70.
都市ケートンから大都市アリアナに向かう街道を3時間ほど進み、そこから街道を外れて5時間ほど進んだ辺りの草原が俺たちの目的地だ。
俺たちは6時(元の世界で言うところの7時過ぎ)に蒼のダリア亭を出発して、目的地に到着したのは午後の4時(元の世界で言うところの5時半くらい?)だった。
あと1時間半くらいで暗くなるから、今日はゴンドランドの事は忘れてさっさと野営地を設営しようって事になった。
とは言ってもスミレが結界を張ってくれるし、パンジーの引き車があればテントを張る必要もない。
となると残る仕事は晩御飯を作る事だけだ。
それだって今すぐに作り始める必要もないんだよな。
「ちょっとその辺を歩き回ってみるか?」
『薬草採取ですか?』
「うん、そう。変わったのがあるんだろ?」
『中級の体力回復役の材料が採れる筈ですね』
「おっ、今のよりよく効くポーションか? じゃあパンジーに丁度いいな」
『コータ様、今のポーションでも十分すぎると思いますよ?』
どこか呆れたようなスミレの言葉。
「いやっ、でもさ、やっぱりパンジーに疲れを残してもらいたくないからさ」
パンジーは俺たちの足だからね。
「それに余ったらミリーにあげればいいよ。ミリーも元気になってきたけど、まだまだ痩せてるもんな」
俺たちと一緒にいるようになって骨張っていた腕もふっくらとしてきたけどさ。それでも他の子供に比べると痩せていると思う。
それにポーションを飲む事で少しは成長を促せるかもしれない。
『ではパンジーはここに残して、私も一緒に行きましょう。探索の手伝いをしますよ』
「助かるな。俺1人だと適当に生えているものを毟ってくるだけになるからさ」
『私がいても、なんでも毟っていいんですよ? コータ様が集めるものは全て材料になりますからね』
そうだよな、雑草だって材料になるんだからさ。
「わたしも一緒に行っていい?」
「もちろん。一緒に行こうな」
『当たり前ですよ』
どこかホッとした表情を浮かべるミリー。
もしかしたら俺たちが置いていくと思ったんだろうか?
「ミリーに聞かなかったのは、一緒に行くもんだって思ってたからだぞ? それにいくらパンジーがいるからといっても心配だからここにミリーだけ置いていけないよ」
「わたし1人でも大丈夫だよ?」
「だ〜め。俺たちが心配だから、ミリーは俺かスミレと必ず一緒にいる事」
『そうですよ。さあ、行きましょう』
「それにミリーも薬草採取の手伝いをしてくれるだろ?」
「うん」
「じゃ、行こっか」
さて、薬草以外にどんなものが採れるかな?
草原っていうから、ただ草がぼうぼうと生えているだけだと思うだろ?
でもさ、この世界の草原ってちょっと違うんだよなぁ。
まず草原といえば草、の筈だけど、草に混じって魔草とかっていうのが生えている。
毒を持っていたりするくらいなら可愛いもので、中には噛み付いてくる魔草もいやがった。
パッと見が鮮やかな若草色で、すごく新鮮な草に見えたんだよ。それで思わず採取しようと手を伸ばしたら手袋をはめた俺の指をガブってしてきやがった。
慌てて手を引っ込めたものの手袋をしてなかったら今頃俺の指はあの草の栄養になっていたって訳だ。
もちろんそのままで済ませる筈もない。
俺はムカッとしたまま根っことそのちょい上の部分に鍬を叩きつけて2つに分断してから、根っこと葉っぱの両方をちゃんとポーチに仕舞ってやった。
あとでスミレに見せたら珍しい魔草で、治療薬の元になるんだと。
人の指を食おうとする草が治療薬、よく判らん世界だよ、ホント。
「ミリー、ちゃんと手袋しておけよ」
「してるもん」
俺のすぐそばで雑草を袋に入れているミリーを見ると、確かにちゃんとスミレ特製の赤い手袋をしている。
ちなみに俺の手袋はグレーだ。
「この草の実も集める?」
「ん? スミレ、どう思う?」
『その草の実はフランチェリと言って、ポーションに使えますよ』
「だそうだ、んじゃ俺も一緒に集めるかな」
スミレの返事に、俺もミリーが手にしているのと同じ実に手を伸ばした。
ミリーが掴んでいた茎はまるでチューリップの茎見たいなんだけど、花の代わりにホオズキみたいな袋が付いていて、その中に紫色をしたビー玉大の実が入っている。ホオズキの実なら柔らかいんだけど、この紫色の実はむっちゃ硬い。本当にビー玉みたいな硬さなんだよなぁ。
「スミレ、この袋、いる?」
『いいえ、中の実だけでいいですよ』
「ん、わかった」
『コータ様、袋を1つください』
「ほい」
俺のポーチに入っている小さめの皮袋をスミレに手渡し、俺も自分用に同じ大きさの袋を取り出して早速フランチェリの実を入れる。
「スミレ、たくさんあった方がいいかな?」
『そうですね・・・非常に珍しいというほどのものではありませんが、草原地帯を離れると見かけなくなりますので今のうちに集めておいてもいいと思います』
「わかった」
「オッケー」
頷いた俺にミリーが挑発するような目を向けてきた。
「競争?」
「負けんぞ?」
「わたしが勝つ」
「言ったな。スミレこれから10分でどっちがたくさん集めるか競争するぞ」
『はいはい、10分だけですよ。では・・・始めっっ』
呆れたような口調で返事をしてから、右手を上げて振り下ろすスミレの号令と同時に、俺とミリーは周囲に生えているフランチェリを片っ端から集め回った。
ぱっと見は頭が枯れたチューリップなので、俺はブツブツと枯れたチューリップと呟きながら見つけ次第とりあえず外の袋ごと皮袋に突っ込んでいく。
とはいえ、10個ほど見つけてからはさっぱり見つけられなくなってしまった。
もしかしてあの辺りに群生していただけなのか?
