76.
ガタガタとリズミカルに揺れるパンジーの引き車の御者台の上、俺は手綱を握ったままゆっくりとパンジーを歩かせている。
ミリーは俺の膝を枕にして寝ている。
ゴンドランドとの一戦で疲れたみたいだな。
それでも以前であればここまで甘えたような態度はとらなかったんだけど、ずっと抱えていた秘密を俺に話した事で不安もなくなったんだろうか。
「スミレ、このまま真っ直ぐでいいのか?」
『はい、今日の夕方には目的地に着きます』
つい30分ほど前に街道を横切った。
今はゴンドランドを討伐した草原とは街道を挟んで反対側にやってきている。
目の前には少し小高い丘があり、その麓には小さな森が広がっている。
『目的地はあの森の中です。ですが安全面を考えて、その手前で今夜は野営をしたいと思います』
「うん、まあ、森のど真ん中よりはその方が見通しもいいからな」
『当初の予定と違って3泊となりますが、食料は大丈夫ですよね?』
「うん。ミリーには2泊3日分を用意するようにって言っておいたけど、俺のポーチには1ヶ月分くらいの食料は入ってるから」
それでも今夜は鳥か何かを仕留めて、それを晩御飯のおかずにしたいなと思っている。
依頼で外に出ている時にはこういうイレギュラーな事が起きる事もあるんだ、ってミリーに覚えておいてもらいたいからな。
って言っても、俺のせいなんだけどさ。
「で、タイヤの材料って一体何を使うんだ?」
『それは直接見てもらうのが一番だと思います』
「直接って、もしかしたら俺がドン引くかもしれない、って心配してる?」
『どうでしょう? コータ様の元の世界の知識ではタイヤには使わないような物ですね。でもこれが一番最適な材料だと思いますよ』
「う〜ん・・・全然想像もつかないよ」
クスクス笑うスミレはパンジーの背中に座って俺と話している。
「森に入るんだったら、ついでに少し枝とかも集めた方がいいかな?」
『木材はいくらあっても困りませんからね』
う〜む、言外に集めろと言ってるよな、これ。
「スクリーン、展開」
俺は目の前にスクリーンを呼び出して、この周辺の地図を見る。
右に都市ケートンがあり、そこから西南西に向かって伸びている街道が先ほど俺たちが交差した街道だ。
地図で言うと街道の下側に描かれている草原でゴンドランドを仕留めた。
本当なら今日はそこにとどまって明日の朝都市ケートンに向けて移動する筈だったんだけど、俺がパンジーの引き車改造計画なんていうのを始めたから、そのための材料集めを兼ねて今は街道の北に向けて移動しているところだ。
地図には小さいけど森っぽいのが描かれていて、スミレの話ではその麓で今夜は野営をするみたいだ。
到着予定はあと1時間ちょっとくらいだから、着いてから少し森の麓周辺を歩き回って採取をするくらいの時間はありそうだ。
「この森って何が採れる?」
『アーヴィンの森ほど種類はありませんが、薬草などもありますよ。それに久しぶりにイズナも採れますよ』
「おっ、だったら少し採っておこうかな。全部使っちゃったから、最近は俺の魔力を使ってるだろ?」
『というほどポーションは作ってませんよね?』
「あ、ははは・・・」
そ、そうだったな、うん。
「でも久しぶりに作ろうかな。都市ケートンで売ればいいだろ?」
『お金に困ってませんよ?』
「うん、知ってるよ。でもまあ生産ギルドに行くんだから、その時にどんなものが作れるか見せておこうと思ったんだ。1つ2つのものしか作れないと思われるよりは、いろいろなものが作れると思ってもらっておいた方があとあと融通も利かせてもらえるかもしれないだろ?」
『でもポーションの類でしたら薬師ギルドに売るべきでは?』
「あれ、そんなギルドもあったんだっけ?」
俺が聞いていたのは、ハンターズ・ギルド、商人ギルド、卸業ギルド、それに生産ギルドだけだったぞ。
『この辺りでは生産ギルドが一手に請け負っているようですね。でも地域によっては生産ギルドで売らせてもらえない事もあるようですよ』
「ふぅん。でも都市ケートンに薬師ギルドってあるのか?」
『小さな支部が存在します。都市ケートンでは都市の法律で生産ギルドと商人ギルドでのポーションの製作と販売が認められていますから、無理に薬師ギルドに入る必要がないんです。ですが、将来いろいろな町や村、それに都市に移動する時に持っていれば便利だと思いますよ』
