117 秘密は良くない
商会の連中と打ち合わせた内容を、夕食が終った後で皆に披露した。
明日は高速艇でローザとエミーが王都に出掛けるらしい。
早速動くようだ。
フレイヤとクリスが一緒に出掛けるのは、改修中のヴィオラ2艦の状況を確認したいということなんだけど、たぶん買い物がしたいんだろうな。誰もが疑いの眼差しで2人を見ていたからね。
「基本規格を100tコンテナにするのね。寸法次第ではかなりの改造になりそうだわ。でもそんな改造を必要とするのは大規模騎士団だから問題ないでしょう」
「バージの荷降ろしが1時間も掛からないなんて……。まさに革命ですね」
そんな話で盛り上がっている。
新たな西桟橋の用途については、桟橋の半分を民生用と商会で分ければ問題ないだろうと言う結論だ。長さが1km以上だから500mずつ区分けしても色んな建物が出来そうだ。学校の運動場は桟橋の下に作れば良いというアイデアまで出て来た。
桟橋から落ちないかと心配するよりは、体育館4個分程の空間を提供して運動場にした方が安心できる。
ドロシーに皆の考え方を整理して貰って、計画書をまとめ上げた。商会の提案は盛り込まれているから問題は無さそうだ。
中継点の主は俺ということで、皆の手伝いは期待できないんだけど、意見だけはしっかりと言ってくれるんだよな。
「ドロシー、これをマリアンに送ってくれ」
『了解です。……送信終了しました』
次ぎは8日後に出航のようだ。
エミー達もそれまでには帰ってくるだろう。
カテリナさんは、珍しくベレッドじいさんと協力して作業を進めているようだ。俺達が出航してもベレッドじいさんのところの工房で製作を続けるのだろう。
ガリナムの近接防御である多脚の先端部分は、重ゲルナマル鋼で作っていたらしい。
俺の刀と同じ材質だ。一撃で首を刎ねられたのは、多分にベレッド爺さんの腕とその金属の賜物に違いない。
多脚に使用する重ゲルナマルは、通常使われるクロマリン合金よりは遥かに強靭だ。
加工が面倒でなければこの世界にかなり普及してるのだろうけどねぇ。俺達は十分な量の重ガルナマル鉱石を持っているし、ベレッド爺さんを長とするドワーフの腕は優秀だ。それほど時間を要せずにカンザスの多脚式走行装置を作り上げてくれるだろう。
そんな訳で、昼は穴掘り。そして夜はドミニク達との暮らしが続く。
賑やか担当のフレイヤとローザがいないから、リビングはいつも静かだ。
ライムさんが作ってくれたブランデーの水割りを飲みながら、ヴィオラ騎士団の館内放送を楽しむ。
相変わらず王国内の噂話をネコ族のお姉さん達が教えてくれるんだけど、今夜の話題は……、どうやら人気アイドルが闇討ちされたらしい。
被害は顔に青アザが出来ただけらしいから全治3日にもならないだろうけど、犯人は捕まっていないらしい。
『……ということで、今回も迷宮入りにゃ。王都の仕置き人はいつも皆の味方にゃ!』
仕置き人ねぇ……。報酬を貰って、相手を襲うのかな?
強盗というわけでもないんだろうけど、フレイヤ達はだいじょうぶなんだろうか?
「だいじょうぶ。王都の仕置き人は騎士団を襲うことは滅多にないわ。行動を起こす前に騎士団に連絡してくれるの。自浄努力で何とかしなさいということなんでしょうね」
「それでも改善が見られない時は、行動を起こすのかい? どっかの正義の味方を自負してるのかねぇ」
「怖い目に会わせられるかもしれないけど、かつて死んだ人はいないわ。それだから王都の警邏も犯人探しに本腰を入れないんでしょうね」
一度会ってみたい気もするな。
俺だって少しは正義の心を持ってると思ってるから、仲間に入れて欲しいところだ。
ん? ひょっとしてそんな連中が彼等に協力してるんじゃないかな?
