78.
薄暗い林の中をゆっくりと進んでいく。
スミレの話ではパンジーのいる場所から500メートルほど先らしいけど、茂みを避けたりしながら歩いているせいか、さっぱり距離感が判らなくなってしまってる。
「スミレ、あとどのくらい?」
『あと200メートルくらいですよ』
「まだそんなにあるのか」
たった500メートルなら楽勝って思ってたんだけど、ちっとも目的地に近づけない。
「おっと」
「だいじょぶ?」
地面から出ている木の根っこに足を取られて転けそうになっていると、ミリーが心配そうに声をかけてくれる。彼女は猫系獣人だから夜目が利くんだろうな、俺よりもよっぽど安定した歩きを見せている。
「おう、なんとか転けずに済んだよ」
「手、引こうか?」
「いやあ・・さすがにそれはなあ。うん、大丈夫だ」
こんな小さな子に手を引いてもらうなんて、俺の矜持が許さんっ!
『帰りはもう少し明るくする事ができますが、こちらの居場所を知られないに越した事はないので、今は暗くても我慢してくださいね』
「うん、判ってるって。でもさ、なんに居場所を知られたくないのかくらいは、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないのかなあ?」
『もうすぐですから、それまで待っててください』
「スミレぇぇ〜」
『コータ様も一応他の人種よりは夜目が利いているんですよ?』
「へっ? そうなんだ?」
『はい、出なければこんなところ歩けませんよ』
そおかあ?
俺は視線を足元に向けるが、なんとなくぼんやりと見える、っていう程度だぞ?
でも、とスミレに言われて考えてみる。
確かに元の世界での俺の視力を考えると、多少は見えてるのかもしれないな。
三日月が出ているだけの夜空だ。この程度の明るさだと、普通の人間なら全く足元は見えないだろう。
「そう言われるとさ、そんな気がしてくるよ」
『そんな気がするだけではなくて、本当にそうなんですよ。身体能力を高くしておく、と言われた筈ですけどね、覚えてませんか?』
「あ〜、言われた気がするけどさ、それって重いものが持てるとか持久力がついたとか、そういう事だと思ってたぞ?」
『それもありますけど、夜目が利くといった事も身体能力の1部ですからね』
目からビームは出ないけど、夜でも少しは見えるっていうのはありがたい。
「コータ、目が見える?」
「う〜ん、人種にしては見える方らしいな」
「でもしょっちゅう躓いてるよ?」
「あはは、だからさ、見える方だけどミリーみたいな猫系獣人には敵わないって事だよ」
ミリーはすごいもんな、と言いながら頭を撫でると少し照れくさそうな笑みを浮かべる。
そんな話をしながら歩いているうちに、どうやら俺たちは目的の場所にやってきたようだ。
『足元に気をつけてくださいね』
「なんかぬかるんでるな」
『すぐそこが沼地ですからね』
「スライム、出るの?」
『そうですね。このような環境をスライムは好みますから。でも私たちの一番の目的はスライムじゃありませんよ。判ってますよね、コータ様?』
「判ってるって」
なんでわざわざ俺に念を押すんだ?
そりゃ晩飯の前にスライムの事を聞いたけどさ。
「でも時間があればスライムも仕留めて魔石を取るって言ってただろ?」
『まずは当初の目的の物を集めてからですよ』
「そうかいそうかい。で、ここで何をするんだ? もう教えてくれてもいいだろ?」
『ゴンドランドの足を持ってきてますね?』
「うん、スミレが捨てるな、ポーチに入れとけっていうからちゃんとポーチに入れてるよ」
ってか、入れたまんまっていう方が合ってる。
『では、その足を、そうですね・・・あの辺りがいいですね』
「あの辺って、あの水たまりか?」
『はい。そこでいいです』
スミレが指差した方角を見ると、ここから10メートルほど進んだところに沼の水が溜まったような水たまりが見える。
「スミレ、ちゃんと結界は張っておいてくれよ?」
『もちろんです。既に張ってますよ』
「おっけ」
足元が不安な上によく見えないからな、変なものに襲われたくないんだよ。
チキンと呼ばれてもそれは譲れない。
俺はゆっくりと足を取られないように気をつけながら、スミレが示した場所のすぐそばにやってくると手袋を嵌めた手でポーチから黒いゴンドランドの足を取り出した。
「うっ、グロい」
足の長さは70−80センチくらいありそうで、しかもなんとなく黒い彗星に似ている気がするんだよ。
できれば触りたくないんだけど、ここはスミレに従うしかないもんな。
だからせめてもの気休めに手袋を嵌めているのだ。
「これ、投げ捨てておけばいいのか?」
『ぬかるみに突き刺してください』
「うえっ」
『付け根を上に向けてくださいね』
「はいはい」
って事はもっとぬかるみに近づけって事だよな、あ〜あ。
俺は右手にゴンドランドの足を握ったまま、足元に気をつけながら水たまりのすぐ横にまで近づくと、そのままゴンドランドの足を突き刺した。
グニ、というぬかるみの手応えを感じながらも足は20センチほど刺さった。
手を離すと突き刺さったままでホッとする。
これ以上強く握って突き刺すと、手のひらにゴンドランドの足の感触が残りそうで嫌だったんだよ。
「これでいいのか?」
『はい、それでは次の足を・・・あの辺りに刺してください』
「えぇぇ、まだ刺すのか?」
『全部使いますよ』
「全部って・・・ゴンドランド1匹につき6本の足だから・・まだあと17回もやるのかよ」
『頑張って下さい』
しれっと言うスミレをじろり、と睨んでみたものの、このままここに突っ立ってても何も起きない。
俺はわざと大きなため息を吐いてから、スミレが指差した場所に次の足を刺しに行く。
スミレは俺にあっちへ行け、そっちへ行け、と指示を出す。
俺としては適当な場所に刺したいのだが、1度適当に刺したらやり直させられた。
ホント、人使いが荒い俺のスキル・サポートだよ、全く。
「わたしも手伝うよ?」
『ミリーちゃんはそこで待っていればいいですよ』
「でも、コータだけだと大変?」
「いいよいいよ、俺1人で十分だよ」
足取りがどんどん遅くなる俺の事を心配してミリーが手伝いを申し出てくれるが、楽しい仕事じゃないからなあ。
俺が何度かコケそうになりながらもようやく18本全部の足を突き刺し終えると、スミレはミリーのいるところまで戻って来いと言ってきた。
「人使い荒いな、スミレ」
『適材適所、ですよ?』
「あ〜、はいはい。で、これから何をするんだ?」
『ポーチから以前作った水用の樽を出してください』
「水用の樽? そんなもの作ったっけ?」
「タライ、でしたね」
樽なんか作ったっけ? と頭を傾げているとスミレがタライと訂正した。
それなら作った事あるな。
「それってミリーを綺麗に洗ったタライか?」
『はい、それです』
「そういやあれ以来使った事なかったから、すっかり忘れてたよ」
『実は私も忘れてました。でも、丁度いいものなのでここで使おうかと思いまして』
沼地でタライ、って一体何させるつもりだ?
