77.
スミレに言われた場所にパンジーを止めると、既に日が暮れ始めていた。
「スミレ、材料探しは明日の朝なのか?」
『いいえ、今夜ですね』
「夜? 危なくないかな?」
『大丈夫ですよ。私の結界を使いますから』
スミレの結界を使えば安全だって判るけどさ、それでも夜周囲がよく見えない場所をうろついて材料を探すというのはあまり気が進まない。
とはいえ、スミレが夜だと言えば夜しかないんだろう。
俺は思わず小さなため息を吐いた。
「ま、とりあえずは晩飯の準備をするよ」
「晩ご飯?」
「うん、ミリーもお腹すいただろ?」
「うん」
竃を出して引き車の横に設置する。
新しい引き車だとここにシェードがつくから、雨の日でも安心してご飯が作れる事になる。
「でもなあ、いつまでも竃っていうのも不便だよなあ」
「なに、コータ?」
「独り言だよ」
ブツブツ呟いていると不思議そうにミリーが訪ねてくる。
「今はさ、ご飯を作る時って竃を使ってるだろ? でも出し入れが面倒くさいし、不便なんだよな。だからパンジーの引き車を新しく作り直す時に、ついでにそっちも使いやすいものを作ろうかなって思ったんだ」
「かみゃどを使わないで、ご飯は作れないよ?」
「うん。竃もどきを作るよ。それだったら多分ミリーでも簡単に扱えると思うな」
竃ってでかいし、火の調整が結構面倒なんだよ。だからミリーにはあまり竃の手伝いをしてもらわないようにしているんだけど、彼女がそれに不満を思っている事は知ってるんだ。
だったらミリーでも簡単に扱えるような調理器具が作れるなら作りたい。
「スミレ、ちょっとした魔法具なら作れるんだよな?」
『はい、簡単な構造のものであれば大丈夫ですよ』
「じゃあさ、電気コンロみたいなのって、作れる?」
『電気コンロ、ですか? データ検索します・・・でました・・・そうですね、コータ様の知っている最新の電気コンロは無理ですが、もう少し簡易版であれば作れますね』
「簡易版ってどんな感じ?」
電気コンロってそんなハイテクだったっけ? 俺が住んでたアパートにもあったけどさ、全然ハイテクって感じじゃなかったぞ?
『電気はありませんのでエネルギー源は魔石になります。火力は3段階でそれ以上の細かい火力設定は無理です。タイマーは砂時計のようなものを使うという形で決まった時間であれば設定できます。それ以上は今のレベルでは無理ですね』
「十分十分。それ以上だと俺が扱えないよ。それに別にタイマーはいらないしな。スミレとミリーが教えてくれるだろ?」
『もちろんです。ね、ミリーちゃん?』
「うん、がんばる」
真剣な顔で頷くミリーとそれを見てニコニコ笑っているスミレ。
「今から作れる?」
『今から、ですか? 魔石がないですよ』
「あ〜・・そっか。いや、あるぞ」
ライティンディアーの魔石があるじゃん。
俺はポーチに手を突っ込んで取り出した。
「ほら、ライティンディアーの魔石、これ使えないかな?」
『電気コンロ程度にこの魔石はもったいないですね。今日の夕食はいつも通り竃で作りましょう。今夜出かけた時に、スライムでも仕留めれば魔石が手に入るかもしれないですよ』
「す、スライムぅぅ・・って、そんなのいたのか?」
『いますよ。今夜行くところは沼ですからね。そこであれば見つける事ができますよ』
スライムってさ、あのヌメヌメベトベトしている、っていうあれか?
「そ、そのさ・・触手、伸ばしてくるのか?」
だったら、ミリーはここで留守番だぞ!
絶対にミリーはスライムの触手の餌食にはせんぞっっ!
『コータ様、何を期待されているのか判りませんが、スライムに触手はありませんよ』
あれ?