法では裁けなくとも、恨みを晴らす手段があるなら民衆の不満は大きくはならないだろう。案外王族達も関与してるなんてことがあるのかもしれないな。
「戻って来れたということは、会議は順調だったと?」
「リオの所領なんだから、本来はリオが出掛けないといけないのよ。まぁ、今回は中間決算の報告と来訪する騎士団の確認だからリオでは荷が重いということで出掛けたんだけど……」
ドミニクトレイドラは、ラズリー達との会議に出掛けたようだ。
中間決算が、赤字だったら困ったことになるんだろうな。商会が少しは補完してくれるだろうけど、場合によっては権利の一部を放棄せざるを得ない事だってありそうだ。
「とりあえずは黒字よ。安心していいわ。それとサーペント騎士団のような悪名のある騎士団の来訪も予定に入ってないわ」
ライムさんが2人に運んできたワインのカップを傾けながら、ドミニクが教えてくれた。
取り合えずホッとした。せっかくここまでやってきたんだからね。
「まだ記憶は戻らないの?」
突然、レイドラが聞いてきた。
その意味を考えながら、ヴィオラ騎士団の艦内放送を停める。
果たしてどこまで話してよいものやら……。だけど俺を仲間に入れてくれたんだからな。それにいつまでも隠せるとも思えない。
それにカテリナさんにいたっては、俺以上に俺を知っているようにも思えるんだよな。
「元々記憶喪失では無かった……。と言ったら驚くかい?」
問いに問いで返した俺を、驚いたような表情でレイドラが見詰めてきた。
ドミニクは表情こそ変えないけど、ワインから俺に視線を移している。
「記憶は極めて曖昧なんだ。ひょっとしたら、俺はこの世界の人間じゃないんじゃないか? と思う時がある。
3年前にヴィオラ騎士団に拾われた時から前の記憶は、精々10日程の記憶でしかない。それ以前の記憶は皆無だ。
いや、皆無と言う訳ではなく、どこか違う世界で暮らしてきた記憶がある。バージのコンテナ化はその世界では当たり前に行なわれていたものだ」
「この世界に元々私達はいなかった。遥か昔に移民船で遥かな星の彼方からやってきたそうよ。
私達の故郷は地球と呼ばれていたわ。その地球から間を大きく開けて2回の移民が行なわれたの。
私やドワーフ族、そしてネコ族等の人間族以外の種族は、第1回移民の子孫。そして人間族は2回目の移民の子孫よ。
その違いは生物的な遺伝子変異を許容するか否かの違い。ある意味宗教的な戒めね。
私達竜人族は、この荒地を開発する為に最初に自らの体を変異させた人間の子孫なの」
たぶん、開発に行き詰まったんだろう。
人間の身体機能を一部放棄して、何かを高めたんだろうな。
そんな竜人族によって開発は進められ、やがて軌道にのったということか?
「粗食に耐える体を持ち、長く働ける寿命を得た私達は、この世界で広く勢力を伸ばしたわ。この世界は我等の物……。先祖はそう思ったでしょうね」
だが、そうはならなかった。原因は巨獣だな。
「荒地を開拓し、更に北を目指した時に巨獣が現れた。巨獣に何とかして討ち勝とうとしたけれど、その戦いに勝つことはできなかった。私達の祖先は都市を放棄して町を作り、やがて町を放棄し、村を作ったわ。……今では人間族の片隅で暮らしているの」
栄枯盛衰は世の習いって奴かな。
巨獣さえいなければ……、か。
その後に、次ぎの移民が巨獣を狩りながらマンガン団塊を採掘する手段を考えたんだろう。
となると、この荒地に埋まっている戦機はレイドラの祖先が作ったものという事か?
だが、それでも巨獣を倒して自分達の都市を守れなかったということになる。
その時、戦姫は誰が動かしたんだろう? いや、遺伝子改変をすることで、レイドラの祖先は戦姫を動かせなかったんじゃないか?
「戦機は私達の祖先が作ったものよ。私達なら問題なく使えるけど、人間族が長く使うと遺伝子が暴走するわ」
「レイドラは戦機を動かせるってこと?」
俺の問いにレイドラが頷いた。
だが、レイドラは動かさない。自分達の祖先はそれを使って巨獣と戦い、そして敗北している。その記憶が彼女を躊躇わせているのだろうか?
「でも、戦姫は違う。あれは私達よりも前にこの地を訪れたものだわ。それを操縦したのは、たぶん人間族そのもの。だから戦姫を長く乗っていても遺伝子暴走は起こらないの。でも……」
「後から来た人間も少しずつ遺伝子が変異したってことか……」
人間族といえども、この世界で暮らす内に遺伝子が変わったという事だろう。
老化を抑制して200年を生きられるぐらいだからね。かなりオリジナルの遺伝子をいじってるんじゃないかな?
