88.
生産ギルドを出たのはお昼少し前だった。
思ったより長く引きとめられていたみたいだな。
「昼飯、食いに行くか?」
「うん」
「それから、どうするかなあ」
観光という手もあるが、あんまり見に行くような場所はないんだよな。
「お昼ごはん」
うーんと言いながら考えていると、ミリーが俺の服の裾を歩けと言わんばかりに引っ張る
「ま、昼飯食いながら考えればいっか」
「なにを?」
「だから、今日はこれからどうするかな、って思ってさ」
「ごはん、のあと?」
「そう。別に観光に行きたい場所っていうのもないしなあ」
スミレを連れて図書館に行ってもいいんだけどさ、そうするとミリーが暇を持て余して可哀そうだからな。
「ギルド」
「ギルド? どこの?」
「ハンターズ・ギルド」
「また依頼を受けんのか?」
「うん。レベル上げ、頑張る」
頑張るって、頑張りたいって言いたいんだろうな。
「そういや俺たち2人ともまだ黄色のカードだもんな」
「うん、わたし、星、1つしかない」
ミリーは服の中からカードを引っ張り出して星をじっと見ている。
「もしかしたら星が1つくらい増えてるかもしれないよ? 昨日ギルドに行った時にカード・チェックして貰わなかっただろ? じゃあ依頼を見に行くか。ついでにカード・チェックをして貰えばいいよ」
「いいの?」
「いいよ。どうせ今日は何をするかなんて決めてなかったからな」
「じゃあ、行きたい」
「オッケー」
嬉しそうに尻尾を揺らすミリーの頭を撫でてから、俺たちは昼飯を食うために食堂に向かった。
昼過ぎのギルドは時間帯が中途半端なせいか、ガランとしていてカウンターに並んでいる2人のハンターらしき人以外は誰もいなかった。
「誰も、依頼板に、いないね?」
「ああ、でも見やすくて丁度良いよな」
「うん」
俺とミリーは並んで中に入るとそのまま真っ直ぐ依頼掲示板に向かう。
俺とミリーは2人ともまだ黄色のカードだから、受ける事ができる依頼も少ない。
『コータ様』
「ん?」
『依頼を受ける前にレベルチェックされてはどうですか? もしかしたらレベルが上がっているかもしれませんよ?』
「そういやそうだな。また忘れるとこだった」
ってか、すっかり忘れてた。
「んじゃ、先にレベルチェックしてもらうか? もしかしたら1つくらい星が増えてるかもしれないぞ?」
「する」
「ギルドの職員に聞くのか?」
『はい、カウンターに行ってレベルチェックしたい旨を伝えればしてくれる筈です』
そういやレベルチェックなんてハリソン村でしたっきりだな。
あれから依頼も受けたからもしかしたら上がってるかもしれないぞ。
そんな期待を旨にカウンターに向かうと、丁度用事を済ませたハンターが離れていくところだったのですぐに俺たちの番になる。
「こんにちは」
「こんにちは、今日はどのようなご用件でしょう?」
にこやかな笑顔を浮かべて返事を返してくれたのは、50代くらいのちょっと恰幅のいいおばちゃんだった。
「レベルをチェックして貰えますか」
「はい、いいですよ。ギルド・カードを貸してもらえますか?」
「はい。これが俺のカードです」
俺が胸元からカードを取り出してカウンターに置いて彼女に差し出すと、ミリーも一生懸命服から取り出してカウンターの上に置く。
カウンターの高さは丁度ミリーの身長くらいだったので、そこに手だけ伸ばしてカードを置こうとする姿に思わず俺とカウンターの中にいた職員さんは微笑む。
「はい、では少しお待ちくださいね」
2枚のカードを手に彼女は奥に歩いていく。多分そこに読み取るための道具が置いてあるんだろう。
「レベル、あがってる、かな?」
「どうかな? でも上がってると良いな」
「うん」
「ミリー、そのままだと低くて見えないだろ。抱き上げてやろうか?」
「ん〜・・だいじょぶ」
ちょっとだけ頭を傾げてから頭を横に振る。
『ミリーちゃん、遠慮しなくても良いんですよ? コータ様なら軽々ミリーちゃんを抱き上げられますよ』
「そお? でも、やっぱり、だいじょぶ」
『いいの?』
「うん。この方が、楽しみ」
『楽しみ?』
「カード、見えないでしょ? だから、手に取るみゃで、わからない」
どうやら俺に抱き上げられると職員さんが手にしているカードの星が見えるけど、ここにいれば見えないから上がってるかどうかドキドキする、という事のようだ。
まあそれでいいんならいいか、とカウンターの奥に視線を移すと、丁度彼女がカードを手に戻ってくるところだった。
「ミリー、戻ってきたよ」
「ほんと? ドキドキ、する」
ミリーは俺のシャツをぎゅっと握りしめて見上げてくる。
「お待たせしました。おめでとうございます。お2人ともレベルが上がってましたよ」
そう言いながら職員さんは俺の前に1枚のカードを置いてから、手を伸ばしてミリーのためにカウンターの陰になっている彼女の方にカードを差し出した。
「ありがと・・あっ、コータ、星が3つになってるっっ!」
職員さんにお礼を言いかけたところで星が目に入ったミリーは、尻尾をビュンビュン勢いよく振りながら俺を見上げた。
「よかったな、俺も上がったぞ」
そう言ってニヤリと片方の眉を上げてミリーにカードが見えるように差し出した。
「ずるい、コータ、オレンジ色」
俺は黄色の星3つからオレンジ色の星1つになっていた。
「ずるいって、俺の方がミリーよりハンター歴は長いんだぞ?」
「ちょっとだけ、なのに」
