7.
「どぉおおおおっっ! いだだだだっっっっっっ!」
ふわっと飛んできたスミレが俺の頭に触れた瞬間、とんでもない激痛が頭に走った。
あまりに痛みに頭を抱えて地面を転がり回るが痛みは一向に収まらない。
ほんの数秒とスミレは言ったが、その数秒が永遠に感じるくらいだ。
『はい・・・データ転送完了しました。コータ様の記憶のデータ、保存します・・・終了しました』
「うぐごががぁぁぁ・・・・」
『それではコータ様の記憶よりナイフに関するデータを取得しましたので、それを使ってこれからサーチに入ります』
淡々としたスミレの声に半比例した俺の苦痛の叫び。
しかしスミレはそんな俺の叫びを綺麗に無視。
どうやらそのままナイフ作りのための検索に入ったようで、ようやく頭をあげて涙目で彼女の方を見ると、彼女はスクリーンに向かって忙しそうに手を動かしている。
もっと優しくしてくれよ! と文句を言いたいが、未だに頭に痛みが残っていて声を出すだけの気力が残っていない。
『コータ様の記憶の中には169種類のナイフがありました。プランニングを始めますので、その中から希望の大きさ形状のものを選んでください』
「っ・・・・・・ぅぅ・・・」
『コータ様?』
「あぅぅ・・・スミレ、もう少し優しくしてくれ」
『全てのコータ様の記憶はこちらのデータベースに転写しましたので、2度とする必要はありませんのでご安心ください。それでは選んでください』
「はい・・・・」
俺の苦情はキッパリとスルーされ、俺はがっくりと肩を落とした。
それでもまぁこんな激痛を体験する事はもうない、とスミレのお墨付きをもらったので諦めよう。
少し気を取り直してから、スミレが目の前に展開したスクリーンに並ぶナイフに目を向けた。
「なんで169種類もあるんだ? 俺、そんなにたくさんの種類のナイフなんて知らないぞ?」
『過去にコータ様が1度でも興味の目を向けられたナイフは記憶の層に残っています。それらも含めての169種類です』
「それって雑誌とかテレビのコマーシャルとかも入るのかな?」
『今言われた媒体・・・データバンクによる情報により理解しました。そうです、それらを使って1度でもコータ様が興味を持って見た事のあるものはその中に含まれます』
便利だな、だったら結構色々なものを作る事ができるかもしれない。
テレビとか見る時に、おっ、なんて思いながら見たものがデータに入っているって事だろ。
「ふぅん・・・じゃあ、少しフィルターかけられるか?」
『もちろんです』
「じゃあさ、刃渡り20センチから25センチ。ハンドルは、そうだな・・・黒のプラスチック製、いや、ツノ製がいいか」
プラスチック製なんかのナイフだと人前で使えないかもしれない。
それに比べればツノで作られたハンドルなら、持っていてもそれほど目立たないだろう。
『判りました、フィルター始めます・・・・終了しました。16種類のナイフが検索できました』
「う〜ん、これはちょっと刃が凝りすぎているなぁ。もう少しシンプルな方が目立たないかな・・・じゃあ、これでどうだ?」
俺がそう言って指差したのは、ありふれた形の、どう見ても大量生産型の普通のナイフだった。
『カスタムをされますか?』
「カスタム? そうだな・・・じゃあ、刃の幅を少し細めに変更できるか? あと、形を少し・・えっとこの部分を少しだけ反らせる事はできる?」
『はい、大丈夫です。それではカスタム、始めます』
スミレはそういうだけでスクリーンには触れていないが、それでも彼女の声に反応したのか、目の前のスクリーンの先に三角を2つ重ね合わせたような六芒星陣が現れた。
そして同時に俺の右側に小さな六芒星陣が現れて、その上の空間にたった今スクリーンを使って選んだナイフが3Dホログラムの形で現れた。
俺の目の前でそのホログラムのナイフの刃が細くなり、それから少し反らせた形に変えていく。
『はい、カスタム終了です。こちらのナイフがコータ様の要望を取り入れたナイフの形状となります』
「おぉい、すごいなぁ・・・うん、まぁこんなもんかな」
『今回、このナイフを作るのに必要な材料は4種類ですので、コータ様のレベルで作る事ができます。それではこの形状で作成を進めさせていただきます』
「判った。あっ、それから・・このハンドル部分は・・っと、まぁ実際に握ってみないと判らないからこのままでいいや」
