85.
魔石コンロは思ったよりも出来が良くて、ミリーも凄く褒めてくれた。
晩飯はミリーが台に乗ってフライパンでブガラ鳥のソテーを作り、その横で俺はいつものようにスープを作った。
コンロの前でミリーと2人並んで作るっていうのは新鮮で楽しかった。
それはミリーも同じだったようで、こうして食後のお茶を飲みながらも尻尾がゆっくりと左右に揺れているのが見える。
「今夜ミリーが作ってくれたブガラ鳥のソテー、美味かったなあ」
「ありがと、コータ」
テレテレしながら嬉しそうな顔のミリー。頭の上のネコミミはピクピクしていて、尻尾も嬉しそうにヒュンヒュンと左右に振られている。
「これから、みゃた、何か作るの?」
「ん? ああ、明日は都市ケートンに戻るだろ? そしたら暫くはあちこちのギルドに行くつもりだからさ。その時用のものを作っておこうかなって」
『生産ギルドに提出するものですよね?』
「うん、そう。スミレにはパンジーの引き車の設計図とかライターの作成手順とかを書いたものを作ってもらいたいな。プリントでできるだろ?」
『はい。でもプリントする紙を選ばないといけないですね』
「皮紙か?」
『それでもいいですし、質の悪い手漉きの紙でもいいと思います』
手漉きの紙なんていうのがあったのか、この世界。
「どっちでもいいけど、できれば一般にで回っているものを使ってくれる方がいいかな?」
『そうですね。でも設計図となると皮紙の方がそれらしくていいかもしれませんよ?』
「そうなんだ? ま、俺としてはどっちでもいいから、スミレがいいと思う方を選んでくれたらいいよ」
生産ギルドに登録するために提出するものだからさ、それなりのものがいいんだろうな。
『それで、引き車とライターだけでいいんですか?』
「う〜ん・・・魔石コンロもだな。そうそう、それから御者台に使ってるアメーバ入りのクッションもついでに登録しちゃおうか? あれだけでも十分需要がありそうだよ」
『いいですね。あとはコータ様の作られた鍋やフライパンなども登録しておいた方がいいかもしれません。なんなら全て登録してしまいませんか? どうせギルドの方で審査があると思うので、登録できないものはよけてくれると思いますよ?』
「なんかいい加減だなあ。でもまあ、その方が楽ならそれでいっか。一度で全部できるんならその方が楽チンだろうし」
めんどくさいの嫌いだからさ、何度も生産ギルドに通いたくないよ。
『ついでに薬師ギルドの登録も忘れないでくださいね』
「えぇぇぇ、めんどくさいなあ」
『あとあとの手間を考えれば、今しておく方が楽ですよ?』
「そぉかあ? まあスミレがそう言うんだったらケートンにいる間にしておくよ。でも忘れてたら言ってくれよ?」
『もちろんです』
って事は、ハンターズ・ギルド、商人ギルド、生産ギルドの3つに加えて4つ目として薬師ギルドにも登録かぁ。
なんかたくさんありすぎてよく判らなくなってきたよ。
「1人でそんなにたくさんのギルドに登録なんてできんの? 1人いくつまでとかって決まってるとか?」
『登録数の制限はありませんよ。必要に応じて判断して登録する事になってます』
もしかしたら登録できるギルドには数の制限があるといいなあ、って思ったけど残念ながらなかったか、ちぇっ。
ポーションなんかまとめて商人ギルドかハンターズ・ギルドに卸せば簡単なのにさ。
「あっ、そういや卸し業ギルドに登録しろって言われてたような・・・」
『言われてましたね』
「卸し業ギルドまで入れるとさ、5つものギルドに登録って事になるぞ? なんかマジでめんどくさくなってきた」
『自分で店を持つ予定がなくて、物だけを直接商人に売りたい時は卸し業ギルドに入っていた方がいいんですよ? まあどうしても面倒だというのであれば商人ギルドに直接売って、そこで税金を払ってしまうという手もありますけど、自分で売るつもりがないのであれば卸し業ギルドに入っていた方が税金が少なくていいんですよね』
