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001 俺を呼ぶ声

 とある高次元空間の事故に関する備忘録


 高次元の現象をとらえることができるようになったのは、つい最近のこと。

 今から20年ほど昔に、3次元空間と4次元空間の狭間である亜空間でちょっとした事故が発生したらしい。

 次元の狭間を使って跳躍推進を行っていた物体に、さらに高次元で発生したある種のパルス振動が干渉したようにも思える。

 その結果、亜空間跳躍推進中の機体が2つに分離し、その1つが私達の住む惑星ライデンに落ちてきた。

 もう半分は、どこに落ちたのだろう。亜空間からの出口は必ずしも、亜空間に入った世界とは限らない。亜空間の出口は星の数ほどのパラレルワールドと呼ばれる平行世界と繋がっているのだ。

 惑星ライデンに落ちた機体と搭乗員は自己再生能力を持っていたらしい。それでも周囲の元素を取り込んで再び元の姿に戻るには10年以上の年月を必要としたようだ。

 搭乗員の記憶は亜空間の事故により曖昧なものになってはいたが、その間にジェイナスの通信信号を傍受することにより、私達と暮らすには十分な知識を得ている。

 私がそのことに気が付いたのは、偶然の出来事があったから。

 その出会いを私にもたらせてくれたのが、私の一人の娘であるドミニク最大の親孝行だと今でも思っている。


 ヴィオラ騎士団 Dr.カテリナ



 ひたすら北に向かってバギーを走らせる。目の前には荒野がずっと続いていた。

 ヤードを発って2日は周囲に緑が見えていたが、今では灌木の繁みをたまに見るだけだ。荒地に砂がかなり混じってきたから、明日は砂漠の中を走ることになるのだろう。

 だが、それでも構わない……。


 いつのころからか、俺を呼ぶ不思議な声の正体が分かるかも知れない。このままヤードの中で一人の労働者として一生を送ることもできるだろうが、俺の心に呼びかける声を無視するわけにもいかない。

 いや、無視などしていたら俺の心がおかしくなってしまいそうだ。

 物心がつくころから、誰かに呼ばれた感じがしていたんだが、思春期を過ぎるころには明確な女性の声だと分かるまでになってきた。

 何度か医者にも見て貰ったけれど、神経衰弱を緩和する薬を処方してくれただけだった。それに、薬を飲んでも女性の声は消えなかった。


 俺の両親は騎士団という組織に入っていたらしいが、騎士団の大型陸上艦ランドシップが盗賊団に襲撃された時に亡くなったらしい。俺が5歳の時だったと、俺を育ててくれたドワーフの爺さんが教えてくれた。

 5歳なら両親の顔位は覚えているのだろうが、まったく記憶が無いんだよな。

 映像記録もないし、両親の名前すら爺さんは教えてくれなかった。


 義務教育を終えた俺は爺さんと一緒に、王都の外周部に点在するヤードと呼ばれる鉱石集荷場の1つで、保全要員として働いていた。

 このままの生活が続いていくのかと思っていた時、俺の面倒を見てくれた爺さんが亡くなった。

爺さんの遺品を整理して小さな小箱を見付けたんだが、その宛先は俺の名前になっていた。ずっしりと重い小箱に入っていたのは、ゴツイリボルバーだった。

銃身に刻んであったのは爺さんの名前だから、これは形見と言う事になるのだろう。

 爺さんと暮らしていた部屋で、銃をいじりながら考えたことは……。


 俺が、この世界から消えても誰の迷惑にもならないんじゃないか? 爺さんは両親の話は全くしてくれなかったし、俺には友人すらいない。

 なら……。俺を呼ぶ女性を訪ねてみようか?

