第三話「仄カナ灯火」PART2
「武装神父の一個小隊ですか……? いえ、この教会自体、来客は久しぶりです……こちらにはいらしておりません。一応、女神様の加護のおかげでスライム共は寄り付かないようですが……最近はめっきり神に祈りを捧げる者も減って来ており……嘆かわしい限りです」
そう言って、ハサウェル神父が嘆くと、レインも難しい顔をする。
「武装神父一個小隊がまるごと行方不明なんて……相応の腕利き揃いで、新型の対スライム用装備も揃えた精鋭部隊のはずだったんですが……そんな彼らが本部に連絡すら出来ずにって事ですよね……この街に、何がいるんでしょう? これは相当、闇が深いような気がしますね」
考え込むように、タライから立ち上がって腕を組むレイン……どうでもいいから、向こう向きなさいよとサトルも思うのだけど、当人はむしろ、堂々としたものだった。
むしろ、変に意識しているサトルの方が負けだった。
「そ、そうだねぇ……そうなると……良くて捕縛でもされたか……最悪、奴らに食われたのかもしれないな。連中にとって、死体も残さず消しさるなんて、容易いことだろうから。ハサウェル神父、とにかく情報が欲しい……解る限りで良いから、現在のこの街の状況を教えて欲しいんだが……」
「私もここに立て籠もっているようなものなので、市井の事はあまりくわしくありません。たまに敬虔な信者の方が食べ物を喜捨していただけるおかげで、何とか食いつないでおります……ただ、町長は確実にクロですね。傭兵や用心棒を雇って、私兵を揃えているという話です。……それと警備隊の総隊長もおそらくは……。他には、町中に愛玩用スライムがこれでもか、とばかりに蔓延ってますね。ここもまるで、監視するように奴らが定期的に集まって来ます」
「そうだね……ここに来るまでに何匹も始末したよ……あれはいわば、奴らの監視網のようなものだからね……愛玩用なんてとんでもない……見かけ次第、即座に殺していかないといけない」
「……小さくても化物は化物と言うことですな……あれ、意外に塩が効くのをご存知でしょうか? 塩撒くだけでも追い払えますし、地面にまいておくと避けて通るみたいです」
「……へぇ、初耳だ……考えてみれば、ナメクジみたいなものだからねぇ……」
……そんな風にあまり実りのない会話をハサウェル神父と続けているうちに、レインがお風呂から上がってきたので、照明もない暗く荒れ果てた教会の片隅で、三人でランタンの明かりを囲んで、食事を始める。
食事はそこら辺に生えていた雑草を塩水で煮込んだスープとカチカチのパンと一切れの干し肉。
……それでも、神父の身なりからするとなけなしの食料を分けてくれたという事が解り、サトルもレインも何も言うことはなかった。
レインあたりは……ここに来るまでに、お腹が減っただの色々言っていたので、何か言いたげではあったのだけど……自重するくらいの分別はあったらしい。
「教団の支援は、さっきも言った武装神父小隊を当てにしてたんですけど……この分じゃ当てになりそうもないですね……サトル様、これからどうしましょう?」
レインが途方に暮れたように、サトルに尋ねる。
風呂上がりの彼女は、肌艶もよく、髪の毛もサラサラ……さすが、十代前半……などとくだらない感想をサトルは抱く。
「そうだねぇ……この街をちょっと偵察しておきたいし、街中にいる監視スライムを夜の間に、少しでも削っておかないと面倒だ……そう言えば、アメリア達支援班はどうなんだい?」
「アメリア姉様達は、サトル様の装備のテストや戦闘データを取るのが主目的なんで、すでに飛行艇プライマリウスにて、安全圏へ離脱して待機中です。強襲用の転移魔法は街に張られた結界越しでも問題なかったし、装備の方も擬態種のスライム相手に想定以上の効果を発揮しましたからね……サトル様も本来の姿にならずとも十分奴らと戦えることが実証できました。実戦テストと言うことなら、もう十分みたいなんですけどね……計算外だったのはこの街の汚染状況が想定以上に酷いって事です」
「スライム共と一戦交えただけで、引き上げるとかそりゃないだろう……悪いけど、僕はこの街からスライムを駆逐するつもりだ……レインもアメリア達と合流して引き上げてもらっても構わない」
