81.
「終わったあ」
俺はその場にヘナヘナっと座り込みそうになるのをぐっと我慢して、耳をピクピクさせながら周囲を軽快しているミリーの肩をポンと叩く。
『探索範囲に魔力の反応はありません』
「ミリー、スミレがもう大丈夫だって言ってる」
「スミレ、だいじょぶ?」
『ええ、もう魔物はいないわ』
「よかった」
ミリーはもう大丈夫と判ったからか、その場に座り込んだ。
やっぱりかなり疲れてたみたいだな。
「スミレ、少しだけ結界の位置を動かしてくれないか? 魔石を拾いに行ってくるよ」
『判りました』
「わたしも、手伝うよ?」
「ミリーはそこで休んでていいよ。もう十分頑張ってくれたからな」
ミリーが一緒になってスライムボールの相手をしてくれなかったら、多分俺は途中で力尽きて休んでいたと思うからさ。
そりゃスミレの結界があるから大丈夫だけど、きっと朝までここにいる事になったと思うぞ。
「でも、シートを敷くからそこに座った方が濡れなくていいかもな」
「だいじょぶ、だよ?」
「風邪引くと困るだろ?」
「・・・ありがと」
ポーチから取り出したシートを広げて、そこに座るように指差してから、俺はさっきまでスライムボールがいた辺りに歩いていく。
「スミレ、明かりも頼むよ」
『ランタンを使いますか?』
「そうだな、その方がいっか。その代わりスミレが動かしてくれよ?」
『はい』
スキルを使って作ったものであれば、スミレは動かす事ができる。
その事が今ほどありがたいと思えた事はないぞ。
ランタンを片手に持っての魔石拾いとなると、時間がかかりそうだからさ。
ポーチから取り出したランタンの明かりをつけてスミレに差し出すと、ランタンは地面から2メートルの辺りまですっと浮き上がる。
それを見てからさっきまでパチンコの弾が入っていた袋を手に、俺は腰をかがめて地面に落ちている魔石を拾い始める。
「見落としがあったら教えてくれよ?」
『魔力探知して確認しますね』
「頼むよ。これだけ苦労したんだ。絶対に全部の魔石を拾ってやるからな」
「ふふふ、そうですね。お疲れ様でした」
まだ終わってないのに、労いの言葉をくれるスミレをシッシと手で追い払ってから、俺は更に数個の魔石を拾った。
「それで、どうしてスライムボールなんていうのができたんだ?」
『どうしてなんでしょうね?』
「スミレでも判らないのか?」
『私が持っているデータは過去のこの世界の人たちが記録したものだけですので、それ以上の情報となると持っていません。それに私がコータ様の元に現れてから以降のデータはありませんから、時々図書館やギルドに置いてある本などでデータバンクのアップデードをするしかないです』
どうやら俺のスミレは万能ではないみたいだな。
それでも俺なんかよりはるかにこの世界に関しての知識を持っているから俺としては十分助かっている。
スミレなしでここまでこれたかどうか自信がないからさ。
「そういやジャンダ村のギルドで図鑑をスキャンしてたよな?」
『そうですよ。ああやって少しでもデータを増やしているんです』
「って事はさ、もしかしたらハリソン村でもしてたのか?」
『少しだけですけどね。あそこのギルドにあったものはジャンダ村にあったものとそう変わりはありませんでしたからあまりデータは増えませんでした』
地面に落ちている魔石はスミレのランタンの明かりをほんのりと反射するから、その反射を頼りに見つけてはしゃがみこんで拾う。
大きさは小指の爪くらいの大きさだからよく見えないんだよな。
「じゃあさ、都市ケートンにいる間に図書館に行った方がいいのかな?」
『図書館もいいですけど、できればまた役所に行きたいですね』
「そうか? 何すんだ?」
『役所には最新の情報が集まってきますから。図書館にある本だとある程度の期間がすぎたものが書かれている事が多いので、それではあまり新しい情報を収集できないんです。それよりは役所にある書面を覗き見た方が、どこでどのような出来事があったかが判ります。それと同じ理由でギルドにも行きたいです』
なるほどなあ。確かにそう言われてみればそうだよな。
本を纏めるにはある程度の時間がかかる訳で、そうなると最新の情報とは言えなくなってしまう。
それよりも役所に集まってくる陳情書やギルドに寄せられる依頼なんかを見た方が、最新の情報と言えるんだろう。
「んじゃ、帰ってハンターズ・ギルドに行ったらさ、スミレは中で情報を集めてればいいよ。その間俺とミリーはギルドにあるテーブルでのんびりしてるよ。あとはまた役所に出かけてもいいよな。あそこのステンドグラスっぽいのはゴンドランドの羽だろうから、あれを参考にしてパンジーの新しい引き車の窓のデザインを決めるよ」
『ありがとうございます。商人ギルドや生産ギルドでもお願いしますね』
「うん、そのくらいならいつだって言ってくれればいいよ」
俺が下手に情報を集めようとするよりは簡単だろうしな。
『コータ様、そこにも落ちていますよ』
「ん? ああ、あったあった、ありがとな」
俺の右足の横に落ちていた魔石をスミレが教えてくれる。
数が多いからどうしても見逃してしまうみたいだなあ。
「コータ、はい」
「あれ、ミリー。休んでていいんだぞ?」
「うん。もうだいじょぶ。それに、一緒に拾った方が、早いよ」
「そうだな、じゃあ2人で頑張るか」
ミリーの気遣いが嬉しくてそう言うと、フルフルと頭を横に振ってからスミレを指差した。
「ううん、3人。スミレも一緒」
「そうだな、スミレもいるから3人で頑張ろうか」
「うん」
大きく頷くとミリーはそのまま俺から少し離れた場所で一生懸命魔石を拾い集めてくれる。