ポーチから取り出したタライは直径が1メートルほどのもので、俺の水浴び用にすればいいとスミレはいったんだけどさ、さすがに大の男が1メートルほどのタライに入っている姿はヤバイだろう、って事でそのままポーチに入れっぱなしで放置していたんだよな。
『まだ時間がありますから、今のうちにタライの蓋を作りましょう』
「タライの蓋?」
『大きなお盆のようなものを作ればいいですよ。すぐにできます』
スミレはそう言いながらも、スクリーンを呼び出すとそのままタライの真下に陣を展開してスキャンをする。
それから陣を消すと、今度はタライのすぐそばに陣を展開してタライ用の蓋を作り出した。
「蓋って、石の蓋なのか?」
『はい、重い方が安全ですからね』
「重い方が安全なんて言われると、俺は不安しか感じないんだけどさ?」
『気のせいですよ』
「いやいやいや、ちっとも気のせいじゃないよな?」
『大丈夫です』
キッパリと言い切ると、そのまま俺から視線を逸らしたスミレは蓋の製作に入る。
「タライに何を入れるつもりなんだよ、スミレ」
『タイヤの材料ですよ?』
「だからさ、何がタイヤの材料になるんだ?」
そんなに言いにくいものなのか?
「だから、はっきり言ってく--」
「コータ、足が動いてるっっ」
「足? ああ、ゴンドランドの足か? って、なんで足が動いてる?」
『かかったようですね』
「何がかかったって言うんだよっっ!」
ミリーが指差した場所に突き刺したゴンドランドの足は、確かにグラグラと揺れている。
でもその何かは水の中にいるみたいで、俺からは何も見えない。
『槍を出してください』
「槍? でも俺、槍なんか使った事ないぞ?」
『大丈夫です、ゴンドランドの足に引っ掛かったものを刺すだけですから』
「何を刺すんだよっ?」
何がゴンドランドの足に引っ掛かってるって言うんだよっっ。
プチパニックを起こしながらも、俺はポーチからずっと前にスキル上げと練習のために作った武器の1つである槍を取り出した。
『ミリーちゃんにも1つ渡してください』
「わたしも?」
『念のため、ですよ』
ミリーは手伝える事が嬉しいのか、ニコニコと笑みを浮かべたまま俺に手を差し出した。
俺はその手に槍を1本渡す。
『それではみんなで行きましょうか』
スミレの号令に合わせて、俺とミリーは先頭を飛んでいるスミレの後を着いて行く。
『ちょっと暗くて判りにくいですね。私が照らしましょう』
ゴンドランドの足の真上にやってきたスミレの全身がボウっと光を放ち始める。
そのおかげで水の中にいるものが見えるようになったか、と言うと正直よく判らないままだ。
「見えないぞ?」
『よく見てください、ちゃんと見える筈です』
「コータ、あれ」
俺には見えないけどミリーには見えるようで、水の中を指差している。
『ミリーちゃんには見えてますよ。では、ミリーちゃん、あれを槍で突き刺して持ち上げてくれますか?』
「うん」
「ちょっと待て、危ないぞっ」
『大丈夫ですよ』
見えない何かを大丈夫と言い切るスミレに文句を言う前に、ミリーはトコトコとゴンドランドの足に近づくと、それが突き刺さっている根元目掛けて槍を突き刺した。
「グニってした。でもちょっと、重いよ」
『コータ様、持ち上げる手伝いをしてあげてください』
「持ち上げるって・・」
俺には未だに何も見えないぞ?
とはいえそのままほったらかす訳にもいかないから、俺はミリーの横に行くと彼女の持っている槍に手を添えて一緒になって持ち上げる。
「出たっ」
「うげげっ」
なんだよ、これっ!
透明なぶよぶよしたものがミリーの槍の先端に突き刺さってるぞ。
『はい、タライに入れてくださいね。そうそう、水も入れてくださいよ。乾くと硬くなっちゃいますから』
「スミレ、これ、なんだよ」
『アメーバですよ?』
アメーバあああ?
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