「税金、かあ・・・・めんどくさいなあ」
そういや税金なんていうのも払わなくちゃいけないんだった。
確か商人として支払う税金に比べると卸したという事で支払う税金の方が3分の1くらいで済むんだったっけか。
「んじゃさ、商人ギルドの登録解消して卸し業だけにするって事、できるのかな?」
『できますけど、不便ですよ? どこにでも卸し業ギルドがある訳じゃありませんからね。そう言う時はどうしても商人ギルドを通す事になります。そうなるとメンバーになっていないと利用できませんよ』
「う〜・・どっちにしても商人ギルドのメンバーになってた方がいいって事かぁ。んでもって、税金対策としては卸し業ギルドに登録しておいた方がいい、と。おまけにポーションを売るんだったら薬師ギルドのメンバーで、薬草採取や討伐をするんだったらハンターズ・ギルド。あ〜、もうごちゃごちゃしてめんどくせえよ」
バリバリと音が出そうな勢いで頭を掻き毟る。
「コータ?」
そんな俺の腕に手を置いて、ミリーが心配そうに声をかけてくる。
「だいじょぶ?」
「ん? ああ、大丈夫だよ。ちょっと色々ありすぎてめんどくさくなってきただけなんだよ」
「わたし、手伝うよ?」
「うん、ミリーはいつだって手伝ってくれるもんな」
俺の腕に置かれているミリーの手をそっと撫でてやると尻尾が俺の背中を叩いた。
「元気出す。コータ、元気ないと、コータじゃないよ」
「そっか? んじゃミリーに怒られないように元気出さないとな」
「わたし、怒らないもん」
ムッとした顔をするミリーも可愛いなあ。
「コータ、何か作るって、言ってた。作らないの?」
「おお、そうだったな。うん、作るぞ〜。ミリーも手伝うか?」
「うんっ」
そういや脱線してすっかり忘れてたよ。
俺は呼び出していたスクリーンに触れて、作成するためのデータバンク検索を始める
『何を作られるんですか?』
「洗濯機」
『洗濯機、ですか?』
「うん、そう。今は洗濯は宿に頼むか、野営の時はミリーがやってるだろ? でもそれって面倒じゃん。宿に泊まらなかったら頼めないしさ。だから洗濯機を作ればどこででも洗濯できるだろ? それに魔石を使っても省エネタイプの洗濯機なら、登録しておけば売れるんじゃないかなって思ってさ」
今までは料理の手伝ができなかったミリーが、何か仕事が欲しいというので洗濯を任せていたんだ。洗濯用にパッと見は寿司桶にその日の洗濯物を入れて、一所懸命洗ってた。その下に陣を展開して、スミレが洗濯用の水を提供していたけどさ、それでも毎日は大変だったと思う。
でもミリーは文句も言わずに一生懸命洗濯をしてくれてたんだよ。
「洗濯機があればミリーも洗濯しなくて済むだろ?」
「コータ? わたし、洗濯、嫌いじゃないよ?」
「うん。でも洗濯機があればそれに任せちゃおうぜ。その代わりミリーは料理を手伝ってくれるんだろ?」
「料理、楽しかった」
「だろ? だからさ、きっと洗濯を魔法具に任せれば楽になる人って結構いると思うんだ。だからそういう人たちでも買えるような値段だったらきっと売れるよな」
この世界には魔法を使える人は少ない。一応どんな種族でも魔力は持っているみたいだけど、だからと言って魔法が使える訳じゃない。
それに魔法が使える人の殆どはせいぜいがマッチくらいの火を熾せるとかコップ1杯分の水が出せるっていう生活魔法程度だから、一般人はなんでも自分でするしかないんだよな。
そこで自分が持っている魔力を充填して使う魔法具なんだけど、これが結構高いんだよ。
それにたいていの魔法具は使用魔力量が多すぎて、どうしても使用者の魔力だけじゃ足りなくて高価な大きめの魔石も同時使用するしかない。
「構造はシンプルで、魔力は省エネ対応できる洗濯機、作る事ができたらきっと売れるよな?」
『洗濯は大変ですからね。そういう魔法具があれば値段が折り合えば買う人も増えるでしょう』
