79.
ミリーの槍の先に刺さっているアメーバは、半分萎んだ風船というか潰れた大福のような形をしていて少しプルプルと震えている。
「いやいやいや、これ、アメーバじゃないだろ? アメーバはこんなにデカくない」
『アメーバです』
「アメーバだったら顕微鏡がなかったら見えない筈だ」
『それはコータ様の知っているアメーバですね。この世界のアメーバはこれです』
いや、これですってキッパリ言われても納得できないって。
『ミリーちゃんはアメーバ、見た事ありますか?』
「うん、1度だけ。おとうさんの、剣に刺さってたのを、見たことあるよ。こんなのだった」
『ほら、ミリーちゃんもこれはアメーバだって言ってますよ』
なんだよ、俺が間違ってるのか?
だからって、それで納得すると思うなよっ!
「これ、スライムじゃないのか?」
「コータ、スライムは丸いよ。こんなに、ヘナヘナしてない」
ミリーは両腕で大きな丸を作ってみせる。
『スライムはこんなに簡単に槍で刺せませんよ』
「うん。わたしでも、刺せたから、これはアメーバ」
『それよりも早くタライに水を入れてください。水が入っていないと乾燥して硬くなっちゃいますよ』
「お、おう」
まだ納得はしていないが、言われるままに俺はポーチから鍋を取り出して汲んだ水を数回分タライに入れる。
「こんなもんでいいのか?」
『十分です。では、アメーバをタライに入れてください』
「蓋しなくてもいいのか?」
『大丈夫ですよ。水があればその中で泳いでますから』
「そ、そうか・・・」
アメーバが泳ぐのか。確かに昔顕微鏡で見たアメーバは伸縮しながら移動していたけどさ。
俺はミリーから槍を受け取るとタライの中にアメーバを突っ込んでから、タライの縁を擦るようにして槍を抜いた。
光を放つスミレのおかげでタライの中のアメーバを見る事ができる。
「本当に泳いでるよ・・・」
顕微鏡で見たアメーバのように伸縮しながらタライの中をゆっくりと漂っている姿は、俺を微妙な気持ちにさせる。
それにミリーが言ったように平べったいな。いかにも軟体生物って感じだ。
「なあ、これを使ってタイヤを作るのか?」
『はい、これをタイヤのチューブの中に入れます』
「まさか、俺が手作業をしなくちゃいけないって事、ないよな?」
どうやって詰めるのか判らないけど、あれは触りたくないぞ。
『大丈夫ですよ。コータ様のスキルを使って詰めますから』
「でもあれ、生きてるぞ? 生ものは駄目なんじゃなかったっけ?」
『コータ様のレベルが上がってますからね、手を加えるのではなく材料として中に詰めるだけであればスキルでできますよ』
タイヤの中に詰める事は手を加えて違うものを作るわけじゃないからできる、って事か。
なんか俺にはその辺の基準はさっぱり判らないよ。
ま、そのためにスミレがいるんだろうからいいんだけどさ。
『それにアメーバは素手で触らない方がいいですからね』
「それ、どういう意味だ?」
『スライムほどではありませんが、体液は酸性なんです。ですのであまり長時間触っていると肌の表面が溶けてしまいますね』
「ミリー、絶対にアメーバに触るなよっ」
マジかよ・・・
思わずミリーの声をかけてから自分の手を見下ろしてしまったよ。
「わたし、槍で突くだけだよ。触ってない」
「ならいいんだよ。ちょっと心配したんだ」
「アメーバ、触っちゃダメ、って知ってるもん」
「そっかあ・・・知らなかったのは俺だけか」
『注意してませんでしたね、すみません』
どうせ死ぬほどの強さじゃないから、だろ。
なんか最近スミレの俺の扱いが酷くなっている気がするんだけど、きっと俺の思い過ごしだよな、うん。
俺は気を取り直して話を元に戻す。
「で、蓋は?」
『まだ大丈夫ですよ。とりあえず捕まえられるだけ捕まえましょう』
「でもさ、この大きさだったらさ、仕掛けたゴンドランドの足全部にかかっていたとしても足りないんじゃないのか?」
『足りないでしょうね。でも足りない分はコータ様の魔力で代用するので大丈夫ですよ。一度本物をスキャンして使用すれば、代用品を作るのも楽になりますから』
「そういうもんなのかねえ・・ま、いいや」
スミレの言う通りにすれば間違いはないだろう。
「んじゃ、次のアメーバを捕まえればいいんだな」
『はい、よろしくお願いします』
「わたしも頑張る」
「ミリーは突き刺すだけでいいぞ。あとは俺がするから無理はするなよ」
「だいじょぶ」
手を差し出してきたミリーに槍を返して、俺も自分の槍を使ってアメーバがかかっているゴンドランドの足を探す。
そうやって4匹ほどタライに入れたところで、ふと思いついた事を口にしてみる。
「スミレ、俺たちは結界の中にいるんだよな?」
『そうですよ』
「だったら、どうやってアメーバは結界の中に入ってきているんだ?」
結界に阻まれて中に入れないんじゃないのか? と疑問に思った訳だ。
『魔力を持つものとこちらに敵意を持つものは入れないように設定しています。アメーバはエサが欲しいだけでこちらに敵意を持っていませんし、魔獣や魔物は魔力を持っているので入ってこれません』
「ふぅん。じゃあ、俺もミリーも安全なんだな」
『もちろんです。コータ様とミリーちゃんの安全は何をおいても最優先事項です』
じゃあ安心かな。スミレがそこまで自信を持って言えるんだったら、気にする事はないんだろう。
ミリーと俺の安全が確保されているんだったら大丈夫、そう思えた俺はアメーバ狩りに集中する。
アメーバは面白いほど集まってくる。
ゴンドランドの足がなんでエサになるのか判らないけど、同じ足に何度でもアメーバがやってくるんだよな。
よく見ているとアメーバがやってくる足とこない足があるんだよ。
何か理由があるのかもしれないけど、その理由すら思いつかない。
なので俺はただただアメーバを槍で刺してはタライに入れるだけだ。もちろんミリーの槍のアメーバも俺が持ち上げてはタライに入れる。
そうやって小一時間程経った頃、タライから這い出そうとするアメーバが出た。
タライの中身は約8割といったところで、体を伸ばしたアメーバでも縁に届くようになったって事だな。
「スミレ、タライから逃げ出そうとしてるぞ?」
『もうそろそろ十分ですね。じゃあコータ様、タライに蓋をしてもらえますか?』
「オッケー、って結構重いぞ、この蓋」
『簡単に開かないように石を厚めにして蓋は作ってありますから』
「マジかよ。でもさ、中身がアメーバだったら、これ、俺のポーチに仕舞えないよな?」
『無理ですね。アメーバは生きてますから』
って事は俺が運ぶのか?
