73.
う〜む。
正直言って、俺の腰は完全に引けている。
というか動くと腰が抜けてその場に座り込んでしまいそうな気がしているんだよ、うん。
「準備できたよ」
「そ、そうか」
「コータ?」
不思議そうに俺を見上げるミリーになんとか余裕の笑みを見せつけたいところだが、自分の顔が半分引きつっているのが判るから軽く手を振って誤魔化そうとしてみる。
「コータ、顔色悪いよ?」
「そ、そうかな? 多分、ミリーの気のせいじゃないかな」
「スミレ?」
『ミリーちゃんの言う通り、コータ様の顔色はあまり優れませんね』
スミレ、そんな事は肯定しなくてもいいから。
余計な事を言うスミレをジロリと睨みつけてみるものの、自分でも迫力がない睨みだと判ってるだけに情けない気持ちになってくる。
目の前にはおかしな光景が広がっている。
だだっ広い草原にパンジーと彼女が引く車がある。
そしてその周囲に2.5メートルくらい高さの棒が立っている。
その先には肉が刺さっている、しかも血が滴っていて周囲に血の匂いを振りまいている。
血の滴る肉が刺さった、そんな棒が5本、俺の周囲に立っているのだ。
左端はウサギの皮付き腿&足が刺さっている。しかも抜き取られないように紐でがっしりと結ばれている。
右端も同じくウサギの皮付き腿&足が刺さっている。
左から2番目はウサギの皮付き両手が刺さっていて、右から2番目はウサギの頭が刺さってるんだよ。
んで、今俺の目の前にある真ん中の棒には胴体が丸々皮付きのまま刺さっている。しかもお腹が開かれて内臓がはみ出た状態で・・・・・・・おえっ。
これがゴンドランドのエサの仕掛けだと言われれば文句は言えないが、それにしたってこれは・・・・なあ。
「これであとは待つだけ」
「その・・お、俺たちは隠れた方がいいのか?」
「うん? 別に隠れなくても、大丈夫だよ?」
「そ、そうなのか? そ、そっか〜・・・じゃあ、このままここに突っ立ってるかな、ははは・・・」
「突っ立ってると、エサと勘違いされるから、しゃがみこんだ方が、良いかも」
「そ、そうか・・・はははは・・」
慌ててしゃがみ込もうとして足がふらついた。
なにもおかしくないのに、なぜか乾いた笑いが口から零れる。
人間こういう時に笑いが出るんだな、って初めて知ったよ。
「すわっても楽だよ?」
「す、座ってもいいのか?」
「うん、別にしゃがんでもすわってても、なんなら寝転んでいてもいいよ?」
「寝転んで、ってなんだよ、それ」
「匂いに、引き寄せられる、ゴンドランドの目には、ウサギの肉しか見えてない、はずだから」
なぜか言い切るミリー、すごく自信があるんだな。
「ウサギの肉だけ?」
「ウサギの内臓の匂いに、つられてよってくる」
「それで内臓を出してるのか・・・」
「うん、それにコータや、わたしに、目を向けたとしても、それよりも簡単に、食べられるものがあれば、そっちを狙う」
そういうものなのか?
ってか、虫なのにそんなに鼻が利くのか?
「でもあれは既に死んでて、こっちは生きてるから生きが良いぞ?」
「関係ないよ。ゴンドランドは死肉も食べるから」
「そ、そうか・・・」
余計な事聞くなよ、俺っっ。
『ただそれはこちらから攻撃を仕掛ける前の話ですけどね。こちらが攻撃を始めれば襲ってくると思いますので気をつけて下さい』
やっぱ襲ってくるんじゃん!
事の発端は、ゴンドランド討伐のための準備だった。
朝食を食べ終えた俺たちは、早速ゴンドランドを捕まえるための準備を始める事にした。
とはいえ俺にとっては未知の魔物で、スミレペディアから簡単な概要を聞いていただけの俺には準備と言われてもやり方が判らない。
「で、どうすんだ?」
「ゴンドランドのエサを捕みゃえる」
「エサ?」
トンボのエサってなんだったっけ?
「スミレ、この辺だとウサギ?」
『そうですね。それが一番見つけやすいでしょうね』
「わかった」
『探索をかけてみます。探索開始・・・・範囲100メッチ・・・範囲200メッチ・・・』
ミリーとスミレの会話だけが続いていき、スミレはそのまま探索を始めてしまった。
俺はといえば、ウサギがエサと言われてもまだピンと来ていなかった。
トンボってウサギ食べたっけ?
『範囲500メッチまで広げます・・・・・範囲1キラメッチまで広げます・・・見つけました』
「どっち?」
『あちらの方角、距離約870メッチですね』
「風上、ちょうどいい」
『そうですね』
パンジーの引き車の前に広げていたシートの上に置いていた弓を掴むと、そのままミリーは立ち上がった。
それを見て俺も慌てて立ち上がる。
「コータ、わたし、1人でウサギ、獲れるよ?」
「うん、でもまあついていっていいかな?」
「いいよ」
ウサギの毛皮は10枚まとめてギルドに持っていけば常時依頼として受け付けてもらえるので、ミリーは旅の間暇さえあれば弓で仕留めていた。
そういえばギルドに出すのを忘れていたけど、多分俺のポーチの中にはウサギの毛皮は30枚くらいあると思うぞ。
そんなミリーの弓の腕は知っているが、それでももしもの時の事を考えるとやはり付いて行かなくちゃって思ってしまう。
俺はポーチからパチンコを取り出すと、左手にパチンコ、右手に石でスミレが作った弾を握りしめてできるだけ足音を立てないようにミリーに付いていく。
とは言ってもここは草原のど真ん中だ。1メートルほど高さがありそうな草も生えていて、音を立てないように歩く事が意外と難しい事を実感させる。
それでもゆっくり歩いてくれるミリーのおかげでなんとか彼女に付いていく事ができそうだ。
スミレはここから870メートル先にウサギがいるって言ってたよな?