俺はキョロキョロと周囲を見回し、それからミリーの居場所を確認する。
どうやらミリーも見つけられなくなったようで周囲を見回している。
という事は、次の群生を見つけた方の勝ちという事か。
むむむっ、負けてられないぞっ。
「あったっっ」
俺は少し離れた場所に頭の枯れたチューリップを見つけ、だだっと走り寄る。
ぐっと掴んでぽいっと袋に入れて次を探すが次が見つからない。
「あれ?」
「あったっ」
向こうでミリーが嬉しそうにあげた声が聞こえてきた。
思わず振り返ると、ミリーが走っていく姿が見えた。
そしてその後ろをスミレが飛んで付いて行っている。
このままでは負けるっっ。
俺はまた周囲を見回して枯れたチューリップを探しては皮袋に突っ込む。
たまに2個ほど見つける事ができたものの、大抵は1個しかない。
それでもミリーに負けてたまるかという気持ちで一生懸命探して回った。
『終了〜〜』
少し肩で息をするくらい走り回った頃、スミレの声が聞こえた。
俺は丁度摘んだばかりだった実を皮袋に突っ込むと、その足でスミレとミリーのいるところに歩いていく。
『たくさん見つかりましたか?』
「ん〜、まあまあ、かな? ミリーは?」
「わたしもまあまあ」
「数えるか?」
「うん、負けない」
俺とミリーはその場に座り込んで、地面に皮袋の中身を広げる。
どうやらミリーも俺と同様で袋を取る手間を惜しんだようで、彼女の皮袋からも枯れたチューリップの頭がゴロゴロと出てくる。
『はい、ではまずは2人とも外の袋の部分を取り除いてください』
スミレの指示に従って、俺とミリーは丁寧に袋の部分を取り除く。
ここで少しでも扱いがいい加減だったらスミレに叱られるからな。
「なあスミレ、この袋の部分って使えないのか?」
『雑草と同じように繊維としては使えますけど、それ以上の使い道はないですね』
「そっか、じゃあミリー、その辺にまとめとこうか。あとで雑草を入れる袋に入れるからさ」
「わかった」
素直なミリーは俺が指差した場所に、実から取り外した袋をまとめて置く。
その上に俺の袋ものせていく。
「よし、準備できたぞ」
「わたしも」
『はい、では数えましょうか』
スミレの掛け声で、1つ、2つ、と数えていく。
『13・・14・・』
「もうない・・・」
14と言ったところでミリーが残念そうに空っぽの手を広げる。
ふっふっふ。だが俺の手にはもう1個だけ残っているんだよ。
「15、っとじゃあ、俺の方が1個多いな」
「むぅ〜〜」
「悪いな、ミリー」
悔しそうに上目遣いで睨んでくるミリーに、勝者の余裕の笑みを見せる俺。
『コータ様』
「なんだ、スミレ」
おっ、スミレがおめでとうって言ってくれるのかな?
『勝利に酔っているところ申し訳ありませんが、それは無効です』
「へっ?」
『コータ様は勝負を始める前にみつけた1個をその袋に入れましたよね? でしたらそれは無効ですよ』
「えっ、い、いやっ、それならミリーも同じだろっ?」
『いいえ、ミリーちゃんはちゃんと最初の1個は私に差し出しましたから』
俺が慌ててミリーを見ると、スミレの言葉に頷いている。
『という事で、コータ様14個、ミリーちゃん14個、引き分けですね』
宣言するスミレの言葉に、ミリーは俺を見てにっこりと笑みを浮かべた。
あれ?
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