「だろ? だから試しに作ってみようかなって思ったんだよ」
洗濯機だったら基本は回転だ。水を入れて低スピードで回転させれば洗濯、水を抜いて高スピードで回転させれば脱水だ。水は樽に接続して自動にすればいいし、洗濯機用の洗剤も作れば少量の水で十分綺麗になるような気がする。
『でも魔法陣を公開する事はお勧めできませんよ?』
「なんで?」
『いくら商品を登録していても、勝手に使ってお金儲けをする人だって出てくると思います。それに魔法陣というのはある意味発明と同じなので、製作者によって術式が変わってきます。この場合は私が組んだ術式ですが、私の術式は一般的な魔法陣とは違うので安易に公開しない方がいいと思います』
「それってスミレがデータバンクを持っているから?」
『それもあります。それに私にはコータ様の知識もありますから、術式としてはとても画期的でまだ今の術式製作者のレベルでは組む事ができないレベルです。ですので変な詮索を受けないためにも魔法陣は秘匿しておくべきでしょうね』
「なるほどね、だったら確かにスミレの言う通りにするのが一番って事だな。んじゃさ、魔法陣をブラックボックス化する事ってできる?」
『ブラックボックス、ですか?』
「うん。俺の世界では中身を見られたくないものに使っていた手法なんだけどさ」
魔法陣の術式を公開しない方がいいって言われると、とてもじゃないけど売れないよ。
だったら見せちゃいけない部分を隠す形にするしかないだろ?
『データバンクからブラックボックスを検索します・・・・検索終了しました。なるほど、これがブラックボックスですか・・・そうですね、 洗濯機そのものは職人に作ってもらいましょう。それとは別にブラックボックス化した魔法陣が刻まれた板は、コータ様が納品するという形にすれば問題はないと思います』
少し考えてからスミレは俺のブラックボックス化というアイデアなら大丈夫だと判断したようだ。
「でもさ、だったらライターとかもブラックボックス化するのか?」
『あれは基礎を組み合わせただけの魔法陣ですので、そこまできにする必要はないと思いますよ。さすがにライターのような消耗品の魔法陣までコータ様経由となると割に合わないですしね』
「じゃあさ、スミレがブラックボックス化した方がいい魔法陣を使ったものは、その旨を設計図に記載しておいてくれるかな? 生産ギルドに持って行って説明する時にその点もはっきりさせるからさ」
『判りました。では生産ギルドに出すものでブラックボックス化した方がいいものは、今夜のうちに魔法陣の部分だけブラックボックス化させておきますね』
「うん。よろしく」
魔石コンロやパンジーの引き車に使った自動化の部分の魔法陣なんかは、きっと俺やミリーが寝ている間に改造してくれるだろう。
「じゃあ、俺は洗濯機を作るから、スミレは設計図なんかの制作をよろしく」
『判りました』
「わたしは?」
「ミリーは俺の手伝いだな。洗濯はミリーがしてたんだから、どんなのがいいかいろいろ言ってくれると助かるよ」
「判った、がんばる」
自分にも役割があると聞いてやる気になったミリーに苦笑いしながらも、俺はすぐそばで設計図のプリントを始めるスミレを横目に洗濯機のプログラムを始めるのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
お気に入り登録、ストーリー評価、文章評価、ありがとうございます。とても励みになってます。
Edited 05/05/2017 @16:30CT 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
フライパンのブガラ鳥のソテーを作り → フライパンでブガラ鳥のソテーを作り
一度の全部できるんならその方が楽チンだろうし → 一度で全部できるんならその方が楽チンだろうし