ムッと口を尖らせるミリーに苦笑いしながら職員さんに礼を言い、ミリーの手を引いて依頼掲示板に向かう。
俺がオレンジ色になったから、選べる依頼が増えたのは良い事だ。
さっきまでだったら黄色とその上のオレンジ色の依頼掲示板のものしか選べなかったのに、今は赤、黄、オレンジ、の3色から選べるのだ。
「さて、ミリーはどんな仕事を受けたい?」
「えっとね。コータが選んで? コータ、オレンジ色だから、赤みゃで依頼、受けれるよね?」
「おう、でもいいのか?」
「うん。その代わり、次はわたしが、選ぶね」
どうやらミリーとしては赤の依頼に興味があるみたいだ。それに俺と交代で選びたいようだな。
気を使っているのかもそれないけど、そんなミリーの気持ちが嬉しい。
「よっし、じゃあ気合い入れて選ぶぞ。つっても気に入らなかったら、ちゃんとそう言えよ?」
「うん」
せっかくだから俺は赤のカード用の依頼掲示板を上から順に見ていく。
やっぱり赤ともなると討伐系の依頼の方が多いなあ。
でも俺としては討伐系の依頼は遠慮したいんだよ。
ミリーだったら嬉々として弓を構えるだろうけど、でっかい見た事もないような魔獣や魔物がやってきたらビビってしまうよ。
とはいえ依頼の半分以上は討伐系のもので、残りの大半は護衛依頼だ。
「なんか採取系の仕事がいいんだけどなあ・・・」
「採取? 角とか、牙とか?」
「いやいやいやいや。そんな怖い仕事したくないよ。薬草とかの採取に決まってんだろ」
「採取、つみゃんないよ?」
なんでつまんないって言うんだよ、ミリーは。
「そっか〜、ミリーは採取は嫌いだったのかな? 仕方ないなあ〜。スミレとものを作る時って採取なしじゃあ何も作れないんだけどなあ〜」
「えっ?」
「まぁ、仕方ないか」
「コ、コータ?」
わざとらしい俺の言葉に、ミリーは少し困ったような表情を向けてきた。
「じゃあ、ミリーが依頼を選ぶか? 俺が選んだら採取しか選ばないと思うからさ」
「えっと・・・」
『コータ様、意地悪はやめてあげてください。ミリーちゃん、困ってますよ』
「スミレ」
箱の中からスミレの声が聞こえてきて、ミリーには箱の中のスミレは見えないけど箱をじっと見つめている。
『ミリーちゃんもコータ様が選んでいいって自分で言ったんですから、コータ様の選ぶ依頼に文句言っちゃ駄目ですよ。採取だって大切なんですからね』
「うん・・・ごめん、なさい」
『コータ様の言うように採取って大切ですよ? 野営で食べるスープの具材もミリーちゃんの服も、採取して集めたもので作っていたのは覚えてるでしょ?』
「そうだった・・・ごめん、なさい、コータ」
いつもはピンと立っている耳をペタンと伏せて今気づいたというような顔で俺を見上げてきた。
「気にすんな。俺も意地悪言ったからな、おあいこだ」
「でも・・」
「その代わり、俺の選んだ採取の仕事に文句言うなよ」
「わかった」
くしゃっと頭をいつもより少し乱暴に撫でると、ホッとした表情を浮かべる。
ありゃ、スミレが言った通り、意地悪すぎたかな?
『それよりコータ様、早く選んでください』
「判ってるって。実はもう決めてるんだ」
「いつのみゃに・・」
『どうせミリーちゃんを揶揄っている間も依頼掲示板を眺めていたんでしょう』
その通りだけど、さすがにそれを認めるのは気まずいのでスミレの言葉が聞こえなかったふりをする。
「これにしようと思ってる」
「これ? 何?」
「ほら、この闇纏苔ってやつだよ」
少し高めの掲示板に貼られている依頼書を剥がしてから、それをミリーの目の前に持ってきてやる。
「や、みみゃと、いご、け?」
『・・なるほど。よく覚えていましたね』
「スミレ? 何その、や、なんとかって?」
「これ、魔力回復ポーションの材料なんだ。これがあれば魔力回ポーションが作れる」
体力回復ポーションは作った事がある。ジャンダ村にいた時に材料である薬草を手に入れられたからな。
でも魔力回復ポーションは作った事がない。そりゃ俺の魔力で材料である闇纏苔を作り出せばポーションを作る事はできるけどさ、魔力使って魔力回復ポーションなんて馬鹿みたいじゃん。
それに俺は魔力量が多いから必要なかったんだよな。
「これ、薬師ギルドからの依頼だから、この依頼を受けて闇纏苔を届ける時に登録に行けばいいかなって思うだけど、スミレはどう思う?」
『いいんじゃないんですか? 闇纏苔を1度でも採取すればスキャンする事ができます。スキャンしたデータがあればコータ様の魔力を使って闇纏苔を作る時に必要な魔力は少なく済みますからね』
「コータの、役に立つ?」
『はい、コータ様の役に立ちますね』
「わかった。じゃあ、その、や、なんとかを取りに行く」
「コケ、でいいよ」
「コケ? わかった、コケ、取りに行く」
ふんっとガッツポーズをしているミリーの尻尾はピンっと後ろに伸びていて、彼女の気合がこちらにまで伝わってくる。
「よっし、んじゃこの依頼受けてくるな」
俺はミリーにその場で待つように言って、先ほどレベルチェックをしてくれた職員さんのところに向かった。
読んでくださって、ありがとうございました。
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Edited 02/24/2017 @ 23:55CT 読者様のご指摘により誤字訂正しました。
以来板 → 依頼板 気づいてませんでした、ありがとうございました。




