69.
朝、まだ日が昇るまでに1時間くらいはありそうな時間に、俺とミリーはパンジーのいる厩舎にやってきていた。
眠そうに目を擦っているミリーの手を握ったまま、厩舎のドアから出てくるパンジーを見て元気そうな姿にホッとする。
いやまあ、大丈夫だと思っていたんだけどさ、でもちょびっとは心配じゃん。昨日はなんだかんだ言っててパンジーの様子を見に来るのをすっかり忘れてたんだもんな。
「お待たせしました」
「ポポポポポ」
この厩舎担当らしい男に引かれてやってきたパンジーは、俺たちを見て嬉しそうに小さな鳴き声をあげた。
「元気だったか、パンジー」
「パンジー、今日はお出かけ」
いや、お出かけっていうのはちょっとニュアンスが違うんじゃないのか?
「パンジーはおとなしくしてましたか?」
「はい、この子はとてもいい子で世話がとても楽でしたよ」
「パンジーは良い子」
「うん、そうだな。パンジーは良い子だもんな」
まるで自分の事のように胸を張って言うミリーの頭をポンポンと叩いてやる。
厩舎の前には既にパンジーの引き車が出されており、パンジーはまっすぐ自分の場所に行くと繋がれるのを待っている。
「賢いなぁ・・・」
「ヒッポリアは縄張りというか、自分の引き車意識が高いですからね」
「そうなんですか?」
「はい、これは自分の引き車だと認めれば、それ以外の車を引きたがらないですね」
それは知らなかったな。
「まあそれでも引き車を変更せざるを得ない状況っていうのはありますからね。そういう時は自分の主人がきちんとそれを示してやって、変更した引き車に主人が乗っているのが判れば、最初は嫌々でもちゃんと引いてくれますよ。ヒッポリアにとっては自分の車と主人、これが大切なんですよね」
って事は、俺はちゃんとパンジーから主人認定されてる、って事か。
なんかちょっと嬉しいな。
もしかしたらミリーも既に主人とまではいかなくても仲間認定はされてるんだろうか?
「馬と違ってその点融通が利かないんですが、まあ性格が御し易いって事で相殺ですね」
「俺は馬に乗れないから判らないです。それに俺、この子が初めてなんですよ。他にもヒッポリアの事で知っておいた方が良い事ってありますか?」
「おお、この子があなたの初めての相手ですか? 店で選んでもらいましたか?」
「いいえ、店ではピンクの子を勧められたんですけど、俺がこの子が良いって決めました」
「なかなか良い子を選びましたねぇ」
なんか会話の最後の方は聞いているだけだとちょっと、って感じの会話になってしまっているが、決してやましいものではないぞ。
「俺はヒッポリアどころか馬すら乗った事がなかったので、とにかく性格がおとなしい子がよかったんですよ。それでこの子を選んだんです」
「いやいや、クリームの子は性格もおとなしいので、確かに初心者にはぴったりですね。それにお客様は旅人でしょう? 急ぎの商人っていうんだったらまだしも、そうでないんだったらクリームの子は良い選択ですよ。それにこの子、普通のクリームの子に比べると体力がありそうですしね」
「そ、そんな事まで判るんですか?」
「毛繕いをしてやった時に、クリームの子にしては良い筋肉の付き方をしているなあって思ってたんですよ。きっとお客様がちゃんとした良い食事をさせているからでしょうね」
いいえ、食事だけじゃなく、ポーションを毎日飲ませています。
さすがにそれは言えないけどさ。
「はい、準備できましたよ」
「ありがとうございました」
「それではまた機会があれば蒼のダリア亭をご利用ください」
「もちろんです」
御者台を振り返ると、既にミリーが乗っていた。
もちろん手にはパンジーの手綱を握っている。
ミリーのやつ、操作する気満々だな。
「それではありがとうございました」
「お世話になりました」
俺は苦笑を浮かべてパンジーの世話をしてくれていた男に礼を言ってミリーの隣に乗り込んだ。
ガラガラと車輪が通りを走る音を響かせながら、俺たちは門のところまでやってきた。
早朝に出発しようと考えていたのは俺たちだけではないらしく、既に短い列ができている。
「コータ、あそこに並ぶ?」
「うん。列の一番後ろにつけてくれたらいいよ。そしたら俺が降りる」
「わかった」
ミリーが列の最後尾にパンジーを誘導するとここに来る時と同じように俺はパンジーの隣に立って、形だけだけど左手で手綱を握っている。
俺たちの真ん前に並んでいるのは3人のフードで身を包んだグループだ。背の高さは多分160センチ前後ってところか。おそらく女性ばかりだろう。
魔法使いかな?