『スライムは大きさはゴルフボールから直径1メートルほどのバルーンくらいの大きさで、中に水が詰まったようなものと考えていただければいいかと思います。その弾力性のある体を跳ねさせながら移動して、獲物を見つけるとその上に覆いかぶさってそのまま体内に収納溶解する事で栄養を吸収します』
惚けた顔で頭を傾げていると、少し冷たい視線を向けながらスミレが説明してくれた。
「そ、そっか・・・あ、ははは」
『直径1メートルまでなるスライムは滅多に見ません。ただゴルフボールサイズであれば魔石は小さなビーズサイズでしかないので、バスケットボールくらいの大きさのスライムを仕留める事を推奨します』
「その大きさだとコンロが作れるのか?」
『はい、常に魔力を使う訳ではないので、省エネコンロを作れば、朝晩調理をしても1ヶ月くらいはもつと思います』
「それってさ、どのくらいの大きさの魔石なんだ?」
『バスケットボールサイズのスライムであれば、小指の爪くらいの大きさの魔石を持っています。一応コンロにつける魔石カセットの部分には多少魔石の大きさがバラついても十分対応できるようにしておくつもりですが、ゴルフボールサイズのスライムの魔石ではお茶を1杯沸かせるかどうかですので、やはりバスケットボールサイズのスライムから取れる魔石が最適サイズではないかと思います』
ふむふむ、小指の爪サイズの魔石で1ヶ月くらいは使えるのか。
手元のライティンディアーの魔石はそれよりもはるかにでかい。
確かにコンロにはもったいないかもな。
どうせ使うんだったら、もっとでかい魔法具を作った時の燃料にする方がいいだろう。
「オッケー、じゃあ今夜スライムを仕留める事ができたら作ろうな。でも、スライムって簡単に仕留められるのか?」
『スライムは弾力性のある体を持っていますので、力技で長剣なので叩き斬る事が多いです』
「それってさ、叩き斬るじゃなくて叩き潰すの間違いじゃないのか?」
『その通りですが、一応長剣なので叩き斬ると言う表現をされます』
ほら、やっぱ潰してんじゃん。
「でもさ、俺もミリーも長剣なんてもの使わないぞ? どうやって仕留めるんだ?」
『コータ様のパチンコであればいくら弾力性のある体でもその中心にある核を狙えば仕留められます。ミリーちゃんは使用する鏃に魔力を無効にする魔方陣を書き込んでおけば、核を狙う事ができますよ』
「魔方陣?」
『はい、ちょっとした刻印を入れるだけですけどね』
つまり小さな魔方陣を刻むだけで魔力を無効にできるって事か?
「あれ、でもなんで魔力なんだ?」
『スライムは全身を魔力で作った膜で覆う事で弾力性を上げ、更には防御力を上げています。ですからその魔力の膜さえなんとかできれば、弓矢でも十分核を狙う事は可能なんです』
「ミリーはスライム怖くないのか?」
「平気、森の奥で、見た事ある。おとうさんが、簡単に仕留めてた」
「見た事あんのかよ」
俺よりも経験豊富ってか・・とほほ、だなあ。
「おとうさん、このくらいのスライム、仕留めてた」
両手でバレーボールくらいの大きさの輪を作って見せてくれる。
「あの森にそんなのがいたのかよ」
「そんなにいないよ? わたし、2回しか見た事ない」
「って事は、スライムって珍しいのか?」
『場所によりますね。スライムはジメジメした薄暗い場所を好みますから』
その辺はテンプレ通りなんだな。
「一度にたくさん出るとかって事、ないよな?」
『スライムは群れを作る事はありませんから、見かける時は1匹ずつでしょうね。たまに2−3匹いる時もあるかもしれませんが、それは繁殖行為のためです』
スライムの繁殖行為・・・・?
うん、想像するのはやめておこう。いけない世界に足を踏み入れるかもしれないからな、うん。
『ただ、数十年に1度程度の割合で、100匹以上集まる事があるそうです。詳しい理由は私のデータバンクにはないので判りませんが、集まったスライムが合体して巨大化する事もあります』
え〜っと、俺はどこから突っ込めばいいんだろうか?