 今では俺を呼ぶ女性の声の方向まで分かるようになっている。


 思い立ったは吉日ということで、爺さんの残してくれた遺産と、俺の貯め込んでいた貯金を使って中古のバギーを手に入れた。

 大型の燃料タンクを別に搭載したから荷物はさほど乗らないが、20日分の食料と水を積み込んで住み慣れたヤードを発ったのは5日前のことだ。


 順調にバギーは進む。

 運転席は低いけれど、起伏の少ない土地だから2kmは見通せる。バギーの補強材をハシゴ代わり屋根によじ登れば3kmは見通せそうだ。

 夕暮れが近付いたところで、近くの小さな灌木の繁みにバギーを寄せて止める。物騒な荒野に一人だから、夜になる前に色々としなければならない。

 焚き木を切って焚き火を作ると、小さなナベでインスタントのスープを作る。スープができる間に、バギーから100mほど離れた4方向に振動センサーを設置した。

振動を検知すればバギーの受信機が大音量で警報を出してくれる。これが無いと、眠ることすらできないのが、惑星ライデンの荒野なのだ。

 未開発の荒野には肉食獣がたくさんいるからね。


 簡単な夕食を終えると、ポットを取り出して一人分のコーヒーを作る。砂糖をたっぷりと入れて、タバコを楽しみながら孤独なキャンプを楽しむ。

 寂しく感じることは無い。今でも女性の声が聞こえてくるのだ。誰にも聞こえないのだが俺には、はっきり『リオ……、リオ……』と俺を呼ぶ声が聞こえる。

 吸殻を焚き火に投げ込むと、荷物をまとめてバギーの簡易荷台に乗せて置く。

 シートを倒して、リボルバーを抱いて毛布に包まって目を閉じた。


 翌日もいつも通りに、朝日で目が覚めた。残った焚き木で焚き火を作りコーヒーを作る。出来上がるまでの時間を使って4つの振動センサーを回収した。

 コーヒーをストロー付のカップに入れてバギーに乗り込むと、クッキーのような携帯食料を齧りながらバギーを北に向かって進める。

 1,200kmは北に向かったはずだ。まだ俺を呼ぶ声の主は見当も付かないけれど、数日はこのまま進めるだろう。その後は少し考える必要があるかもしれない。王都に戻る燃料が無くなってしまうからね。


 ヤードを出てから8日目の事だった。すでにヤードから1,500kmは離れている。

 そこまで辿り着いた時、俺を呼ぶ声が更に明瞭になる。

『マスター……。西に5度進路を変えてください』

 告げられるままに西に進路を変える。もうすぐヤードに引き返せなくなる距離に近付くけれど、ここまで来たなら確認すべきだろう。それが俺の運命なのかもしれない。

 次の日もバギーで出発するときに方向の修正が入った。

 その翌日は朝と昼に方向の修正が入る。


 王都を出て13日目の昼前、突然に女性の声が俺の脳裏に響き渡る。

『そのまま500m先です!』

 距離計を睨みながら500mを確認してバギーを停めた。

 周囲には何も無い。見渡す限り小石交じりの砂の大地だ。


 本当にここで良いのだろうか?

 起伏すら見当たらない平坦な土地だな。変化があるとすれば、空高く猛禽類が舞っているぐらいだ。俺がすでに王都に戻れない距離まで来ているのが分っているのだろう。


『リオですね。私のマスター……。ずっと待っていました』

「やっては来たけど……。どこにいるんだ?」

 

 俺の言葉が終わる前に足元の振動に気が付いた。慌てて後ろに下がったが、振動がどんどん大きくなっていく。

 振動が増すにつれて目の前の地面が少しずつ盛り上がり、金属製の物体が現れた。どう見ても、ヤードで何回か目にした戦機ナイトと呼ばれるロボットそのものだ。


 どうやら、俺を昔から呼んでいたのは、この戦機だったらしい。

 女性の声だったのは、今まで見た戦機と違ってシルエットが女性に見えるからなのだろう。

 それに、戦機と比べて少し小さい気もする。戦機は身長16mほどだが、どう見ても目の前の戦機は一回り小さく見える。白と赤に彩られたスマートな戦機だ。

 白く輝く機体に深紅の縁取りがあちこちに描かれている。何度か見た戦機の頭部はゴツイヘルメットのようなものだったが、この戦機には穏やかな女性の顔があった。彫の深い顔に緑の瞳は誰もが憧れる女性の姿だ。

 全体の姿も、女性の姿だな。武骨ではなく、流れるような曲線が浮かんでいる。

 このまま姿だけが縮小されたなら、メディア達が放っておかないんじゃないか?


