98.
なんでスミレの鑑定画面が文字化けしているのかはおいといて、だ。
今はアレをどうするかだな。
「あんなのが出るなんてあのドワーフのおじさん、なんて言ったっけ?」
『ダッド・リーです』
「そうそう、ダッドさんだったな。そのダッドさん、なんか言ってたっけ?」
『いいえ、魔物駆除してもらえるから助かる、とは言ってましたけど。ただ、最近は旧坑道の方には来ていないから、とも言ってましたね』
ああ、そういや最近旧坑道には行く暇がないから、俺たちが魔物駆除してくれると助かるって言ってたな。
「んじゃあ、アレの事は知らないかもしれない、って事か」
『おそらく。もし知っていれば教えてくれたと思います』
「根拠は?」
『アレはあまりにも異質ですから。私のデータにあるような普通に出てくる魔物であれば知っているものとして教えない事は考えられますが、あのようなデータバンクでも探せないような魔物であれば普通のハンターは知らない筈です』
「そりゃそうだな。俺たちハンターは彼らにとっては無償で魔物を仕留めてくれる存在だ。必要な情報を言わなくて被害を出したりしたら来なくなるし、そうなると困るのは彼らの方だからな」
いくら高値の素材が採れるとはいえ、そのために命を賭けるようなハンターはそれほどいないだろう。
むしろそこまで危険と判れば、他の依頼を受けるに違いない。
まあ、それを仕留めるための高額依頼となれば話は別だろうけどさ。
それにスミレのデータに載ってないって事は、恐らく本来はここにいない魔物か未見の魔物という事だと思うぞ。
「それで、どうする?」
『どうする、とは?』
「ここで戦略的撤退をするのか、それともアレを仕留めるために頑張るのか、って事だよ」
『その判断はコータ様ににお任せします』
「スミレ・・・・」
『私のマスターはコータ様ですから』
それにしては最近扱いが酷いと思うのは俺だけか?
「う〜ん・・・俺もミリーも魔法は使えないからなぁ。弓もパチンコも効かないとなると、俺たちには手の出しようがない気がするぞ?」
『そうですね・・・』
「とりあえず、アレのデータは取れるだけとっておいてくれよ。ついでに画像もセーブできるならしといてくれ」
画像はそのままプリントする訳にはいかないけど、薬草の時みたいに絵画っぽく仕上げてギルドに提出してもいいからさ。
ってか、その前にダッドさんに見せた方がいいか。
「コータ」
「ん、なんだミリー?」
「あれ」
あれ、と言われて指差す方を見ると、ゆっくりとした動作でアレがスミレの結界に到着したところだった。
「あのスピードならなんとか逃げられるか?」
「ちがう、あれ、見て」
「あれって?」
「あの足みたいなの、結界の中、入ってる」
「へっ・・?」
ミリーの言葉の意味がよく判らないまま俺は結界に半分張り付いているアレをじっと観察する。
ヘドロのような体のおかげでスミレの結界がどこにあるのかよく判る。
ヘドロがガラス板の上にいるような光景だとでも言えば判るだろうか?
ただし、繊毛のような蠢く足はガラスにへばりついているヘドロ体よりも内側に入って蠢いている。全部の繊毛ではないけど、これはヤバい。
「マジか・・・」
『コータ様、どうしますか?』
「アレをどうこうするような手段は俺たちにはないよ。ここは逃げるしかないだろうな」
『では--』
「コータッ!」
ミリーが叫ぶような声で俺を呼ぶ。
見ると結界内に入った部分の繊毛が少しずつ長くなってきている。こっちに向かってきている時は10センチほどの長さだったのに、今はどう見ても20センチはある。
それがこちらに向かって伸びてこようとしている。
「ミリー、逃げるぞ」
「だめ」
「ミリーッ!」
「アレ、わたしたち、にがさない」
ミリーはギッとヘドロもどきを睨みつけたまま、弓を構えている。
「どういう意味だ?」
「アレ、わたしたち、獲物に決めてる。どこみゃで、もついてくる、よ」
「なんで判る?」
「アレ、の気持ち、伝わってきた」
俺はスミレを振り返って視線だけでミリーの言葉の意味を尋ねるが、スミレは頭を横に振って返すだけだ。
「ミリーは、アレの考えが判るのか?」
「しゃべらないから、はっきりじゃない、よ? でも、気持ち、伝わってきた」
「なるほどな・・・じゃあ、アレが俺たちを捕まえたら、どうすると思う?」
「アレ、多分、わたしたち、エサ」
「食うのか? アレの中に取り込んで溶かすとか?」
「わからない、よ。アレの中、闇がある」
ミリーの言葉が少し抽象すぎて、俺には意味が伝わってこない。
「闇って、昨日採取した闇纏苔みたいなのか?」
「ん〜・・・そう、かも?」
頭を捻りながらも同意知るように頷いた。
という事は似たような部分があるという事かな?