フード・イコール・魔法使い、としか思いつかない俺の想像力がしょぼい事は自分でも判っているんだ、うん。だから突っ込まんでくれ。
「コータ、わたしが手綱持ってるよ?」
「うん、判ってるよ。でも形だけ、な」
「わかった」
都市ケートンに入る時には握ってなかったから不思議に思ったんだろう。
でもあの時は他にも馬車やヒッポリアの引き車がいつくもあったからさ。でも今はパンジーだけしか引き車はないから、周囲を安心させるために持つ事にしてるんだよ。
「ちゃんと地図は確認したのか? 門を出たらどっちに行くんだったっけ?」
「したもん。門を出たら道なりに進むの。それからお昼ご飯を食べたら左に外れるんでしょ?」
「正解。ちゃんと覚えてるんだな、偉いぞ」
ミリーには時間の概念がないようなので、覚えやすいやり方で『何時』と言うのを覚えたようだ。
この辺は今スミレが事あるごとにミリーに問いかけて頭で考えさせるようにしているようだ。
まあこればっかりは彼女の今までの事を考えると仕方ない。
でも色々と教えられる事を嫌がるでもなく、むしろ嬉しそうに習っている。
俺はパンジーの横から離れて御者台まで下がると、そのままフードをかぶったミリーの頭をガシガシと撫でてやる。
「コータ。あらっぽい! 耳が痛いっ」
「すまんすまん」
ミリーが可愛すぎてついつい力が入っちまった。
謝る俺の前でフードを外して、ミリーは俺が乱してしまった髪をそっと撫でて直している。
ザンバラだった髪もスミレの指導のもと俺が切り揃え、猫系獣人は髪の毛が伸びるのが早いのか今では肩に当たるくらいに伸びている。
それがようやく顔を出してきた朝日を反射して、綺麗な赤銅色に光っている。
なんていうか、ただの赤毛っていうんじゃなくってさ、ミリーの髪の色は本当にキラキラ光るんだよ。
ミリーの髪に見とれていると、あっという声が上がった。
「猫族ニャ」
「ホントだニャ」
「ニャんでこんなところに?」
えっ、と思って声のした方を見ると、フードをかぶった3人がこちらをじっと見ている。
どうやらフードを外して髪を直している時にミリーの耳を見たらしい。
ミリーはと言えば慌ててフードを被り直してから、横に立っている俺の腕にしがみついた。
怯えたようなミリーを見て、彼女が猫系獣人の村から追い出された事を思い出した。
彼女はまだ理由を話してくれてないが、あまり良い思い出でなかった事くらいは俺にだって想像がつく。
俺は3人の視線からミリーを隠すように立ち位置を変える。
「おはようございます」
「あ・・おはようニャ」
それ以上の会話は続かず、俺たちはお互いを見つめ合ったままだ。
そうして見つめ合っているうちに少しだけ列が動いた。
フードの3人が慌てて3メートルほど前に進むと、俺もパンジーに少し進むように促した。
少し動いたけれど、3人は俺たちは方を振り返って、じっとフードを被ったままのミリーを見つめている。
どうしようか、と思っていると、3人のうちの1人が1歩俺の方に進みでてきた。
「その子・・・そこのフードを被った子は、あなたの奴隷かニャ?」
「いいえ、ミリーは俺の大事な家族です」
「で、でも、その子は猫族ニャ?」
「知ってます」
「あなたは人種?」
「そうです」
3人が困惑したような声で訪ねてくる。
フードのせいで顔は判らないけど、多分同じように困惑した表情を浮かべてるんじゃないのか?
「じゃあ・・・その子は人種と猫族の混血かニャ?」
「う〜ん、どうだろう? ミリーの両親のどちらかは俺みたいなの?」
「ううん・・2人とも猫族」
「違うみたいですね」
「じゃあ、家族ってどういう事ニャ?」
今の俺とミリーの会話で俺たちの血が繋がっていない事に気づいたようだ。
「俺が森で保護したんですよ。他に行くあても頼る相手もいないって言うので、それなら一緒に旅をしようかって事になったんです」
「その男のいう事は、本当かニャ?」
「嘘じゃない。コータのいうとおり」
どうやら俺は信用されていないらしい。
ってか、どういう事だ? ジャンダ村にはケィリーンさんという蛇系人だっていたから、いろんな種族の人が住んでいるんだなくらいにしか思っていなかったんだけど、都市ケートンに来てからはそんな簡単なもんじゃないって判ってたけど、あまりにも警戒されている気がするぞ?
