109 ガリナム合流
2時間ほど経ったところで、1匹のドレスダンサーは完全に動きを止めた。巨体に群がるプレーとワームが蠢く姿で、全く別の生物のようにも見える。
もう1匹の方は2km程離れたところで、プレートワームの群れを踏み潰しているように見えるが、体のあちこちにプレートワームがしがみ付いている。
このまま、時間が経てばこっちの方もかなりの痛手を負うんじゃないかな?
「もう1匹もダメージを受けてるみたいですね」
「先が見えた感じだな」
俺の言葉に、ブランディーグラス片手に仮想スクリーンを見ていたアレクが呟く。
「問題はこの後よ。こっちの画像を見て頂戴。更にプレートワームが上陸して来てるわ。この群れがドレスダンサーを食べ尽くした後が問題ね」
俺とアレクが目を見開いた。いったいどれぐらいの数になるんだ? 海岸が真っ黒に見える!
ドレスダンサーを食べたところで海に帰ってくれれば良いのだが、逆に東に向かうと厄介だ。バージターミナルとの距離はおよそ100km。奴等には2時間の距離だからな。
だが、明日になればガリナムも揃うことになる。
テンペル騎士団達と合わせて4隻だから、それなりに弾幕を張ることが出来るはずだ。
「どちらにしても、あれを食い尽くしてからになる。1日は休めるんじゃないか?」
アレクの言葉は、他人事だな。
その体では戦鬼に搭乗することも出来ないから、高みの見物となってるんだろうけど、俺は当事者なんだよな。
「まあ、明日の楽しみってことだな。俺は、部屋に戻るよ」
アレクが車椅子を操作して部屋を出て行った。
少し恨めしく思いながらもアレクが出て行った扉を眺めているところに、フレイヤがやってきた。
「明日は忙しくなるんでしょう? なら、今夜は早めに休まないとね」
微笑みながら俺の腕を取る。
風呂に入ってひと眠りってことかな?
夕食までには間があるから、しばらくはフレイヤ達と付き合うのも良いだろう。
カテリナさんは、俺に背中を向けてスクリーンに見入っている。
フレイヤと一緒にジャグジーに入っていると、カテリナさんが俺達の間に割り込んできた。
「どう? ちゃんと効いてるでしょ」
「癖になったら困ります。朝晩で服用してますよ」
「なら、まだまだ大丈夫ね」
そう言って、俺に腕を絡めてきた。まったく歳を感じない。肉体年齢はバイオ工学でどうにでもなるんだろうが、心の加齢は隠せない筈だ。だけどカテリナさんは、何時でも俺より少し年上の女性をイメージさせる。
ジャグジーをしばらく堪能したところで、2人を伴ってベッドに向かう。夕食までの2時間ほどが睡眠時間になるのかな。
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ぐっすり寝込んだ2人をそのままにして、衣服を整えるとリビングに向かった。
ライムさん達はいないみたいだな。
自分でコーヒーを入れると、マグカップを持ってソファーに腰を降ろす。
タバコに火を点けて外を見ると、カンザスは停止しているようだ。
此処でガリナムを待つのだろうか?
生まれ変わったガリナムを早く見てみたいものだ。今頃は全速力で移動してるに違いない。
「ドロシー、現在のプレートワームの数は分るか?」
『推定数、約1300。第2軍の上陸は終了した模様です。こちらは2500と推定します』
合計で3800? 前より多くなってるな。
次の群れが出現しない事を祈るばかりだ。
4隻で砲撃を加えたとすれば、40門近い一斉砲撃を浴びせられる。一度に100匹近く倒せるんじゃないか?
シリンダー型の自動装填装置をどの騎士団も採用しているから、6射は出来る筈だ。
一旦退却して砲身冷却を行い、再度攻撃。上手く運べば3回はそんな攻撃が出来る。
もちろん数が減ったり散開すれば、それだけ一斉砲撃で倒せるプレートワームは減るだろう。
明日だけで、半減出来るのだろうか?
