87.
ハンターズ・ギルドに行って依頼書を提出して、報酬を貰うと既に夕方だった。
俺たちは今日はこれまで、という事で前回と同じ宿である蒼のダリア亭に部屋をとった。
ここはちょっと高いけど風呂があるからな。
このくらいの贅沢は許されるだろう。
って事で、翌日俺たちは朝食を食べるとそのまま生産ギルドに向かう。
ミリーに部屋で待っているか聞いたんだけど、ついてくるというのでスミレの入った箱を手に一緒に出かける事にした。
俺は手ぶらでミリーは木の箱を両手で抱えているんだけど、その箱の中にスミレが入っているから持ってやる事もできないだよな。
俺が持ったらミリーにはスミレの声は聞こえないからさ。
多分周りからは獣人に荷物持ちをさせているように見えるかもしれない。
そんなつもりはないんだけど、こればかりは仕方ない。
生産ギルドに着くとそのまま中に入ると、カウンターのところにこの前話しをしたミルトンさんが立っているのが見える。
ってか、ミルトンさん以外はいないんだけどさ。
「おはようございます」
「おはようございます、ミルトンさん」
入ってきた俺に挨拶をしてくれたミルトンさんの名前を呼びながら挨拶を返す。
「5日ほど前にここにメンバーの登録に来たコータです」
「ああ、コータさん。お久しぶりですね。ハンターズ・ギルドでの依頼は無事に済みましたか?」
「はい、なんとかこなして昨日帰ってきました」
とりあえず記憶の端っこには残っていたようだな、うん。
「カウンターではなんですから、奥の部屋へどうぞ」
「あ、はい」
キビキビと俺に奥を指してから、さっさとカウンターから離れて歩いていくミルトンさんのあとをミリーの手を握って慌ててついていく。
最初はミリーにはその辺で待ってて貰おうと思ってたんだけど、さすがにここに1人で待たせる訳にはいかないからな。
連れて行かれたのは6畳くらいの部屋で、テーブルが1つに椅子が4つあるだけの質素な部屋だった。
「お茶を淹れてきますので少々お待ちください」
「ありがとうございます」
「ありがと、ございみゃす」
礼を言う俺を見て、ミリーも慌てて礼を言う。
その仕草が可愛く映ったのか、ミルトンさんは口元に笑みを浮かべて出て行った。
俺は勧められた席に座るとその隣にミリーを座らせてから、彼女が抱きかかえていたスミレ入りの木の箱をテーブルの上に置いた。
「コータ」
「ん、なんだミリー?」
「わたし、一緒でもいいの?」
「いいよ。駄目だったらミルトンさんも付いて来るなって言ったと思うぞ?」
「そっか」
大して言葉を交わした訳でもないままこの部屋に連れてこられた事をミリーなりに心配したようだ。
この前は入り口近くにあったテーブルだったから、ミリーは隅っこで待ってたもんな。
ホッと息を吐いたところで、ミルトンさんがお茶が載ったお盆を手に戻ってきた。
「すみません、お待たせしました」
「いえ、気にしないでください。こちらこそわざわざありがとうございます」
お茶を並べながら謝るミルトンさんに礼を言うと、横に座っているミリーも小さく頭を下げた。
「それでは早速ですが本題に入りましょう」
「お願いします」
「生産ギルド登録は認められましたので、既に受理してあります。あとでハンターズ・ギルドのカードを貸していただければ裏面にその旨記載させていただきますね」
お茶をずずっと1口飲んだところで、すぐに話を切り出されてしまった。
まあ忙しいんだろうから、仕方ないか。
俺は胸元からギルドカードを取り出すと、テーブルの上に置いてそのままミルトンさんの前に押し出した。
「それからですね、コータさんが出されたマッチという道具は、まだどなたからも登録申し込みはでていませんでした。そして過去に似たような製品もありませんでしたので、問題なく登録できました」
「それは良かったです」
「うちのギルドの上部の者がもしよければ設計図を出していただければ、と申していますがいかがでしょう?」
「あ〜、あれはあの火を熾す部分の成分を秘密にしたいので、申し訳ありませんが断らせていただきます」
「判りました」
あれ、あっさりと受け入れられたぞ?
