第四話「巣食うモノ、狩るモノ」PART4
フランネルは、カズマイヤーを見ながら、小さくため息を吐いた。
いつものことながら、短絡的かつ思慮のかけらもない思いつきだった……頭のなかでさっと、オルメキア王国との戦争の結果とその影響、波及効果をシミュレートし、それが非現実的なものだと結論付ける。
もちろん、オルメキアに勝てないということはないのだが、勝ったところで得るものは少なく、被害も許容できる範囲には収まらないのは確実だった。
結果的に、それは軍の弱体化を招き、各地で反帝国勢力が決起する……そんな未来予想図を容易に描く事が出来た……。
国家単位での殲滅戦……そんなものは獣人王国バランティアの殲滅戦でもうたくさんだった……あの時も短絡的なガズマイヤーを抑えきれなかったばかりに、泥沼の殲滅戦となり……王国自体は滅ぼしたものの、各地に散らばった獣人達の生き残りは暗殺や破壊工作と言ったテロ活動と言うかたちで帝国への抵抗を続け、世の中に暗い影を落としていた。
この上、オルメキアへ殲滅戦など挑んだ日には……恐らく、その瞬間が終わりの始まりとなるであろう事は容易に予想が付いた……フランネルはそう結論づけると、静かに口を開く。
「はい……ですが、皇帝陛下。かの国……オルメキアは山岳国家故に、正攻法では我軍も相当の被害が予想されます。魔王軍の侵攻を単独で退ける程の国ですからな……一筋縄で勝てる相手ではないとご理解ください。それに例え勝ったとしても、少なくとも一個軍……下手をすれば二個軍程度の被害が予想されます。そのような被害……とても許容できるものではありません。オルメキアにそこまでして落とす価値があるのですか? どうかご再考を……」
フランネルがそう強く諌めると、ガズマイヤーは一瞬怒りの形相を露わにするのだが、そのまま無言で俯くと親指の爪をガリガリと齧りながら、暗い目をする。
傍らのスライムがピーピー騒いでいるが、フランネルは視線すら向けない……このプルトンとか言う愛玩種スライムの変種はガズマイヤーのお気に入りで、常に傍らにいるのだが……悪趣味な模様、不快な鳴き声とフレンネルとしては、全く好きになれない存在だった。
いずれにせよ……もう一声と言ったところだった。
そこでフランネルはもう一つの未確認情報を添えることとした。
「それに加えて……未確認情報ではありますが、女神の使徒の仕業だと言う報告も確認しております。女神の使徒となると……間違っても正面から挑んで良い相手ではありません。ここは軽挙妄動は慎み、慎重に対応すべきかと存じ上げます!」
ガズマイヤーは、フランネルの言葉を聞くと、ビクッと身体を震わせる……その後、膝を抱えて焦点の合わない目で、震えながら、しばらく何やらブツブツと呟いていたが、唐突に顔を上げる。
「……ああ、解ってる! 解ってるさ! フランネル! てめぇは相変わらず、口がワリィな……軽挙妄動とは言ってくれるじゃねぇか……それくらい言われるまでもねぇよ! てめぇが言うなら、そうなんだろうよ……クソッ! 忌々しい……。せっかくいい感じに俺様の世界スライム化計画が進んでたのによぉ……またあのクソ女神が背後にいるってのかよ……まだ諦めてねぇのかよ……俺様が何したって言うんだよ! 俺様のお陰で世の中平和になって、皆ハッピーになってんだぜ! 聖光教会の狂信者共だけでもウゼェのに……また使徒を送り込んできたのかよっ! フッざけんじゃねぇよ!」
そう言って、ガズマイヤーは寝台の柱に拳を叩きつけると黄金で出来ているそれがぐにゃりと曲がる……その様子に恐れを成したのか、隣で裸同然の姿で団扇を仰いでいた女奴隷が小さく悲鳴を上げて、手を止める。
「クラァッ! このクソ奴隷っ! てめぇ、何勝手に、手を止めてんだよ! アチィじゃねーか! このカスが! 俺様の言うことに逆らってんじゃねよっ!」
ガズマイヤーはそんな風に喚き散らすと、女奴隷を唐突に殴りつける。
軽く触れただけのように見えたのに、女奴隷は爆発したように、一瞬でバラバラの肉片となって辺りへ飛び散り、豪奢な寝台もその血で赤黒く染まった。
返り血を浴びたガズマイヤーは不快そうに顔をしかめる。
「……ああ、しまった……つい力入れすぎちまった……こいつ、ただの人間だったっけ。うぇ……きったねぇし、くっせぇなぁ……ああ、やだやだ……グロッ! なぁ、俺様ちょっと風呂でも入ってくるから、この件はもうお前に任せるわ……ああそうだ! 女神の使徒が現れたってのなら、クリスタリアと右京ちゃんにでも任せりゃいいよな? あいつらにやって来いって命令しとけ」