「たくさんのスライムが集まってあのでっかいスライムボールができたんだけどさ、ついでに魔石も集まってでかいのが1個になってくれたら楽だったのにな」
『そうですね。もしかしたらそうやって大きくなっていってるのかもしれませんね。ゴルフボール大のものから直径1メートルくらいのものまで色々な大きさのスライムがいますからね。時間をかけて融合して大きくなってもおかしくないかもしれないです』
「獲物を食べて大きくなるんじゃないのか?」
『それもあると思いますよ。ただ、それだけではないのかもしれない、と思っただけです。もしかしたらあんな風に集合する時期というのもあるのかもしれないです。数年、または数十年に1度種族を保持するために大きな個体を作り上げるとしても不思議じゃないです』
普通の生き物ならそんな事はありえないって笑い飛ばすところだけど、ここは異世界だからなんでもありな気がする。
だから本当にスミレのいうような進化をしているとしてもおかしくないだろうな。
「そうだ、スミレはスキルで作ったものは動かせるんだよな? だったらついでに俺のパチンコ玉とミリーの矢も拾えないかな?」
『そうですね、こんなところで朽ち果てさせるのも勿体ないですね。それにコータ様のパチンコ玉にもミリーちゃんの鏃にも魔法陣を刻んでいるので、変な人に拾われると良くないですからね。ついでに集めてしまいましょう』
「良くないって、なんで?」
『魔法陣を見られたくないからですね。見て魔法陣と判る人は少ないかもしれませんが、それでももしかしたら判る人もいるかもしれません。そんな人の手元に渡ってしまうと、術式を真似されてしまうかもしれないです。もしかしたら図々しく自分の術式だと言って登録してしまわれると、罰金もしくは使用料を取られてしまいます』
「まさか」
魔法陣は新しい術式を作り上げたら、きちんとその説明をして登録する事になっている筈だよな?
『自分で新しい術式を作り上げる事はできなくても、術式を読み解く事ができる人はいますよ。そういう人のところに渡ると悔しいですからね』
「んじゃ、帰ったらこれも登録するか?」
『そうですね・・・いいえ、しないでおきましょう。それよりも術式を変えて簡単に真似ができないような魔法陣に作り変えます』
「なんで? 登録したっていいだろ?」
スミレの作り上げた術式を盗まれるのは悔しいけど、登録しておけばいいんじゃないのか?
『あのですね、コータ様。よく考えてください。この魔法陣は一瞬とはいえ魔力を無効化するんですよ? そんなものが世間一般で気軽に使えるようになる事はとても危険だと思いませんか?』
「えっと・・・?」
『例えばですが、コータ様は今私の結界に守られていますよね。この結界はコータ様の魔力を使って作り出したものです。つまり誰かコータ様やミリーちゃんに敵意を持っている人がこの鏃を使えば、結界を破って矢を射って来る事が可能、という事なんです』
魔力を無効化する魔法陣だから、スミレの結界も無効化できるって事か。
一瞬だけとはいえ結界ならその一瞬があれば矢を通す事ができるんだ。
「それ、まずいじゃん」
『ですから、登録はやめましょう、と申し上げました』
「だから術式を見ても何のための魔法陣か判らないようにするんだな。確かに誰かに真似されたらヤバいもんな」
ここまで説明してもらって、やっと判ったよ。
なんとなくスミレの目が冷たいが、魔法のない世界で今まで生きていたんだからこのくらいは見逃してもらいたいぞ。
「じゃあ、なんとかして全部集めないとな」
『とりあえず目につくものだけ集めてしまいましょう。遠くまで飛んでいるものだと見つけることができないかもしれませんから』
「でもそれじゃあマズいんじゃないのか?」
もしかしたら誰かに拾われるかもしれないぞ? そう言ってたのはスミレじゃないのか?
『大丈夫です。どんなに遠くても私の探索範囲から出ているとは思えませんから、とりあえず拾えるだけ集めますね。それで探索をかけて見つけたものはその場で魔法陣を除去します』
「ああ、遠いと拾えないけど、魔法陣の除去はできるって事か」
『そうです』
んじゃ大丈夫か。
俺は地面にしゃがみ込んで一生懸命魔石を拾っているミリーに声をかける。
「ミリー、スミレがミリーの矢を見つけたら拾ってくれるって言ってるぞ」
「ほんと、スミレ?」
『全部は無理ですけど、少しは拾えますよ』
「よかった。わたし、たくさん使ったから、ちょっと心配だったの」
『無くなったらいつでも作るから心配しなくてもいいですよ』
「うん、でも、ムダにしちゃダメなの」
ミリーの方がしっかりしてるなあ。
でも俺が拾おうというまで魔法陣の事まで気づかなかったスミレは、意外と抜けているのかもしれない。
ま、本人には言えないけどさ。
でも気づいてよかったよな、うん。
「あとどのくらいある?」
『もう殆ど拾い集めましたよ。あと20個くらいですね』
う〜ん、まだそんなに落ちてるのか。
あとで魔石の数を数えてみよう。
一体幾つのスライムが集まってできたボールなのか気になるぞ。
まあそんな風に思えるのも、無事に全部仕留めたからだけどな。
俺はスミレのランタンの明かりを頼りに残りの魔石を拾うべく屈み込んだのだった。
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Edited 05/05/2017 @ 16:23 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
時々図書館やギルドに置いてある本なので → 時々図書館やギルドに置いてある本などで
1個になってくれたら楽だったのには → 1個になってくれたら楽だったのにな