「あの・・いいんですか?」
「何がでしょう?」
「だから、俺、断ったんですけど、良かったんですか?」
「もちろんです。製作者が秘密にしたいというのであれば、その方針に従うのが生産ギルドのやり方です。そりゃ確かに設計図を出していただければ、こちらで職人を探して作らせる事もできるので助かりますが、だからと言って無理に秘密を聞き出す訳にはいかないでしょう?」
「そう言って貰えると助かります」
なかなか良心的なギルドだな。
「ただこちらとしてはできるだけ納入していただけると嬉しいですね。あれは魔法具と違って魔力を必要としませんし、値段もとても良心的で一般の人でも躊躇う事なく購入できる商品となります」
「俺も魔力はあるんですが魔法は使えないので、簡単に火を熾せるものがあるといいな、と思って作ったんです。ですのでそう言って貰えると嬉しいですね」
「それでは他の生産ギルドにも話を通しておきますので、いつでもどこのギルドでも納入していただけますようお願いします」
「判りました。今も少し在庫があるので、話の後にお渡ししますね」
「それは助かります」
嬉しそうに頷くミルトンさんは自分の前に置いていた紙を俺の方に差し出した。
「こちらはコータさんのマッチの登録証明です。これによってマッチはコータさん以外の人が作って売る時にはコータさんに登録使用料を支払う事になります」
「登録使用料ですか?」
「はい、と言っても作成者の売値の1パーセントですので、マッチですとあまり儲けになりませんけどね」
って事は、マッチは1つ10ドランだから10個売って1ドラン入るって事か。
確かに微々たるもんだな。
でもまあマッチの火薬を作る事は簡単じゃないから、登録使用料が入ってくる事はないだろうけどさ。
そんな事を思いながら視線をミリーに移すと、ミリーはつまらなそうにテーブルの端を指先で突いている。
飽きてきているな。
そんな姿も可愛いけど、このままだと可哀そうだ。
「ミリー」
「なに?」
「紙とペンを出してあげるからさ、ちょっとアイデアを出してくれないかな?」
俺はポーチから数枚のスミレ謹製の紙とボールペンを取り出した。
「御者台にクッションを作っておいただろ?」
「うん」
「スミレがミリー用に可愛いのを作ってくれるって言ってたからさ、どんな形がいいのか考えてくれないかな? もちろんクッションの柄も考えてくれると嬉しいな。それがあればすぐにでも作ってもらえるだろ?」
「いいの?」
「もちろん。スミレが今使ってるのは可愛くないから、ミリー用に可愛いのを作るって張り切ってたぞ?」
「わかった」
ミリーは俺からボールペンと紙を受け取ると、早速丸や四角の形を描き始めた。
俺はそれを横目で見てから、改めてポーチからスミレが作ってくれた魔石コンロや洗濯機にライターといったものの設計図を取り出した。
「ミルトンさん、今日これらの登録もお願いできますか?」
「それは?」
「こちらは魔石コンロと名付けた調理器具で、こちらは洗濯機といって自動で洗濯をするものです。それからこれはライターといってマッチの魔法具となります。どれも魔石を使いますが、使用魔力はとても少なく済むように設計しています。今日ここにいる間に生産ギルドに登録できればいいな、と思って持ってきました」
俺が差し出した3枚の設計図を手に取り、ミルトンさんはライター、洗濯機、魔石コンロの順に設計図を読んでいく。
「魔法陣はコータさんが作り、その他の部分を職人に任せる、という事ですね」
「はい。申し訳ありませんが魔法陣の術式は公開したくないのでこういう形にしました」
「でも商品にしてしまえば誰にでも魔法陣を見る事ができるのでは?」
「いいえ、魔法陣の刻まれたプレートは黒い箱になっていて、外からは見えないようになっています。俺はブラックボックスと呼んでいますけど、それを無理やり開けようとすると魔法陣が崩壊するように設計しているので、他の人に術式を盗まれる心配はありません」
「なるほど、よく考えられていますね」
「術式は俺の財産ですからね。盗まれて真似をされては困ります」
「術式を登録する事もできますよ?」
「そうですね。でも魔石コンロと洗濯機の術式を考えるのは本当に大変だったんですよ」
といってもスミレが、だけどさ。
「ですので、やはり秘密にしたいと思います。でもライターの術式は基本をいくつか組み合わせただけなので、そちらは魔法陣も公開して全てまとめて職人が作れるような設計図にしています」
「はい、それは確認しました。それでは登録申請書に記載をします。今回は設計図を添付という形で実物は無し、という事でしょうか?」
