第七話「宰相フランネル」PART6
「ガズマイヤー様のご采配だ……仕方あるまい……奴は奴で勝手にやるそうだ。どのみち、大人しく命令を聞く者ではないからな……好きにさせるつもりだ」
「冗談じゃない……あいつ、危うくこのボクの宿主まで殺す所だったんだ! フランネルも早くアイツを殺す方法を見つけてくれよ……ガズマイヤー程度の小物はいつでも処分できるけど、アイツだけは無理だ……」
「そうであろうな……それもいずれ考えておかねばならんな……それと女神の使徒はどのような人物なのだ? 貴様の印象で構わんから聞かせるがよい」
「そうだねぇ……スライムを殺す……その為だけ戦ってる。そんな感じだねぇ……はっきり言って、ぶっ壊れてる。誰か身内か恋人でも殺されてるのかな? レベル5の事「お姉ちゃん」って呼んでたし、アイツと何か関係あるのかもしれないね」
……使徒の多くは、地球世界を由来とするものが殆どだった。
けれども、彼らの多くはその類まれなる能力や女神の授けた異能を持つのだが、精神的に脆弱なものが多かった。
人を殺した経験もなければ、戦った経験もないものもいる……右京のような者は例外だった。
それを考えると、そこまで殺意に満ちていて、不動と思えるほどの意志を持つ使徒と言うのは異質だった。
だが……女神ははっきり言って、何でもありに近い……。
敢えて過酷な体験させ、一度精神的にぶち壊して、その上で再生する……そんな手口も女神ならばやりかねない……。
「……なるほど、読めてきたな……女神も相変わらず非道な真似をする……」
フランネルへ無言で頷くことで、右京は同意を示すと話を続ける。
「まぁ、モノ自体は……竜人族って知ってるだろ? あいつらに近い……その中でも炎龍に連なる炎龍人って奴だ。
はっきり言って、かなり厄介な相手だ。おまけに、お供の女共がすげぇんだ……化物みたいに強い女剣士と冗談みたいな回復魔法を使う神官……神官の方は四六時中付き纏ってて、半死人を生き返らせる位の凄腕だ……あんなのがくっついてるんじゃ、あの使徒を仕留めるには一撃で即死させるくらいでないと駄目だ。けど、竜人を一撃で殺す方法なんて思いつかないよ……手足もいだって、すぐ生えてくるんだろ? あいつら……だから、今すぐボクに殺せって言われても、そんなの無理だと答えるよ」
「そうか……ならば仕方ないな……右京、貴様の任務に修正を加える……使徒の捜索、接近後は隙を見て暗殺するよう下命していたが、当面正体を悟られず接触を続け、監視するに止めるのだ」
「……ありゃ、やけに物分りがいいね……確かに殺すのは難しいけど、別に不可能だとは言ってないよ?」
「なぁに……逆に利用してやろうと思ってな……あの女神のやる事だからな……一度や二度殺しても蘇ってきてもおかしくなかろう?」
「確かに……それも不思議じゃないね。そうなると、女神の意思に屈する事にでもするのかい……確かに今回の使徒はかなり厄介そうだし、ガズマイヤーみたいなクズ……ぶっ殺すなら、むしろ手伝ってやりたいって思うけどさ……そんな簡単に諦められるとボクの立場がないなぁ……」
「……だからこそ、貴様が間近で監視するのだよ……それに、そう言う事ならば、簡単に死なれてはむしろ困る……」
「ふぅん……良く解らないけど、真逆のことをやれと? まぁ、ボクはフランネルの言う事に従うつもりだ。君の理念は実に面白い……ほんのひと時の完全平和を演出する……か、けどこの調子だと、その前にこの世の地獄って奴が先に出来上がるんじゃないかな?」
「それでも……やらねばならん。……この世界の者達は女神のせいで、平和と言うものを知らん……故にその尊さを理解しようとしない。このままでは永遠に戦いの歴史を繰り返すだけだ……それではあまりに救いがない。
だからこそ、歪だろうが演出されたものであろうが、戦いの果てに勝ち取った真なる平和と言うものを人の世に知らしめる必要があるのだ……」
「やれやれ……そして、帝国や君はその礎となる……か、それ本気で言ってるんだから始末に負えないね」
「1000年もこんな世界で生きてみろ……エルフ共のように自分の興味以外のすべてから関心を無くすか、私のようになる……」
「不老不死か……君も厄介な贈り物を頂いたものだね……ご同輩として心から同情するよ。
……ともかく、君の意思は了解した……共に平和な世界を築くために……ふふん、まるで正義の味方みたいだね……ボクたちは……。そうは思わないかい? 使徒フランネル様」
嘲笑うかのような右京の言葉に、フランネルは苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
「私を……使徒などと呼ぶな」
血が滲むほど強く握りしめた拳。
そして、吐き出すようなその言葉には、静かな深い怒りが湛えられていて……右京も思わず息を呑む。
彼と女神との間にどんな確執があったのか……右京にはうかがい知る余地すらないのだが。
それ故に彼は決して、妥協することはないのだろう……右京は、少なからぬ憐憫の想いを抱いた。
「フランネル……君はこんな格言を知ってるかい? Fiat justitia, ruat caelum……君にピッタリの言葉だ」
「たとえ自らが滅ぶようとも、正義だけは果たさなければならない……ラテン語の格言だな……悪くない……私の墓碑銘にはその言葉を刻むとしようか」
「ははっ! 最高のジョークだね! では、仰せのままにしよう……正義は我らと共にあり……なんてね! おやすみ……フランネル」
最後に満面の笑みを浮かべて、右京との映話が途切れる。
フランネルは、何度目になるか解らない……深い溜め息を吐いた。