握った時に俺の手のひらにしっくりする形状にしてもらいたいと思ったのだが、実物を触らないままでそんな細かい変更の指示なんて俺にはできない。
「じゃあ、始めてくれ」
『はい。では、メイキングを始めます』
俺の右側の六芒星陣に浮いているナイフは相変わらずゆっくりと回っているままだが、ふと視線をスクリーンの向こうにある六芒星陣に向けるとそこはなにやら少し輝いている。
「あそこで作っているのか?」
『はい、あと82秒でできあがります』
六芒星陣の上では白い光がくるくると高速で回っているのが見え、そのうち六芒星陣の直ぐ真上の辺りで何かが少しずつ現れてくるのが判る。
俺は思わず膝立ちになって、そのまま六芒星陣に向かって移動する。
もう好奇心丸出しだ。どうなっているのか見たくて堪らない。
そんな俺の隣をスミレが飛んで移動している。
そうして六芒星陣の前まで来ると、もっと細かい部分までよく見える。
どうやら神様は3Dプリンターの中でも熱溶解積層方式を選んだようで、下から少しずつ厚みを増やしながら形が整えられていく。
ただ白い光が明滅を繰り返しながら回転しているので、残念ながらはっきりと見る事はできない。
それでも少しずつ厚みを増していくナイフが形状を見せてくると、それだけで俺は感嘆の溜め息を零した。
「なんか・・・すごいな」
『コータ様の魔力もすごいですよ。普通の人が持っている魔力量だけでは、あのナイフを作る事はできませんから』
「そうなんだ? じゃあ、俺の魔力はもう空っぽって事?」
『いいえ、まだまだ潤沢に残っています。あの大きさのナイフであればあと100本は作れます』
「なんだそりゃ」
あの神様、なんていう魔力量を俺に持たせたんだよ。
まぁ、今みたいに材料を手に入れられない環境ではありがたいけどさ。
でもバレないように気をつけないとな。
変なヤツに目をつけられたりしたら堪んないよ、まったく。
そんな事を考えているうちに作成が完了したのか気がつくと光が収まっており、スミレが六芒星陣に向かって飛んで行っているところだった。
「できたのか?」
『はい、完了です。ナイフのデータをセーブしました。それではナイフを確認していただけますか?』
「うん・・・ほぉ、なかなか・・・」
指の腹でナイフに触れると切れ味がいい事が感触として伝わってくる。
思わずニンマリとした俺は、そのまま今度はハンドルの握り具合を確認する。
「ん〜、でも、ちょっと握り辛いかな」
『そうですか?』
「うん。ちょっと太すぎるな」
『じゃあ、修正しましょう』
「えっ、そんな事もできるの?」
『そのためのアップデート機能です』
ああ、そういやそんな事も言ってたな。
「じゃあ・・・この部分を少し削って・・それから、ここは厚みを減らしてくれるといいかな」
握ったり離したりしながら頭を傾げているとスミレがスクリーンの右側に展開している六芒星陣を指差した。
『そこに展開しているナイフはホログラムですが、そのナイフの柄の部分を握るようにしてみてください』
「これ? 判った。えっと・・・こうかな?」
『はい、それで結構です』
3Dホログラムのナイフはスミレによって握りやすい角度に移動されていて、俺はその柄の部分を握るように手を添えてみる。
その間もスミレはスクリーンに手を触れながら何かしている。
『形状をコータ様の手の形にアップデートしました。では直ぐに修正変更を開始します』
スミレはさっき大きい方の六芒星陣で作られたナイフを俺から受け取ると、それを先ほどの場所に置く。
それから飛びながら戻ってくると、もう一度スクリーンに触れる。
途端にまた光が発生したかと思うと、今度はほんの10秒ほどで光が収まった。
『はい、これでどうでしょう』
さっさとナイフを取りに行ったスミレから受け取ると、ぎゅっと握りしめてみる。
うん、さっきよりもずっと手に馴染んでくれる。
「よくなったよ。ありがとう」
ハンドルを握った手を開いたり閉じたりしながら礼をいうと、スミレは嬉しそうに笑った。
『それでは、この調子で色々と作っていきましょう』
キッパリと更なる作成をする宣言をしたスミレに、俺はせめて非常食を食べる時間をくれ、と頼んだのだった。
今更だが、腹が減ったよ。
読んでくださって、ありがとうございました。