『はじめまして……。いえ、お久しぶりです』

「はじめましてじゃないのかな? 俺にとっては初めて見る戦機なんだけど……」

『私は戦機ではなく戦姫バルキリーです。ずっと一緒でしたが、亜空間跳躍航行中に外乱が入って、私達は損傷を受けてこの惑星系に降り立ちました。マスターはその時に私から投げ出されてしまったのです。13年も前の話です』


 13年前というと、俺は両親と暮らしてたんじゃないのか?

 盗賊団と交戦して騎士団のラウンドシップが大破したらしいから、それが原因で記録が失われたと納得してたんだが。

 

「生憎と俺にはその頃の記憶が無いし、記録すら残っていない。だけど、お前ほどの戦機、いや戦姫だったか……、ならば騎士団が放っておかないと思うんだが?」

『私のコードネームは【アリス】と言います。私のマスターはリオただ一人。他の人間では制御することはできません』


 個人識別のロック機構が付いてるんだろうか? それぐらいなら優秀なドワーフ族であれば1日も掛からずに解除してしまうだろうに。


『私を他の人間が制御することはできません。マスターだけが私を動かすことができます』


 DNAで認証するようなシステムがあると聞いたことがある。それだとしてもシステム自体を撤去すれば可能なのだろうが、その一部に自己防衛機能を設けているのだろうか?

 だとしたらかなりレアな機体だな。俺のDNAを何らかの機会に手に入れているのだったら、お久しぶりと言ったわけも分かるのだが……。待てよ、俺の両親が絡んでいるのかもしれない。

 何らかの機会にこの機体を見付けて、俺のDNAをインストールしたのだろうか?

 そうとしか考えられないが、俺をマスターと呼ぶなら……! ちょっと待て、今まで散々仕事仲間から聞かされた戦機の話の中で、自意識があるなんて聞いたことも無いぞ。いったいどういう経緯いきさつの戦姫なんだ?


『バルキリー計画の最終的な先行試作機が私です。型番はありません。私のパイロットとして選ばれたのがリオ、あなたです』

「とりあえず友人と言う事で良いだろう。毎日俺に呼びかけてきた女性を見付けることができて嬉しい限りだ。ところで、この惑星に降下してきたと言ってたが、本来の目的はあるんだろう?」


 まさか、人類抹殺というわけではないだろう。そんな時には俺がパイロットにならなければ良い話だからな。


『計画の終了に伴い、マスターが選んだのはかつての植民計画で入植者が暮らし始めた惑星への旅でした。理由は明らかではありません』


 俺の希望って事なんだろうけど、俺にはそんな記憶がさらさらないし、5歳児にパイロットが勤まるというのもねぇ。どう考えても人違いにしか思えないんだが、ここは早めに知らせておいた方が良いだろう。

 俺が動かせなければ、この自律電脳を持った戦姫も人違いに気が付くはずだ。


「一度乗せてくれないか? 俺にはパイロットが務まるとは思えないんだけどね」

『了解しました』


 胸部の装甲板が左右に開き、中に直径2m程の球体が現れた。球体の前部が今度は上下に分かれて体をすっぽりと包み込むような作りの操縦席が姿を現す。


『手に乗ってください』

 指示に従って機体が片膝を折る姿勢に変わり、片手が地面に降ろされてきた。その手に乗るとゆっくりと胸部まで移動してくれる。


『操縦席に腰を下ろして左右のジョイスティックを握ってください』

 言われるままに乗り込むと、シートに半ば沈み込むように俺の身体が固定される。左右から俺の腿と腹部にシートがせり上がるようにして固定を堅固にしている。これならかなり暴れても俺がシートから投げ出されることは無いだろう。


