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「ちょっっ、あれなんだよっっ!」
俺たちに向かって転がってくるでっかいボールは更にスピードをあげたように見える。
『スライムボールです』
「スライムボールって、マユツバじゃなかったのかよっ!」
でっかいスライムボールの話は眉唾ものだって、言ってたよな、スミレ?
『目撃者が少ないという事で眉唾ものだと言われている、と言っただけですよ?』
「あれスライム? 大きい」
「いやいやいやいやっ、ミリー、大きいで片付けんなよっ」
「でもスライムでしょ、あれ?」
なんでそんなに落ち着いているんだよっっ。
『コータ様、落ち着いてください。コータ様がそんなに動揺されていると、ミリーちゃんも動揺しますから』
「動揺するなって言われてもなっ! あ、あんなでっかいのがやってくるんだぞっ。早く逃げようっ」
「でもコータ、スライムの核、集めるんでしょ?」
「んなもんいつだっていいって! 今は逃げようっ!」
命あっての物種だ、スライムボールのせいでせっかく貰った人生を終わりたくないんだよっ。
『コータ様っ』
耳元でスミレが怒鳴った。
俺はハッとしてスミレを見る。
『落ち着いてください。コータ様たちは私の結界の中にいるんですから安全です』
「け、結界・・・・そういやあ・・」
そういやスミレの結界の中だったよ。
すっかりパニクってて、そんな事も頭から抜け落ちていた。
『ですから、あれをやっつけましょう』
「ですから、って変だよっ。安全ならこのままパンジーのとこに戻ろうぜっ」
『あれだけの数のスライムは珍しいですよ。たくさんの魔石が取れます』
「もう魔石なんかいいじゃないかよお・・」
「コータ、魔石、たくさん取れるよ、嬉しくないの? わたし、頑張って仕留めるよ?」
俺なんかよりミリーの方がよっぽど落ち着いている。
そのミリーがスライムと遣り合うって言ってるんだと思うと、これ以上帰ろうという俺の方が駄々をこねているだけに見える気がするよ。
「スミレ、ほんっとうにここは安全なんだな?」
『もちろんです』
「俺だけじゃなくて、ミリーもだよな?」
『当たり前じゃないですか。ミリーちゃんには指一本触れさせません』
いや、スライムに触手ないって言ってたのスミレだよな?
触手がないんだったら、指もないと思うよ?
落ち着いている2人を見ていると、俺だけがパニクっている自分が変な気がして、気持ちが落ち着いてきた。
グラ、と地面が揺れた。
慌ててスライムボールの方を見ると、スミレの結界にぶつかって跳ね返されているところだった。
あれだけでかいボールが当たっても、スミレの結界はビクともしない。
今地面が揺れたのはスライムボールが当たって跳ね返された衝撃だろう。
「ミリー、あんまり結界に近寄るなよ。スミレ、ミリーが間違えて結界の外に出ないように内側からも通れないようにしておいてくれ」
『既にそう設定済みです』
「わたし、だいじょぶ、だよ?」
「無理すんなよ?」
「この槍で刺すだけ、平気」
な〜んでこんなにおちついているんだろうなぁ・・・
パニックになっていた俺が馬鹿みたいじゃないかよ。
ポーチから弾が入った袋を取り出して、それを手に結界から5メートルほどのところまで近づく。
そんな俺の方に向かってスライムボールがゆっくりと転がってきた。
「スミレ、俺の弾やミリーの鏃に魔法陣を刻めないか?」
『できますよ』
「んじゃ、頼むわ。ミリー、矢を全部出してくれ」
「わかった」
ミリーの矢と一緒にパチンコ玉を全部取り出して地面に置くと、すぐさまスミレが陣を展開して魔法陣を刻み始める。
「コータ、わたし、槍で大丈夫だよ?」
「うん、判ってる。でもさ、弓の方がミリーは使い慣れてるだろ? それに弓だったらそんなに近づかなくて大丈夫だからさ。ある程度スライムボールの中のスライムの数を減らしてから槍を使おうな」
「ん〜・・?」
「あれだけでっかい的なんだから、少々よそ見しててもミリーなら当てられるぞ。それに早打ちの練習もできるだろ?」
「うん、わかった」
『できましたよ』
「ありがと、スミレ」
ひょいっと矢を全部拾うとミリーに手渡す。矢筒の中には10本入っていて、そこに入っていなかったのは30本ほどあるから、これだけあれば暫くは大丈夫だろう。
俺の方はと言えば石製の弾が50個に、金属製の弾は30個あるからこれも暫くは大丈夫だろう。
俺は一握り分の石の弾をズボンのポケットにねじ込むと、早速弓を構えているミリーの隣に立つ。
スライムボールは俺たちの前に見えない壁がある事に気付いてか先程までの勢いはなく、ゆっくりと転がって近づいてくる。
「スミレ、スライムの核って1つじゃなかったのか?」
なんかすごくたくさんあるぞ?