「なるほど……我が方最強のレベル5個体と恭順した異世界人ですか……確かに女神の使徒が如何に強かろうが、その二人ならば問題ありませぬな……さすがの御明断でございます」
「まかせろ俺様、天才だからな……ああ、風呂からあがるまでに、そのきたねぇベッドは取り替えとけよ……それと代わりの奴隷も……そうだな、こいつらちょっとした事ですぐ死ぬから3-4人くらい用意しとけ、あと俺様、ちょっと気分ワリィから殺しても良さそうな奴一人連れてこい……スライムと半分同化させて、なるべく長生きするようにしといてくれるといいな……まったく、ストレス解消には人間サンドバックが一番だぜ! よぉし! 久々に俺様、スポーティーに爽やかな汗でも流しちゃおっかなー!」
それだけ言うと、幾人もの奴隷と多数の愛玩スライムを引き連れて、浴室へと向かっていく帝王ガズマイヤー。
奴隷たちも鎖につながれながら、自力で歩いているものもいるのだけど……グッタリと動かず、引きずられるままの者も居た……。
彼の姿を見送ると、宰相フランネルはほっとため息を吐くと、額から流れた血を拭う。
そう……彼はこの国の要人にしては珍しく赤い血の流れる人間だった……彼は異能持ちに加え、かなり早い段階から帝王に恭順し彼をこの国の支配者に祭り上げた張本人でもあり、偏狭で疑り深い帝王が信頼する数少ない人間の一人だった。
彼のもつ異能は「不老不死」……帝国の建国以来、この国の宰相を努め続けているなかば、伝説化しているような人物なのだ。
……もちろん、彼にだって人並みの良心はあった。
目の前で繰り広げられた非道……このような事は日常とも言えた。
それに加えて、帝王ガズマイヤーの唾棄すべき性癖、激昂しやすい上に厚顔無恥と言う言葉を体現したような振る舞い……人間としては、正真正銘のグズ、支配者の器には程遠いと酷評すらしていた。
人間をゴミのように扱って平然としながらも、いくらでもいる愛玩種のスライム如きの死に涙し、一軍すら動かそうとする軽挙妄動には、呆れて物も言えない。
だが、その能力と独自の発想は目覚ましいものがあり、利用価値としては極めて高かった。
彼の考案した敵国要人をスライム化して、傀儡化する手段……これにより帝国は絶対と言っていい安全と国内の安定を手にしていた。
何より、自分がいる限り、帝国はタガが効いている状態になっている……フランネルはそう自負していた。
ガズマイヤーは自分の安全に関わる安全保障のことには敏感なのだが、それ以外の内政や国家運営については、少し小難しく説明すれば、フランネル達に丸投げしてくるのだ……ある意味御しやすい相手ではあった。
それにやり方がどうあれ、彼はフランネルが長年夢見ていた争いのない世界を作り出す事に成功していた。
自然の摂理に反する存在、人類への裏切りだと解ってはいたが、それでも今の世の中は、かつてのような戦乱が果てしなく続いていた頃よりも、だいぶマシなのだ。
女神はこの世界が安定することを好まない……停滞を嫌い、定期的にこの世界に干渉してくる。
それは良きをもたらす事もあったが、多くの人々にとって災いや不幸となる事も多々あった。
それが良いことなのか悪いことなのか……神ならぬ身フランネルには解りたくもなかったが。
……不老不死者であるフランネルは、この帝国の歴史と共に、人類の歩みに伴う幾多もの悲劇と多くの絶望を見てきた。
終わり無い戦乱。
幾代にも渡って続く憎しみと暴力の輪廻。
それを見せ続けられた事は、端的に言って、生き地獄と言って差し支えなかった。
「……摂理に反する事だと言う事くらい私も解ってるのだ……あの者が救いがたい愚物だという事も……だが、これでもだいぶマシなのだ……。女神よ……お前は愚かで浅はか過ぎるのだ……もういい加減、人類を……この世界をお前の軛から解放してやってくれ……」
宰相フランネルは、酷く疲れた顔で誰に言うでもなくそう呟いた。
ガズマイヤーの協力者にして、帝国の重鎮フランネル。
小物臭半端ない、ガズマイヤーが大帝国の帝王に至ったのは、コイツの存在が大きかったりします。
100を救う為に、10や20を切り捨てる選択を平然と出来る……彼はそんな人間です。
個人的には、こう言う善悪を超越してる確信犯的な敵って好きです。