『これはあまり目撃情報がないので私のデータバンクにもそういう報告があった、としか載っていないので詳しい情報はありません。過去200年の間に4回発見されただけですね。この60年ほどは全く報告が上がっていませんから、発見したという話も眉唾ものではないか、という記載もあります』
多分さっきスミレが言っていた繁殖行為とやらで大きくなっただろうスライムボールを見た人が、『むっちゃデッカいスライムを見たで〜』とでも報告したって事か。
まあ直径が1メートルくらいあるスライムもいるらしいし、それが2個くっつけばデカく見えるだろうな。
「そういえばさ、スライムってペットにできるの?」
『・・スライムをペット、ですか?』
「うん、ほらラノベなんかに良くあるんだよね」
『データバンクからラノベ検索・・・スライム、ペット、検索・・・なるほど、創作話ですか』
「コータ、スライムは魔物、危ないよ」
ミリーが何を言っているんだ、と言わんばかりの顔をして教えてくれる。
その横を飛んでいるスミレも俺にどことなく冷たい視線を向けてくる。
あれ?
『残念ながら、スライムをペットにはできません。スライムは意思のない魔物ですので、こちらの意思を感じ取る事はできません』
「そ、そっかあ・・・」
『ただし、コータ様のラノベとやらに書かれている魔物使いと言う技術はあります』
「ホントに?」
『はい、ただし使役できる魔物はある程度の知能がある魔物となりますし、その知能のレベルに合わせた命令にしか従える事ができません。ですので、スライムは無理でもゴブリンであれば、単語1つか2つの命令、それも『進め』『止まれ』『攻撃』『退却』といった基本的な動きはできますが、一旦戦闘が始まるといくら命令しても興奮しすぎていて命令を理解できなくなる、という事もあります。そのせいで魔物使いが使役していた魔物を制御しきれずに、使役していた魔物によって襲われると言う状況も珍しくありません』
「それ、むっちゃ怖いじゃん」
『ですので、魔物使いは知能が高めの魔物を捕まえて使役します。けれど不測の事態に備えて常にそばには自分を守るための護衛をつける場合が殆どですね』
「だから、わたし言ったよ、危ないって」
「うん、そうだなあ。ミリーのいうとおりだなあ」
腰に手を当てて偉そうな言い方をしてくるミリーに同意を示すと、彼女は嬉しそうな顔でうんうんと頷く。
そんな姿を見て癒されはするが、俺の意気消沈した心は浮上しない。
なんかさ、ガッカリだよ。
ちょっとだけ憧れてたんだよ、なんていうのかな、こうさ、魔物を従えて颯爽と敵を打ちのめす、ってヤツ?
まあ、現実ってのはこんなもんなんだよな、うん。
そんな俺を見て、ミリーが頭を傾げている。
「コータは、そんなにスライムが、好きなの?」
「は?」
「好きだから、スライムを使役したいんでしょ?」
「いやいやいやいやいやいやいや、それはない。絶対にない」
頭をブンブン振って全身で否定するぞ。
「もしかしたら魔物を使役できるのかなって思っただけだよ。スライムだったら低位の魔物だから、使役しやすいのかななんて思っただけなんだよ」
「スライムは無理でも、使役できる魔物なら、いろいろいるよ?」
「そうなのか? じゃあそのうちミリーが教えてくれると嬉しいな」
「うん、わかった」
『では、そろそろ夕飯を作りませんか?』
嬉しそうなミリーの横を飛んでいるスミレに言われて、そういえば食事を作らなきゃいけないんだったな、と今更ながら思い出した。
竃を取り出していて、そこからコンロの話になって、どんどん話が横にずれていっちゃったんだよな。
「おっと、そうだったな。ミリーもお腹空いてるもんな」
「うん。わたし、コータ手伝うよ」
「頼りにしてるよ」
火の番はさせられないけど、材料を切るくらいの手伝いはお願いできるもんな。
そうと決まればさっさと晩飯を作るか。
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