う〜ん、でもなあ。既に俺はハンターズ・ギルド、商人ギルドに所属している。んで、今は生産ギルドでメンバー登録の承認待ちだ。
今すぐ必要ないんだったら無理に登録するのもめんどくさいんだよなぁ。
『無理にとは勧めませんが、薬師ギルドに登録する事で新しいポーションのレシピを手に入れる事もできますよ? それにそこでポーションのレシピを売る事もできます』
「別に新しいポーションのレシピなんていらないだろ? どうせスミレが知ってるんだろうからさ。それにそれってさ、生産ギルドじゃ駄目な訳?」
『薬の調合レシピやポーションのレシピに関しては、生産ギルドでは登録できません。さすがにそれは薬師ギルドが黙っていませんからね。それに私が知っているレシピはデータバンクの中のものですから、新しく登録されたようなレシピは知らないですよ』
「そっかあ・・・でも別に新しいレシピがすぐにいるって事もないしな。それに登録するようなレシピも持ってないからさ、今は保留って事にしておくよ。都市ケートンを出てからどうしても必要になったら登録する。それでいいかな?」
『はい、それでも大丈夫ですよ』
とりあえず都市ケートンでは、ポーションを売るのに薬師ギルドを通さなくてもいいらしいし、無理にポーションを売らなくちゃ生活できないっていう訳じゃないしな。
「そうだ、スミレ。ゴンドランドの胴体で何を作るつもり?」
『何を、ですか?』
「うん。ちゃんとした手順を踏んで処理をすれば、材料として使えるって言っただろ? あれ、一体何の材料になるんだ?」
『鉛筆ですね』
「え、鉛筆? そんなものこの世界にあるのか?」
『まだこの辺りには普及していないようですが、大都市アリアナに行けば気軽に売られている筆記具ですよ。特にダンジョンに潜る人たちには好評のようですね。ペンであれば水に濡れれば文字や線が滲んで何が書かれてあったか判らなくなりますが、その点鉛筆でしたらにじむ事もなく少々濡れていても書けますからね』
鉛筆がこの世界にもあったのか、知らなかったよ。
スミレのいう通り、鉛筆って結構万能なんだよな、うん。
「でもトンボの胴体から鉛筆ができるなんて想像できないぞ?」
『ゴンドランドの胴体をきちんと処理すれば、あれを使って鉛筆の芯が作れます。それも炭を使って作られたものよりは擦れで色が飛びにくく、普通の芯よりも濃く書き込む事ができるんです』
「あれで鉛筆の芯?」
『ゴンドランドは死ぬ間際にその身を燃焼させるんだそうです。残った魔力を使って体内を燃やし尽くして使えないものと認識させます。しかしそれを逆手にとって、魔力を使ってもう1度焼き直す事で均等な炭素に変換できます。そしてこの炭素、つまり鉛筆の芯を使う事により普通の炭素で出来たものよりも高級な品質のものを作る事ができるんですよ』
「あれ、体内が燃えてたのか?」
それにしては熱くなかったぞ?
『炭化してましたね。熱を発する事なく炭化する、だからこそ質のいい鉛筆の芯ができるんです』
「俺にはよく判んないけど、スミレがそういうんだったらそうなんだろうな。んじゃ試しにミリーが使う分だけ鉛筆を作ってやるか? ゴンドランドからできたって言ったらびっくりするぞ」
『面白そうですね』
「鉛筆作りはスミレに任せるよ。俺は自分用にボールペンでも作るかな」
鉛筆もいいけど、俺としては今まで仕事なんかにも使ってきていたボールペンの方が使い勝手がいいんだよなあ。
「あっ、でもさ、ボールペンって作れる?」
『もちろんです。コータ様のレベルは4ですからね。以前作れなかったものでも作れるようになったものが増えてますよ』
「魔法具は?」
『術式の簡単な物であれば作れるようになっている筈です』
「おっしゃ。今夜ちょっと試してみてもいいよな」
すっかり忘れていたが、レベルが上がれば魔力を込めて使う魔法具も作れるって説明受けてたんだった。
「んで、どんな魔法具が作れる?」
『あまり複雑な物は作れませんよ。属性を1つか2つ付与した物、程度でしょうか? それに大きさもあまり大きな物は今はまだ無理ですね』
ワクワクしたような顔で体を乗り出してしまった俺を見て、スミレが呆れたような笑みを浮かべて説明してくれる。
「でもさ、俺には術式なんて書けないぞ」
『そのために私がいる事をお忘れなく。私のデータバンクを総動員してプログラムをします。というか、コータ様のライターは魔法具ですよ?』
「へっ・・?」
なんですと?
