92.
とりあえず気を取り直して、俺は手袋をした手をパンと打ち合わせた。
「なんかスミレに騙された気もするけど、ここまで来たからには採取するぞ」
『気をつけてくださいね』
「スミレ、悪いけどもう一度どこにあるか教えてくれないか?」
さっきスミレが指差してくれたけど、さっきまでのやり取りの間にすっかり忘れちまった。
『はい。ランタンを近づけますね。闇纏苔は・・そこにあります』
「どこだ? って・・ああ、判った気がする」
スミレがランタンの明かりを照らしてもさほど明るくなっていない箇所がある。
きっとそこに生えているんだろう。
範囲としては直径1メートルもないが、そのくらいの範囲の明かりを吸収してしまうのか。
さすが異世界の不思議植物だな、うん。
「えっと入れ物は・・・っと、ポーチから出しとくか。それからスコップがいるんだったよな」
闇纏苔のために用意した入れ物は丸いクッキー缶のようなものだ。
直径は20センチほどあるけど、深さは10センチくらいしかない。その入れ物のそこの部分にはウサギの毛皮が敷いてあり、皮は水で濡らしてある。本当は綿みたいなものが良かったんだけど、変に目立つようなものを使いたくなかったので、ウサギの毛皮を使う事にしたんだ。
まぁ、入れ物そのもので目立ってしまう気がしないでもないけど、変な入れ物を使ってせっかく採取した苔をダメにしたくないから仕方ないだろう。
「コータ、わたしが、とって来ようか?」
「大丈夫だよ。手袋もあるからさ」
俺は虫が嫌いだと知ったミリーが心配そうに聞いてくれる。
その気持ちだけで十分だよ、うん。
俺はパンと両手で頬を軽く叩いて気合を入れて、手袋がちゃんと嵌っているか確認する。
「よし・・・じゃあ、行ってくる」
スミレのランタンの明かりがあるから足元はちゃんとそれなりに見えている。
でもそんな中に部分的に明かりを受け付けない闇の部分があるというのは不思議な光景だ。
俺は闇の前まで来ると膝をついて入れ物とスコップを膝のそばに置いてから、ゆっくりと両手をその中に差し入れた。
最初に触れたのは坑道の土壁で、ゴツゴツした感触が指先に伝わってくる。でもそれ以外の感触がない事に半分ホッとして半分ガッカリする。
とはいえまだ闇の入り口だからな、肝心の闇纏苔まで辿り着けていないのは仕方ないだろう。
俺は更にゆっくりと手探りで両手を左右に動かしながら何か土壁以外のものに触れないか探っていく。
「う〜ん、なんにも触れないぞ?」
『もう少し奥ですね』
「マジか・・・判った」
今俺の手は肘の少し上までが闇の中に入り込んでいる。
そこから更に奥って事は肩までか? まさかそれ以上って事はないよな?
俺はごくっと唾を飲み込んでから思い切って肩まで腕を差し入れた。もちろん両手を左右に動かしながら確認する事も忘れない。
「うわっ、なんか今ヌルッとしたものに触った」
『ヌルッとしたもの、ですか? 探索・・ああ、ナメクジですね。こちらではルマッカと言います』
「ルミャッカ、危なくないよ?」
「うん、知ってる。でもな、感触が気持ち悪いんだ」
「ああ、そだね、ぬるぬるしてる」
俺の言葉に頷いて、とても冷静に返事をしてくれるミリー。
なんか俺よりよっぽど大人対応だな。
ナメクジの感触でビビってる俺とは大違いだ。
俺は嫌々ながらちょいっと摘んでポイッと闇の中から放り投げた。
「あ、ほんとに、ルマッカ」
闇から出したからかミリーにも飛んでいくナメクジが見えたようだ。
「スミレ、まだいんのか?」
『いえ、もうルマッカはいないです』
「ルマッカは、って事はほかにもなんかいんのか?」
他にもなんかいるんだったらすぐにでも教えろよ。
手を引っ込めるからな。
そんな俺の心中を感じたのか、スミレはすぐに探索をかけてくれた。
『探索・・おそらくいません』
「おい、おそらくってどういう意味だよ」
『擬態をかけていると私の探索には引っかからない可能性はありますので、断言できませんでした』
「擬態って・・・」
『石ころに擬態していて、その練度が高い場合は私の探索に反応しないんです。あとはバオムなんかは木の根ですから当然私の探索にかかりません』
いや、そのさ、当然と言われても俺としては困るぞ?