そんなことだから、入植当初は動かせた戦姫を、今では最初のローザのように動かせるだけになったんだろう。
この世界の人間族で戦姫を動かせる者は、ローザが最後の1人なのかもしれないな。
「それを知ると、さっきの疑問が生まれる。戦姫を意のままに動かせるリオは何者なのか?」
「たぶん、俺にも分らない。1つだけ確かなのは、どうやら人間族ではないようだ。カテリナさんは俺が擬態していると言っていた。一度フレイヤの農場で擬態が解かれたらしいんだけど、どうやったら解けるか分からないし、その後に元の姿に戻る方法さえ分からないんだ。アリスがその辺りを制御してるとは思うっだけどね」
「それでも、私は構わない。戦姫を動かせるのは純粋な人間だけ。それが擬態であろうとも、人間であることに変わりはないわ」
そう言うとレイドラは目を閉じた。
我思う……。の考えならば、俺は人間なんだろう。
そう考えるなら、アリスだってドロシーだって人間になる。
そこに有機体と無機体の違いはあるが、互いに理解しあえるなら問題はないんじゃないか?
かなり体をいじられた記憶はあるが、元は有機体の体だ。
アリスによれば、少しずつナノマシンに寄って変えられたらしい。案外人間とは何かを定義するのは難しいのかもしれないな。
「1つ教えてくれ。竜人族の記憶は共有化出来ると聞いたんだけど……。本当なの?」
「大きな1つの意識体として種族の記憶は共有化されるわ。それがどこにあるかは分らないけど、必要な事は教えてくれるの」
超生命体なんだろうか?
種族の記憶を全て持った1つの意識体というのは概念では分るが、殆ど神そのものと理解した方が良いんじゃないか?
それは膨大なデータベースなんだろうな。
必要に応じてそれを種族の者に伝えるんだろう。
この中継点の発見には、レイドラの神託があったとドミニクが言っていたが、正しくレイドラは巫女そのものだ。
ただし、俺の目の前にいる巫女は未来を見るのではなく、遠い過去を見る違いはあるけどね。
「俺の秘密だったけど、いずれはエミーにも話さねばならないな」
「まだだったの!」
俺の言葉にドミニクが驚いた。
「早く話しておいた方が良いわ。それで離れるようなら、ちゃんと暮らせるようにしてあげれば良いわ。でも、エミーはリオを選ぶと思うわよ」
それはどうか分らないけど、やはり話しておくべきだろうな。
そんな事を考えながら、ブランデーを飲む。
「ところで、ドミニクに質問があるんだけど……。俺の給料ってどうなってるの?」
「ちゃんと、騎士の給与を払ってるわよ。ボーナス込みでね。例の工事のアルバイトも現場監督が評価して支払ってくれてるわ。半額はマリアンがピン撥ねして工事の人達のサービスに使ってるけど、それは我慢して欲しいわ」
ちゃんと出てたのか。結構貯まってるんじゃないかな?
貴族として貰えるものは中継点の運営費に回しても良いけど、自分で稼いだものがあるなら問題ない。
カタログショッピングが楽しみだ。
ドミニク達との生活も悪くはない。
カテリナさんもずっとラボに閉じこもってるから、いつも静かに眠れるんだよね。
それでも3日も過ぎるとちょっと心配になってきた。
あのラボで倒れてるなんてことは無いだろうけど、何か新しい物でも見つけたんだろうか?
カンザスの多脚はベレッドじいさんの方に作業が委任されたみたいだから、それほど急いで行うような仕事はないと思うんだけどねぇ。。
明日は、エリー達が返ってくるということで、ドミニク達は次ぎの航行の打ち合わせに向かった。
俺1人でスクリーンに通信販売のカタログを表示して眺めていると、俺の横にカテリナさんがするりと座り込んできた。
テーブルにあった俺のタバコを目聡く見つけて、1本取り出し火を点ける。
そんなカテリナさんを見て俺もタバコに火を点けた。
「しばらくですが、何か発見でも?」
「発見と言うより、試行錯誤の世界に浸ってたわ。どうにか、1週間まで漕ぎつけた……。でも、やはりそれ以上はね。これは神の世界への挑戦なのかもね」
生命を実験してたのか……。
カテリナさんが出来ないとなると、この世界では無理と言うことになるんだろうな。
ちょっと寂しくなってきた。
「でも、まだ諦めないわ。最後の1つは残してあるもの」
「ひょっとして無性生殖ですか?」
俺の言葉にカテリナさんがニコリと笑みを浮かべた。
卵子を精子に変化させるなら可能だろう。その精子に俺の遺伝情報を書き込むつもりのようだ。
「それは、最後の手段になるわ。今までに例が無いわけじゃないしね。でも、私の矜持がそれを拒むのよ」
矜持というより、科学者としてのエゴなんだろうな。
一度、課題を見つけたら、何とかやり遂げなくちゃ気が済まないんだろう。
その過程に倫理上の問題があろうとカテリナさんは気にも止めないだろう。それがカテリナさんらしいところだ。
だからこそ、俺達はカテリナさんに託している。
別に俺達は善人じゃない。かといって悪人にはなろうと思っていない。
ごく普通の人間なんだから。