の持つ武装でさえ否定してるし、ましてや戦機は全て国が管理するものだと思ってるわ。
そこで行き着いたのが、ヴィオラ騎士団の戦姫ね。絶対に奪いに来るわよ」
「それは、父様も了承しておるのか?」
「いいえ。ガイデルの独断になるわ。発掘したものは騎士団に所属は法で認められていることよ。となれば、方法は1つ!」
「強奪ですね。戦艦で脅しに来る可能性が高いということですか?」
「濃厚だ。それが海賊行為である事も自覚が無いであろう。もしやってきたら、その戦艦に乗っているのは子飼いの連中ばかり。殲滅しなさい!」
フェダーン様の言葉に、ヒルダ様までが頷いている。それにしても、戦艦相手に戦うのか?
ドミニクとカテリナさんが互いに顔を見合わせていたが、やがて同時に頷いた。
相手にとって不足なしという感じ時なんだけど、俺としてはちょっと願い下げだな。
ヒルダさんは達はカンザスに1泊して帰って行った。
ラミーネ女史はマリアン達と打合せを行なって早速授業を開始するようだ。
ちゃんとした先生だし、美人だから子供達も喜ぶだろう。
そして俺達は、新たな問題について話し合いを始めることになった。
戦艦の主砲は38cmで射程は25kmある。
艦砲射撃を受けて中継点は無事だろうか?
敵の目的はアリスとムサシの2機だろう。俺達から2機だけを取り上げるなら、他の騎士団には影響がない。
先ずは交渉で威嚇し、次ぎは艦砲で脅すってことになるだろうな。
まてよ、中継点の構築には3カ国の王族も資金を供給してくれている。それを破壊すると言っただけで、叛旗を翻すことになるんじゃないか?
「基本は静観で良いわよ。私達に断りなくこの領土に入る事は出来ないわ。そして、この地に砲弾を1発落としただけで、彼は失脚するわ」
「居座られると面倒になるわ」
「その時は王都で国王から臨時の演習を通達して貰いましょう。総指揮官が出られないというならその理由が追求されるわ」
「父君の臨時演習を逆手に取るのじゃな。演習開始の通達と同時に時間を計測されるから、ちょっと面倒なことになりそうじゃな」
ひょっとして、俺達を上手く使って総指揮官を更迭するつもりじゃないのか?
また、恨まれる筋合いが増えるように思えるのは気のせいだけではないと思うな。
「そのうちに盗賊団がやってくるかと思ってたけど、大きいのが来るわね」
フレイヤは他人事だ。まあ、ここはどうするかだ。
「潰しても良いんだろうか?」
「そうね……。良いわ。潰しなさい。でも、ちゃんと言葉質を取ってからにするのよ。その後は破壊しても責任は相手に取らせる事が出来るわ」
カテリナさんの言葉に全員が頷く。
これで方針が決まった。……でも、ホントに来るんだろうか? かなりの越権行為が、それには付き纏うような気がする。
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一か月ほど経ったある日のこと。
リビングでスクリーンを展開してニュースを見ていたら、ウエリントン王国の戦艦が巨獣に襲われたとアナウンサーが告げていた。
「西方を巡回中の戦艦『ベヒモス』が、大河を横断中に巨獣に襲撃を受け撃沈。乗組員は絶望視されています。
不思議なことにベヒモスには正規の乗組員ではなく、他の部隊から兵員が乗船していた模様です。
ガイデル総指揮官が艦長を自ら勤めていた模様ですが、そのような人選で西を目指した理由は良く分かっていません……」
呆気に取られて口を開いたので、タバコがソファーに落ちるところだった。
これって、俺達のところにやってくる予定の戦艦じゃなかったのか?
確かに途中の大河には大きな奴がいたけれど、そんなに簡単に巨獣にやられる戦艦なら、返って邪魔になるだけだと思うけどな。
だが逆に言えば、俺達は巨獣に守られているとも言える訳だ。王国から西の地は、やはり物騒な土地ってことになるんだろうな
その夜の食事では、あまりの不甲斐なさに皆が怒っているんだよね。
「折角戦艦を我が沈めてやろうと思っていたのに残念じゃ!」
「ガリナムで、ブリッジに88mmをプレゼントしてあげったかったな……」
意外と途中で沈んで良かったかも知れないな。
こっちに来てたら、それこそタコ殴りで沈められたかも知れない。
巨獣にやられたとなれば、少しは名誉が残るだろう。こっちに来ればタダの盗賊だからね。
「これで、マクシミリアンさんの総指揮官着任は決まりね」
「老朽化した戦艦が潰れたのも丁度良い。新たな戦艦を建造できそうじゃ」
新任祝いの戦艦になりそうだ。マクシミリアンさんも嬉しいんじゃないか?
「殴りこみに備えてあまり遠くに行けなかったけど、これで少し中継点を離れられるわね。」
ドミニクの言葉に皆が頷く。
ここしばらくは、往復5日程の航行を繰り返していたからね。
「山裾を更に西に行って見ましょうか?」
「それは、ちょっと待ってくれないかしら? ガリナムの改装があるから、ガリナムを使えないわ」
クリスの言葉にカテリナさんが待ったを掛ける。
だけど、ガリナムの改装なんて聞いてないぞ?
そう思うのは俺だけじゃ無いらしい。皆がカテリナさんを見ているというか……睨んでるな。
「プレートワームの一件でかなりガリナムが使える事が分かったでしょ。だから、カンザスに遅れを取らないように、ちょっと改造してるのよ。中身だけじゃなくて外形も少しいじったから改装になるわ」
問題は、その中身だな。どんな改造をしたのか皆も気になっているようだ。
「たぶん基本仕様を変更したんだと思うのですが、具体的には?」
「速度を速めたわ。ガリナムの搭載した反重力装置のメビウスコイルを2重にして、多脚式走行装置の足を強化したわ。
そして、外装式のラムジェットエンジンをブリッジの両側に取り付けられるようにしてるから、最大巡航速度は時速600kmを地上50mで出せるわよ。30分だけだけど」
絶対に乗りたくないぞ。
カンザスのように内部の人間に対して加速度を抑制するような機構は設けていない筈だ。まるで巡航ミサイルに乗ってる感じになると思う。
「それって、メイデンさんは知ってるんですか?」
「知ってるも何も、メイデンのリクエストよ」
それなら仕方がない……。皆の表情はそんな感じに見えるな。
メイデンさんならと俺だって思うもの。
とは言え、そうなると救援に駆けつけるラウンドクルーザーがもう1隻増えるわけだ。それがガリナムならば、かなり巨獣との戦いを有利に運べるな。
ある意味、戦鬼以上の働きを期待できる。
「しかし、クリスの姉様はとんでもない人物じゃな。確かに軍では弾かれる訳じゃ」
そんな達観したローザの言葉に、全員が頷いてるのも問題だぞ。
「少なくともスコーピオの幼体が現れた時には使えそうね。後2年はないはずよ」
「12騎士団の1つが、エルトニア王国の依頼を受けて拠点作りを始めているそうよ。基本は頑丈な砦と言う感じらしいわ。
スコーピオとの戦に駆けつけた騎士団に効率よく資材を補給する為の基地って感じね」
となると、俺達の弾薬が問題になりそうだな。
要請があることを考えて、先方にコンテナで送っておくのも手かも知れない。