第2話 ユータ女神に出会う
気が付くと知らない部屋で寝ていた。
部屋全体としては白で統一されている。
地球儀のような物とモニターが斜めに置かれた事務的なデスク。読めない文字で書かれた本が詰まる本棚。デスクの横にはH〇とロゴの入ったワークステーションがおかれ卓上のモニターにつながっている。
デスクの前には長めの机に椅子が対面するようにいくつか置かれていた。
居酒屋で飲み潰れて誰かに運ばれたのか?
二日酔いは……なし!? こんなことは初めてだ。さすが俺の肝臓。いつもご迷惑をおかけして申し訳ありません。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
てか、ここどこ? ずいぶんきれいな部屋だけどGESUどもの家じゃないよな。あいつら汚部屋だったし。
「気が付かれましたか? 中条悠太さん」
デスクには一人の女性がいた。
さらりとした銀髪、整った顔をし、美女といっても差しさわりないだろう。
「あなたは死にました。急性アルコール中毒が原因です」
「死んだ?」
俺が死んだ? 俺が?
確かに二日酔いはないが……二日酔いは筋肉ムキムキのおっさんでも死にたくなるような苦痛を味わう。しかも大抵のものは懲りずにまた酒を飲むのだ。
「本当に?」
「ええ、見てみますか? これです」
見てみる? 何をだ?
美女がモニターを俺のほうに向ける。
まず映されているのは俺が救急車で運ばれているところだった。AEDかなんかでバンバンされてるな。口にも何か突っ込まれてる。
それを見て俺の足は勝手に震えていた。
次に映し出されたのはどこかの葬儀場だった。
あれは俺の葬式か? 教授やGESUどもがいる。
両親が泣いている、姉さんも泣いている。姪っ子よ、叔父さんの顔をぺしぺし叩くのはやめてくれ。そんなことしても叔父さんは起きないよ。あ、姉さんがとめてくれた。
ドッキリじゃない? 俺は本当に死んだ? あんな馬鹿なことをして、それで死んでしまったのか?
気が付くと俺は膝を着いて泣いていた。
もうあいつらと話すことも、バカ騒ぎすることもできないのか? 親父と酒を飲むことも、母さんの料理を食べることも、姪っ子を抱き上げ「大きくなったね」と姉さんと話すことも。
この間までできたことがもう――できないのか。
「あ、あああ……」
失ったモノの大きさを知り、口からは勝手に嗚咽がもれる。
俺は泣いた。泣き叫んだ。
後ろから女性に抱きしめられているのを感じたが、俺は気にすることなく泣き続けた。
銀髪の女性は俺が泣き止むまで俺を抱きしめ続けてくれた。
「もう、大丈夫です。すみません……」
泣き止んだ俺は抱きしめてくれている女性にそう伝えた。体に触れていた温かさが消える。少し残念に思ったのは内緒だ。
「気にすることなどありません。悲しい時は泣いて良いのです」
女神だ、女神がいる。
「私は中条悠太です、既にご存知でしたね」
「私はこの世界の管理者です。神のようなものだと思ってください」
うすうす思っていたけど本当に女神様だったとは。
「女神様、ここはどこですか?」
「私の部屋です。立ったまま、というのもアレですので。どうぞ座ってください」
部屋って……確かにそうなんだけどさ。もっとこう他にもいろいろ無いの? 時空の狭間とか。
言われるままに椅子に座る。すごく座り心地が良い。教授がゼミの予算で買った高級な椅子より良いかも。あれも高かったみたいだけど。
「ここは私たち管理者の世界ですよ。そこにある私の部屋です。どうですかデザインは? 結構気に入っているのですよ」
「良いと思いますよ」
床まで白くて白過ぎるとか殺風景だとか思ったけど、言えない言えない。女神さまが気に入っているデザインにケチなどつけられる訳がない。
「そうですか……」
やめて、そんな悲しそうな顔しないで女神様。てか心が読めるなら先に言って欲しかった。抱きしめられてるとき、最後の方にイロイロ考えちゃったよ。
「そうですか、白過ぎですか……」
やばい、なんかぶつぶつ言ってるぞ!
とりあえず話を変えよう。
「どうして私はここにいるのですか?」
「え? はい。あなたは選ばれていたので権利が与えられています。権利をどうするか聞くために呼んだのです。あともっと楽に話して頂いても良いですよ?」
いや、神様相手にそれは無理ってもんですよ……こういう場合に本当に楽に話して問題が起きなかったためしもないし。
「権利、ですか?」
「はい、記憶を持ったまま、今の姿で異世界に転生するか。地球で輪廻の輪に入り生まれ変わるかを選ぶ権利です。転生するのはいわゆる剣と魔法のファンタジーですね」
「魔法が有るのですか!」
魔法だと? それは行くしかないな。アニメとかでみて憧れていたモノの一つだ。
こんなことが起きるなら、ビール片手にもっとアニメをたくさん見るべきだったな。
「魔王とかっています?」
魔王と闘うなんて嫌すぎる。これは聞いておかないと。
「いますよ、ですがあなたの思っている魔王ではありません。魔王とは魔族の王にすぎませんから人間の王と変わりません。人族、魔族のほかにもエルフ、ドアーフ、獣人、妖精などもいますがこちらで言うところの皮膚の色だと思ってください。あと選ばれたと言っても別に何かして欲しい訳ではありません。好きに生きてもらって結構です、宝くじにでも当たったと思ってください」
自由に生きていいとは最高かよ。ならば、聞くべきことはあと一つ。
「チートは! チートはもらえるのですか?」
「はい、いくつかお渡しします。最初のころはなかったのですが皆さんすぐに亡くなっちゃうので見ていて面白くないのですよ……あ」
異世界は結構厳しいようだ。
まあそれも当然だろう、チート無しに現代日本人が異世界で生き残れる訳がない。
屈強な軍人さんでも兵站なくしては戦えないのだ。いくらサバイバルの訓練を受けていても植生も違う異世界に放りこまれ、生き延びることができる人間は少ないだろう。
ちょっと待て、いま面白いとか何とか言ってなかったか? 俺の人生は女神さまの娯楽ですか……そうですか。
「こほん、我々も暇なのですよ……この世界も向こうも基本的には保守運用はほぼ自動化されていますし。このことは内緒ですよ? チートに色を付けてあげますから」
「わかりました」
アイアイ女神様。このことは墓まで持っていくよ。そのかわりチートはよろしく頼みますぜ。
「とりあえず、向こうの世界の説明を続けますね。あちらの世界での種族に関しては先ほど説明したとおりです。ダンジョンなどもあります、ダンジョンマスターもいます。ダンジョンはいろいろな資源が湧く場所と認識してもらって結構です。生物の能力は種族レベルと職業レベルによって決まると思ってください。種族レベルが基本値だとすると職業レベルが+αです」
「なるほど」
なかなか面白そうな世界ですな、ゲームみたいで。
「では中条悠太さん、あなたは転生されますか?」
いまさら聞くなんてひどい女神さまだ。答えは決まっているじゃないですか。
「はい、よろしくお願いします」