『1つですよ。でもそのスライムボールはスライムの集合体ですから、それぞれのスライムの核が見えているんです』
「って事は、あれ、1個ずつ潰さないと駄目なのか?」
『そうなりますね』
一体何個の核があるんだよっっ。
あまりにも核の数が多すぎて数えようって言う気にもならない。
「とにかく、核を狙えば、いいんだよね?」
「みたいだな。んじゃ試しにやってみるか?」
「うん」
弓を構えて狙いをつけたミリーはすぐに最初の矢を放つ。
ヒュンっと音がして飛んでいった矢は少し左寄りの核に当たった。
さすがミリー、上手いな。
俺も負けてられないぞ。
パチンコの弾をホルダーにセットして、狙いを定める。俺たちが立っているのはスミレの結界から3メートルほどのところだから、同じく結界ギリギリまでやってきているスライムなら十分楽勝だよ。
パンっと音がして俺の放ったパチンコ玉が核に当たる。
ヒュンっとミリーの矢がまた核を潰した。
俺は試しにパチンコ玉を2個ホルダーにセットして飛ばしてみた。
「おっ、当たるじゃん」
でっかいスライムボールには無数と言ってもいいくらいの数の核があるからか、少々狙いが甘くても核に当たるみたいだ。
「負けない」
1度に2個の核を潰した俺に対抗意識を燃やしたのか、ミリーが矢を立て続けに放っていく。
しかもそのどれもが見事核に命中しているんだからたいしたもんだよ。
そんな俺たちの目の前で、核を潰されたスライムと思しき部分がボロボロとボールから剥がれるように落ちていく。
「うえぇぇっ、むっちゃキモい」
なんていうか、それまではどちらかというと透明だったスライムボールから、少し白く濁った部分がボロボロと落ちていく様はホラーとしか言いようがない。
「コータ、やめない」
「わ、判った」
ヒュンっと矢を放っているミリーに叱られてしまった俺は、慌ててまたパチンコ玉を飛ばしていく。
あっという間に石の弾を使い終わり、今は金属製の弾を飛ばしている。
そんな俺の横で軽快に矢を放っていたミリーが矢筒に手を伸ばしたところで、その中に矢が残っていない事に気付いて困ったような顔を向けてくる。
「コータ、もう矢がない・・・」
「気にすんな。俺が頑張る」
「でも・・」
「だったら石を拾ってくれないか? 俺のパチンコ玉もあんまり残ってないんだ」
「わかった」
返事をすると同時に後ろに向かって走っていくと、ミリーはそのまま地面からパチンコに適当な大きさの石を拾い始めたようだ。
さすが猫系獣人、暗くても地面はちゃんと見えているようだ。
『6割くらいのスライムの核は潰せたようですね』
「まだそんだけかよ・・・でももうミリーの矢は無いし俺のパチンコの弾だって残り少ないぞ?」
『ミリーちゃんが拾ってますから、それを私が加工します』
「ミリーの矢は加工できないのか?」
『材料があまり無いのでコータ様の魔力を使う事になりますけどいいですか?』
「いいよ、俺が倒れない程度なら気にせず使ってくれ。じゃないといつまでもここにいる羽目になっちまう」
『判りました』
そういうとスミレは後ろに飛んでいく。きっとミリーから石を貰って、それに魔法陣を刻むんだろう。その時にミリーの矢も作るんだろうな。
俺は対峙しているスライムボールめがけて、残りの弾をどんどん撃っていく。
「コータ、弾、できたよ」
「おっ、ありがとうな。スミレにミリーの矢を作るように言ったけど、作ってくれたか?」
「うん、20本、作ってくれた」
あれ、俺の体から魔力がそんなに抜けた感じはしなかったんだけどな?
でもまあそんな事を気にしている場合じゃない。
ミリーがくれた弾の入っている袋は重さ的に40−50個くらい入っているだろう。
俺はまたパチンコを構えて狙いを定めると、スライムボールの中に浮いている核めがけて撃ち込む。
そんな俺の隣でミリーも矢を放つ。
『もう少しミリーちゃんの矢を作っておきますね』
「おうっ、頼む」
ミリーの手助けがないと、俺1人じゃあ絶対に無理だ。
とにかく俺とミリーは隣り合わせで、必死になってスライムボール目掛けて攻撃を続けたのだった。
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Edited 01/20/2017 @ 22:05 ミリーの台詞に『ま』を使っていたので訂正しました。