「駄目ですよ……サトル様は人間を傷付けられないんですから、ちょっと強い用心棒とかが出てきたら、アウトです」
「……スライムだと知った上で、協力する人間なんているのかなぁ……。」
「それがそんなに珍しくもないんですよ……傭兵とか冒険者って、金払いさえ良ければ、雇い主がなんだろうがお構いなしですからね。それに……家族がスライムだったと解っても、情で不条理な行動に走る方というのはいますからね……逆恨みして襲い掛かって来た事例なんて、いくらでもあります。」
「まったく、やりきれないね……確かに僕は対人戦は出来ないからね……せめて、戦える仲間がいれば、もっと楽なんだけどなぁ……」
「わ、私だってイザとなれば、サトル様の剣として戦えますからっ! こう見えても結構強いんですよっ!」
そう言って、錫杖を構えるレイン……少しは戦えると言いたいらしいのだけど。
身長140cm程度の小柄のレインに負けるような冒険者や傭兵なんているのだろうか? ……そんな風に思う。
その点を鑑みると、昼間のマクミリア卿辺りは、正義感と常識を兼ね揃えたよく出来た人物だった。
何より彼女は相当な使い手……改めて、協力を打診しても良いかもしれない……そんな風にサトルも思う。
「……っと、誰か来たな……そこで止まれ! 何者だ?」
サトルが誰何の声をあげると、全員が教会の入り口に目線を向ける。
そこには、敵意はないと言いたげに両手を上げながら、ゆっくりと入ってくる兵士がいた。
「兵士殿……こんな夜更けに当教会に如何なご用向きでしょうか?」
ハサウェル神父が二人の前に出て、兵士に尋ねる。
「申し訳ない……私は、警備隊のダニエル伍長と申します。あなた方に折り入ってご相談がありまして、無礼を承知で伺わせていただいた次第。少しお時間よろしいでしょうか?」
実直な雰囲気の若い下士官……確か、マクミリア卿の副官だったとサトルも記憶していた。
「……さっき、詰め所にいた兵隊さんだよね? どうしたんだい……そんな血相を変えて……何があった?」
「はっ! 実はマクミリア隊長が先程の一件で、総隊長と町長に直談判をするとおっしゃられて、一人出掛けられてしまって……それっきり、夜になっても戻ってこないのです!」
ダニエル伍長の話を聞いて、サトルは眉をしかめる……実質、敵地に単身殴り込みに行ったようなものだった。
実直そうな人物だとは思っていたが……真正面から行くなんて、どう考えても無茶が過ぎる。
「……マズイな……一人で行くなんて、なんて無謀な……何故止めなかったんだ?」
「わ、我々もお止めしたのですが……なにぶん、実直な方でして……」
「……サトル様!」
「うん、こうなったら今夜、いや今すぐ仕掛けるしかないな……レイン、すまんが手伝ってくれ! 支援班へも連絡を頼む……可能なら人員を寄越した上での直接支援も検討してくれと伝えて!」
「解りました! 直ちにっ! そうなるとプランFですかね……?」
レインもすかさず、通信の札を取り出し、後方への連絡を始める。
プランFは事前に決めていた作戦プランのひとつ。
……端的に言ってしまえば、この街の制圧プランだった。
問題はこちらの兵力が圧倒的に足りない点だが……警備隊の浸透状況から、どうもまだまだスライムの数は少ないらしい……非戦闘員中心の支援班では心許ないが、いないよりはマシだった。
「そうだね……プランF想定での作戦行動を開始する旨、伝えて欲しい!」
「サトル様! わ、私めもお供させていただきます!」
ハサウェル神父がそういうとサトルは、手で遮る。
「ありがとう……気持ちだけで嬉しいよ……ハサウェル神父にはこの教会を拠点として確保しておいて欲しい。
教団のサポート部隊が直に出向いてくるはずだし、武装神父も生き残りがいればここを目指すだろうからね。
そう考えると実に重要な役目じゃないか……ひとつよろしく頼むよ」
そう言われては、ハサウェル神父も引き下がるしか無かった。
ペコリと一礼をし、祈りを捧げる……。
応えるように頷くとダニエル伍長に道案内を頼むと、サトルとレインは夜の街を走り出した。
次回、第4話「巣食うモノ」
アルタンシアの闇との決戦です。