105 違和感が告げるもの
「リオ殿のおかげで、かなり先行工事が捗っています。それで、今回は……」
現場監督の話を休憩所で聞きながら、図面をエミーと眺める。
どうやら、前回作ったトンネルを北にそのまま伸ばして、西の桟橋の北側に連結する考えのようだ。
「分りました。とりあえず、前回のトンネルをそのまま延ばします。俺達2人だけですから、自走バージと獣機の方はよろしくお願いしますよ」
「抜かりは無いです。こいつらが直ぐに向かいますから」
そう言って奥の3人組みを指差した。
あの連中だな。人の良さそうな連中だからありがたいな。
そんなことで、穴掘りが始まる。先は長いけれど、アリスとムサシのイオンビームサーベルで簡単に岩盤がくり抜かれる。
直径15m程のトンネルを俺達は少しずつ北に伸ばしていった。
昼食はいつものように居住区の食堂で食べる。
少し量の少ない料理を頼むと、ネコ族のお姉さんが料理を運んでくれた。
チラリとお姉さんの顔を見ると、トリスタンさんのところで見かけたシリルさんだ。
確かに此処なら、新たな住人を見るのに都合が良いだろうな。
そうなると、シリウスさんはどこにいるんだろう?
気ままに西の桟橋を歩いていれば、その内見掛けるかも知れない。
そんな工事を手伝って、夕刻に俺達はカンザスへと引き上げた。
まだ、皆は戻っていないようだ。
エミーと一緒に軽くジャグジーで汗を流すつもりだったが、その後でベッドに向かってしまった。
今度こそ帰ってるかな? とリビングに向かうと、やはり誰もいない。
考え込んでいた俺の隣を、服を持ったエミーが自分の部屋に足早に帰っていく。
やがて、服を着替えて軽くメイクを施したエミーが、リビングに顔を出した。
やはり、皆が戻らないことに不思議な顔をしている。
俺がソファーに腰を下ろすと、エミーがコーヒーを作ってくれた。
俺の前にマグカップを置くと、カップを持って俺の隣に座る。
「どうしたんでしょう?」
「そうだな。ドロシー、何か知ってるか?」
『原因は、レイトン博士の採掘場所にあるようです。王国軍の駆逐艦がヴィオラの獣機を乗せて午後に向かいました。場所は……』
端末が遠隔操作されてスクリーンが展開する。
確かに何か掘り出しているようだ。簡易な防護服を着てカテリナさんまで作業を眺めているぞ。
その獣機が発掘しているものは……何と、戦鬼だ。
灯台下暗しなんだろうけど、こんな場所にあったとはね。
誰も帰って来ない筈だよ。
「どうやら、新しい戦鬼が見付かったみたいだ。全員が発掘現場に行ってるんだろうね」
「戦鬼というと、アレクさんが乗っていた機体ですね」
「ああ、これでヴィオラ騎士団には戦鬼が2機になる。次が見付かったら、ベラドンナ騎士団に引き渡すことになるだろうな」
アデルも喜んでいるに違いない。
これで、次の戦機は間違いなくベラドンナ騎士団のものだ。
現在2機だけど、同盟を解消するころには数機を持つ騎士団になるんじゃないか?
アレクもカンザスの船室に乗船しているんだが、まだまだベッドから出られないらしい。現役復帰は無理でも俺達の助言者にはなれる。ずっと巨獣と戦ってきた経験は貴重なヴィオラ騎士団の資源でもある。
扉がノックされてリビングに入ってきたのはクリスだった。
俺達2人を見つけると、早速俺の隣に座りこむ。そんなクリスにエミーがコーヒーを運んで来た。
ライムさん達はどこかに出掛けたようだな。
「ありがとう。……もう、凄い騒ぎよ。他の騎士団の連中も見物してるみたいだから、戦機出動する始末なの。これで戦鬼が2機になるのね」
「たぶんベラスコが乗るんじゃないかな。新しい騎士をまた探さなきゃね」
そんな光景を見ていると、やがてクリスが俺に寄り添ってくる。
しばらく帰らないんなら、する事は1つだな。
クリスを抱き上げると、エミーを連れて部屋に戻った。
そんな行為が終ると、衣服を整えてソファーに戻る。
ちょっと顔の赤い2人にワインを持ち出して飲んでいると、ライムさん達がリビングに現れた。
「遅くなったにゃ。皆にお弁当を届けてたにゃ」
そう言い訳すると、直ぐに夕食の準備を始めてくれた。
「てっきり、リオ達も知ってると思ってたわ」
「穴掘りだからね。通信は最低限ってやつなんだ。でも、これで戦力が充実してきたな。ローザ達だっていつまでいてくれるか分らないからね」
「その話だけど、リンダに部下が付くらしいわよ。巨獣との先頭経験を持つ騎士は貴重らしいわ」
「確かに、王都にいればそんな経験は皆無だろうな。でも、リンダがいなくなるとローザは悲しむだろうね」
ところが話を聞くとそうでは無いらしい。
ローザをこのまま置いておいて、新たに2人の騎士を派遣してくるらしいのだ。
その辺りは、まだ計画段階らしいが、いずれ近い内に正式にヴィオラ騎士団に連絡されるだろうとクリスが言っていた。
リンダは軍内部で昇進するんだろう。2人の騎士を部下に持って、巨獣との先頭経験を積ませるのだろうな。
中々王国軍も考えているようだ。
エルトニア王国の被害をウエリントン王国も真剣に受止めているって事だろうな。
3王国の間に同盟はあるんだろうけど、自国の軍で対処出来ないという事はそれなりに恥ずべき事なんだろう。
巨獣相手にどう戦うのか?