『ライターは燃料として小さな魔石を使っていますよね? その魔石を燃料に変換するのに術式を書き込んでますし、火花を飛ばす部分にも簡単な物ですが術式を使ってますから』
「あれ、そんなに手がかかっていたのかあ・・知らなかったよ」
『まあ、魔法具というにも烏滸がましいと思う程度の術式ですけどね』
「じゃあさ、今度都市ケートンに戻ったらちょっと街中にある魔法具屋さんに行って、どんな魔法具があるか見て回ろうか?」
『すぐに調べますよ?』
「いいよいいよ。自分の目で見るのもまた楽しいよ。それにミリーだって観光に行く方がいいだろ?」
『ああ・・・そうですね。ミリーちゃんも一緒に見て回る方を喜びますね』
ミリーを引き合いに出してみたが、結局のところ俺が自分の目で見たいんだよ。
元の世界には魔法具なんていうものはなかったからさ、自分で直接見た方がこの先有用だと思うんだ、うん。
「魔法具って高いのか?」
『種類によりますね。あとは術式の複雑さによって価値が変わってきます。例えばコータ様のライターは初期の術式のみで作り上げてありますので、1つ500ドラン程度で売買されると思います。けれど術式が複雑になればその値段はどんどん上がっていきます。100万ドランとか1000万ドランでも買えない物だって出てきますからね』
って事は・・・魔法具1個に1億かよっ。しかもそれだけ出しても買えない物もあるのか・・・
「そんなすごい魔法具、スミレに作れるのか?」
『今はまだ無理ですね。でもコータ様のレベルが5に上がれば作れるようになります。といってもある程度そのレベルを使いこなせるようにならないと無理でしょうけどね』
「でもまだ先の話だろ? じゃあさ、魔法具屋を見て回る時に今のレベルで作れそうな物とか見つけたら、それがどんな魔法具でどうやって使うのかって事も教えてくれよな」
『もちろんです。私も見て回る事で更にデータを増やせますからね』
「じゃあ、ついでに図書館にも行ってみるか?」
『図書館ですか? ありましたっけ?』
「役所の中にそれっぽい場所があっただろ? あそこに行ってみようよ。もしかしたらもっといろいろな図鑑とかもあるかもしれないしな。そういやミリーって読み書きができたっけ?」
『基礎はなんとか、といったところですね。簡単な単語は読めますが、難しい言い回しになると読めなくなります。書く方も似たような感じですね。おそらく父親が独学で教えていたんでしょう』
ああ、だったらあまり出来なくても仕方ないか。
特に村から追い出されたあとだと、読み書きの勉強どころじゃなかっただろうからな。
『読み書きは一応以前コータ様に言われたので、少しずつ進めているところですが難しいですね。ミリーちゃんもやる気はあるんですが、覚えられないみたいです』
「それってミリーが覚えられないのか、それとも他に要因があるって事?」
『あくまでも私の私見ですが、もう少し時間をあげた方がいいと思います。もっと感情が落ち着いて、私たちといるここが自分の居場所なんだと心から思えるようになったら、もう少し勉強に気持ちを向けるだけの余裕が出てくると思います』
やっぱ、そこがネックか。
つまり時々こっちに見せる不安そうな顔をさせなくできれば、勉強も捗るようになるって事だよな。
「まあ急ぐ事じゃないからのんびりと読み書きを教えていけばいいよ。今は俺たちと一緒にいる事に慣れるのが一番って事だからな」
『そのはじめとして今夜、鉛筆をミリーちゃんと一緒に作ってみますね』
「ああ、そりゃいいアイデアだな。きっとミリーも喜ぶよ」
スミレと一緒になってスクリーンを見て一生懸命考えて鉛筆を作るミリーの様子が思い浮かぶよ。
「なんなら紙も作ってみればいいよ。自分で作った紙と鉛筆。きっとテンションが上がるよ」
『それもいいですね。では早速今夜の野営地に着いたら、ミリーちゃんに雑草を集めてきてもらいましょう』
「ついでに晩御飯の肉も狩ってきて貰えばいいよ。ミリーは生まれながらのハンターだからな、晩飯用の肉なんかあっという間だろ」
そうやって役割を与えていけば、自分の居場所はここなんだっていう気になるかもしれない。
『判りました、着いたらすぐに起こしてお肉を狩ってきてもらいましょう』
俺はスミレに頷きながら、そっと膝の上のミリーの頭を撫でるのだった。
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Edited 05/05/2017 @ 16:20 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
今は街道の北に向花て移動しているところだ → 今は街道の北に向けて移動しているところだ
その値段はどんどの上がっていきます → その値段はどんどん上がっていきます