「スミレ、近づいたら結界頼むよ」
『了解です』
俺の隣を飛んでいるスミレに声をかけながら、俺は前を慎重に進むミリーの背中を追いかける。
不意にミリーが立ち止まり、矢を握っている右手を横に振る。
俺は彼女の指示に従って足を止めた。
ミリーは真剣な表情で一点を見つめているが、そこに何がいるのか俺にはさっぱり見えない。
『ミリーちゃんから約70メッチの位置にウサギがいますね』
「よく見えるなぁ」
『彼女たち猫系獣人は生まれながらのハンターですからね』
「そっか、んじゃスミレ、結界よろしく」
『はい、結界展開します』
俺のレベルが4になったおかげで、スミレの結界の範囲も更に広がったと言っていた。
確か今なら範囲が直径40メートルくらいあるんじゃなかったっけ。
止めた足をまたゆっくりと動かして更に10メッチほど前に進んだところで、ミリーは片膝を付いて弓に矢を番えるとそのまま構えた。
別にもう少し近づいてもばれないと思うんだけど、ミリーはこの距離でウサギを狙う事にしたようだな。
そんな彼女の後ろで、念のために俺もパチンコを構えておく。
おそらく10秒にも満たない時間で狙いを定めたミリーの、ぎゅっと引き絞った弦がヒュッと言う音とともに放たれると、矢が元気よく飛び出してまっすぐ伸びていく。
俺は矢を目で追いながらもパチンコは構えたままだ。
残念ながら未だに俺には獲物のウサギがどこにいるのか判ってないんだよな。
ただミリーが狙いをつけた方向に向けているからすぐに修正はできると思っている。
ミリーの矢はまっすぐ雑草が少し多く生えている茂みのような場所に飛んでいくとそのままそこに突っ込んでいった。
と同時に小さな獲物の悲鳴が聞こえた。
ミリーはその悲鳴が聞こえたと同時に立ち上がると一気に走っていく。
その後ろ姿を俺も慌てて走って追いかける。
けどミリーの足が早すぎてあっという間に置いて行かれてしまう。
「スミレッ、結界も移動させろよっ」
『当然ですっ』
当たり前の事を言うな、と言わんばかりのスミレに声に一瞬肩を竦めたものの、俺は足を止める事もなくミリーの後を追う。
「獲ったっっ!」
茂みに飛び込んだかと思うと、ミリーは両手でウサギを抱えてすぐに出てきた。
「ほら、俺が持ってやるよ」
「わたし、持てるよ?」
「うん、知ってる。でもミリーが頑張ったんだから、俺も少しは頑張った方がいいだろ?」
『ミリーちゃんがいいとこを全部持って行ったから悔しいんですよ』
揶揄うようなスミレのセリフにミリーが笑う。
うぬぬっ、スミレの冗談だと判っていても腹たつなぁ。
ジロリと睨んでから俺は左手でミリーの獲物であるウサギを受け取る。
「わかった。コータ、お願い」
「はいはい」
「重かったら、わたし、持つよ?」
「大丈夫だよ、ポーチに仕舞うから。で、これ、戻ったらどうするんだ?」
「解体してゴンドランドのエサにする」
「ウサギなんか食うのか?」
さっきの疑問を口にすると、神妙な顔でミリーが頷いた。
「ゴンドランドは肉食。エサがない時は小さな子供をおそう事もある」
「・・・・へっ?」
「干ばつが続くと、エサが減ってくる。そうすると、エサが取れなくなるから、ゴンドランドは集落の近くにやってくるの。そういう時は気をつけないと、木陰で眠らせていた赤ちゃんや、小さな子供をゴンドランドに、盗みゃれてしまう、そう教えてもらった」
「へ・・へぇ〜・・・」
肉食トンボって事か・・・って、むっちゃ怖えじゃんっ!
「子供を襲うトンボってなんだよっっ」
『コータ様、ゴンドランドは確かに見かけはトンボですけど、大きいものですと全長3メートルはありますよ?』
「スミレ・・・そんな事はもっと早く教えてくれよぉ」
全長3メートルってどんだけデカいんだよっっ。
『あれ? 説明しませんでしたっけ?』
「聞いてない。もしかしたら説明したかもしれないけど、そうだとしたら俺は寝ていたよ、多分」
顎に指を当てて考えるスミレは、どうやら俺に説明したと思っていたようだ。
まあちゃんと聞かなかった俺も悪いんだけどさ。
でも、確かにそんなにデカいんだったらウサギくらい食うよな。
「でも大きいから矢も当てやすいよ?」
「そ、そうか? じゃ、じゃあ、俺のパチンコでも当たるかな?」
『大丈夫だと思いますよ。それに狩りの時はちゃんと結界を展開しますから、安全にゴンドランドを狩る事ができると思います』
スミレの結界の中から狙うって事か。
じゃあ危険度が少しは下がるって事だな。
でもな〜、鳥ならまだしもでっかいトンボ・・・・虫、だもんな。
俺、ガキの頃でさえ虫取りとかってすきじゃなかったんだよな。
なんだかだんだん不安になってきたよ。
そんな俺の心境を察したのか、ミリーがパチンコを持っていない方の空いている手をキュッと握ってきた。
「とにかく、引き車に戻る」
「判ったよ」
すっかり場を仕切っているミリーの宣言通り、パンジーのところに戻る事にしたのだった。
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