「実物があった方がいいですか?」
「それはもちろんです。実物があればその方が申請の時の確認作業が楽になりますので、その分早く結果がでます」
そりゃそうか。設計図だけ見てもどんなものに仕上がるか判らないもんな。
「宿に俺たちの引き車があって、その中に魔石コンロと洗濯機はあります。ライターは・・これですね」
ポーチから取り出したライターは、見た感じちょっと無骨なジッポライターだ。金属製の手のひらサイズのライターは、火花を飛ばすと魔石の魔力を使って火がつくようになっている。
「こんな小さな魔法具ですか?」
「はい、でも魔石の魔力はそれほど必要ないんですよ? ここをこうやって指で素早く動かす事で火花が出るんです。そうやって出た火花に魔石の魔力が燃料となって火が点火するようになっています。必要な魔石はスライムから取れる小さなものでも100回くらいは火をつける事ができます」
「便利ですね・・・こちらはいくらくらいの値段を考えてますか?」
「それが俺では全く見当がつかないんで、できれば適正価格を考えてもらえれば、と思っています。魔石コンロと洗濯機も同じで、できれば適正価格を考えていただきたいです。ただですね、あまり高い値段をつけると庶民の手に届かなくなるのは嫌なので、良心的な値段で売れるように考えていただければと思います」
別にこれで大金を稼ごうなんて思ってないからさ。
それよりも元の世界みたいな便利な世の中になってもらいたいな。
「判りました。その旨も申請書に付記しておきます」
「お願いします」
「ところで、あれは登録されないんですか?」
「あれ?」
あれってなんだろう? と頭にハテナマークを浮かべてミルトンさんの視線を追うと、彼女がじっと見ているのはミリーが使っているボールペンだった。
「ボールペンですか?」
「はい、あれも魔法具ですか? さっきからずっと見ていましたが、インク壺無しでいつまでも書けてますよね?」
「ああ、ボールペンは魔法具じゃありません。あの棒状の部分にインクが入っているんですよ」
「あの中に?」
ミルトンさんは半信半疑で聞いてくる。
「そうです」
「でもインクが全く漏れてませんよ?」
「あのペンの先には小さなボールがあって、それがくるくる回る事でボールに付いたインクで書く事ができるんです。で、そのボールは同時にインク漏れをしないための栓にもなっているので、そのせいでインクは漏れる事なく中に入っているインクを使い切るまで書く事ができるんです」
なるほど・・・とミルトンさんは顎に手を当てて、じっとミリーが書くのを見ている。
「あれ、登録しませんか?」
「登録ですか? でも設計図を作ってません」
「あのペンを置いていってくれればこちらで解析させますよ」
「え〜っと・・」
どうしようかな?
今日は3つも登録申請するんだから、別にこれ以上登録申請する必要はないんだけどさ。
「お願いします」
「売れそうですか?」
「売れますよ。インク壺無しで書けるペンなんて、すっごく画期的です。コータさんの事ですから値段もそんなに高く設定しないでしょう? でしたら十分庶民でも手に入れられる便利なペンとなりますよ」
「あ〜・・・じゃあ、お願いします」
「任せてください」
なんだか食いつきがコンロやライターよりもいいように感じるのは俺だけだろうか?
でもミルトンさんは今すぐにでもミリーからペンをもらおうと手を伸ばしているので、俺は彼女を手で制してからポーチから新しいボールペンを取り出して差し出した。
「はい、ではこれがボールペンです。これは黒インクですが、他にも青と赤のインクのペンもあります。えっと・・・これがそうですね」
ついでに青と赤のボールペンを差し出すと、ミルトンさんはにっこりと微笑んでからガッシと俺の手から奪うような勢いで掴み取った。
「こちらも3色全ての登録申請を出しておきますね」
「よ、よろしくお願いします」
ニコニコと大きな笑みを浮かべたミルトンさんは、そこから先は俺が差し出したボールペンを使って申請書を書き上げたのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
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Edited 05/05/2017 @16:35CT 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
ミルトンさん以外はいないんだけさ → ミルトンさん以外はいないんだけどさ
簡単に火を熾せる者があるといいな → 簡単に火を熾せるものがあるといいな