これは経験しなければ分からない事だ。
それに、巨獣の群れを初めて目にして、恐怖で体がすくんでしまうのも困る話だ。
それを考えると、巨獣と遭遇してもそれなりに対処できる騎士団に騎士を預けて経験を積ませる事は理に叶っている。
スクリーンを見ると、どうやら採掘が終ったようだ。獣機は群がってバージに戦鬼を乗せている。
あと少しで帰ってきそうだな。
そして、今夜からカテリナさんとベレッドじいさんが忙しくなるに違いない。
俺達は明日の朝からまた穴掘りだ。
2人を誘って、寝室に向かう。
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真夜中に、ふと目が覚める。
いつの間にかエミーを押しのけて隣にフレイヤが俺に抱きついていた。
そっと、体を起こすとリビングのソファーに座る。
何だろう?
あの違和感に近い感じがする。確か、感覚を広げるようにしろとカテリナさんが言っていたな。
どうすれば良いのか分らないが、とりあえずその感覚の原因を探るべく思考を広げていく。
艦内……、中継点内……、領内……。
どんどん感覚を広げていく。
これか!
「アリス。俺の感覚を感知できるか?」
『問題ありません。バージターミナルのおよそ500km西の海岸です』
端末を操作してバージターミナルを表示すると、そこから海岸伝いに西へと画像を移動する。
そこに映し出されたのはおびただしい海生巨獣の群れだった。
「ドロシー、急いで幹部を招集してくれ!」
『了解です』
ドロシーの言葉が終らない内に、けたたましい、緊急警報が艦内に鳴り響いた。
『緊急事態発生。幹部は速やかにカンザスの伯爵居住区に集合せよ。繰り返す……』
たちまち目を覚ました皆が、そのまま部屋を飛び出してきた。
さすがに裸では来ないようだ。夜着やバスローブを着込んでいる。
最後に、カテリナさんがピンクのハートマークが沢山付いたパジャマ姿で現れた。ローザだってそんなのは着ていないぞ。
「どうしたの?」
「これを見てくれ!」
スクリーンの画像を簡単に説明する。
まるで、スコーピオの群れのようにも見えるが明らかに形が異なる。
「これはプレートワームね。厄介な相手よ」
カブトガニみたいな形状をした拡大画像を見て、カテリナさんが言い切った。
直ぐに端末を手元に引き寄せて自分のラボの電脳にアクセスする。
プレートワームの3D画像がスクリーンに映し出された。
「こんな形の生物よ。たまにウエリントンの西の浜辺で目撃例があるんだけど、こんな群れを作るとはね」
「危険な生物なんですか?」
「ええ、海の掃除屋だから。……1匹なら、向うが逃げていくわ。でも群れとなると凶暴になるのよ。自分たちより遥かに大きな獲物にも集団で襲い掛かって倒すと言われているわ。全長500mを超えるナガスゴンドウさえ取り付いて食べ尽くすのよ」
何かどっかで聞いたような名前だな。
だが、画像で見る限り、プレートワームは直径20m厚さ5mの円盤型の体形に多脚を持った生物だ。
口は下に付いているんだろうな。大型の巨獣さえも倒せるんだから大きな顎も持っているんだろう。
「問題は、バージターミナルね。確かに少し近いわね」
「でも、500km近く離れています。とりあえずの危険は無いんじゃなくて?」
「あれは時速40km以上で移動するの。バージターミナルまで半日の距離だわ」
「直ぐにカンザスを出航させましょう。カンザスなら時速500kmで移動できますから余裕で救援が可能です」
俺の言葉にドミニクが頷く。
「レイドラ、至急準備して。そして、メイデンさんに連絡。座標を示して先に出発して貰いましょう」
此処からの距離はおよそ3千km。ガリナムが全速力で向かえば3日はかからないだろう。
だが、それでも2日以上掛かることには変わらない。
携帯でレイドラが連絡を取ると、皆は自分の部屋に消えていく。
たぶん着替えるんだろうな。これから直ぐに出航だ。
ドミニク達はエミーを連れてリビングを出て行った。残ったのは俺とローザ達にカテリナさんの4人だ。
「まあ、到着は朝食後になりそうじゃな。リンダ、もう一眠りじゃ」
ローザは眠いようだな。時間は確かに午前3時過ぎだ。
リンダも俺達に頭を下げると、ローザの後に付いて行った。
ライムさん達も俺達にコーヒーを出してくれた後は部屋に戻ってる。
残ったのは、俺とカテリナさんだ。
「リオ君と一緒だと退屈はしないわね」
「でも、前回のカテリナさんの教えに従って今回は早めに気が付きました。感謝します」
「それなら、対価を払って貰おうかしら? ちゃんと飲んでいるの」
そんな言葉を言いながら俺に微笑んだカテリナさんを抱き上げると、俺の部屋へと運ぶ。
でも、このパジャマ……、ちょっと違和感ありまくりだよな。
俺達がベッドで体を重ねる頃に緩やかな振動が伝わってくる。
カンザスが動き出したようだ。
「此処にいてもだいじょうぶなんですか?」
「真直ぐ飛んでいくだけでしょう? すこし傾くかもしれないけど、それもおもしろそうだわ」
そう言って俺の胸に体を預ける。
明日は、大掛かりな戦闘が始まりそうだけど、こんな事をしていても良いのかな?
そんな事を頭の片隅に止めながら、カテリナさんを抱きしめた。