「スミレ、闇纏苔の弱点は光だったよな?」
『弱点という訳ではありませんが、嫌光性ではあります』
弱点というほどではないけど、光を苦手としているって事か。
確か光を吸収していたんだよな。
でも範囲はせいぜい1メートルくらいだった。
じゃあアレは?
闇纏苔と違って周囲は闇に包まれる事もなく、アレの姿も認識できる。
じゃあ、闇はどこにある?
多分、あのヘドロのような部分の中にあるんだろう。
「スミレ、結界を維持したままスキルを使えるか?」
『はい、簡単なものであればできます』
「結界は? もう1枚結界の壁を張る事はできる?」
『はい』
「んじゃ、このまま20メートルほど後ろに下がってからそこにもう1枚結界の壁を展開。そうやって時間稼ぎをしている間に作ってもらいたいものがある」
「コータ、わたしは?」
言いながら後ろに下がっている俺の腕をツンツンと突ついてくるミリーに、もちろんといって頷く。
「ミリーには試してもらいたい事があるんだ」
「なに?」
「もう2−3本ほど矢を射ってもらいたいんだけど、大丈夫かな?」
「できる、よ」
「まあその矢は俺がこれから作るから、それを使って欲しいからちょっと待っててな」
「うん」
20メートルなんて短い距離だけど足の遅いアレであればかなりの時間は稼げるだろう。
それにもしかしたら繊毛は結界の中に入れても、ヘドロみたいな体は入れないかもしれない。
だったらラッキーだな。
俺はすぐにスクリーンを展開してミリーの矢のデータを呼び出すと、それを基本にしていくつかの弓矢を作り上げる。
「ミリー、アレの様子を見ててくれよ」
「うん・・でもアレ、結界、やぶったよ」
マジか。俺はスクリーンから顔を上げてアレの方を見ると、ミリーが言う通りゆっくりとこちらに向かってきているところだった。
「スミレ、結界は解除したのか?」
『いいえ、そのままです』
「って事は結界も障害程度にしかならなかった、って事か」
急がないと駄目だな。
俺はできるだけ早く、とスクリーンを操作して弓矢を作り上げていく。
と言っても大したものじゃないからあっという間に出来上がった。
「よし、まずはこれを使ってくれ」
「これ、先が重いよ?」
「うん、判ってる。大変だと思うけどちょっとした実験なんだ」
「わかった」
俺は最初に作った先端に布が巻きつけられたような形の矢をミリーに渡す。
「よし、そのまま構えててくれよ。この布のところに火をつけるから」
彼女がいつも使っている矢よりも長いが、その長い部分に巻きつけられた布に火をつけるので射る時の邪魔にはならないだろう。
「スミレ、アレの計測頼む。よし、行けっ」
返事の代わりにミリーは勢いよく矢を射った。
その矢はヘドロの右端に当たったが、そのまま火ごと中に吸い込まれていく。
「もう2本ほど頼むよ」
「わかった」
俺は差し出されたミリーの手に次の矢を渡すと、彼女が構えたところで火をつける。
すぐにヒュンっと風を切る音がして、矢はヘドロにあたる。
そしてすぐにまた次の矢が飛んでいく。
合計3本の矢はヘドロもどきにあたるものの、その部分に吸い込まれるようにして吸収されていった。
「スミレ、計測結果は?」
『変化なし』
「そっか・・・じゃあ、ミリー、次はこれだ」
俺はミリーに次の矢を渡す。
「これは?」
「これは火薬が付いているんだ。火をつけてから3つ数えてから射ってくれ」
「わかった」
ミリーは動じる事もなく返事をしたけど、よく考えたら彼女は火薬なんてものを知らないから平然としているんだろうか?
「火をつけるぞ・・・よし、1、2、いけっ」
ヒュンっと威勢良く飛んでいく矢はそのままヘドロ部分にあたり、それと同時にヅゥンッという腹に響く音が聞こえた。
でも爆発の衝撃で砂埃が上がるわけでもなく、アレはそのままだ。
「スミレ、計測したか?」
『はい、大きさに変化なしです』
「んじゃ、次な」
俺は肩を軽く竦めてから、最後の矢を渡す。
「これ?」
「おう、変な見た目だけど気にすんな」
頭を傾げながらもミリーは俺が渡した矢をつがえる。
「火、つける?」
「いや、それはそのままだよ。ただ、矢を射ったらすぐに目を閉じろよ?」
「わかった」
口だけで返事をしてミリーは真っ直ぐヘドロめがけて矢を射った。
当たった瞬間俺は手で目の前を覆いながらもぎゅっと目を閉じる。
それでも閃光が瞼越しに感じられた。
瞼の光が消えたところで目を開ける。
「スミレ、結果」
『動きを止める事はできましたが、アレの大きさに変化はありません』
「マジか・・・」
俺には、このくらいしか考え付かないぞ?
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