デイジーのレールガンのマガジンは、アリスと同じく20発入りだ。予備を2個所持しているから60発を放ったところで一旦後退しなければならない。
デイジーに更に予備弾装を持たせるか。
アリスは亜空間に詰め込んでいけるだろう。ムサシにも頑張って貰わねばならない。
俺達を越えて行ったプレートワームは、戦機に始末して貰うことになるだろう。
50mm砲を装備した戦機が20機近くいるんだから、バージターミナルに着く前には全て倒せるに違いない。
リンダをバージターミナルの桟橋に置いておくのも手だな。40mm滑腔砲の威力は驚くばかりだ。
円盤機での爆撃もやらないよりはいい。テンペル騎士団と合わせて6機あるんだから50kg爆弾を18発は落とせる。
最初の爆撃では群れを散らすだけだったらしいが、群れが散開すれば俺達の攻撃が楽になる。
「あら? 1人なの」
俺の隣にフレイヤがやってきた。ようやく目を覚ましたみたいだな。
「ああ。2人とも寝ちゃったからね。カテリナさんはまだ寝てるの?」
「ええ、ぐっすりよ。余程疲れてたんでしょうね」
「全員が揃ったら、明日の戦いの打ち合わせだ。数は多いけど、カンザスは強力だ。それに明日にはガリナムも合流する」
「それそれ、クリスが言ってたわ。かなり過激なお姉さんらしいわよ」
そんな事を言って、ミニバーに歩いて行く。何か飲み物を探すんだろう。
確かに、あのお姉さんは戦闘狂みたいだからね。どんな操船をするんだか、ちょっと楽しみではある。
フレイヤがコーヒーカップとサイホンをテーブルに置くと、俺のマグカップにコーヒーを注いでくれた。自分のカップに残りを注いで、少しの砂糖を入れて飲み始める。
コーヒーは甘いに限るのだが、他人の好みに文句を言うつもりは無い。たっぷりと砂糖を3杯入れて飲み始めた。
「明日で終るのかしら?」
「分らない。現在でも、後から現れた群れと合わせれば4000近くになるようだ。何とか4隻の艦砲で潰せれば良いんだけどね」
何としても潰さねばならない。
折角、バージターミナルが形を現してきたのだ。
これ位の脅威を撥ね飛ばさねば、このターミナルを利用する騎士団が減ってしまうし、王国からの投資もままなら無いだろう。
脅威が去った後で、バージターミナルの防衛をテンペル騎士団が考える筈だ。それまでは、この地を紹介した俺達が防衛に協力せねばなるまい。
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次の日の朝食後、カンザスの隣にガリナムが停船した。
テンペル騎士団から円盤機で、騎士団長のユーリーさん達がカンザスにやってくる。
艦長と騎士団長、それにカテリナさん達が集まっての作戦会議だ。
俺の考えは、朝食を取りながらドミニクに話しておいたから、のんびりとソファーでタバコを楽しみながら結果を待っている。
エミーとローザ達は俺と一緒にソファーに座っているけど、どうにも会議室が気になるようだ。
展開したスクリーンの画像を眺めながらも、ついつい入口の扉に目を向けている。
「だいぶ増えているのう。2匹目も瀕死のように見えるぞ」
「ああ、昨晩で1匹は食われたようだ。もう1匹も噴出す体液でプレートワームが滑っているぞ」
大食漢だな。少なくとも2千tはあったと思うんだが、今朝はその姿が半分ほどになっている。
あのまま最後まで食い尽くしてくれると良いのだが、どうなんだろう?
『警告。プレートワームの3つ目の群れが上陸しつつあります。推定約1500匹です。繰り返します……』
急いでもう1つのスクリーンが俺達の前に展開された。
浪打際から続々とプレートワームが上陸してくる画像が映し出された。瀕死のドレスダンサーから西に数km程の地点らしい。
「まずいな……」
「ヴィオラも呼ぶべきじゃったか!」
ヴィオラは速度が遅いからねぇ……。来るまでには更に3日は掛かるだろう。
さて、騎士団長達はどんな作戦を考えるのかな?