「じゃあ、もしバオムの根っこが飛び出していても探索にはかからない、って事か?」
『そうなりますね。もちろん闇纏苔の闇の中でなければ視認できますので、その場合は木の根っこがでていると教える事はできます』
「んじゃ、もしこの中にゴキとかムカデとかが隠れていたら、それは判るって事だな」
『はい、動くものでしたら探索にかかります』
「よし、それだけでも助かるよ」
バオムの根っこは我慢しよう。
それでもゴキとかムカデ、それにミミズは判るって言うんならまだマシだ。
なんせこの闇の中は全く見えないんだからな。
ゴキに襲われないと判っているだけでも、心の負担は減る。
そう、虫と対峙するっていうのは体力の問題じゃないんだよ、俺の精神力がゴリゴリと削られるんだよ。
俺は気を取り直して闇の中で両手の手袋がちゃんと嵌っているかを確認してから再びゆっくりと両手を左右に動かしながら目的の闇纏苔を探した。
でも時折指先に触れるのはただの石ころばかりだ。
「スミレ、本当にここにあるのか?」
『ありますよ』
「でもなんにも見つからないぞ。肩の付け根まで闇の中に突っ込んでるんだぞ、俺は。これ以上突っ込むとなると頭だよ。さすがに頭をこの中に突っ込む勇気はない」
『闇纏苔は半径50から70セッチの範囲に闇を作り出すので、そろそろ見つけられる筈ですよ』
「ほんとかよ」
と、何か柔らかいものが指先に触れた気がする
「おっ、なんか触ったぞ」
俺の声に反応したミリーが少し前に出て俺のすぐ後ろにやってくるのが気配で判る。
「なに、コータ。見つけた?」
「なんか指先に触れてるんだよ。柔らかいな、これ・・・もしかしてこれが闇纏苔か?」
両手でそっと触れて大きさを確認する。
スミレの話では大福餅くらいの大きさらしいから、両手でこうやって囲めれば・・・うん、大丈夫だ。
指先で確認する輪郭もなんとなく大福餅だな。
「うん、多分、これが闇纏苔だと思う」
俺はまずは右手を闇から出してスコップを握り、その手を元の場所に戻してから左手を出して入れ物の蓋をとって闇の中に持ち込む。
入れ物を苔のそばに置いて左手で場所を確認しながら右手のスコップで生えている地面ごと掘り出すと、それをまるっと入れ物に入れた。
それから左手を出して蓋を取ると闇の中で蓋をする。
「あっ」
「あっ」
途端に闇が消えてランタンの明かりが手元を照らす。
『ちゃんと闇纏苔を採取できましたね』
「コータ、すごい」
「本当にアレが光を吸収していたんだなぁ」
俺は手の中にある入れ物をジッと見る。
「あんな大福餅がこんな威力を持ってるなんてな」
「だいふ、くもち?」
「ん? ああ、食いもんの名前だよ」
「食べ物・・おいしい?」
食べ物と聞いて、ミリーの目がキラキラと輝く。
いや、でもさ、この世界には大福餅はないと思うぞ?
「俺は作り方を知らないからさ。もし見つけたら買おうな」
「うん」
ああっ、素直に頷くミリーを見て、俺の良心が疼く。
困ったように眉をへの字にしてスミレを見上げると、責めるような彼女の目と合う。
いや、だってさ。仕方ないだろ。
心で抗議すると、スミレは仕方ないと言わんばかりに溜め息を吐いた。
『では採取方法は判りましたね?』
「うん、多分な」
「次は、わたしが、するよ」
「でも危ないぞ?」
「だいじょぶ、コータができたなら、わたしもできる」
「おいおい」
なんかすごい言われようなんだけどさ。
ってか、俺ができるかどうかが基準なのか?
「んじゃまあ、ミリーがそう言うんだったら次はミリーに任せるよ」
「がんばる」
「という事だ。スミレ、次の闇纏苔を探してくれないか?」
『判りました』
探索開始します、というスミレをよそに、俺はたった今採取したばかりの苔の入った入れ物をポーチに仕舞おうとして・・・・拒絶された。
「やっぱ、無理か。動かない植物系のものだからもしかしたら、って思ったんだけどな」
「コータ、わたしの、リュック、に入れる?」
「大丈夫だよ。俺のバックパックに入れるから」
俺は入れ物の横についているロックがちゃんとかかっている事を確認して、それでも開けるようにひねってみたけど開けられない。
うん、ちゃんとロックがかかってるな。
そこまで確認してから、背中からバックパックを下ろして中に入っているスミレ特製の筒状になっている皮袋に入れた。
おそらく仕舞えないだろう事は判っていたスミレが、バックパックの中で纏める事ができるように作ってくれたものだ。
『コータ様、見つけましたよ』
「オッケー」
「わかった」
スミレの声に俺がバックパックに皮袋を仕舞うのをじっと見ていたミリーはさっと立ち上がる。
次は自分が、と張り切っているからだろう。
そんな彼女に続いて俺もバックパックを背負うと先を進み始めたスミレのあとをついていった。
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Edited 05/05/2017 @ 16:51CT誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
でもそれ以外の感触がない事の半分 → でもそれ以外の感触がない事に半分




