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第七話「宰相フランネル」PART5

 不意に……フランネルの頭脳に一つの計画がひらめく。

 

「……考えてみれば、これこそ僥倖と言えるではないか……まずは、サルイーンにもう一通書簡を送るとしようか」


 そうひとりごちるとフランネルは、手紙をしたため始める。

 その内容は対スライム毒の分析とそれに伴い、気体化や量産が可能かどうかの打診だった。

 

 フランネルの計画の最終段階では、ガズマイヤーを含めて、すべてのスライムを排除する予定だった。

 

 かねてから、その排除方法を思案していたのだが、敵の方からその解決策が転がり込んできたのだ。

 これを利用しない手はなかった。

 

「ふむ……素晴らしいな……それに、女神の使徒か……ことの成り行き次第では、彼らにも役目を与えるとしようか」


 フランネルにとっては、スライム共はもちろん、自らの手で築き上げたと言える帝国ですら、その理想実現のための道具のひとつでしか無かった。

 

 たとえ短い期間であっても、構わない……女神の干渉の結果ではなく、人々の手によって争いのない平和な世界を築き上げる。

 

 フランネルの長年の夢がそれだった。

 

 人々が平和を当たり前として謳歌出来る時間。

 それは、ほんの10年足らずでもいい……ほんのひと時の平和を演出する。

 

 それが素晴らしく貴重なものなのだと、人々の記憶に焼き付けることが出来、後世に伝えられるようになれば……。

 その先、女神の干渉や幾多の困難があったとしても、人はその記憶を思い出す事で、自力で平和を掴み取るよう努力するになる……フランネルはそう信じていた。

 

 ……もちろん、ただ絵空事かも知れないが。

 停滞を許さない女神の干渉で、常に翻弄されるこの世界の人々には……平和な時代の記憶というものが必要なのだ。

 

 その為に、フランネルはすべてを犠牲にする覚悟だった。

 女神が性懲りもなく介入してくるのであれば、逆にそれを利用してしまえばいい……フランネルはそう考えた。

 

 ガズマイヤーを使ったスライムによる人類の支配者層を傀儡化するプランはすでに破綻が見えていた。

 ガズマイヤー自身の覇者としての適性のなさ……スライムの持つ先天的な性質……要するに人食いの化物と言う本質。

 これらは、どう取り繕っても誤魔化しきれるものではなかった。

 

 ならば、破綻を前提にした上で、計画を修正すれば済む……。

 目的のためには手段などどうでも良かった。

 

 続いて、もう一人の刺客……五月雨右京さみだれうきょうと言う名の異世界人を呼び出す。

 

 彼女については、クリスタリアと違い、むしろフランネルに忠実だった。

 

 彼女は女神の送り込んだ暗殺者であり、その企みは寸前のところで阻止される事となった……。

 

 ガズマイヤーは、捕縛した女神の使徒たる彼女を公開処刑するつもりだったのだが。

 フランネルは、彼女の助命を進言し、自らの配下として扱うことにした。

 

 彼女は「憑依」という他者に乗り移り意のままに操る能力を持っていた……その力は敵に回すと恐るべき脅威ではあったが、偵察や暗殺にはこれ以上ない程に最適な人材だった。

 

 ……本体は現在も厳重に拘束された上に、奴隷拘束用の首枷を付けることで、いつでも殺せるようにしているのだが。

 フランネルは、彼女を自らの直属の一人として使っていた。

 

 ガズマイヤーの能力を頼るつもりはなかったので、既存の技術の応用でそのようにしたのだが、当人はフランネルの信念に賛同する所があったようで、むしろ積極的に協力を申し出てくれた。

 

 その為、彼女……五月雨右京は、数少ない信頼できる協力者という一面もあった。

 

「……まったく、誰かと思ったらフランネル。君は相変わらず、忙しいみたいだね……目の下のクマ凄いよ? たまには鏡でも見るといいよ……まるで冥府からやってきた幽鬼みたいだ」


 第一声でそんな事を言いながら、映話通信に映ったのは尖った長耳のエルフの少女だった。

 緑の長い髪を2つに分けてお下げにした……子供のような見かけにフランネルも少々戸惑う。


「気遣いすまんな……だが、私の心配なぞ無用だ……右京。貴様の首尾はどうなっている? 例の使徒の件だ……」


「……うん、ボクの今の宿主を近づかせることには成功したよ……宿主本人もボクのことは解ってないし、介入も最小限にしてるから、相手に気付かれることもない……殺れと言われたら、殺れるかもしれないけど、今はちょっと気が進まないな……殺ったら、最後……こっちも確実に死ぬ……さすがに、それは宿主に申し訳ない。」


「ふむ、そのエルフの子供が貴様の今の宿主という訳か……どのような者なのだ?」


 内心では、宿主など使い潰せば良いものを……とフランネルも思うのだが、右京は宿主となる者に敬意を払う主義らしく、決してその身を危険に晒そうとしない。

 

 実際、ガズマイヤーの暗殺未遂の際も、憑依した人間を使えば良いものをわざわざ本体で決死の暗殺を試みたくらいだった。


「ふふっ……なかなか可愛いエルフ娘だろ? ボクのお気に入りのコの一人なんだ……実力は並だけど、エルフの潜在能力は侮れないからね……成長が楽しみだよ……。

あと、この娘は一応これで成体なんだ……要するに大人なんだから、子供扱いしちゃ失礼だよ?」


「ふむ……エルフ族の事は、よく知らんが色々あるのだな……それにしても、そこは一体どこだ? 共鳴通信が安定しないな」


「なんと驚きたまえ! 高度数千メートルの空の上だよ……聖光教会も凄いね……こんな飛行艇を持ってるなんて、どおりで足取りを掴めないわけだ」


「そうか……女神の使徒の一味は空を使って移動していたのか……神出鬼没であるわけだな」


「そう言う事……スライムなんかじゃ、追いきれる訳がない……ああ、この事はクリスタリアには言わないでくれよ……はっきり言って邪魔なだけだからね……アイツ! と言うか、よりによってアイツと仕事がかち合うなんて、どう言う了見なんだよ……フランネル! ボクだけじゃ信用できないとでも言いたいのかい?」


 映話の向こう側で、右京が憤慨する……元々水と油のような二人ではあるのだ。

 実際のところ、使徒の一人たる右京を力づくで制圧して、ガズマイヤーの命を救ったのがクリスタリアだった。

 

 要するに、宿敵と言ってよかった……そんな二人を組ませたところで、足の引っ張り合いでまともな結果が得られるはずもないのだが……フランネルもその采配には疑問しか感じなかった。

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