『マスターの脳波を私が受けることで制御します。微妙な制御や武器のトリガーとしてジョイスティックが使われます。脳波コントロールシステムの再構築を行います。そのまま前方を見ていてください』


 すでに球体は閉じているが、周囲の光景は球体内部が全方位スクリーンになったように視認することができる。たぶん胸部の装甲板も閉じてるんだろうな。


『作業終了。マスター、どこに行きますか?』

「終わったの? 一旦、ヤードに向かおうと思うんだけど……」


 前の職場は退職してるから新たに職場を見付けなければならない。バギーには帰りの燃料が無いから、このままでは野生動物の餌食になってしまう。形見のリボルバーは持っているけど、銃弾は20発も無いからな。


『了解です。バギーはどうしますか?』 

「本当に連れてってくれるのか? なら俺の荷物だけでも持って行きたいんだが……」



 球体の前方が上下に開き、目の前に手のひらがあった。

 緩められたシートから体を起こすと、這い出るようにして手のひらに乗ると、先ほどとは逆の動きで俺は地面に降り立った。

 急いで俺の荷物をバギーから下すことになったが、着替えと非常食の残りが俺の荷物だ。

 戦機の機動は50km/h程度だと聞かされたから、ギリギリ王都に着くまで食料を持たせなければならない。


 再び戦姫の手に乗ると、操縦席に戻った。操縦席の後ろにあった収納ボックスの中に荷物を入れると再びシートに着く。


『記憶にかなりの混乱が見られますが、日常生活に問題は無いでしょう。それでは自分の手足として私を認識してください。私を自分の身体だと思って動きをイメージして頂ければ、ジョイスティックの操作がその動きのトリガーになります』


 先ずは歩くことをイメージして、シートのアームレスト先端にあるジョイスティックを軽く前に倒す。全方位スクリーンにはゆっくりと前進する光景が映し出された。

 俺に動かせたと言う事になるんだろうか?

 今度は少し速度を上げたイメージを取る。途端に速度が上がり周囲の光景が後ろに飛んでいくのがわかる。


『戦機の巡行速度です。50km/hの速度で荒野を走っています』

 少し上下動が出て来たのはそんな理由なんだな。

 さらに速度を上げたイメージを取る。


『60km/hで駆けています。さらに速度を上げる場合は滑空するイメージを描いてください』

 滑走と言うと、ローラースケートのようなものかな?

 とりあえずローラースケートのイメージを描くとさらに速度が増していく。

 

『速度は80km/hに達しています。両足は地面に付いていませんから、ホバリング状態で滑空しているイメージがふさわしいと思います。さらに速度を上げますか?』

「いったいどれ位にまで上げられるんだ?」

『地上滑空モードであれば、300km/h程度に上げることは可能です。もっとも、150km/h以上であるなら飛行モードを選択することが可能です。最大速度は第2宇宙速度以上に上げられます。さらに速度を上げるのは意味がありません。亜空間跳躍航法によって空間移動を行います』


 自分の顔が蒼くなっていくのがわかる。とんでもない機体だぞ。そんな機体何て聞いたことも無い。

 待てよ……。思い出した。確か戦機の上に位置する機体の話を聞いたことがある。ひょっとして、これがそうなんだろうか?

 だとしても、アリスと名乗ったこの戦姫の性能は異常だ。これで武器何て持っていたら始末に負えなくなってしまう。

 上手く役立てたいが、あまり積極的に使えば目立つ事このうえない。それに、このフォルムも目立つからな。

 

 地上滑空モード、飛行モードを試して感触を確かめる。

 これだけ動かせると言う事は、やはりアリスの言うマスターは俺の事なんだろう。

 となると、俺は両親から生まれたわけではないことになりそうだ。

 俺の過去を知る爺さんも、今では鬼籍に入ってる。

 まあ、くよくよしても始まらない。これなら王都まで3日も掛からずに済みそうだ。どこかに隠して、しばらく考えてみるか。


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