3人は思い切ったようにフードを外すと、その下に隠れていた顔を俺たちに見せた。
「あっ・・・」
思わず声が上がってしまった。でもこればっかりは仕方ない。
だって3人にはミリーみたいな耳が付いていたんだよ。ミリーよりは先がとんがった白に少しグレイが混じったような耳が3人の頭に付いていた。
動揺した俺と違って、ミリーは落ち着いたままだ、どうやら彼女には3人が猫系獣人だって事は判ってたみたいだな。
ちぇっ、だったら教えてくれたらよかったのに。
思わず心の中でぶちぶちと文句を言っている間にも、ミリーは3人と会話を続けている。
「コータのいう事、本当。わたしが行き倒れになっているところを助けてくれた。それからずっと一緒」
「酷い目に遭わされてニャいのかニャ?」
「・・・・村にいた頃より、はるかに大切にされてる」
「えっ?」
「わたしは、村をとうさんと追い出されたから・・・」
「・・・・」
村を追い出された、と聞いて3人は返事につまってしまった。
それがどういう意味なのか、いつかミリーは教えてくれるだろうか?
「コータが助けてくれなかったら、わたしは死んでた。だからコータはわたしの命の恩人」
俺にしがみついていたミリーの腕の力がぎゅっと強くなる。
「1人きりだったわたしを捨てないって言ってくれた。だから、コータがいつか離れていくまでは、わたしは一緒にいるの」
「そっか、じゃあ、ず〜〜っと一緒だな。だって俺たち、家族だもんな」
「・・・うん」
嬉しそうな泣きそうな顔で頷いてから、ミリーは俺の背中に顔を埋めた。
「彼女の事が心配で声をかけてくださったんですよね。でも大丈夫です。俺が絶対に守りますから」
「・・・・」
「それにミリーは強いんですよ。弓の腕だって俺よりもはるかにいいんです。だから、大丈夫です」
「・・・ありがとうニャ」
ぺこり、と1人が頭を下げてきた。
「この都市には獣人を奴隷と見る人種が多いニャ。だから、心配だったニャ」
「私たちはハンターの依頼でたまたまここまで来ていたニャ。これから大都市アリアニャに帰るところニャ」
「気を悪くするようニャ事を言って申し訳ニャいニャ」
それぞれが口々に謝りながらも言い訳をする。
でもさ、そういう理由だって判れば、俺だって腹を立てないよ。
だってミリーを心配したから、だろ?
「気にしないでください。同族であればやはり心配でしょうからね」
「そうニャ。2人もハンターかニャ?」
「はい、でもどちらかというと旅人ですね。その路銀を稼ぐためにハンターもしている、と言ったところです。今日もこれからこの子が見つけた依頼に出かけるところです」
3人はゆっくりと俺に、というよりミリーに近づいてきた。
その気配が伝わったのか、ミリーがさらに俺にしがみついてきた。
「嫌な事思い出させて、ごめんニャ。頑張って良いハンターにニャるニャ」
「ニャにかあったら大都市アリアニャに来るニャ。私たちはいつでも歓迎するニャ」
「これでも私たちは有名。ハンター、チーム・キャットニップ、ニャ。大都市アリアニャのギルドで聞けば教えてくれるニャ」
そっとミリーの頭を撫でて謝ってくれる3人にようやく肩の力を抜く事ができたのか、ミリーはフード越しに3人を見上げた。
「俺の名前はコータです。この子はミリーです。わざわざありがとうございます」
「ミリー、良い名前ニャ」
「・・ありがと」
「そのうち大都市アリアナに行く予定なので、その時には是非ともミリーと会ってやってください」
「おまかせニャ」
「コータ・・わたしは別に・・」
「ミリーの気が向けば、でいいんだよ」
3人はこれから商隊を護衛して大都市アリアナに戻るらしい。
もしかしたら俺たちが大都市アリアナに行った時にはいないかもしれないけど、もしいたらミリーさえ望めば同族と会える機会は用意できたって事だな。
あまり乗り気じゃないみたいだけど、同じ種族の知り合いが1人でもいた方が良いと思うんだよ、俺は。
だからミリーには悪いけど、この縁は大事にしたいと思ったんだ。
とりあえず俺の言葉に頷いてくれたミリーにホッとしながら、俺は3人に頭を下げて礼をいうのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
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Edited 05/05/2017 @15:52 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
他に行くあても頼る相手のいないって言うので → 他に行くあても頼る相手もいないって言うので