タライの蓋は石だぞ。
「でもこれ、蓋は石だし中にはアメーバと水が入ってるから重いぞ」
『判ってますよ。ですからさっき蓋を作る時にスキャンしたじゃないですか? あの時にタライの底に重量軽減の魔方陣を刻んでおきました』
「いつのまに・・・・」
てっきり蓋のための測量だけしてたんだと思ってたよ。
『とはいえまだ複雑な魔方陣は描けませんから、重量は10分の1までしか減らせません』
「十分だよ。神様に身体能力アップしてもらってるからさ、そのくらいならなんとかなるよ」
「わたしも、帰りみち、コータの足元、気をつけるよ」
「うん、そうだな。ミリーが手伝ってくれたら俺も転けずにパンジーのところまで戻れるな」
いつだって俺とスミレの手助けをすると言ってくれるミリーの気持ちが嬉しくて、ついついいつものように彼女の頭をポンポンと叩く。
時々頭を叩くなと怒られるけどさ、実は照れくさいだけだって事くらい鈍い俺でも判ってるんだよ。
「んで、どうするんだ? このままパンジーのところに戻るのか? それともスライムを狩って魔石を取るのか?」
『そうですね、魔石を集めておけばコンロが作れますよ?』
「よし、じゃあ集めよう」
コンロができるんだったら、スライムでもなんでも狩ってやるぞ。
竃も嫌というわけじゃないんだけどさ、やっぱり使い勝手が悪いんだよな。
「こんろ? なに?」
「さっき晩飯の前に竃の代わりを作るって話していただろ? あれの事だよ」
「かまどもどき、って言ってた?」
「そうそう、コンロだったらミリーでも使えるぞ」
「ほんと? 嬉しいな」
今まではそばで見ているだけだったからな。
これからは料理に参加できると言われて嬉しいのかな。
「スミレ、スライム、どこ?」
『まだ探索してませんよ。すぐに始めますね』
「すぐに見つかる?」
『大丈夫ですよ。ここに来た時に小さな魔力がたくさん感知できてましたから、すぐに見つけられます』
スライムを狩る気満々のミリーに苦笑いを浮かべたスミレが返事をしている。
『でもその前に、ミリーちゃんとコータ様が持っている槍を手直ししましょう』
「手直し?」
『はい、小さな魔方陣を刻みます』
魔方陣を刻む?
「なんで?」
俺はスミレが展開した陣の上にミリーと俺の槍を置きながら尋ねる。
『スライムは魔力の膜を纏っているから簡単に仕留められないと話しましたよね? その膜のせいでその槍では深く刺さりません。ですから、魔力無効の魔方陣を刻みます。と言ってもそれほど強力な魔方陣ではありませんから、発動は一瞬ですので勢い良く刺さなければ核まで届きませんよ』
一瞬だけスライムの表面を覆う魔力の膜を無効にするって事か。
それならなんとかなるかな?
『はい、できましたよ。では探索開始します。魔力探知・・・』
さすがはスミレ、あっという間に槍を仕上げてしまった。
まあスミレ曰く魔方陣を刻むだけだから、らしいけどさ。
俺は陣から2本の槍を拾って、ミリーに1本手渡す。
ミリーは俺が手渡した槍をぎゅっと握りしめる。
『おかしいですね、さっきまではあちこちに散らばっていたのに、今は1箇所に固まってます』
「何が?」
『魔力が、です。ここに来たばかりの時は100以上の小さな魔力がこの沼地一帯に点在していたんですが、今はその殆どが纏まっています』
「それってどういう意味だ?」
『判りません。ただ、あまりいい感じではないような気がします』
なんだ、それ。100匹ほどいたスライムみたいな小さな魔物が1箇所に集まっているって、どういう意味だ?
「なんか獲物でも見つけて食ってるんじゃないのか?」
『それは有り得ますね。でも実際に見えている訳ではありませんので、なんとも言えません』
「スミレ、あきらめて、帰る?」
「そうだな。ミリーに何かあると困るから--ってなんだ?」
バシャッッッッ
ミリーを危険な目に遭わせたくないから帰ろうと言いかけた俺の耳に、大きな水が跳ねるような音が聞こえた。
「コータッッ!」
目を大きく見開いたミリーが指差す方向を見ると、そこには昔の運動会で見るような玉転し用のでっかいボールサイズの何かが転がりながらこっちに向かってくるところだった。
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