そんな時に俺の携帯の着信音が鳴りだした。
ベルトのケースから取り出して電話に出ると、レイドラからだった。
俺達を呼んでいるようだ。
いよいよ作戦が決まったらしい。電話を切ると携帯をケースに戻しながら立ち上がった。
「お呼びだ。どうやら作戦が決まったらしい。ブリーフィングに入るそうだ。出掛けるよ」
「作戦等、無いように思えるがのう……」
そんな事を言いながらもローザが立ち上がる。
エミーは黙って俺の後に付いて来た。
会議室の扉を開けると、大型スクリーンが展開されている。
その前にカテリナさんが立っている所を見ると、説明してくれるらしい。
「空いてる席に座って、早速今後の作戦を説明するわ。
先ず、現状でのドレスダンサーに関しては脅威の対象から外して良いでしょう。
1匹目は半分食われたし、2匹目もこんな感じよ……」
カテリナさんの説明によると、作戦決行は深夜になる。
時間はある程度前後するとのことだ。これは、2匹目のドレスダンサーが死んでから始めるためにそうなるらしい。
「プレートワームの総数は5千程度に増えてるわ。大きな餌があるからそうなるんでしょうね。
ドレスダンサーに群がっているから、円盤機で爆弾攻撃を行ないます。距離があっても反復攻撃で群がっているプレートワームを叩けるわ。今夜中に5機で3回は出来るわね……」
円盤機の1機はバージターミナルの連絡用に使うらしい。残りの5機となれば、50kg爆弾を45発か。確か150kg爆弾もあったから、それも落とすべきだろうな。
画像解析をドロシーに任せればかなり正確な敵の被害が分るだろう。
「明日の早朝からはテンペル騎士団の砲撃を行なうわ。1門当り30発はあるそうだから、敵から5kmの距離で6発ずつ交互に撃っていけばかなりの効果を与えられるわ……」
砲門の数を考えると、1度に放つ砲弾は48発になる。たぶん4回で終わりなんだろうけど、合計392発になる。炸裂弾でも当れば1撃で倒せるだろうし、至近弾でも相手を傷つけることは出来る筈だ。
残り1シリンダー分の砲弾を残して、バージターミナルの守備に後方に向かうらしい。
その後は、アリスの出番だ。
地上2m程の高さで最大弾速でレールガンを放つ。秒速6kmの弾丸が敵を貫通して行くだろう。その上衝撃波のおまけ付きだ。
そのまま、海辺方向から奥を攻撃し続けるのが俺の役割らしい。
「デイジーにムサシ、それとリンダの戦機はこの前と一緒よ。プレートワームの群れの側面をなぞりながら砲撃を続けるわ。そして、ガリナムは……」
何と、単独行動敵を攻撃するらしい。時速60km以上で地上を走る駆逐艦だからな。
近接防衛用の秘密兵器を搭載したらしいから、良いチャンスだとメイデンさんが微笑んでいる。
「ダメ元で使ってみるわ。ダメと判断したら、急いで逃げるだけの足がガリナムにはあるわよ」
そんな事を言ってるけど、アリスで緊急介入するような事態が起こらなければ良いんだけどね。
「ウエリントン王国も今回の事態を重視しているわ。第3軍の一部がやってくるわよ。でも、到着は早くて3日後になるわね。それまでには何とかしたいものだわ」
「たまたま私達がこの地にバージターミナルを作っていたから、これだけの騎士団が集まっていますけど、それが無い場合はプレートワームの群れがウエリントン王国に押し寄せたでしょうね」
ユーリーさんがそんな事を呟いて、温くなったコーヒーを飲んでいる。
テンペル騎士団がこの地にバージターミナルを作ったのが原因なんて言われたらたまったものじゃないからな。
王国に被害が及べばそんな輩も出るに違いない。
王国としても、このバージターミナルの利権がある以上、巨獣襲来は無視できないということだろう。